「状況は!」
思わず声を張り上げた幸子はオペレーター達がそれぞれ端末のキーを打ちながら全世界規模で巻き起こっている異常事態を観測する。
「現在……転生者の数は加速度的に減っています! 6000人を切りました! ……このたった一時間で……!」
震撼するオペレーターに幸子自身、解析と予測を走らせながらも、それでも間に合わないのが実情であった。なにせ、このようなイレギュラーはこの半年間、起こって来なかったのだ。
「一体何が……」
「皆さん!」
その声に面を上げるとロトムの入ったドローンでゆっくりと降りてくる二人の少女の影を認める。
「……こばとに……そっちは?」
「ぼくの友達……です。それよりも、有栖さん達の状況は? もう鏡面界に入って相当時間が経ったんじゃ?」
「鏡面界側よりも現世のほうが時間の進みが早いのは既に承知なんだけれど……それでもこの減り方は尋常じゃないわね……」
幸子はGIG隊員のほとんどのバイタルが途絶えたのを絶望的な感覚で直視する。恐らくは相手に張られていたか、あるいはイレギュラーにイレギュラーが重なったか。その中の名前にGIG隊長とトリアの名前を見つけ、奥歯を噛み締める。
「……転生者が減っている? それは本当なの?」
「間違いありません! 6000人以上居た転生者が……加速度的に減少しています! ……どのような要因なのかはまるで不明!」
オペレーター達の困惑が滑り落ちていく中で、幸子は一考の余地を差し挟んでいた。一体、何が起こっているかだけではない。そもそも、バステトの転生者の強みはその圧倒的な数だ。それを捨てて――いや、それさえも作戦のうちなのかもしれないが、いずれにせよ優位を覆す理由がない。
「……バステトはまだ見つかっていない……。だと言うのに、転生者を減らす……?」
「あの……意見、いいですか?」
おずおずと挙手したこばとへと幸子は首肯して促す。
「……では。光体爆弾がアメリカとの密約の上で成り立っていたのを、知っていたのは代表だけでした。それなのに、光体爆弾を止めにかかったのは、たった一人だけ……」
こばとの視線が自ずともう一人の少女に注がれる。きっと彼女は光体爆弾阻止に向かった転生者なのだろう。
「……だからと言って、バステトに通じていないとも限らない。数を減らす要因として考えられるとすれば……もうそれほどまでの張りぼての必要性はなくなった、か……」
6000人以上の転生者は、本懐を隠すためのカモフラージュ。真の目的は、ともすれば有栖達を鏡面界に呼び込む事であったとすれば――。
「……ちょっと待って。だとして、私達バステトの転生者は……ただの数合わせだったって言いたいの? そんなのヘンじゃないの。数だけを揃えるんなら半年前の時点で充分な戦力があった。仕掛けるのが遅過ぎる」
「あなたは……」
「レベッカよ」
「……じゃあ、レベッカ。あなたバステトの転生者であり、なおかつつい数分前まで私達の敵だった。その視座で言っているのならば、遅過ぎると言う論点も頷けるものもある。一体、バステトは何を企んでいるの? ハートの女王の真の狙いは何?」
一拍の沈黙を挟んでから、レベッカは憔悴し切った声音で言葉を継ぐ。
「……分からない。分からないけれど……とんでもない事であるのだけは、間違いないわ。バステトは転生者の管理はしてこなかったのに等しい。こちらからアクセスする事は出来ないのだから。だからこそ、一方通行にこそ、意義があるのじゃないか、と」
「……バステトの転生者には縛りが少ない代わりに、自由な権限が与えられていた……? けれど、どっちにしても疑問は残る。どうして、バステトは一度として、我々の前に姿を晒さないのか……」
この命題が解けない限りは、バステトもハートの女王の真の目的に肉薄出来ない。そう思っていると、出し抜けに声にしたのはチェシャーであった。
「高峰幸子様。やはり、バステトはわたくしよりの高次の権限を持っていると推察されます。シュレディンガーよりも、さらに……」
シュレディンガーはあの時、半年前、惨たらしく死んだのだ。あの今際の際に、実際のところ全てが分かっていたとも思えない。それこそ、死ぬはずがないとでも言うような呆気なさであった。
「いずれにせよ、ここは危険です。近くに姫宮財閥の支部があったはず。そちらに向かいましょう」
チェシャーに導かれ、幸子達は姫宮財閥が機能不全に陥った際の事を考えて建てられた目立たない廃ビルに入る。しかし、一歩足を踏み入れれば最新鋭のデータベースと、そして本社からのバックアップを受けるに値する管制室がしんと静まり返っている。
「起動開始。これより姫宮財閥本社のバックアップを開始します」
オペレーターの声を聞き留めつつ、幸子は疑問が浮かぶのを止められなかった。有栖達は必死に、それこそ命を賭けて鏡面界に飛び込んだ。だが、その実、全ての行動が予見されていたとすれば? 有栖達は相手の腸の中に居るようなものだ。それなのに、自分達に出来る事はせいぜい、前を行く彼女らの負担を減らす事。
「……やるせないわね……こういうのって」
「幸子さん。ぼくも手伝います。ロトムは集積回路にアクセス出来ますし……。それに、なんです。有栖さんに助けられた、皆さんに救われた。……もし、レベッカを止める決心がつかなかったら何も出来ないままにここから逃げていたのかもしれない。だから……だからこそ……ぼくは……!」
こばとなりの決意なのだろう。弱ければ強者に届かないと言う道理もない。戦い方次第なのだ。こばとはロトムをコンソールに憑依させ、データ処理速度を数倍に引き上げる。幸子も手持ちのノート端末のキーをタイピングし、今ももたらされる転生者の状況を仔細に把握する。
「……チェシャー。転生者が減っているのもそうなら、鏡面界に行ったほとんどのGIG隊員は……全滅状態よ。こんなので、本当に勝てるの?」
「勝てるか勝てないかで言えば、可能性のレートに乗っていると言えるでしょう。どのような無策な行動でも、賭けなければ意味がありません」
チェシャーにしてはウィットに富んだ物言いをするではないかと思いつつ、幸子はインカムに声を飛ばす。
「学園都市内部での転生者同士の戦闘には、極力介入せずに! 戦力を維持しましょう!」
今も秒速百人レベルで転生者は世界から消し去られている。それに何の意味がるのか、それとも何でもない予兆なのか。いずれにせよ、転生者が減ったのは喜ばしいのだろうか。作戦上、最終的に有栖達が最高得点者になる必要性がある。だと言うのに、このような異常事態がその趨勢となるのだから。
「……頑張りなさいよね、有栖。それに姫宮も。……あんたらの双肩に全部かかってるって言うのは大げさかもしれないけれど、でも転生者として、最後まで……」
勇猛果敢に挑んで欲しいと願うのは、これもエゴの一種なのだろうかと思いながら幸子はオペレーター達へと声を飛ばそうと腕捲りをする。
「……さぁ、みんな! ……有栖と姫宮のために、こっちも頑張るとしましょうか!」
その言葉には全員同じ気持ちなのか、オペレーターの端末が同期され、世界中の転生者の情勢を確かめる。何が起ころうとも――自分は間違いなく、有栖の親友なのだ。ならば、ここでやるべき事、そしてやらなければならない事は決定している。
「ロトム! 電算回路の速度を上げて! 一つの情報でも助けになる!」
《頑張るロトよー!》
回路に組み込まれたロトムを介して、こばとも協力してくれる。そうだ、有栖のために皆がその力を尽くしてくれている。それは何もない明日にさせるものかと抗う人々の声そのものだ。
「……有栖。生きて……生きて帰りなさいよね……」