「……スナッチ……?」
疑問が形になる前に隊長は駆け出す。新たに紡ぎ上げたキャプチャ・スタイラーがブリジュラスを包囲するが、当然全て弾かれてしまうかに思われた。
「……馬鹿の一つ覚えを……! 意味がないと言っているだろうに」
「……どうかな」
途端、キャプチャ・スタイラーの位相が変移する。ブリジュラスの放った威容に恐れ戦いていたようであったキャプチャ・スタイラーに意志が宿り、四方八方から果敢に攻め込む。
まるで隊長の精神が宿ったかのようなキャプチャ・スタイラーが瞬時にブリジュラスを全方位から完全に囲っていた。細やかな光の軌跡が描かれ、ブリジュラスが吼えるもその意思を封殺するかのように無数のキャプチャ・スタイラーが上塗りしていく。
「……何だと……」
「わたし達は基本的に、ポケモンは扱えん。所詮は転生者の真似事、キャプチャは一時的にポケモンの力を借り受けるだけ。現世の人間に鏡面界の住民であるポケモンが従う義理など一つもないからな。……だが、ただ一つだけ……」
「ブリジュラス! 破壊光線でその鬱陶しい、コマを叩き割って――!」
「全てが、遅い。お嬢様がもたらした姫宮財閥の十二年間は、キャプチャと言う名の生易しい方法だけではポケモンを制御出来んと理解するのには充分な時間であったが……年数の問題ではなかった。ノックス兵団長から渡されたモンスターボールのデータを解析、そして優秀な頭脳であるキャロル女史の協力の下、最大効率でそれを可能とする。――最早、この技術は“取り込み(キャプチャ)”などと言う生易しいものに非ず」
GIG隊長の手の甲から回転しながら円形の機構が回転しながら現出する。そこから放たれた紫色の光の軌跡がブリジュラスへと喰いかかる。まさしく剥き出しの野生、それを余す事なく発揮する稀代の技術。
「……ブリジュラスが……ボクのボールの支配から……!」
美月が握り締めていたモンスターボールが色相を失い、直後には灰色となっていく。それと同期してGIG隊長は左腕を抑え込みながら、手の甲に刻まれたモンスターボール型の紋様を確かめて奥歯を噛み締める。
強大な電磁が纏いつき、GIG隊長の左腕を侵していく。その浸蝕速度の速さ、そして完全に左腕そのものが侵犯されてから、ようやく言葉を紡ぎ出す。
「その名を――“簒奪(スナッチ)”。スナッチシステム、オールグリーン。行け、ブリジュラス」
隊長が命じると共に今しがたまで美月のポケモンであったはずのブリジュラスが鋼の躯体を軋ませながら転生者であるはずの彼女自身に襲い掛かる。
「な……っ! ブリジュラス!」
「ドラパルト! ……驚いたわね。そこまで……自身を改造してまで私達の優位を奪おうとしただなんて」
ドラパルトによって阻まれるが、それでもブリジュラスの機動性は健在だ。地面から砂礫を巻き上げながらその巨体が迫るのを、ドラパルトが口腔部を開いて攻撃する。
「流星群」
「……流星群……!」
マオフェンの命令と隊長の声が同時に響き渡る。ドラパルトの放った熱核の火球である「りゅうせいぐん」とブリジュラスの全身から放たれた威風と共に弾き出された電磁火球である「りゅうせいぐん」が激突する。
単純な威力の相殺現象に、有栖達は絶句していた。
光が拡散し、炎が砂煙を上げて周囲へとその火力を認識させる。稲光にも似た明滅が宿り、直後には互いの技によって弾かれ合っていた。
「……あり得ない……。ブリジュラスを……“奪った”、だと?」
「そういった事が可能であったわけね。けれど……呵々、愚か。命を削る代物である技術を、まさか自らの肉体に刻むなんて。死を誘引して、それで一端の兵にでもなったつもり?」
「……少なくとも、転生者に比肩してみせる存在にはなったつもりだがな」
隊長の口上はマオフェンを苛立たせるのには充分であったのだろう。舌打ちを滲ませてマオフェンは美月へとモンスターボールを差し出す。
「美月、移譲よ」
「……ああ、理解した」
アルセウスフォンを掲げ、マオフェンの手にあったモンスターボールを読み込ませたかと思うとそのボールを美月は投げる。
「行け、ドラパルト」
まさか、と息を呑んだのは有栖だけではない。この場に揃ったのは、幽鬼の意匠を施された、まさしく――。
「……二体の竜……。ドラパルトだって……?」
思わずと言った様子で兎真が口走る。色違いの黄色い表皮のドラパルトが美月に従い、その肉体を絡ませる。
「……まったく。ママが言ったようにしなければ、その時点で敗北していたわね。それにしても、現世の人間と言うものは度し難いわ。自らの命を削ってまで、まさか転生者の有するポケモンの権限を奪い取るなんてね……!」
「どうとでも。我々は勝つためならば、悪魔にでも魂を売ろう。……お嬢様!」
「……ええ。行くわよ、篠崎さん。早谷兎真」
「で、でも……隊長が……」
「隊長とGIG隊員はここで戦線を維持。……これは決定事項よ」
既にその頬の涙は乾いている。もう悲しみに暮れる事はやめた少女の相貌を晒しながら、綺咲は最も残酷な判断を下していた。
「……でも、けれど綺咲ちゃん……! 隊長やトリアさん達は、あたし達をここまで助けてくれて……!」
「いや、ヒメの言う通りだわ。……行くよ、有栖。カイとキャロルも続いて。GIGのみんなとはここまでだ」
「……そんな……! そんなのってないよ!」
縋りつく声を発した自分の肩を兎真は叩いて頭を振る。
「……確かにキツイ……けれど、この日のためにGIGのみんなは戦い抜いてくれた。あーしらを押し上げるために、みんなが居てくれたんだよ」
兎真の言い分は分かる。だがそれとこれとは別問題だ。信じたいのが本音なのに、信じてしまえば彼らを見捨てる判断になる。
「いや……っ! いやぁ……っ! トリアさん……! 指示を! 指示してくれれば……あたし達は――!」
「甘えないで!」
顔を伏せたまま声を放ったトリアに、有栖は言葉を失う。トリアはそのまま、こちらに一瞥さえも振り向けず続ける。
「……お嬢様。これは確定事項なんですよね?」
「……ええ。このためにGIGはあった。誇っていいわ」
「……それは、私達にしてみれば最大限の賛美ですよ。ありがとうございます、お嬢様。……私達は遺恨なく戦えます」
トリアだけではない。他のGIG隊員達もキャプチャ・スタイラーを構え直し、戦闘姿勢を取る。有栖にはその振る舞いでさえも理解出来ない。
「……何で……何で、だって……! 一緒なら! 一緒に戦えれば、違うでしょう! 違ってくるはずなんです……だって言うのに……!」
トリアは一歩踏み出て、それから振り返らずに応じる。
「……どうやら私達はここまで。お嬢様の言葉に従い、その意に沿うのがGIG隊員の責務。それに、隊長一人で置いていけませんよ。……有栖嬢」
最後の最後、トリアはひと時の心残りだとでも言うように自分の名を呼ぶ。
「……はい……」
「……お嬢様を頼みます。有栖嬢の事、私は好きでしたよ? たとえどんな存在でも、この世に生まれた以上は、きっと祝福されるべきなのだと、個人的には思うのですから」
そう言って振り向いて微笑んだトリアの面持ちに、自分は何一つ返せない。彼女や他のGIG隊員の決意に、唾を吐くような言葉しか思い浮かばなかった。
「……やめて……ください。あたしなんて……」
「自分なんて、って卑下するものでもないよ。……行こうか」
兎真に手を引かれ、戦線を離脱しようとしてマオフェンと美月のドラパルトが襲い掛かる。
「逃がすわけ……ないでしょうに!」
「終われ!」
ドラパルト二体が「りゅうせいぐん」を放とうと大口を開けた瞬間、隊長の支配下にあるブリジュラスが操られて盾となって立ちふさがる。
「ブリジュラス! お嬢様達を何としてでも守るぞ……!」
応ずるかのようにブリジュラスが雄々しく吼え耐える。「りゅうせいぐん」を二体分受けてでも、ブリジュラスは佇み続ける。自分達が迷えば、その分だけダメージが増えるだけだ。
有栖は駆け出していた。その間際、最後の心残りとでも言うように振り向いて叫ぶ。心の赴く、最後の寄る辺の言葉を投げて。
「きっと! きっとまた、会いましょう! あたしも皆さんの事……大好きですから……っ! 絶対に……忘れない……っ!」
「……行ってください、有栖嬢。お嬢様を頼みます」
トリアの満足げな声を背中に受け、有栖は戦線より離脱する。もう誰かの泣き顔も、誰かの悲鳴を聞くのも御免であった。
だと言うのに、何故なのだろう。
涙が止まらなかった。