「……行動範囲外に逃げおおせたか」
美月が舌打ちを漏らすのを、マオフェンは首肯する。
「そのようね。……けれど、迂闊よ。ドラパルト二体分を、ブリジュラスだけで受け止めようって言うの? それは随分と……舐められたようね」
「そうかな? 既に転生者の優位は失われている。案外、内心は焦っているんじゃないか?」
隊長の余裕を浮かべた声に、トリアは歩み寄ってその背中に続く。
「……まったく。隊長はいつだって……私を驚かせるんですからね! ……びっくりして心臓止まるかと思いましたよ!」
「……そうか。すまない事をした」
「代表もそう! ……こういうサプライズは良くないんです! 胸に留めてくださいねっ!」
「……努力しよう」
不器用な隊長の声を聞きながらトリアはキャプチャ・スタイラーを走らせる。他のGIG隊員達の狙いも同じだ。
「……まさか、一体の例外で私達のポケモンを奪えるとでも? そんな奇跡、二度も三度も起こすわけ、ないでしょうが……!」
「もちろんだ、ドラパルト。不心得者達を蹂躙せよ。流星群」
「ブリジュラス!」
鋼鉄の躯体を持つブリジュラスが走り出したのを嚆矢として、トリア達は散開軌道に移っていた。それは幾度となくGIGの厳しい訓練と実戦の中で見出した必勝の型である。
まず隊長のキャプチャしたポケモンを盾にして副官である自分が切り込む――ゆえに、この型は読まれればそこまで。だが、この日までどれだけ訓練を重ねてきたと思っているのだ。既に絶対勝利は確約されている。
ブリジュラスの左右から分かれた隊員達がキャプチャ・スタイラーの光の軌跡を描かせるが、ドラパルトは容易にそれらの射程をすり抜ける。
「ドラパルトがそんじゃそこいらの凡百なポケモンだとは思わない事ね! 既に必殺の領域に入っている!」
番われた「ドラゴンアロー」の矢が次々に放たれ、その高速の殺傷領域に抱かれて部下達は倒れていく。
「……隊長、トリア副長……ご武運を」
矢が突き刺さった部下がキャプチャ・スタイラーの起爆スイッチを押し込み、拡散されたキャプチャ効果の光の粒子がドラパルト二体に降り注ぐ。
それはポケモンを弱らせるのには充分であったが、この時のドラパルトのうち、美月の操る個体がジュラルドンの動きを縫い留める。
「残念だったね。こっちの色違いドラパルトの固有特性は呪われボディ。ブリジュラスは十全な性能を発揮出来ない! 終わりだ……!」
「……だとしても!」
ブリジュラスを操る隊長の声が掠れていくのを感じる。平時のように圧倒的に、状況を完全に把握して戦場を掌握する者の声音ではない。隊長もまた、命を散らしながら戦っているのだ。それが分かるからこそ、トリアは迷わなかった。
「キャプチャ・スタイラー、起動……! 黄色いドラパルトを無効化する……!」
キュィン、と甲高い駆動音を立てて美月の色違いドラパルトを包囲しようとしたが、そのほとんどが有効射程に入る前に弾かれてしまう。
「バカにして……! ドラゴンアロー、連射!」
四方八方に放たれた「ドラゴンアロー」の応酬に部下達が射抜かれ、その命が潰える間際に起爆スイッチが押される。
キャプチャ・スタイラーが砕け、それぞれの命の証である光の粒子を散らしていく。
「……何でよ……! 何でこいつら……死を恐れないの……!」
「それは見解の相違と言うものだ。誰一人、死を恐れない兵士などではない。ここに居るのは、誰一人として、替えの利く駒などでは……!」
隊長が身体の内奥から声を絞り出す。恐らくスナッチシステムにもリミットがある。それを見越して、隊長は可能な限りドラパルトの注意を引こうとしている。
まったく――どこまでも勇猛果敢で無節操。どこまでも。
「……いつも通りなんですからねぇ、隊長は」
トリアが再びキャプチャ・スタイラーを構え、黄色いドラパルトを無効化するべく別の陣形を取る。GIG隊員は一つの策が潰えても次の策へとレイコンマの世界で移る事が求められる精鋭部隊。当然、あらゆる軌道からポケモンをキャプチャする術を持っている。
キャプチャ・スタイラーが円弧の軌道を描くのではなく、立体的に黄色いドラパルトを囲んだが、それでも相手は肉体の漲りを迸らせ、その拘束を断ち割る。
「舐めるな! 如何にどれほどの高度な技だとしても、所詮は紛い物! ドラパルト! ドラゴンアローを返してやれ!」
「……させない!」
トリアが腕を突き上げる。それと同期して出現したのは地中に埋まっていたキャプチャ・スタイラーであった。
「……いつの間に、地面に……!」
「確かに見える範囲なら、あなた達は無効化出来るでしょう。ですが、不意打ち気味に地中から、それも直下からの攻撃ならどうです! このままドラパルトを無効化します!」
トリアはその一個のキャプチャ・スタイラーを基点として、色違いドラパルトのその牙を封じる。締め上げられ、三つのキャプチャ・スタイラーが推進剤を伴わせて再び地面に没する事で、黄色いドラパルトの動きを鈍らせる。
そのチャンスを逃すGIG隊員達ではない。
「副長、行きます……!」
隊員達が精一杯にキャプチャ・スタイラーを奔らせ、その軌跡を描き出す。美月の色違いドラパルトへと二重三重のキャプチャの軌跡が紡がれ、それらが荒縄のように厳しく険しく、その肉体を縛り上げた、だが――。
「呵々、愚か」
マオフェンの声が響き渡り、放たれたのは「ドラゴンアロー」の掃射であった。わざと美月のポケモンをある程度まで拘束させて勝てると踏ませたこちらの勝機を一瞬で摘み取ったのは、隊員達の心臓部を的確に射抜いた矢だ。命を啄まれ、GIG隊員達が事切れていく。
「……貴様ァ……ッ!」
隊長のブリジュラスが激震の砂礫を巻き上げながらマオフェンへと肉薄せんとするが、それを拘束の緩んだ美月のドラパルトが遮る。
「助かったよ、マオフェン」
「転生者は助け合いよ。それにしても……一個のイレギュラーに頼ってむざむざ死んでくれて助かったわ。さぁ、残酷に殺して差し上げましょうか。残ったのはあなた達、二人だけみたいだし」