ALICE   作:オンドゥル大使

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第110話 逆転の『軌跡』

 

 トリアは震撼する。

 

「……みんな……」

 

 あれだけ頼りになったGIG隊員も、トランプ兵団の下っ端達も、皆、命を散らしてしまった。ここで生き残るべきは自分ではなかったはずなのに。骸が転がり、血溜まりがそこいらで広がる。

 

 トリアはここで半狂乱に堕ちられるのならば、まだよかったのだろう。しかし、歴戦の副長としての冷静な判断能力が、まだ絞りカスのように残っている。だからこそ、狂えない。だからこそ、堕ちられない。そう容易く、諦められる程度の精神性ならば、この半年間、GIGの副長としてやり切れていない。

 

「……隊長、気づいていますか? 綾坂美月のほうではなく」

 

「ああ、気づいている。だが、仕掛けられるか? 今の我々の戦力で……」

 

「……いえ、既に手はずは整っています。だからこそ……」

 

 そこから先は言わずとも分かっているのだろう。以心伝心の面持ちで隊長は首肯する。

 

「……ああ。仕掛ける……! 行け、ブリジュラス!」

 

 ブリジュラスが雄々しく吼え立て、美月の色違いドラパルトへと果敢に攻め立てる。美月はドラパルトでブリジュラスの射程からすり抜けさせて、スナッチシステムを起動し続ける隊長を狙う。

 

「それはもう見た! それに、自分の手持ちポケモンにやられるほど、転生者もやわではない!」

 

 ブリジュラスが重戦車のように地面を突き進む。トリアはその陰に隠れながら、横合いからキャプチャ・スタイラーを呼び出す。先刻、美月の不意を突いたキャプチャ・スタイラーでその背後へと回り込もうとして、マオフェンのドラパルトが青い波導攻撃を浴びせてくる。

 

「呵々、最後の足掻きね。潰えさせてあげる」

 

「りゅうのはどう」を受けてキャプチャ・スタイラーが焼け落ちる。元々、そこまでの耐久性能に秀でているわけでもないキャプチャ・スタイラーにポケモンの技を直接ぶつけられればそれだけで致命的だ。

 

「……それでも……!」

 

 新たにキャプチャ・スタイラーを駆動させ、その軌跡で美月のドラパルトを囲もうとする。美月自身、苛立ちが勝っていたのだろう。何度も仕掛けられる事で軽んじられている、とも思ったのかもしれない。

 

「……そう何度も、キャプチャなんてかかるものか! ドラパルト、もういい! 加減はなしだ! ドラゴンアロー、掃射!」

 

 色違いドラパルトの全身に宿った青いエネルギーの矢が番えられ、その矛先は自分に向く。

 

「……まだまだ」

 

「無理なのだと! 思い知れ! ドラパルト、ドラゴンアロー!」

 

 この時、美月の黄色いドラパルトの掃射範囲から抜けられなければそれまでであった。しかし、この十二年の間、幾度となく鍛錬を重ねてきたトリアの身体能力はポケモンの技の有効範囲を見極める事に成功していた。

 

「……なんのぉ……ッ!」

 

 大地を蹴り、幾何学の軌道を描く「ドラゴンアロー」の矢が発射される。そのうち一本が、トリアの左脚を射抜いていた。激痛と共に身体の動きが鈍っていく。

 

「転生者に勝てるわけがない! ただの人間風情が……調子に乗るな!」

 

「……どう、かなぁ……? 転生者だって人の子でしょう?」

 

「……物分かりの悪い人間は、嫌いだよ」

 

 食い込んだ「ドラゴンアロー」が内側より爆ぜ、トリアの左脚の腱を焼き切る。痛みなんてものではない。足一本を食い破られたに等しい。

 

 だが、ここで喚くようではGIG隊員の名折れだ。即座にGIG隊服の止血装置を起動させ、それ以上の損傷を留める。そのまま右足を軸にして、自らを回転させる。

 

「……キャプチャ・スタイラー……!」

 

 キュィン、と駆動音が響き渡る。己を起点にして回転を取らせたキャプチャ・スタイラーが走り出すが、それを美月は見逃す。

 

「どこを狙って。それとも、もう狙いもつかないのか? やはり……人間なんてそんなものさ」

 

 余裕を取り戻した美月は隊長の操るブリジュラスを降している。色違いドラパルトの放った「ドラゴンアロー」が全身に突き刺さり、ブリジュラスの体力はほとんどレッドゾーンだ。

 

「……ブリジュラス……よく」

 

「他人のポケモンなんかで勝てるとは思わない事だね。さて、マオフェン。あとはボクがやる。ポケモンを奪われたままで……簡単に死なせてやると思うなよ……!」

 

「あーあ、キレちゃった。まぁ、いいんじゃない? 転生者相手には健闘したほうよ。ただの人間にしては、ね」

 

 マオフェンは鉄扇を取り出して邪悪な笑みを浮かべる。ここから行われるであろう、血濡れの報復行為に心底、心の奥底が歓喜で震えているかのように。

 

「……よく……やってくれた」

 

「何を言って。頼りの部下のキャプチャも狙い損ね。その上で、ブリジュラスはもうほとんど使い物にならない。さて……どう殺してやるとするか」

 

「……ブリジュラスの技構成はわたしの頭に入っている。破壊光線、ラスターカノン、逆鱗、ジャイロボール」

 

「何を今さら。ボクのポケモンだったんだ、当然だろうに」

 

「……その中で一個だけ、わざと弱い技であるジャイロボールを使っていたな? 大方、こちらを迎撃するためにフレキシブルな判断が必要との事だったのだろうが、その技を使わせてもらった」

 

「だから、何を――」

 

 途端、周囲の地形が浮かび上がる。砂礫と岩礁を纏めて浮遊させ、その岩自体が白銀に輝いて回転している。岩に沿う形で、これまでGIG隊員が使用してきたキャプチャ・スタイラーへと回転軸が宿っている。ポケモンの技である「ジャイロボール」は高速回転する質量物理攻撃であり、その質量はどこから持ってくるのかと言えば、自らの躯体とそして周囲の地形である。

 

 ハッとしたのは美月のほうが早かったのだろう。その目論見に勘付いた瞬間、振り返って声を響かせる。

 

「……いけない! マオフェン!」

 

「一体何を――」

 

「キャプチャ・スタイラーの起動条件だ。それはコマの武装に回転を加える事で、起動を実現する。これまで……部下達の使ってきたキャプチャ・スタイラーは主を失っていたとしても、回転力を加える事で、再起動の条件を満たす……」

 

「こいつらの目的はボクのドラパルトじゃない! 君のだ! マオフェン!」

 

 その言葉にマオフェンの理解が及ぶ前に、ブリジュラスの溜め込んだ「ジャイロボール」の軌道上のキャプチャ・スタイラーに次々と焔のような光の軌跡が宿る。

 

「……まさか」

 

 マオフェンが防御の陣形をドラパルトに固めさせようとしたその時には、トリアの先刻放ったキャプチャ・スタイラーが遠大な軌道を描いて回り込んでいる。

 

「――そこ。キャプチャ、開始」

 

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