蛇と鈴 ーYou, at the End of Darknessー   作:田麦野

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一度覚えた感情は、二度と知らなかった時には戻れない。
楽しいも悲しいも嬉しいも、きっと君から教わった。
その日僕は、怪物から人になったのだ。



第四話 名前

数日が過ぎた。

トムは鈴の前に現れなくなった。

食堂でも、庭でも、彼の姿を見つけることはなかった。

鈴は何度も話しかけようとしたが、トムは目を合わせなかった。

 

沈黙の日々。

その間、トムは初めて“退屈”を知った。

怒りも、支配も、何の意味も感じない。

書庫で本を開いても、文字が頭に入らない。

“支配”の定義を見ても、虚しくなるだけだった。

 

(……なぜ、こんなにもつまらないんだ?)

 

彼はそれが何なのか分からなかった。

鈴の控えめに微笑む顔が、頭の片隅で何度も浮かんでは消える。

彼女の声が、あの時折り見せた光が、どれほど自分を安らげていたのか。

ようやく、鈴の不在が自分の中に穴を開けていることに気づいた。

 

……だだ、自分の"お気に入り"を自分以外のものが傷つけることに怒りを感じて起こした魔法だった。

まさかーーあの時のトムは鈴を傷つけるつもりはなかった。

守ろうと、そう思ったはずだったのだ。

自分にこんな感情があることを初めて知った。

直後、鈴の力を目にして、更なる感情が入り混じった。

鈴が同じ特別な力を持つ仲間と確信し、歓喜した。

一方で嘘をつかれていたことに憤りを覚えた。

ショックだったのだ。全て、全て、初めての感情だった。

よくわからない感情に、自分は支配されてしまった。

トムはそれが恐ろしく感じるのと同時に、それでも鈴が与えたものと考えるとなんだか無性にむず痒くなった。

あの青白い炎のような光に、触れてみたいと思った。

鈴は、許してくれるだろうか。

 

 

 

夜。

外は風が強く、窓の隙間から雨の匂いがした。

トムは階段の踊り場で立ち止まり、下の廊下を見つめた。

そこに、鈴が立っていた。

洗濯籠を抱え、小さな足音を響かせている。

彼女の背は少し丸く、髪はおさげに結ばれていた。

――それは、トムが「似合う」と何気なく言ったあの日からのままだった。

気づけば、足が勝手に動いていた。

静かに鈴の隣に立つ。

鈴が驚いて振り向いた。

「……トム。」

「……お前、また働いてるのか。」

「うん。落ち着くの。」

沈黙が落ちる。

トムは小さく息を吸い、吐いた。

 

「鈴。」

 

鈴は目を見開いた。

トムが、自分の名を呼んだ。

その声は掠れて、ぎこちなく、けれど確かに優しかった。

「……ごめん。」

鈴の目に涙が溜まった。溢れないように唇を結んだ。

彼女は両手で洗濯籠を抱きしめ、笑った。

「もう一回、呼んで。」

トムは小さく笑って、もう一度囁いた。

 

「――鈴。」

 

それは、幼い彼らがまだ知らない“愛”のかたち。

けれど確かに、そこには誰かと共に在る温度があった。

そして、その温度こそが――トム・リドルが人生で初めて知った、“救い”という名の痛みだった。




初めての決別と仲直り。
鈴を魔法で傷つけた後にトムが咄嗟に名前を呼ぶことも考えたのですが、ちょっとだけ修正して上げ直しました。
おい、とかお前、とか、君、と呼ばれても、鈴はふふっと笑える子でした。この先は、名前を呼ばれないとなかなか返事をせず、トムに名前を呼ばせるのがブームになるとか、ならないとか。
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