ダイマックスリアクターの閾値を最大に設定し、赤銅色の障壁で大地を抉りながら着地を果たした有栖は、死んだはずの綾坂美月と、そして行動を共にするリー・マオフェンを目の当たりにしていた。
「……本当に、あなた達は愚かしい。ボクらはお母様によって、こちら側に新生した。いわば、真の転生者。本来の性能を誇るアーキタイプはこちら出身だからね。ブリジュラスのコンディションも現世よりも上がっている」
「そして、呵々。アリスちゃぁん。まだ生き意地汚く戦っているなんてねぇ。半年も経ったのに」
その言葉遣い、そして挑発めいた声音は間違いなくあの強敵であった二人である。しかし何故、という意識が先んじていた。アルセウスフォンを砕かれ、完全に“ゲーム”から離脱したはずの転生者が復活出来たためしはない。
『……なるほどね。あくまでも、現世に出ていたのは“影”……篠崎さん、それに早谷兎真、気を付けなさい。恐らくは綾坂美月とリー・マオフェンは――カイと同じ、“死なずして転生者”になった存在よ』
「死なずして……?」
その言葉の真意を捉える前に綺咲は降り立つと同時にモンスターボールを投擲する。弾き出されたような勢いを誇るジャランゴの瞬間的な加速と肉薄の格闘戦術に組み付いたのは、マオフェンのドラパルトであった。
「逆鱗……!」
内部骨格を赤く輝かせ、怒涛のラッシュを叩き込もうとする綺咲であったが、それに対しドラパルトを操るマオフェンは軽くいなす。
「アーキタイプがこちらにある意味。それくらいは分かっているわよねぇ? 姫宮財閥のご令嬢なのだから」
「叩き伏せる……!」
あくまでも対話の意図など一切ないとでも言うように綺咲はジャランゴに対して攻撃技を命じる。ジャランゴの瞬発力を誇る鉄拳がドラパルトを捉えかけたが、すぐさまその射程をすり抜けて背後へと回り込む。
「呵々、憐れ。ドラパルト、ドラゴンアロー」
「雄叫びで吹き飛ばす!」
「ドラゴンアロー」の掃射と「おたけび」が至近距離でぶつかり合い、互いに譲る気配のない射程のまま双方の攻撃は弾け飛んでいた。エネルギーが流転し、赤と青の輝きが目まぐるしく廻っていく。
「……呵々、やるわね。私の耳を掻っ切っただけはあるわ」
マオフェンは片耳をさすっている。負傷はしていないようであったが、その眼差しに宿った侮蔑と憎しみは本物である。
比して綺咲は冷静に事の次第を見据えていた。
「……ブリジュラスの破壊光線で私達の出鼻を挫き、ドラパルトで戦い辛くする。その目論見は何」
「目論見とは、言い方次第ってものよねぇ……! あんた達はここで打ち止めよ。ハートの女王……ママまで到達する事はない!」
「……おかあさん。ママって……」
腕利きのGIG隊員に任せていたキャロルが着地を果たし、すぐにこちらへと抱き着いてくる。その体温に応じていると、マオフェンは分かりやすく挑発してきた。
「あらあらぁ! なに? アリスちゃぁん! 家族ごっこを“また”しているの? いいわよねぇ、今度は間違わないように、とか?」
その言葉は有栖の中の神経を逆なでするのには充分であったが、ここで軽はずみに乗ってはならない事くらいは分かっている。何よりも、まだ人質として母親は有効なのだ。
「……あたしはあなた達を……倒す。けれど、今はハートの女王の下に向かわなくっちゃいけない」
「それはざぁんねん。じゃあ私達の相手は早谷兎真と、姫宮綺咲でいいのかしらねぇ? 他の大多数は相手にもならないでしょうし」
カミツオロチを繰り出した兎真と、ジャランゴを出している綺咲はここでは下手に消耗するわけにはいかない。しかし、美月とマオフェンは強敵だ。それを突破する術など容易くは見つからないかと思われた――だが、GIGの隊長が前に出る。
「……お嬢様、それに早谷兎真。後ろは任せてもらおう」
「隊長? ……けれどこいつら、さすがにキャプチャじゃ……!」
「物は試し、と言う者だろう。GIG各員! キャプチャ・スタイラー! 射出!」
光の軌跡を描きながらキャプチャ・スタイラーが空間を奔っていく。その速度、そして精度はこの数日間だけでもキャロルと幸子達が引き上げてきた。如何に転生者のポケモンであろうとも、数分間は調伏出来るはずである――そう信じていた全員が、軽く動いただけで光の包囲陣を霧散させてみせた美月とマオフェンに瞠目する。
「甘いんじゃ、なくって? 私達はママから直属の命令を受けている。あなた達を、ここで全滅させるって言うねぇ……。キャプチャ・スタイラーとやらがどれだけ現世にとっては最高峰の叡智であろうとも、私達には通用しない……!」
「それに、甘いだけではないね。キャプチャとやらはいちいち円弧を描いて囲わなければ意味がない。そんな悠長な戦いをするとでも?」
悔しいが美月とマオフェンの言う通り。事ここに至って、キャプチャを恐れるようなタイプの転生者ではないのだ。万事休すか、と諦めかけた有栖は、一歩前に出たGIG隊長の背中を目にしていた。
「……そうか。それはしかし予見していた。わたし達の戦い方が通用しなかった場合の事は。最初から。……GIG各員! キャプチャを続けながらジュラルドンの動きを少しでも鈍らせて欲しい」
「……隊長、それって……」
「ああ。試させてもらうぞ」
隊長はキャプチャ・スタイラーの装置を掴み、あろう事かそれを左胸に埋め込む。GIG隊服の上から新たな機構が作動し、無数のギアによって固定されたキャプチャ・スタイラーが高速回転を始めていた。
「……一体、何を……!」
「ここに至るまで、誰にも知られるわけにはいかなかった。これは文字通り、切り札なのだからな。ゆえにこそ、有効なはずだ」
キャプチャ・スタイラーから流し込まれた薄緑色の血脈が隊長の左腕の手甲に流し込まれていく。それが末端神経のように宿った瞬間、GIG隊長は顔を上げる。その左目から赤い血の涙を流しながら。
『全権限を委譲完了。スナッチシステム、レディ――』