「……あなた達は、死んだはずじゃ……」
「あっれー? それは言いっこなしでしょ? ま、あの最悪のお別れの後じゃ、私達の存在なんて分かったもんじゃないんだろうけれどねー」
「……姫宮財閥のご令嬢さぁん……。あなた、まだ変わっていないようね。相変わらず、自分で何でもかんでも背負ってばかり。それじゃあ苦労するわよぉ……」
「……っと。このテンションも馴染みも薄いけれど……言っている場合じゃないわよね。目の前に居るのが……ハートの女王……!」
三名分の声が弾けた後に、綺咲の隣で光を拡散させたのは少女の姿であった。ただし、ただの転生者ではない。
白光の輝きを誇る衣装に、黄金の光背を滾らせた転生者が四人。そのうち一人は、こちらを認めるなりウインクする。
「……待たせたわね、姫宮」
「……何で。何であなた達が……ここに居るのよ、高峰幸子に……篠崎妙子に、赤沢霧子……? そして……」
「そしてここ一番の最強格である、私。翡翠ツバサ! 片翼の蝶の復活よ!」
言葉の穂を継いだツバサに、綺咲は理解が及ばなかった。これまで脱落してきた転生者の復活もならば、この局面でハートの女王まで辿り着けるはずもないのに。
「……まさか、チェシャー?」
「いいえ。厳密には、現世に残ったコハクの仕業でしょう。彼女はまごう事なく、“ゲーム”の受付嬢。であるのならば、転生者の復活も権限のうち」
「……だとしても……あなた達、その姿は……」
「――アルコス。神の力の一端、とでも言うべきかな」
幸子がモンスターボールを翳す。それと同期して、ツバサ達も構えていた。しかし、その動作をハートの女王は嘲笑する。
「……何だ、それは。転生者の数を増やしたところで同じ事! ここで消え行け!」
杖から放たれた巨大な魔であるネクロズマが、その肉体から硝煙を棚引かせながら全員を睥睨する。
「……どうかな。案外、上手くいかないかもよ? 幸子ちゃん、妙子さんも、上手く合わせてよね」
「言われなくっても。……片翼の蝶なんでしょう? 見掛け倒しだけはやめてよね」
「それは手痛い言い草で」
ツバサと妙子の言葉を聞き取りながら、霧子が静かに数珠つなぎのモンスターボールを用意する。
「かく乱は任せて頂戴。私のポケモンならば、相手が強力でも押し通せる可能性があるわぁ……」
そんな中で幸子はこちらに振り返る。その眼差しに浮かんだのは、絶望ではない。むしろ、これから先に繋ぐべき希望そのもの。
「……有栖が、居なくなったのよね」
ばつが悪く、視線を落とすと幸子は追及する。
「……けれど、あんたの願いはその一つだけだった。“アリス”に会う。その純然たる願いを、誰が否定出来るものですか。私は、誇ったっていいと思っている。そのたった一つのささやかな願いのために、世界を欺けたんだからね」
糾弾されているようなものであったが、それでもその言葉尻には恩情が混じっていた。
「……許せないとは思わないの? あなたにとっては、篠崎さんは……」
「もちろん、ビンタじゃ済まないよ。けれどさ、それは全部終わってから。今は……終わらせるために戦う。ハートの女王を討ち、そして……私達の日常を取り戻すために」
ツバサが構える。妙子が翳す。霧子が素早く繰り出そうとする。幸子が、自らの力そのものであるモンスターボールを投擲する。
「「「「――行け!」」」」
四人の声が相乗し、まずツバサのオニシズクモが疾走してネクロズマの足元へと水の糸を手繰り寄せる。当然、ネクロズマの体表を伝う熱でそれらが無効化されかけたが、即座に跳躍していた妙子のヌメルゴンが堅牢な甲殻で固めた片腕を振るい上げる。
「ヘビーボンバー!」
鋼タイプの高威力技がネクロズマに食い込んだが、ネクロズマの体表はまるで沼のようにその攻撃を減殺していく。すると、霧子は包囲陣を完成させていた。ヤバチャの進化系であるポットデスだ。黒い光球を編み出し、四方八方から放つ。
「シャドーボール!」
着弾と同時に噴煙が上がり、今度は電撃のギターを片腕に備えた幸子のストリンダーが大上段よりネクロズマへと仕掛ける。叩き落された雷撃の一閃によって両断されたかに思われたが、ネクロズマの守りは堅い。
「……遅いな」
ネクロズマがその片腕を払う。すると、結晶体の内部に凝縮されていた光が一斉掃射され、アルコスを持つ転生者達を一旦飛び退らせていた。
「オニシズクモ! 地を這う一撃!」
背面へと回り込んでいたオニシズクモの口吻から放たれた一撃であったが想定以上の装甲強度に阻まれる。
「……弱いな。それでよくも」
ネクロズマが地面に手をついて自然エネルギーを再構築し、オニシズクモを一気に瓦解させようとしたが、その時には既に構築済みの水の包囲網に逃げおおせている。
「……簡単に勝てるなんて思わない事ね……! 幸子ちゃん! いくらネクロズマが強力なポケモンでも、弱点のないわけがない! 解析頼むよ!」
「うん……! ツバサ姉! ……ネクロズマの放出する技の基本形は、熱伝導のものがほとんど。氷だったり、ドラゴンだったりはしない。なら、対処法はあるはず……!」
「対処法? 対処法と言ったのか? この転生者は! 笑わせる! ネクロズマに弱点などない! そしてうぬらは……何も分からぬままに死んでいくのだ!」
ネクロズマが攻撃の動作に移ろうとする前に、その躯体へと毒の塊が浴びせられる。当然、防がれてしまうがハートの女王はその攻撃の主を目にして眉を跳ねさせる。
「……何のつもりじゃ? チェシャー」
今の今まで綺咲と激戦を繰り広げていたチェシャーのアーゴヨンが今、ネクロズマへと攻撃の矛先を向けていた。
「……わたくしも間違い続けた。けれどこうして……! 転生者の皆様がきっと、正しいと思う事を成している! それを……黙って見ていられるものでしょうか……!」
その言葉にハートの女王は侮蔑の眼差しを投げる。
「……“感情”などと言う余分なものは思った以上にうぬに影響を与えたようであったな。“感情”がゆえに裏切りを覚え、その衝動のままに意味を失った行動に出る。妾にしてみれば、最も醜悪なのはうぬじゃ。転生者の味方でもなく、妾の味方でもないとは」
「……わたくしは、自らの心に嘘をつきたくないだけです」
「嘘と来たか。……教えてくれよう。虚飾の果てに待つのは畢竟、何でもない手詰まり。うぬらはそれを刻んでいるだけだという事がどうして理解出来ん?」
確かにハートの女王の言う通り、これは無駄な足掻きなのかもしれない。それどころか、ただの撤退戦よりもより性質の悪い、本質的には無意味な抵抗だ。それでも、ツバサが前に歩み出す。
「……私さ、そりゃーたくさん殺したし、たくさん裏切ったけれどさ。いざハートの女王、君を目にすると、ちょっと分かるわ。結局のところさ、許せる許せないの問題を超えて、君ってやっぱり――自分を大きく見せたいだけの小物なんだね」
ツバサの言葉はハートの女王の神経を逆なでするのには充分であったのだろう。彼女はあえて表情に怒気を宿らせなかった。それどころか、逆だ。
氷のように凍て付いた声音で、ただ一言発する。
「ならば、死ね。転生者ども」
「……全員! ネクロズマの攻撃は一発でも喰らえば戦闘不能だ! 散開機動を取るよ!」
「命令しないでよ、ね。私を殺しておいて」
ツバサの物言いに霧子がどこか湿っぽい声音で返しながらネクロズマを中心軸にして攻撃を間断なく放っていく。そのほとんどは黒の結晶体であるネクロズマの表皮に吸い込まれダメージになっているような気配もない。
それでも果敢に攻め立てる事こそが重要だと、ツバサが指揮する。
「アルコスの第二権限を使う! ネクロズマの真正面!」
ツバサのアルコスが煌めき、オニシズクモの肉体に赤い文様が刻まれ瞬時にその姿を掻き消す。しかしハートの女王は下手に首を巡らせる事もない。
「……水の糸を使い、たわませる事で四方八方、全方位においての優位を取る。なるほど、対転生者戦ならば、それは一瞬の出来事であろうな。だが、妾を誰と心得る? このヒスイ地方、鏡面界で民草を率いる、煉獄の女帝。それを簡単に殺せるなどとは思わぬ事だ。それに! 既に割れておるわ! その些末な策もな!」
ネクロズマが腕を払い、オニシズクモが狙った軌道を先読みして叩き伏せる。すぐさま追撃が迫るかに思われたが、それを阻止したのは妙子のヌメルゴンであった。
「ヌメルゴン! ラスターカノン!」
鋼の色相が激しい光を帯び、乱反射させるがそれらはことごとくネクロズマの体表に吸い込まれていく。
それを目の当たりにして、霧子が冷静に告げていた。
「熱伝導火力の完全な無効化。……いいえ、これは吸収ね。光や熱を奪う、そういった性質が、ハートの女王のネクロズマにはあると思われるわぁ……」
六体のポットデスによる子細な観察。そして霧子自身の優れた審美眼が発揮され、ネクロズマに奪われた「ラスターカノン」の行方を解析しながら今もアルセウスフォンへともたらす情報網を途切れさせない。
「……なら! 電撃でぇ……ッ!」
幸子のストリンダーが高威力の雷撃を身に纏い、ネクロズマの装甲を叩くが、それでも有効打には成り得ないようであった。それどころか、エネルギーを奪えば奪うほどに、ネクロズマの攻撃は鋭さを増していく。
「意味のない事を!」
弾き返された幸子のストリンダーが飛び退り、それから自分へと声を投げる。
「……姫宮。あんたの力が必要よ。もう一度、有栖に会って……それで謝るんでしょう? その悔いが心の中に一滴でもあるんなら、協力なさい。ここではツバサ姉も、赤沢霧子も、妙子さんもみんな、思っている事は一つだけ」
「……たった一つの……願い……」
綺咲は己の胸中に問い質す。
求めるのは“アリス”か、それとも“篠崎有栖”か。
ハートの女王に従えば、その言葉に迷いなど差し挟まずに戦えば、なるほど“アリス”の寵愛は得られるのかもしれない。だが、それが正しいのか。
今の綺咲には答えが出せなくなっていた。
ここに四人、有栖を救うためだけに揃った転生者達。彼女らの胸に抱いている志は、ただ一つ。
有栖が紡いできた、ここまで戦ってきたその証。輝ける絆の繋がりそのもの。
自分はその在り方に、唾を吐くなんて出来ない。何よりも――もう、心は動き始めていた。
ずっと止まっていた、長い間、進む事も戻る事もなかった心の秒針は、次の時を待ち望んでいる。
「……ハートの女王。私は結局……あなたの思った通りにしか動けなかった。“アリス”のために、この虚飾の“ゲーム”を回す事で」
「……今さらに懺悔か。しかし、その渇望は正しい。彼奴等を始末せよ。如何に妾が強靭であろうとも、羽虫は邪魔なだけだ。ジャラランガで制圧せよ」
しかし、綺咲は応じない。それどころか、キッと鋭い眼差しをハートの女王に投げる。
「……私は、あなたの“影”でもなければ、人形でもない。私は……私。間違い続けてきたけれど、それでも――私は私の選択に、後悔なんてしたくはない。……篠崎さんを、返してもらうわよ」