ジャラランガが自分の意思を確かめて両腕で構えを取る。それを目にして、ハートの女王は心底理解出来ないとでも言うように侮蔑する。
「痴れ者が! 身勝手に世界を書き換え、身勝手に運命を壊してきた小童が、ここで妾に弓を引くだと? ……そんな狼藉、許されるわけがなかろう! 思い知らせてくれる、ネクロズマ!」
ネクロズマが体内に光芒を充填させていく。大技の予感に、全員が固唾を呑んだが、綺咲は落ち着いて応じていた。
「……技の起こりがあるのならば、回避不可能なんて事はあり得ない。お願い、私のために……こんな下らない願いのために、力を貸してちょうだい」
「……下らなくなんてないわよ。それに今さらでしょ。私達だって、有栖のために戦っているのだものね」
「あの子は愚図だから……今も私達をやきもきさせるんでしょうけれど……それも美点か。本当、姉妹だって言うのに気づけないものよね」
幸子と妙子のどこか達観したような声音を受け、綺咲はこの決断に迷いなどなかったのだと実感する。思わず目頭が熱くなったが、今は堪える時だ。
「……私が率先して、ネクロズマの熱攻撃を減殺するわ。その際、赤沢霧子は背面へと回り込んで、ネクロズマの弱点を探ってちょうだい」
「分かっているけれどぉ……案外、危険なのはお互い様ねぇ……」
ツバサがアルコスの煌めきを滾らせたまま、オニシズクモへと次の命令を構えさせる。霧子は全員の応戦を受けてネクロズマの情報を一つでも拾い上げるのが役割だ。
ネクロズマの体躯の中枢から光が乱反射し、光条が幾重にも重ねられて一斉掃射される。
「ネクロズマ、プリズマレーザー!」
両腕を突き出し、幾百にも及ぶ光条兵装の発露にまず行動したのはツバサである。ここまで構築してきた水の網で少しでも「プリズムレーザー」の威力を減殺しようとするが、即座に蒸発したそれらはほとんど使い物にはならない。
だが、次手は打ってある。
幸子がストリンダーに電撃のギターを掻き鳴らし、放たせたのは「ばくおんぱ」に混じらせた「オーバードライブ」であった。音響と電撃による二重の連鎖が螺旋を描き、ネクロズマの光線を打ち消そうとする。
そんな中で綺咲のジャラランガと同時に駆け出したのは妙子のヌメルゴンであった。その腕に巨大な鋼の甲殻を纏い、四方八方から放たれる高熱源をかわしながら、ジャラランガと共に狙ったのは超至近距離戦闘。
ネクロズマの光条兵装はある程度の距離がなければ有用とはならない――そう確信してのゼロ距離。
「ヌメルゴン! ギガインパクト……!」
一点集中させた渾身の一撃をネクロズマの躯体へとアッパーカットで打ち込む。相手の攻勢が巡ってくる前に、綺咲は横合いからジャラランガに命じていた。
「インファイト……!」
ほぼ肉体が重なっているような状態で放たれた「インファイト」の威力は如何にネクロズマがこれまでの技を飲み込んできたとは言え、相応の打撃のはず。しかし、ネクロズマの体表は波打つばかりで、まるでその見た目の結晶体の在り方とは隔絶している。
「愚かしいな。ここまで無意味な技を打ち続けるとは」
「――どうでしょうか」
中空から仕掛けたのはチェシャーのアーゴヨンで、その対処に遅れた一拍の隙を突いて、彼女は命じる。
「ドラゴンダイブ!」
青白い焔を全身から滾らせ、アーゴヨンが急降下する。自らの質量だけではなく、その内部骨格を輝かせての追突は、ネクロズマの肉体にここで初めて、一撃を与えていた。
「……妾のネクロズマに、傷……?」
「一発で済むかしらぁ?」
背面に回り込んでいた霧子がポットデス六体による「シャドーボール」を練り上げ、一斉射する。大したダメージではなくとも、綺咲達には希望があった。ここでともすれば、ハートの女王を倒せるのではないのか、という漠然とした希望である。
「……やれる! このまま押し込めれば……私達でも……!」
綺咲のジャラランガが音響の攻撃でネクロズマから距離を取り、その際には入れ替わるようにして幸子のストリンダーが電撃のギターで薙ぎ払う。それと共にツバサのオニシズクモが水の触媒を用いてより鋭角的な威力に引き上げていた。
「案外、女王なんて名乗っておいて実戦不足なんじゃないの?」
「……吼えるな、小童が!」
ツバサの挑発に乗ったハートの女王が片腕を翳し、そこから鋭敏な光の刃を薙ぎ払おうとして眼前に佇んだ妙子のヌメルゴンが光を拡散させる。
「ラスターカノン!」
「……ちぃ……っ!」
戦力は足りなくとも、それでも手数で勝れば勝利の可能性も見えてくる。実際、綺咲はこの局面ならばハートの女王を追い込めるのだと感じていた。ここまで無傷であったネクロズマでも、傷の一つくらいは与えられるのではないか、と。
しかし、全員を見渡したハートの女王は舌打ちを滲ませて杖を激しく突く。
「……よもやうぬら……妾に勝てるなどと、思っておるのではなかろうな?」
「……可能性はあると思っているわよ。少なくとも、アルコス持ちの転生者が四人。そして、策を巡らせていればいずれは――」
ツバサの言葉の先を遮ったのはハートの女王の哄笑であった。まるで全てが無為とでも言うように、その高笑いが天高く吸い込まれていく。
「……よかろう。その在り方と傲慢さに敬意を表し、見せてくれよう。見た事を後悔する、そう言った代物を……」
ハートの女王が片腕に宿した菱形の結晶体を掲げる。鋭い光が明滅したかと思うと、凝縮されていくのは純然たるエネルギーだ。だがメガシンカエネルギーとは異なる。
それは主の側にエネルギーを依存し、ポケモンの潜在能力とも呼べるものを共鳴させて引き出す、これまで綺咲達が遭遇した事のない術。
世界を変えるほどの光の熱波を拡散させ、ネクロズマの黒い結晶体の体躯が持ち上がる。羽ばたいたのは四枚の翼であった。ネクロズマの肉体が痩躯となり、その翼の骨格を基点として力場が逆巻く。
黄金であった。
夜明けを想起させるほどの、絶対的な輝き。照り輝かせた色調をさらに激しくさせて、ネクロズマが躯体を再構築する。
それは四翼を持つ、全体像で見れば龍であった。
しかし、これまでの既存のポケモンの枠にはまるで収まらない。圧倒的な存在感と威圧感を放ちながら、ネクロズマから変異したようにしか見えないポケモンは咆哮する。
それだけで、この場に居る全員が震撼する。
アルコスの権能を持つツバサも絶句しているようであった。これほどのポケモン――いや、果たしてこの姿を持つ存在はポケモンと言う枠組みで説明可能なのか。
「――征け。ウルトラネクロズマ」
ハートの女王が紡いだ名前に、綺咲は息を呑む。
「……ウルトラネクロズマ……? そんなもの、聞いた事なんて……」
「それもそのはず。妾がこれを見せたのは、未だに三回未満。とくと喜べ。うぬらは三回目にこの姿を見る相手であり――そして一秒後には、その存在証明でさえも簒奪されるであろう。ウルトラネクロズマ、メテオドライブ」
途端、ウルトラネクロズマの躯体が一個の巨大な火球へと変化していた。太陽のように轟と燃える灼熱が、今に自分達へとまるで鉄槌のように放たれる。
綺咲は全員に視線を巡らせていたが、誰一人として対抗策を打てないようであった。否、打てないではなく及びもつかない。
まるで想像の範囲外。このような存在と相対しただけでも、身を焼かれ、魂でさも焼き尽くされる。そこに残るものは、何もない。
業火を前に、綺咲達のした事はほとんどない。
ただ、鏡面界を染め上げる人工太陽の出現と、それによる焦土の激震が直後の綺咲達の身を嬲っていた。