ALICE   作:オンドゥル大使

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第101話 牙を研ぐ『狩人』

 

『こばと。他に人は居ないわね?』

 

 問いかけられてこばとは右腕のガジェット端末へと返答する。

 

「……うん。ぼく以外には」

 

 正直なところで言えば、女子会兼決起集会に参加したかったのはあったが、それ以上にこばとの精神を激震したのは昼休憩にもたらされたレベッカからのメッセージであった。

 

「誰にも知られないように会いたい」という簡潔なメッセージはこれまで遭遇しなかったレベッカとの邂逅を予感させてこばとは柄にもなく心臓が高鳴るのを感じたほどだ。

 

 レベッカは自分が女性だとは知らないはず。だから、落ち合うのに当たっていくつか符丁を設けようと提案していた。

 

 レベッカが提示したのは学園都市を巡る路面電車の駅名を辿っての安全策であった。

 

 路面電車の駅には野良の転生者が勝手に付けたのか、鐘が設けられておりそれを何回鳴らしたかで約束の相手かどうかを判断出来る。

 

 こばとは指定された駅の三つ目の鐘を鳴らし、それからメッセージの返答を待つ。

 

《こばとは臆病ロトねぇ。何でみんなの決起集会を蹴ってまでこっちに来たロト?》

 

「うっさいなぁ……。ぼくは……元々レベッカに会うためにこの学園都市に帰省したんだ。それが……多分最初で最後だろうから」

 

 残り四日もないリミット。それこそがこの世界の寿命そのものだと知れば、自分にとっては傷の舐め合いではなくレベッカと出会う事が優先順位となる。鐘の下で腰掛けていると、不意に倒壊したビルの奥で何かが水色に光ったのを関知する。

 

 何だ、と立ち上がろうとした、その刹那。

 

「――水手裏剣」

 

 声が響き渡ったのを認識するような暇さえもない。

 

 弾き出された水の凝固した手裏剣がこばとの四肢を遮る。大きさはちょうど頭部ほどの大型の「みずしゅりけん」が突き刺さり、こばとをその場で拘束していた。まさか、野良の転生者による罠であったか、とこばとが想定したその時には四方八方から放たれたのは強力な赤と青の光芒であった。直視すれば視力を奪われかねないほどの光の瀑布に思わず目を閉ざした、その瞬間には倒壊したビルの屋上が融解している。

 

 ビルの中に潜んでいたポケモンと転生者が炙り出され、直上へと躍り上がる。

 

「出たぞ!」

 

 今しがた「はかいこうせん」の光条を放ったのであろう、ネンドールを侍らせた四人の野良の転生者が中空で姿勢制御するその流麗な姿のポケモンを照準しようとする。

 

 疾駆のポケモンは上下逆さまで直下の戦域を大きめの双眸で観察したかと思うと、やがてその両腕に水流を纏わせて構築する。それは水で編み上げられた筋線維であった。水の剛力を得たそのポケモンは主の声を聞く。

 

「ゲッコウガ、アクロバット」

 

「させるな! ネンドール、破壊光線の包囲網でぶっ飛ばせ!」

 

 ネンドールが新たにエネルギーを充填するまでの間にゲッコウガと呼ばれたポケモンが水の筋線維をまるでワイヤーのように飛ばしてビルの谷間を突っ切る。その際、ネンドールの横合いを抜ける瞬間、こばとは確かに見ていた。

 

 ゲッコウガがすれ違いざまに指の間に挟んだ「みずしゅりけん」でネンドールの首筋を掻っ切ったのを。

 

 しかし、ネンドールの転生者達はそれを目視出来なかったのか、ずずんと行動不能に陥った自身のポケモンに当惑したようだ。

 

「ネンドール? 毒でも仕掛けやがったか……!」

 

 違う。毒などと言う小手先ではない。ゲッコウガは学園都市そのものを自由自在な庭に変え、水流を噴射剤のように用いて跳躍したかと思うと直上からもう一体のネンドールに向けて片腕に込めた水圧砲を充填する。

 

「ハイドロポンプ」

 

 ネンドールが回避運動に移るような真似に出る前に、強烈な水の砲撃がその土くれの躯体を吹き飛ばす。どこまでも軽やかに、そして華麗にゲッコウガは振る舞い、残り二体のネンドールが「はかいこうせん」の標的を絞りかねている間にも、自らの腕を流れる水を触媒にして倒壊したビルの中へと再び潜り込む。

 

「馬鹿め! ビルの中に入ってしまえば逃げ場は限られる! ……おい、お前!」

 

「は、はひ……っ!」

 

「……ゲッコウガの転生者と知り合いか? ここで鐘を鳴らしたって事は、俺達と奴の闘争に介入しようって……。もしかして姫宮財閥の転生者、GIGじゃねぇだろうな?」

 

 どくんと心臓が跳ねる。ここでGIGとの繋がりが割れれば、野良の転生者達は容赦などしないだろう。自分を人質にでもするかもしれない。あるいは、もっと酷い事を。

 

「ぼ、ぼくは……」

 

「転生者だって言うんだろう? なら、ここで経験値稼ぎにされたって……文句は言えねぇよなぁ!」

 

 ネンドールの標的がこちらに向こうとして、こばとは身体を縮こまらせようとして先刻の「みずしゅりけん」が残っているせいで逃げる事も出来ない。

 

「あ、ああ……」

 

 まさかこんなに呆気なく終わるとでも言うのか。せっかくレベッカに会えると思ったのに、ここまで来たと言うのに。こばとは終わりを予見して瞼をきつく閉じる。その瞬間、声が響いていた。

 

「させない。私の友達を――好きにはさせないわ」

 

 その声に野良の転生者が視線を振り向ける。こばとも同じであった。

 

 幾度となくガジェット越しに聞いていた強気な声。倒壊したビルの瓦礫の上に佇むのは、煤けた風に水色のパーカーをなびかせる一人の少女であった。

 

 腕を組んだ黒髪ショートカットの超然としたその立ち振る舞いに、野良の転生者も気圧されているらしい。

 

「……出て来やがったなぁ……ッ! 転生者狩りィ!」

 

「……転生者狩り……?」

 

「それは語弊なんだけれどねぇ。ま、いいわ。あんたら、どうせ弱いでしょ。ゲッコウガで翻弄して戦闘不能にするのがちょうどいいと思っていたけれど、考えが変わった。私に一発でも撃ち込んでみなよ。そうすれば、これ。あげる」

 

 少女が晒したのは見間違えようもなく、転生者の証であるアルセウスフォンであった。野良の転生者四人組のうち、まだネンドールを持っている二人がポケモンを失ったもう二人へと目配せする。

 

「……おい、そこのガキを拘束しておけ。なに、この状態でも2対1。勝てるとでも思ってんのか! 転生者狩りよォ!」

 

「分かってんのなら、最初から仕掛けてきなよ。自信ないの?」

 

 せせら笑った少女に、まず動いたのは片割れのネンドール使いであった。ネンドールの持つエスパーの超能力で少女の直上の空間を封じ込める。「トリックルーム」と呼ばれる技なのはこばとでも分かった。確か素早さが高いほどにその動きを鈍らせられる逆転の技だ。

 

「どうだ! この状態じゃ上からは攻めて来られねぇだろ!」

 

 確かにここまでゲッコウガが得意としてきたのはネンドールの死角からの攻撃。ネンドールは両腕を交差させ、その筒先に「はかいこうせん」の光芒を煌めかせる。

 

「おーおー、悪辣な事で。じゃあ……とことんまでの敗北を与えちゃおっか!」

 

「ぶっ飛ばせェッ! ネンドール、破壊光線……!」

 

 ネンドールの放った光条が吸い込まれるようにして先刻まで少女が居たビルを射抜く。その威力、そして灰色の粉塵が巻き上がり明らかに過剰火力であった。

 

「……こんな事を……」

 

「さて。あの転生者狩りと知り合いみたいだったな? ガキぃ……。ゆっくりと続きを聞かせ――」

 

「おっそ」

 

 不意に割り込んできたのは少女本人であり、こばとと野良の転生者の間の空間からまるで降って湧いたようにびしっと敬礼する。

 

 それに気圧されたのは野良の転生者も同じで、よろよろと後退したところでこばとは地面がぬかるんでいる事に気づく。

 

 まさか、とその攻防に野良の転生者と同時に声が出る。

 

「……空間を斬って……いや」

 

「空間に“潜り込んで”……?」

 

「おっ、せーかいっ! さっすがはこばとだね! 私の見込んだ通り!」

 

 快活に応じてみせた少女と相反するかのようにゲッコウガは容赦などしない。斬、とネンドールを断ち割り、直後には放たれた「みずしゅりけん」の数々が野良の転生者を縫い留める。

 

「あ、ああ……っ!」

 

「どうする? 私にポイント、全部くれるよね?」

 

 有無を言わせぬ少女の威容に野良の転生者は何も言えなくなっているようであった。ぱくぱくと空気を求める遊泳魚のように言葉を失っている。

 

「あれー? もしもーし! 聞こえますかー!」

 

 少女がそう囃し立ててから心底可笑しいとでも言うように腹を抱えたところで、不意打ち気味に野良の転生者は片腕に隠していた拳銃を突きつける。

 

「甘いんだよ、このガキ――ッ!」

 

「甘いのは、どっちなんだか」

 

 ゲッコウガが構築してみせた「みずしゅりけん」がするりと、まるで本当にただの水のように野良の転生者の懐へと転がり落ちる。

 

 実体化した水手裏剣が地面に突き刺さる。それと野良の転生者の心臓が切り裂かれたのは同時で、まるで間欠泉のように血潮が舞う。

 

「あ……ああ……」

 

「最後の最後に見た走馬灯の相手は誰? お母さん? それとも恋人かなぁ? ま、どっちでもいいけれどさ」

 

 少女は血濡れのアルセウスフォンを拾い上げ、手の中で砕けさせる。野良の転生者はまともな絶命の文句も言えないままに、その存在証明を掻き消されていた。

 

 バステトと契約した転生者は、終わる時には砂のように砕けて散ってしまう。

 

 それこそが転生者の消滅――こばとは噂に聞いていただけのそれが目の前で展開された事に息を呑む。直後には血溜まりが蒸発し、目の前の少女が自らのアルセウスフォンを覗き込む。

 

「……ちぇっ。みみっちいポイントだこと。まー、ああいう汚い手を使うんだから、自業自得だもんねー」

 

 こばとは何も言えなくなっていた。その点で言えば今しがた死んだ転生者と何一つ変わるところはない。ただ一つ。目の前の少女の名前の見当がつく以外は。

 

「……君は……“レベッカ”……?」

 

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