「……外したんじゃないの……!」
全て、ここまでの戦いは誘導であった。美月のドラパルトをキャプチャしようと企んでいる、と誤解させるための。その実、GIG隊員達と自分、それに隊長が目的にしていたのは、マオフェンのドラパルトのキャプチャである。
背後から迫ったトリアのキャプチャ・スタイラーを迎撃しようとすれば、ブリジュラスの溜め込んだここまでの数十個単位のキャプチャ・スタイラーを受けざるを得ない。前進を選んでも後退を選んでも、マオフェンのドラパルトには選択肢などない。
「……さぁ、どう出る? わたしのブリジュラスの放つジャイロボールを受けるか、それともトリアの放つ攻撃を甘んじて受けるか。簡単な話だろう? 転生者ならば」
結果的にマオフェンは舌打ちを滲ませて完全に不意を突いた形のトリアのキャプチャ・スタイラーを「ドラゴンアロー」で弾くが、それでさえも計算のうち。
「ダメだ! マオフェン! ジャイロボールの性能は……!」
「そう、ブリジュラスのジャイロボールの性能ならば、ドラパルトに確実に命中させる事が出来る。ここで選択すべきであったのは、ただ一つ。ドラパルトを“ボールに戻す”、それだけだったのだからな」
だがここまで人間を軽んじてきた彼女らにとっては、それは敗北と同義。だからこそ、その脳裏に選択肢として浮かびもしなかったのだろう。ブリジュラスの放った「ジャイロボール」で蘇った輝きのキャプチャ・スタイラーが全方位からマオフェンのドラパルトの動きを封殺する。
「……そんな! そんな事が……!」
キャプチャ・スタイラーが何個以上、完全に動作すればキャプチャが達成されるかどうかは何度も訓練と実戦を重ねてきた自分達ならば分かる。数十個単位ならば確実。
マオフェンのドラパルトが主である彼女へと対峙し、その躯体に青白い矢を装填する。
「させるな! ドラパルト!」
美月が色違いドラパルトを奔らせ、マオフェンへの攻撃を遮ろうとしたが、それも下策だ。
「……どこを見ている? 貴様の相手は……このわたしだ……!」
「しまっ――!」
ブリジュラスが雄々しく吼え立て、美月へと一閃を見舞う。その攻撃一つで美月の握り締めるアルセウスフォンを断ち切っていた。地面に落下したアルセウスフォンが景色に溶け出す。その場に膝を折った美月が信じられないとでも言うように目を戦慄かせる。
「……ただの人間が……転生者に届く……?」
「言っておく。わたし達は、ただの人間ではない。姫宮財閥直轄、諜報部門精鋭部隊――精鋭組織、GIG。その名前を……刻め」
ブリジュラスの鋼鉄の足がアルセウスフォンを踏み抜く事で、美月の肉体が砂のように砕けて消えていく。それと同時に色違いドラパルトとの契約条件が切れたのだろう。マオフェンを守ろうとした黄色いドラパルトが主を見失って攻撃を中断する。
「……まさか……! そんな事があって……! 私達は、ママのために……! ハートの女王のために、命を賭けるのに値する、愛された転生者だと言うのに……!」
マオフェンが最後の最後、モンスターボールをホルスターから引き抜いてドラパルトを戻そうとしたが、全ての判断が遅かった。
「……ドラパルト。……撃って!」
トリアの命令で「ドラゴンアロー」がマオフェンの身体を貫く。膝を折ったマオフェンへと、さらに追撃。その頭蓋を射抜いて、ようやくトリアは息をつく。
二体のドラパルトは共に主を失い、それぞれ別方向に逃げていく。恐らくは野生化したのであろう。
「……ブリジュラス、ご苦労であった……。もう、お前も自由だ」
隊長の左手の甲で輝き続けるスナッチシステムも明滅している。もし、ほんの数分間でも逃げに回られれば終わりであったのだろう。ブリジュラスが短く鳴いて、地面を鳴動させながら野生に帰っていく。
「……隊長ぉ~……。やりましたねぇ~……」
「……まったく。出来た部下を持ったものだよ」
「それって、褒めてるんですかぁ~」
「……ああ、今回ばかりは褒めている。よくやってくれた、トリア。GIGの……誇りある魂を守ってくれて、感謝する」
隊長はもう立っていられないのか、その場に片膝をついてやがて静かな呼吸になっていく。
トリアはその身に寄り添って、やがて嘆息をついていた。
「……もう。隊長ぉってば、最後まで……本当に最後まで、強情ですよねぇ~。……勝ったんですよ? もっと……もっと喜びましょうよぉ~。本当に、仕事人間……」
諸々の不満をぶつけても、隊長の身体は岩のように動かない。
自分達の役割は終わったのだ、思えばこの日を迎えるまで散々な日々であったな、とトリアは思い返す。
「……あのですねぇ、隊長。覚えてます? 私が……GIGに入ったばかりの時の事」
「……ああ、覚えているさ。忘れるわけがない。こんな少女に何が出来るのか、とは思ったな」
「それ、そのまんまお返ししますよぉ~。……その小娘に、隊長は助けられたんですからね」
むくれて言いやると、隊長は返す言葉もないとでも言うように、短く息をつく。
「……なぁ、トリア。わたしは……よかったと思っている。お前と最後の最後に、こうして……。鏡面界の片隅で、終われた事に。ありがとう、トリア」
「何言ってるんですかぁ~。もう、隊長ももうちょっと……レディの扱いとか分かってくださいよぉ~。……もう子供じゃないんですからねぇ~」
ぽかぽかとその岩礁のような勇ましい背中を殴ると、隊長は険しい面持ちにようやく降って湧いたような笑みを浮かべる。
「……まったく。お前には敵わんな。……お嬢様は無事であろうか。わたしは……代表とお嬢様の、二人の命を全うして……」
「そんなの、もうどうだっていいじゃないですかぁ~。……生きましょう? それが私達の、最後に与えられた命令なんですからね」
「……そうか。それはこれまでの……どんな試練よりも大変そうだ」
思えば隊長の気が抜けたような声も、その厳めしい面持ちに浮かんだ微笑みも初めての代物であった。だが、自分達にはまだ、もっともっと初めてを重ねていくはずなのだ。ならば、こんなところで立ち止まっている場合ではないのに、互いに足が利かず、そして出血もし過ぎている。
「……ねぇ、隊長ぉ~。……お嬢様の最後の命令、私達、きちんと……きちんと達成しましょうよぉ~。私も二十代なんですから、責任くらい……取ってくださいね?」
「それは……難しそう、だな」
数多の骸の上に成り立った辛勝。それを噛み締めるよりも先に、睡魔が襲って来る。これまでならば寝とぼけたような事を口にすれば叱責が割って入ってくるのが当然であったが、この時ばかりは隊長の声に遮られなかった。
「……隊長ぉ、私……私、隊長の事……」
寝ぼけたような声で、甘えたようにこれまでの想いを打ち明ける。何を寝ぼけている、と頭をはたかれても可笑しくはなかったのに、今だけは彼も受け入れてくれるのだと、計算高い乙女の勘がそう告げている。
ふふっ、とちょっとだけ上機嫌。
何故ならば――こんな異界の片隅でようやく、自分達は対等な関係に成り下がる事が、出来たのだから。
隊長からの返答はない。こういう時に、すぐに返事を寄越さないのは男子失格だと糾弾しようとして、舌が回らなかった。
ただただ寄り添いながら、二人は永い眠りについていた。