あなたは私の愛人   作:しがない学生

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第10話

鼻から爽やかな空気を一気に送り込む。全身に酸素を巡らせ、少しでも冷静さを取り戻すためだ。すぅぅ。はぁぁ。

 

よし、楽になったな。

 

さて、俺は今まで何をしてたのだろうか。なぜかは分からない。ただはっきりと思い出すことが出来ない。

 

まだ意識が覚めたばっかりで頭が回っていないのだろうか。酸素は巡らせたはずだが。グーっ。体から何かを思い出させるかの如く知らせが来た。飯を食おう。飯を食わないことには何も出来ないからな。

 

「……樹!起きたぁ?」

 

誰だ?あぁ姉ちゃんか。やれやれ。

 

思わず時計へ目をやった。時刻は朝の9時をさしていた。やはり朝だ。俺の体内時計は正常なようだ。

 

「ちょっと。起きてたなら返事してよ」

 

全く音を立てずに自室という唯一のプライベートゾーンに侵入者が入ってきてしまっていた。

 

「ごめん。ていうか入るならノックしてよ。」

 

「今日。病院行こっか」

 

は?なんで?何のために?俺は至って正常だが?おいおい。まさか姉ちゃんには俺が異常者に見えているのかよ。

 

姉ちゃんの目は不安と心配で満ちていた。一応理由を聞こう。 「なんで?ていうか朝ごはん食べたいんだけど」

 

「いいから病院行くよ!朝ごはんシリアルでいい?」

 

なんで1番重要なところを誤魔化すんだ。まぁ悪いところではないし、姉ちゃん不安そうだし。一応行こう。朝ごはんはなんでもいいや。

 

「はいはい分かりました。シリアルが早く食べたいでーす」

 

姉ちゃんは俺を安心させるかのようにニンマリと微笑みリビングへとかけて行った。グーっ。催促が来た。体はもう限界のようだ。

 

 

 

「良樹〜準備できた〜?」

 

「出来たよ」 ふと疑問に思う。なぜ母は居ないのか。

 

「ねぇ母さんは?」

 

「今日仕事」

 

珍しいな。いつもこの日は休みなのに。社会人は大変だ。急に呼び出しを喰らえば、理不尽に怒られる時さえある。

 

空の青さにふけりながら車へと体を預けた。車の揺れとは不思議なものだ。睡魔が俺を楽園へと誘う。

 

「良樹着いたよ」

 

姉ちゃんの優しい声が俺を目覚めさせる。ていうか早すぎやしないか?さっきまで車の中だったじゃないか。まだ目覚め切ってない体と頭を無理やり起こし、目の前にそびえ立つ病院内へと向かった。

 

病院内は不思議な空気がたちこめていた。少しふわふわしたような、それでいてどこか爽やかなような。なんとも言えない空気。

 

「良樹最近学校どうなのさ」

 

「最近?別に特に何もないけど」

 

急に学校のことを聞いてくるとはどういうことだ。何を企んでいる。

 

「ふーん」

 

姉ちゃんは少し不貞腐れていたような表情をしていた。

 

なんだこいつ。本当に分かりにくいな。

 

「桜田良樹さーん。こちらへどうぞ〜」

 

看護師のよく通った声が響いた。俺と姉ちゃんはそそくさへと部屋へ向かった。

 

「今日はどうされましたか?」

 

部屋に入るとほぼ同時に医師が続けた。もう流れ作業になっているではないか。

 

「最近ちょっと疲れているようで、少し心配なので今日は検査を受けさせに来ました」

 

姉ちゃんがかしこまった感じではっきりと言った。声色から不安が漏れていた。なぜ疲れていると感じたのだろうか。別に俺は普通だがな。

 

「そうですか。じゃあ良樹さんに軽い診断をしましょうか。最近なにか辛いこととかありましたか?」

 

一瞬、胸の奥がざわつく。理由は曖昧でよく分からない。ただ、俺に残ったのは喉がざらつくような、息が詰まるような。後味の悪い感覚のみだった。

 

「いえ。特に」

 

医師は気難しい表情を見せた。

 

「ではお姉さんに聞きます。良樹さんは過去に何らかのトラブルか、なにかに巻き込まれていませんか?」

 

過去?それが今と関係あるのだろうか。

 

「そうですね…。小学校の辺りだったような気がしますが、■■ーー。」

 

■■。姉ちゃんが何を言っていたかは分からない。ただ、この名前だけが鮮明で。頭を繰り返し反芻した。

 

俺と拓の小学校の同級生で、途中で転校してしまった。

 

--昔、チョコをあげたことがある。バレンタイン。ちょっと特別で、皆が浮かれる日。覚えているのはこれだけだ。

 

「…樹さん聞こえますか?」

 

「え。あっはい」

 

危ない。少し気が動転してしまっていた。

 

「疲労からくる睡眠不足などかが原因かと思います。しっかり休息を取り、何か変わったことがあればまたお越しください」

 

その日の病院の診断はそれで終わった。姉ちゃんは完全に安心しきった表情をしていた。一体なんだったのだろうか。

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