ALICE   作:オンドゥル大使

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第11話 砕ける日々の『残滓』

 

 何が、と言う主語を欠いたままの確証めいた声が自分の喉から漏れた瞬間、情報局の窓ガラスを突き破ったのは無数の散弾であった。岩の砲弾が市民を撃ち抜き、鮮血が迸る。

 

「……一体何が……! って、有栖……っ! 危ない!」

 

 幸子に飛び掛かられてベンチから突き飛ばされる。今しがたまで座っていたベンチを撃ち抜いたのは、流動する岩礁であった。

 

 有栖は一瞬で地獄絵図になった情報局の内部を見渡す。大急ぎでツバサが駆けてくるのを視野に入れ、有栖は鼻血を拭いて立ち上がる。

 

「……これって……」

 

『はい。イニシャライズです』

 

 簡素に応じたアルセウスフォンのチェシャーに、ツバサと幸子が困惑する。

 

「……ウソ、でしょう……? こんな風に市民を巻き込んで発生するなんて……!」

 

「有栖! 離れたら危ないってば!」

 

 歩み出そうとした自分の肩を幸子が引っ掴む。しかし、ここで戦えるのは自分だけなのだ。幸子の手をゆっくりと振り払い、有栖は内奥から生ずる熱と脈動に衝き動かされる。どこか酩酊したかのように事態を客観的に見ていた。

 

 ――戦える。戦って、勝つ事が出来る。

 

 何故なのだろう。怖いはずなのに、昂揚感が勝る。まるでこの事態を望んでいたかのように。

 

「……チェシャー。イニシャライズしてきたのは?」

 

 赤い燐光が視界の中で漏れ出る。直後、その影が三倍以上に膨れ上がっていた。情報局の三階層の吹き抜けを突き破らんほどの勢いのポケモンには四肢がない。その代わり、サナギのような強固な表皮に覆われている。

 

 内殻から一対の眼差しが射る光を灯したところで、チェシャーが答える。

 

『確認しました。イニシャライズ、サナギラス。図鑑ナンバー247、岩・地面タイプです』

 

 サナギラスと呼称されたポケモンに有栖は鞄からモンスターボールを取り出して相対する。青錆に似た堅牢な表皮を持つ相手に普通ならば幸子やツバサのように及び腰になるのが一般的な反応のはずだ。

 

 だと言うのに、どうしてなのだろう。

 

 戦闘本能が――止まらない。

 

「行って、セビエ」

 

 セビエを繰り出し、サナギラスが挙動する前に背面に回り込ませようとする。戦い方はアルセウスフォンを握っていれば脳内に自ずと描ける。

 

 セビエが鋭く鳴いたところでサナギラスがその巨躯を震わせて岩の散弾を放射する。セビエは背びれの冷却路から風圧を生み出していた。

 

「凍える風! 岩を凍らせて、そのまま真っ直ぐに!」

 

 しかしサナギラスの生み出す岩の表層に赤銅の光が宿す。ただの光ではないと悟り、すぐさま回避を命じる。

 

「いけない……! セビエ、避けてっ!」

 

 サナギラスの岩の砲撃をセビエは「こごえるかぜ」で僅かに狙いを逸らしたが、その肩を引き裂いた一撃だけで弱々しく鳴く。

 

「セビエ……? 何で……」

 

『ポケモンには相性がございます。氷・ドラゴンのセビエには岩タイプ攻撃は弱点となります』

 

 アルセウスフォンを握り締めればそれは伝わって来るが、すぐさまタイプ相性を覚える事など出来やしない。完全に自分の失念だ、と悔いた時にはサナギラスが頭上から岩礁を降り注がせる。

 

「セビエ……っ!」

 

 セビエは自力で「ドラゴンテール」を発揮していくつかは弾くが、それでもサナギラスの放つ「いわなだれ」を受け止めただけでも大ダメージを負っていた。

 

「……有栖! いきなり勝てる相手じゃないよ! 一旦は退いても……!」

 

 幸子の言う通りであったが、勝負を仕掛けたのはこちらだ。恐らくサナギラスに背中を見せた途端、三人とも殺されるのは自明の理。

 

 ――どうする? どうすればいい……?

 

 明らかに戦闘経験が不足している。こんな状態で戦うべきではなかったのだ。

 

 サナギラスが浮かび上がらせた岩の散弾でセビエを狙い澄ます。

 

「……お願い……っ! セビエ……!」

 

 セビエは戦闘意欲を滾らせたまま、それでも足りない場数に戸惑っている様子であった。勝利しなければ――と急く気持ちとは裏腹に王手はかけられようとしている。

 

 今に岩が鋭く射抜くかに思われた、その時であった。

 

「――あらぁ……。苦戦しているじゃないのぉ」

 

 その声にハッとする前にサナギラスを襲ったのは無数の漆黒の波導だ。サナギラスの躯体が傾ぎ、照準をつけ損ねている間に二階層からこちらを眺めてニタニタと笑っている少女が手を払う。

 

 黒を基調とした、どこか民族衣装を想起させる服飾に身を包み、その瞳を細める。

 

「いきなりダイマックスポケモンと戦うのは無謀よぉ? けれどまぁ、その気概は買うけれどねぇ」

 

「……誰……?」

 

「名乗る前に、まずは片付けちゃいましょぉ……」

 

 ティーポットの形状をしたポケモンが浮遊し、キシシ……と嗤った直後にサナギラスの直下の地面が黒く抜けていた。

 

 完全に不意を突かれたサナギラスが怯んだ瞬間に少女が回廊を駆け抜ける。

 

「ヤバチャ、不意打ちを連続で命中。出来るわよね?」

 

 ヤバチャと呼ばれたポケモンは一体ではない。

 

「……六体……?」

 

 六体のヤバチャが一斉に呼応してサナギラスに間断のない攻撃を見舞う。岩の濁流が少女を貫こうとしたが、それらが命中する前に素早く階段を降りてサナギラスの死角を突く。

 

「背後から妖しい光で混乱させる! 悪の波導を連射!」

 

 ヤバチャが幾何学の軌道を描いてサナギラスを包囲し、全身から漆黒の波導を放出して逃げ場を塞ぐ。サナギラスが弱り切ったところで、少女が命令する。

 

「ヤバチャ! メガドレイン!」

 

 黒い影の触手がサナギラスを縛り上げ、サナギラスの体力を奪っていった。それらの波状攻撃を受けてサナギラスの巨体が揺れながら情報局に倒れ伏す。それだけで窓ガラスが粉砕され、一角の書棚が完全に崩壊する。

 

「これでダイマックスポケモンは身動きは取れない……。こっちへ!」

 

 有栖の手を取って少女が情報局の改札を抜けていく。幸子とツバサも続き、ようやく情報局を出た頃には無数のセーフガードの車両が押しかけていた。

 

「……あ、あの……」

 

「この感じじゃ、姫宮財閥のご令嬢さんに手柄を取られちゃうけれど、写真とかに映るよりかはマシのはずよぉ」

 

 少女はニタニタと笑い、それから自分達を上から下まで眺め回す。

 

「……綺咲ちゃんの事、知って……?」

 

 いや、自分もまたこの少女を見た事があるような気がしたが、それも気のせいなのだろうか。相手は初対面のはずなのに。

 

「まぁねぇ……。あなた、転生者ね? 昨日、ご令嬢さぁんと一緒に、イニシャライズポケモンと戦った」

 

「あっ……えっとぉ……」

 

 返事をし損ねていると、少女はせせら笑う。

 

「まぁ、転生者として選ばれたばかりなら、そういう態度も分かるけれど。ダイマックスポケモンにいきなり挑むなんて命知らずねぇ……」

 

 長髪を傾けてこっちを観察する少女にツバサが絶句する。

 

「……情報局が……! あんな風になっちゃうなんて……」

 

 情報局はほとんど大破したようなものだ。まさかポケモンがこんなに社会的な影響を与えるなんて想定外である。

 

「あんなの、どうって事は……ああでも。あなた達はまだ、“知らない”のねぇ……」

 

「どういう……」

 

「話はこっちの領域で行わせてもらいましょうかぁ……。チェシャー、最適な逃走ルートを」

 

『承知しました』

 

 驚愕したのは少女の持っているのも同じようなアルセウスフォンで、そこから浮かび上がったのは見間違えようもなく――。

 

「チェシャー……? 何で」

 

「何でって……チェシャーはこの“ゲーム”の管理者であり、受付嬢でしょぉ? それも知らないってほどじゃないでしょうしぃ……」

 

『赤沢霧子様、ルートを検索完了しました』

 

 アルセウスフォンを握った目の前の少女はその声を受けて瞼を閉じて頷く。

 

「……分かったわぁ。こっちよぉ……」

 

 少女の辿るルートを自分達は拒むような余裕はない。それに、このまま現場に居続ければ姫宮財閥のセーフガードだけではなく、警察もやってくるはずだ。

 

「……行こう。ツバサ姉、幸子も……」

 

「……いいけれど……。まさか、こんな被害が出るなんて……」

 

 幸子も戸惑いを隠せない様子であった。いつもは楽観的なのに、起こった現実を受け入れ切れていないようである。幸子とツバサにとってはポケモン同士のぶつかり合いを直視したのは初めてなので当然と言えば当然なのだが。

 

「こっちよぉ……」

 

 今はただ、巻き起こった現実を前に状況に流されるほかなかった。

 

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