「……一つ、聞くけれど。乱心したとかじゃないんだよね? カイ」
タルップルがその身を震わせる。その特性である厚い脂肪であったとしても減殺し切れない凍結領域の操作。そしてどこまでも自在な氷がタルップルの躯体に根を張っていく。
「……兎真さん。あなた、何もかも、実のところ分かっているんじゃないの?」
「いやー、買い被り過ぎだにゃー。そんなわけないじゃん?」
カイは純度の高い、水晶の瞳でこちらを見据えてやがて嘆息をつく。
「……アーキタイプの事、姫宮財閥じゃ分からないって結論だったけれど、あなたは実は分かっている。この鏡面界……ううん。ヒスイ地方で三つに分かたれた、その大元を。“感情”を司るのがハートの女王なのだと知ってから。……これも違うか。あちら側で姫宮綺咲の味方をするのだと決めたのも、それが理由なんでしょう?」
「どうにも。見透かしたようなコトを言われるのは苦手なんだけれどねぇ……」
いや、参ったとでも言うようにため息とつくとカイは確証めいた声音で告げる。
「……アーキタイプは、元々はポケモンであった。それぞれ、“感情”、“意思”、そして――“知識”。アグノム、エムリット、ユクシー。その三体こそが、この遠大な悲劇の始まりだった」
貼り付けていた笑みを、ふっと掻き消す。カイがそこまでの情報に及んでいるのならば、それ以上はただの答え合わせに過ぎない。
「……もひとつ参った。だって、それを言っちゃうとおしまいじゃん」
「そう、おしまい。何もかも……ここで終点。そして始点でもあった。ハートの女王の正体は――」
風雪が、草原をさらっていく。その風の激しさ、そして何もかもを白く染めていく無情さに、兎真は心底参ったとでも言うようにため息を漏らす。
「……うん、そうだよ。それが分かっていたのも、そしてここに来たら分かるって言うのも、あーしにはある程度察しがついていた。だって、カイは“死なずして転生者になった存在”だものね。元々、期限付きで味方になってくれていたようなものだし。いや、それも違うか。最初から、カイは誰の味方でもないんだよね?」
問いかけにカイは無言で下唇を噛む。ここまでの悔恨、そしてこれを選択せざるを得なかったこの運命を憎むように。
「……あなたは、最初から全部が見えていた。ううん、見えていて、見ないフリをしてきた、か。それのほうが覚悟も要るかもね」
「ねぇ、ここまでにしない? お互いに情報交換はしたんだしさ。あーし達が戦う理由なんてないよ」
「戦う理由がない? それは意見の相違だよ、兎真さん。――わたしは、ここで戦わない以外の選択肢なんてない」
構えたカイとグレイシアに兎真は後頭部を掻いて困惑し切った様子を見せる。
「……あーしは、もういいと思ってるんだよね。だってさ、ヒメがもう行っちゃったじゃん。何も……止めらんないよ」
「だとしても……! わたしはヒスイ地方の……シンジュ団の頭目として、あなた達と戦わなければいけない。そして、これも思い出した。わたしは、あなた達と同じ時を生きちゃいけないんだって事が」
「偏狭に成り下がるものでもないよ? 何なら、その運命ごと壊しちゃえばいいのに」
「……駄目。もう……姫宮綺咲を、進ませるわけにはいかない。だから、退いて。早谷兎真さん」
吹き荒ぶ凍結の嵐。そして吹き付けてくる殺気の波は本物だ。カイは本心から、心の奥底から自分達を滅するための戦いを欲している。それが雄弁に理解出来てしまう己が心底嫌で、自らの闘争心に唾棄すべきものを感じながら。
「……やめよ? 殺し合いなんて意味ないよ」
「それをあなたが言うの?」
違いない、と兎真は種の割れたマジシャンのように肩を竦めてから、ホルスターからモンスターボールを引き抜く。
「……それもそっかぁ。言っておくけれど、あーし加減はニガテ。だから、殺し合いなら、本気になるよ」
「……うん、それが……多分、いい選択……なんだろうね」
その声音からカイが何を思い出し、そしてどのような使命感に衝き動かされてこの行動に打って出たのかは痛いほどに分かるのに、ここでの対立以外で向かう合う術がない。
「……アップリュー、それにカミツオロチも。ここで対面するのは、ただの転生者じゃない。正真正銘の実力者、ともすれば半年前の翡翠ツバサよりも……」
アップリューが肩に浮かび上がり、カミツオロチが吼え立てる。その眼差しからカイは逃げない。それどころか、より高貴な仕草で雪原の中で舞う。
「……行くよ、グレイシア」
グレイシアが一オクターブ高い声で鳴いたかと思うと、構築されたのは拳大の氷柱であった。それらが一斉に磁石のように兎真へと降り注ぐ。
「アップリュー! Gの力!」
高重力の投網が氷柱を次々と叩き壊すが、その射程は読んでいたかのようにグレイシアが築き上げていたのは一本道であった。雪原の氷結した雪花が舞い上がり、凍土となって兎真の進む先を自ずと定めている。それに気づけたのはアップリューによる抑止と、そしてタルップルが白い呼気を放った時点である。タルップルを凍えさせるほどの凍結領域なのだとすれば、それはグレイシアの瞬間凍結が至っている可能性が高い。よって、兎真はわざと正反対の道筋を取る。
「……グレイシア、冷凍ビーム」
「タルップル、リンゴ酸!」
グレイシアの水色の光条とタルップルの高粘性の蜜が干渉し合い、互いに譲らずに地面から命を啄んでいく。兎真は前進を選んでいた。それはカイも同じで、アップリューの翼がかかる前に、その眼前に凍結の壁が構成される。
衝突するなり、棘となって襲い来る氷結の息吹に対し、兎真は依然として落ち着き払ってカミツオロチに照準させていた。
「カミツオロチ! 気紛れレーザー!」
カミツオロチの巨大な果実から無数の頭部が出現し、青白い光芒を放とうとするが、カイは手を薙ぎ払っただけでその射線を逸らす。弾いたのではない、純度の高い氷の反射角で光を拡散させたのだ。
「……やるぅ!」
「余裕なんて、あるつもり」
「それもそっか」
アップリューの翼が突き刺さりかけて、グレイシアとカイ自身から吹き込んでくる凍結領域によって阻まれ、兎真は数度目の飛び退りを選ぶが、後退でさえもカイに掌握されている。その証のように特殊合金で作られた靴が凍て付いていた。前を行くのにも、後ろに下がるのにも自由ではない。
「……運がなかったよねぇ、お互いに。あーし、敵になったら一番厄介なタイプはカイなんだと思っていたし」
「それは同意見だよ。……早谷兎真さん、あなたが敵になるのが一番にマズいのだとずっと思っていた」
「じゃあお互い様だ。ここで殺し合うの、必然だったのかもね」
双方共に、最も凶悪な敵となるのが分かっていたのならば、もう少し仲良くなんてしなくても済んだのに。運命はこういう時に、最悪な事態をいつでも選んでいく。
「……わたしは、自らの選択肢に唾を吐きたくない。だからこそ……早谷兎真さん、あなたをここで殺す」