「……デンモク……?」
綺咲がデンモクを握り締めてずっと首をひねっているので、有栖は心配になって声を掛けようとして、不意打ち気味にカラオケルームに入ってきた幸子とキャロルに遮られる。
「はいはーい。Lサイズピザだよー」
「みんなでわけよっか」
「それにしても、思ったよりも豪勢ですよねぇ~。こんだけ姫宮財閥には女子が居たって事なんでしょうけれどぉ~」
トリアが次に歌う曲を探して端末を弄る。それは平時の彼女を知っていれば少しだけ異常な光景だ。GIG副長として戦い抜くさまを目の当たりにしてみれば、まるでその辺で見かけるOLのような振る舞いには戸惑いもある。
「……トリアさん、何歳でしたっけ……?」
「私? んー、何歳だと思う?」
「うっわ……、それメンド……。二十三でしょ?」
「って、わっ! バラさないでよ~兎真嬢ぉ~」
兎真はと言うと相変わらずのマイペースさで、マイクを手にして声高々に宣言する。
『よぉーし! 決起集会! 兼! 女子会! 開幕だぁーっ! 最初は誰が歌う? もち、フリータイムだからどんだけだって歌い放題飲み放題食べ放題! どんどん持ってけぇー!』
「ちょ、ちょっと待ってって! 歌って……ここって歌う場所なの? ……宴会とか?」
カイが困惑しながらもマイクのスイッチがオンになっていたせいで共振してハウリングする。それを見て兎真がずびしと指差す。
『はい! カイが真っ先にマイクを手に取ったんだから、歌ってよねぇー! ほぉーれ、イッキイッキ!』
「兎真さん……それって違うコールなんじゃ……」
イッキコールをする兎真に有栖は呆れながらじっとデンモクを凝視したまま固まっている綺咲へと声を掛けようとして何度目か躊躇われる。
ここまで散々距離があったのに、この期に乗じて距離を縮めようなどそれは浅ましいのではないかと言う思いが掠めたのも一瞬、カイが音楽に合わせて歌い始める。
その歌声は伸びやかで、リズムを取るのも想定外に上手く、流行歌を歌い上げる。
『カイ、歌うっま……。何で?』
『何でって……この半年間でさすがに現世にも慣れたし、よく聴いていた曲もあったから』
『むぅ~、拍子抜けー……。じゃあ今度はトリアさん!』
「え~、どうしよっかなぁ……」
トリアはと言うとピザを片手に普段は禁じられているアルコール飲料に手を伸ばしていた。カルーアミルクと言うらしい、と兎真からオーダーの際にこっそり聞かされていたので、有栖はあれが大人の飲み物かと静かに戦々恐々とする。
「……って言うか、いいのかなぁ。……だって本来なら決起集会って言えばもっと仰々しいって言うか……」
「あんたがそれを言うか、有栖。いっつも家の前でお母さんとお姉さんと一緒に決起集会じみたものをしていたじゃないの」
幸子がピザを頬張りながらツッコんでくるので、ちびちびとオレンジジュースを飲むキャロルが問いかけてくる。
「おかあさん、そうなの?」
「えっ……っと。あれはあれって言うか……」
そもそも母親と妙子との記憶は自ずとああなって収まるべくして成立していたものであったのだ。何かに由縁があったわけでもなければ、特別であった覚えもない。しかし、幸子はそれも何でもない日常の延長線であったかのように特別視しない。本来ならば、もう届かない輝ける過去として触れるのを憚るものなのだろうが、事ここに至ってはそうでもないらしい。
「そうそう。思えば、有栖の家ってヘンだったよね。篠崎家、ファイト! って具合でさ」
「……それは、でも……うん。そういう日常を取り戻せれば――」
ぱしん、とチョップされて有栖は目を白黒させて直撃した幸子の一撃に戸惑う。
「おバカ。あんた、どこまでおセンチになるつもりよ。ここじゃ、みんな同じ。……明日には鏡面界に仕掛けるのよ。自分だけ可哀想だなんて思わない事ね。それに、悲劇のヒロインを演じるなんて、有栖のクセに生意気だし」
「……あ、そっか……」
何だか自分でも思わぬうちに悲嘆に暮れるのがお似合いになっていたらしい。幸子はあくまでも、親友のポジションとして語ってくれている。それがどれほどありがたいのかはわざわざ思い直すまでもない。
「サチコ! おかあさんをいじめないで!」
ぽかぽかとキャロルが殴ってくるので幸子はわざとらしくやられた真似をする。
「……分かった! 分かったから! キャロルも歌う?」
「うたう……ってなに? どうすればいいの?」
「どうすれば、なんて難しく考える事ないってば! リズムに乗るって事!」
幸子がすかさず曲を入れる。それは子供でも音楽に乗りやすい童謡で、たどたどしいながらも幸子に追従してキャロルは幼い声で歌う。
相変わらずトリアは次の曲に悩みながらもカルーアミルクを飲んではチーズたっぷりのピザをむしゃむしゃと食べている。
「……あの、トリアさん? もしかして……世代とか悩んでます?」
「あっ、バレちゃったか、さすがは有栖嬢……。いや、もう二十三歳だってバレたもんだから、せっかくだし懐メロでも入れてここは大人のお姉さんを見せつけようかと思っちゃったんですけれど……」
「……いいですよ。懐メロ、あたしも大好きですし」
「ホント? じゃあ思い切って入れちゃお~っ!」
しかし、入ったのは想定外の演歌で懐メロどころか何世代も上の楽曲であった。
「ちょっ! トリアさんってば、古過ぎ! こんなの歌えるわけ……」
しかし兎真の茶化しとは裏腹にトリアはこぶしを利かせた特徴的な声色で歌い上げる。その見事さには兎真もほうと感嘆の息をついたほどだ。
『どーだ!』
『へぇー、上手い上手い! トリアさんってあれで得意分野とかあったんだ?』
『あれでとは何ですか! まるで私が何も出来ないみたいに~!』
『実際、普段はそうじゃない? 料理ダメ、家事ダメ、戦闘は花丸ってところなんだろうけれど』
兎真の評価にトリアはその年かさからは判断出来ないほどに子供っぽく頬をむくれさせる。
『納得出来なぁ~い!』
『まぁま。意外な特技ってところじゃんね? ……ねぇ、ヒメ。そろそろ……何か頼むか曲を入れれば? ずっとデンモクを見ているけれど』
「……ちょっと黙って。カラオケって……来た事ないから……」
『あー、ヒメあーしら以外の友達居ないもんねぇ? カラオケ初心者かぁ』
「ちょ、ちょっと! 兎真さん! しーっ!」
思わず有栖が割って入ると、ハッとして綺咲の面持ちを確かめる。綺咲は頬を紅潮させてぷるぷると震えている。
「……篠崎さん、そう思っていたの?」
「いやっ! これはそのぉ……」
「いや、事実でしょ。姫宮、友達なんて居たの?」
すかさず追撃の幸子の言葉に綺咲は遂にはへそを曲げたようでデンモクを傍らに置いてすっと立ち上がる。
「……帰るわ」
「待って、待ってって! もう! 兎真さんも幸子も何でそんな事言うの!」
止めようとする自分に対し、兎真と幸子は顔を見合わせる。
「いやさ、もう世界終わるって言うのに今さら腹の探り合いなんてしたってしょーがないってば。何なら、ここで全部ぶちまけちゃったほうが楽だし」
「それには同意。私もここで我慢するような性質じゃないって言うか……。よぉーし! せっかくだし、お酒に挑戦してみるか!」
「駄目ですよ、幸子嬢。お酒は二十歳から!」
トリアに制されるが、ともすれば幸子は隠れてお酒を飲んでいるのではないかと思う節はある。憧れ以上に生粋の酒豪なのかもしれない。
「世界終わるのに、法律とか関係あります?」
「それでもですよ。大人として! ちゃんとしないといけませんから!」
幸子が頬をむくれさせる。トリアとのやり取りが流れる間にも他の女性オペレーター達のかしましい歌声が場を満たす。
流行のアイドル曲を歌い上げるオペレーター達は普段は幸子の同僚であった。彼女らも立派に女子のようでこの決起集会を楽しんでいる。
いや、ともすればこの世で唯一残された理想郷があるとすれば、こんな定員三十人前後のカラオケルームなのかもしれない。その他の世界は硝煙と炎で燻り、最早、ここ以外の倫理観は終わり切っている。
それでも、自分達は女子会を選んだ。
終わる世界にやけっぱちになるのではなく、始まる明日へと繋ぐために。
その決断と選択を今だけは誇りたいではないか。再びデンモクを睨んでああでもないこうでもないと操作する綺咲へと有栖はそれとなくレクチャーする。
「綺咲ちゃん。……自信ないんなら一緒に歌える曲にしよっか? あたしも歌えるの少ないけれど……」
頬を掻いて愛想笑いを返すと、綺咲はわざとこちらを見ないようにしてぼそっと呟く。
「……音楽とか……よく分かんないのよ」
「大丈夫っ! あたしも初心者だし! そうだ! この曲は? 小学校の時、よく流行った奴……!」
「『めざせポケモンマスター』ね……。これってでも子供っぽいって思われそうで……」
「ちょうどいいじゃない。姫宮、あんた肩肘張っててもどうせ子供っぽいんだし」
幸子がキャロルの面倒を見ながら口出ししてくる。すると綺咲は見る見る間に不機嫌になってジトっと睨む。
「……そんな風に思われていたの」
「綺咲ちゃん! きっと、若いと思われてるって事なんだって!」
「いや、案外、ガキっしょ。ヒメは。勝負事には見境なく熱くなるし、焚きつけたら乗ってくるしで」
兎真の冷静な分析に有栖は思わず声を上げる。
「そ、それは綺咲ちゃんの美点で……!」
「でもお嬢様、昔っからそうですもんねぇ~。クールなようで、どっかポンコツって言うかぁ~」
トリアは酔っているのか、赤ら顔で微笑んでくるので有栖は硬直してしまう。雇い主であり社長令嬢であるところの綺咲相手によく言えるものだと自分のほうが恐ろしいほどだ。
「……トリア。あなたはこの作戦の後、個人的に面談が必要そうね……」
こういう時の綺咲は陰湿で怖い。トリアも一気に酔いが醒めたのか、青ざめた顔であわあわと今さらの言い訳を並べる。
「……ま、待ってくださいよぉ~! 無礼講って奴じゃないですかぁ~!」
「誰も無礼講だなんて言ってないわ。決起集会と言うだけよ」
剣呑な空気が流れる中で兎真がオペレーターの女性達とデュエットする。兎真の歌唱力は折り紙付きのようで代わる代わる歌うくらいには人気だ。それと同じくらい、カイの透き通った歌声も人気であり、このカラオケルームではその勢力を二分している。
「……カイさん、案外こっちの世界を楽しんでたんだ……」
「それはそうなのでしょうね。あれで無頓着とも言えないのでしょう」
ぼやいた有栖に綺咲がデンモクを見据えて応じる。
こんな当たり前の言葉を交わすのに、自分達は半年もかかってしまった。この隔絶を埋める方法をずっと探していたのに、それが決戦前の女子会だなんて思いも寄らない。
どうしてなのだろう。
このやり取りだけで何だか有栖は勇気が湧いてくる心地であった。
「……綺咲ちゃんは、どんな歌が好き?」
「私は……クラシックも、何でも幅広く。けれど、こういう流行歌はどうにも……頭に入らないのよ。昔からそうね。『めざせポケモンマスター』も上手く歌えるかどうか……」
その横顔を有栖はずっと眺めていたいと思っていた。悩みながら、悔やみながら、時に迷い時に躊躇いを浮かべつつも、その心の赴く先にあるのはきっと己が自由になれるだけの道筋だ。綺咲はこの半年の間に、それをどこか遠くに置いてきてしまっていた。
けれど、今、この場は決起集会兼、女子会。
カロリーの高いピザを食べ、ポテトをつまみ、明らかに身体には悪い炭酸飲料やファストフードに手を付けている。
人間、必要なものだけでは成り立たない。
横道も、脇道も、遠回りも全て、人生の集大成である。
「……綺咲ちゃん。これ、美味しいよ?」
「……ポテトなんて食べた事ないわ。塩分が身体に悪いんでしょう?」
「でも、いいんじゃない。だってさ、明日戦いに行くのにいちいち身体にいいものだけであたし達は出来ているわけじゃないと思うし」
差し出したポテトを綺咲はこわごわと小さな口で頬張ると、やがてその顔が明るくなっていく。目を爛々と輝かせた綺咲は、茫然と呟いていた。
「……美味しい」
「でしょ? ……あのね、綺咲ちゃん。美味しいものを食べて、美味しい関係性を維持して……あたしさ。こういうの、なんて言うのかな……。憧れとかあったのかも。トリアさんも兎真さんも、幸子もキャロルも、カイさんもオペレーターのみんなも……。みんながここまで耐えさせてくれた。みんながこの日まで繋いでくれた。それって、思ったよりもずっと奇跡なんだなって。あたしはそう思うの」
「……そうね。人間関係と言うのは簡単な相関図に集約されないわ。イレギュラーと想定外ばかりがその順序をぐちゃぐちゃにして――」
「そんな難しい言葉じゃなくって。出会えた事が、奇跡なんじゃないかな?」
綺麗な言葉も難解な文句も必要ではない。今は、心からの言葉が出るのが自然なのではないか。たとえどれだけ汚泥に塗れた半年間であったとしても、向かうべき道筋が見えるのならば、それは輝いているはずなのだ。信じたい、と言うのが本音であった。綺咲も兎真も、幸子もキャロルも、トリアらGIGのメンバーも。全員の力で、ここから先の運命を打開したい。だから、有栖はここで戦い抜きたいと願えるのだ。
心が砕けようとも、闘志が折れようとも、それでも前に。愚直でも真っ直ぐに。ただただ、その足跡だけを誇るかのように。
「……出会えた事が奇跡、か。私にはそんな容易い結論も……とても難しい事のように映るわ、篠崎さん。だって、出会いが奇跡であるのならば、出会わなかった事が不幸と言うわけでもないでしょうし」
自ずと、論調は下がってくる。それも致し方なしなのだろう。綺咲は、全てを背負っている。傍らに居る事でそれを半減出来ないかと思ったが、それも綺咲自身の持つ痛みの一つなのだ。
「ヒーメ! そんな勿体ない考え方してないでさ、今はぱぁーっと楽しもうよ! そうだ! ヒメと有栖が歌うのにぴったりのを入れてあげる!」
「ちょ、ちょっと! 兎真さん! 知らない歌は歌えませんよ……!」
「大丈夫だってば! それに、さ。あーしも半年間、ヒメと有栖見てれば嫌でも分かるよ。二人とも、よく頑張ったんだね、って」
はにかんだ兎真の言葉に有栖はツバサが今際の際に発した言葉を思い返す。
――「がんばってね」か。
どうしてツバサはあのような言葉を吐いたのだろう。どれだけでも呪えたはずなのだ。だと言うのに、最後の最後に頑張れと激励してくれた。それはツバサの記憶の中に僅かな間の中でも友愛があったからであろうか。
最早、聞く術はない。しかし、その言葉がウソではないのだと信じる事は出来る。
デンモクで入れられたのは確かに流行歌で、二人組アイドルが歌い紡ぐ前向きな音階の曲目であった。しかし、綺咲は戸惑いを浮かべる一方である。
――こんな事で手を引けるんだ。
有栖は綺咲の手を導いて、マイクを構えて歌声を響かせる。どこかで交わした約束を、決して忘れない、如何に過酷な運命が待っていても、それでも目覚めた心のままに前に進める事を激励する歌――それはまるで夢の中で邂逅した事から始まったこの運命をなぞっているかのようであった。
有栖はある程度リズムを取って歌えていたが、隣の綺咲の歌声はあまりにも――素っ頓狂でなおかつこれは、正直に言えば――。
「うっわ! ヒメ、すっごい音痴じゃん! ……なーる。だから今までカラオケ来なかったのかぁ……」
兎真のデリカシーゼロの言葉で鉄面皮であるはずの綺咲が恥じ入るように面を伏せて耳まで真っ赤になる。しかし、有栖はその手にあるマイクへと指を絡めさせていた。
「綺咲ちゃん! 最後まで歌おう? だって……だってあたし、綺咲ちゃんと歌える事、すっごく楽しい……!」
「……篠崎さん……」
有栖は綺咲をサポートするようにして歌を紡ぐ。綺咲も少しだけ慣れてきたのか、音階を外す事も少なくなってきた。
それでも音痴なのには変わらないのは、有栖にとっては愛おしい要素であった。
見目麗しく運動神経抜群、勉学も優秀――それでも、やはり欠点の一つや二つはあるのだ。ならば、その欠点ごと、想おう。自分に出来る事は綺咲との心の距離を埋めるためだけの、こうしたささやかな抵抗でしかないのだから。
歌が終わり、今度は幸子とキャロルが歌い始める。今度は国民的アニメの主題歌で、キャロルも慣れてきたのかノリノリであった。
「……どうだった? 綺咲ちゃん」
「……すごく疲れたわ。転生者と戦うほうがマシなほど」
げっそりとしている綺咲の横顔を眺めていると、不意打ち気味に視線がかち合う。
「……あっ」
「何?」
どう取り繕おう。綺咲の相貌をずっと眺めていたいから、なんてこっ恥ずかしい事なんて言えるわけがない。しかし、ここで言わないと全ての機会を失うような気もして、有栖は正直に吐露していた。
「……綺咲ちゃんはさ。あたしと違って綺麗だし、それに色んな事、何でも出来ちゃうのがすごいと思う。本当なら、あたしも追いつきたいんだけれど……半年もあったってその後ろ姿を追いかけるばっかりで……情けないなぁ」
天井を仰ぎ、自らの無力感に嫌気が差す。どうすれば綺咲の隣に並べるのだろう。彼女の痛みも苦しみも理解出来るのだろうか。きっと、それは永劫訪れないのかもしれない。
「……篠崎さんは、頑張っているとは思うわよ。転生者として覚醒してからたったの半年で、ほとんど上位になった。私は、結局のところそれ相応の動きをトレースして……それっぽく振る舞っているだけ。……そう、偽っているだけなのよ。何もかもね。“ゲーム”を制すれば願いが叶う。私が焦がれた、たった一つの願いが……」
「それを教えてもらう事は……」
喧騒が流れていく中で、今ならば綺咲の本音を聞けるような気がしていた。否、それを聞かせてもらう事で、互いに心の距離を縮めたかったのだろう。どうしたって、自分は愚鈍でしかない。綺咲の願いにかける想いも、それまで実行してきた非情なる判断も、何もかも分かっていないのだ。
分かった振りをする事しか出来ない。それは兎真や他の転生者に関しても同じ。自分が誇れる願いなんて一個もない。大言壮語を吐いたところで、あるいはプライドに糊塗された誇張をしたところで、自分の胸の中にある想いはきっとまだ足りやしない。それでも、知りたいではないか。届かぬ想いでも、埋められぬ隔絶であったとしても、何があったって。
綺咲を支えられるのならば、どんな事だって出来る。そう、心の奥底から思えるのは何故なのだろう。きっと、夢の中で出会ったその時から、焦がれ続けているのだ。
そのまばゆいばかりの緋色の瞳に、相応しいような自分で居られる事に。
「……篠崎さん。私の……たった一つの望みは……」
「……うん」
歌声が流れていく。乗りに乗ったポップソングが、上機嫌に場を満たしていく中で綺咲は何度か言い出しかけては躊躇い、そして口を噤んでしまっていた。
「……ごめんなさい。教えられないわ」
「……うん、けれどいいんだ。だって綺咲ちゃん、半年前まではあたしに、こうして真正面から話してくれる事もなかったもの。だから、進歩なのかな? あたし達……」
「……そう思えれば、どれくらいかマシなのでしょうけれどね」
呟いて炭酸水をストローで飲む綺咲の横顔が、今はどこか寂しいように思われたのは、きっと気のせいではないのだろう。
女子会は続いていく。
それはまさに、目の前に横たわる悲劇から目を逸らすためであったが、有栖は必要な儀礼である気がしていた。
だって――悲しい事実だけを飲み込んで戦地を佇むのが、自分達には出来ないであろう事は半年もあれば愚鈍でも嫌と言うほどに分かったのだから。