死んだのだと思い込んでいたらしい。
だからこそ、肩を貸していた兎真にカイはびくついた様子だ。
「おっ、起きた?」
「……わたし達、生きて……」
「いやーね。どうやらアルセウスフォンを互いに潰し合っても……イレギュラーでもあったのかな? 案外、大丈夫だったみたい」
兎真は半壊したアルセウスフォンをカイへと翳す。カイもカイで、自らのアルセウスフォンに視線を落とす。
「……けれど、何で? アルセウスフォンの破壊は、“ゲーム”の脱落を……」
「あーしの仮説でいいんならさ、ちょっとだけあるんだけれど……。もう“ゲーム”は別側面へと変わったんだと思う。チームロワイヤルから、別の領域へ。だから、あーし達のアルセウスフォンは壊れなかった。もちろん、これがただの猶予の場合もあるけれどね」
いずれにせよ、完全に消え去る前にまだ出来る事はありそうだ――そう思った矢先、テンガン山の麓で舞い上がったのは灼熱の太陽であった。
「……あれは……!」
「多分、ハートの女王の攻撃だろうね……! にしたって、なんて火力……! あんなの喰らったら、有栖もヒメもヤバいって!」
だが、自分達で出来る事などほとんどない。無力感に苛まれる前に、カイはアルセウスフォンをタップしていた。
「……現世との通信が復旧している? もしもし?」
『もしもし? ……よかった、繋がった!』
「……こばとさん? みんなはどうなったの?」
『……説明が難しいのですが……一つだけハッキリしているのは、現世から援護に向かった皆さんは無事に到着したのでしょう。アルコスとやらを手に入れて、ハートの女王の打倒を目指しているはずです』
アルコスの発現も意想外であるのならば、援護に向かったメンバーが居たのも驚くべきだ。兎真がカイのアルセウスフォンに耳を当ててこばとに問う。
「こばと、あーしらは結構……ダメージ受けてるんだよね。だから、単刀直入に聞くよ? ……ハートの女王には力押しでは決して勝てない。だからこそ作戦くらいはあるんだろうね?」
『……少なくとも幸子さん達は、希望をもって前線に赴いたはずです。それに、有栖さんも……決して諦めなんかに膝を折るはずがない……! ぼくは有栖さん達を信じます!』
こばとの決意もここまで来れば立派だろう。ただし、この情勢をしっかりと見定められる人間がそうそう居るとも思えないのだ。
「……信じてもらえるのは嬉しいけれどさ。あーし達が辿り着くその頃には……有栖もヒメも死んじゃってるかもしれない。……いや、もっと悪い結果かも」
『それってどういう……』
問い詰めようとしたこばとの声音が不意の通信障害で遮られる。
「……ここいらが限界かぁ。後は頼むよ。当てにはしているんだからね」
ぷつっと通話が切れ、兎真はようやく雪原を超え、テンガン山を挟んでの緑地に踏み入っていた。
「……ねぇ、兎真さん。一体何が……何が正しくって何が間違っていたんだろうね。わたしの記憶もそうなら、転生者のシステムも。誰かの悪意でしか、物事って回んないのかな?」
いつになく悲観的なカイに、兎真はそれとなく答える。
「……分かんないけれどね。正解不正解があるかどうかなんて、結局は人の数だけ、だろうし。まぁ、だからこそ厄介なのもあるんだけれど。でもさ、カイ。諦めたくは……ないんだよね?」
その水晶の瞳を見返すと、カイは決意の灯火を浮かべる。
「……うん。たとえ間違いばっかりだとしても、わたし、この戦いで得られたものもあるから。だから、自分の選択に、幻滅するのだけは、絶対に嫌」
「あーしの行動原理も似たようなもんってところかな。……たとえ、絶対なる“知識”を持っていたとしても、それで世界が救えるわけじゃないし。一時的な、慢心だよ。頭でっかちって言ったほうがいいのかもね」
「……頭でっかち……かぁ。わたしも結局、そうなのかも。自分が生まれた意味だとか、存在する意味だととかさ。そういう、ご立派なお題目に踊らされて……一番大事な事を見落としていたのかもしれない。兎真さん、あなたはだって、ここまでわたし達を……助けてくれた。救ってくれた……んだよね?」
確証もなくカイが問いかけると、兎真ははぐらかすように笑うしかない。
「……わっかんないけれどさ。あーしはなんだってハッピーエンドが好きなんだよね。そりゃあ、たまにはビターな大人の味だとか、バッドエンドだって本当に一割くらいは嫌いじゃないけれど……けれど、基本的にはさ。報われたほうがいいに決まってるじゃん。だから、この物語のオチは……ハッピーエンドがいいんだ」
「……ハッピーエンド、か。じゃあ、わたし……もっと頑張ってもよかったのかな」
「……分かんないけれどさ。あーしはこのまま……テンガン山を超えて、有栖達の加勢をするつもり。カイはどう? 心変わりした?」
尋ねると、カイは少しだけ顔を伏せてから応じる。
「……わたしの存在意義なんて、大した事なんてなかった。ただの、過去の幻像。現世でビデオテープってのを見た事があるけれど、あれみたいなものなの。わたしは結局、ビデオに焼き付いた、ただの現象でしかない。今を変える力なんてなければ、過去を変えるのも無理。わたしは、かつてヒスイ地方に、まだ人間が住んでいた頃に、ここに居た、“カイ”という名前の女の子の……幻なんだよ」
兎真は頬を掻く。カイの悲観も分からないわけでもない。生きているのだという確信もなく、かといって死んでいるわけでもない。まさしく“死なずして転生者となった”が正しい。
魂の存在を信じるのならば、カイの命はただの現象だ。
本来の意味で“カイ”と言う名の少女の命でさえもない。
「……けれどさ。あーしは楽しかったよ? カイがどんだけ自分のコトを偽物だとか言ったとしても、それでもさ。だって、あーし達はこうして出会ったわけじゃん? それってさ、昔生きていたカイが本物だとか幻だとか、カンケーないよ。どんな形であったってカンケーない。あーしは今、こうして傍に居てくれているカイが好きなわけだからさ」
「……こっ恥ずかしい事を言うのね、兎真さん」
「そう? あーしはどこも恥ずかしいなんて思ってないよん♪」
この絶望的な極地であったとしても、それでも余裕だけは崩さない。それは自分にとって最も手ごわい自負であり、なおかつ崩すわけにもいかない人格そのものだ。
「……そろそろ、雪原を抜けるね。空気の気配で分かる。……テンガン山の向こうは、もう焼け野原だよ」
その言葉通り、ハートの女王の玉座を中心として一帯が炎に押し包まれている。隕石でも落ちてきたように巨大なクレーターが空いており、その中心地は黒く変色していた。
「……黒い、雨……?」
降りしきる雨が泥のように身体を叩きつける。兎真は世界を染め上げる黒い雨に打たれながら、爆心地で倒れ伏す数名の見知った影に目を見開く。
「……ヒメ! みんな……!」
「……兎真さん。行って……!」
頷いてカイを振り解き、兎真は爆心地に直進する。煤けた風が肺を蝕む。一呼吸だけで、内臓が焼け爛れそうであった。
恐らく、極大火力が叩き込まれこの地の地層でさえも塗り替えた。
本来、白く静謐であるはずのテンガン山の向こう側は世界を塗り潰す黒い雨と、そして燃え盛る炎によって終わりの淵にある。
「……ヒメ! みんなも……!」
生きているのか、と声にする前にその影が身じろぎする。
「……ほぉ、これでもまだ、死なぬか」
「……あれが、ハートの女王……!」
思わず兎真は息を詰まらせる。これまで散々映像と資料と、そして“知識”では知ってきたとは言え、目の前にするのは初めてだ。
「……これは……奇縁であるな! まさか、“知識”の娘! 生きておったとは!」
「……あんた、ハートの……“感情”の女王だよね?」
「問わずともよい。分かり切っておるのであろう? “知識”……いや、アーキタイプ、ユクシー、と呼ぶべきか」
「……そういうあんたは、アーキタイプ、エムリット、とでも呼ぶべきかな。本来なら湖の底にずっと封印されていたはずの、“感情”の結晶。そうだな、分かりやすい言い回しでいいんなら“神”とでも」
「強張らずともよいぞ? 妾とうぬは似た者同士なのであるからな。いずれも、このヒスイ地方では、ただの現象。アーキタイプアリスの再現する地獄の一端でしかなかった。じゃが、妾の“影”とアーキタイプアリスとの邂逅が、全てを変えた」
「……ヒメが十二年前に、アーキタイプアリスと出会わなければ、こんなコトにはならなかった。……現実世界にポケモンがイニシャライズするコトも、そして“転生者”が生まれるコトも、すべて……」
「うぬの言う通り。ニンゲンは、あまりにも傲慢に出来過ぎてしまったようじゃなぁ。元々、そういった俗世と隔絶するための地獄であったはずなのに、アリスと“影”が遭遇した事で、全てが狂った。……ふむ、やはり、“知識”を司る存在と喋っていると説明せずに済むから助かる。これに納得出来なかった愚か者が居たものでなぁ」
「……それが有栖なんでしょう?」
こちらの問いかけに、ハートの女王は玉座についてふんぞり返る。
「……まったく。ただの願いの副産物に過ぎぬのに……彼奴は……!」
「それ、ヘンじゃない?」
兎真が言及した事で、ハートの女王がピクリと眉を跳ねさせる。
「……聞き間違いかのぅ。変、とは?」
「だってさ、あんたちゃんちゃらおかしいよ。“感情”を司る神様のクセに……何で、ただの願いの結実に過ぎない有栖に――そんなに苛立っているのさ」
その言葉でようやく気付いたとでも言うように、ハートの女王は頬に手をやって自身を衝き動かすその黒い衝動の名前を知ったようであった。
「……これが、苛立ち……? 怒りだとでも言うのか? あり得ない。妾は“感情”の女王じゃぞ? “感情”を扱う存在が、“感情”に振り回されるなど……」
「あり得ないって言うんならさ。もうとっくに、奇跡は起こってるんだ」
兎真が一歩踏み出す。
その有り様にハートの女王が首を傾げて、杖を天高く掲げる。
「奇跡? そのようなもの、存在せぬ。全て、この世界にあまねく奇跡も、願いも、その成就でさえも、システムに過ぎん。起こった事は起こるべくして起こっておる。当然、起こらない事も然り。奇跡など、ニンゲン共が願うだけの、まやかしよ」
「まやかしなんかじゃない。だって、今、対面してハッキリ分かった。有栖はあんたの、その面の皮の厚いプライドそのものに、ビンタしたんだって」
ハートの女王がここに来て初めて、明確な怒りを表情に浮かべる。そして、自ずとその手は頬を撫でていた。
「……あり得ぬ。あり得ぬわ、そのような事……! あれは、ただの副産物! いや、最早その言葉繰りでさえも惜しい、ただの紛い物よ! だと言うのに……あれに意味があったと? 意味などない! ヒメミヤキサキが愚かにも願い、そして結実しただけの、無意味の象徴!」
「違うね。それは絶対に違う。だって、有栖はあーし達を、きちんと結んでくれた。奇跡の副産物なだけなら、ここまで来られなかった。それはあーしが……“知識”を司る存在が、誰よりも雄弁に分かってる。……あり得ないをあり得ないで掛け合わせればさ、マイナス掛けるマイナス――つまりは……無限大のプラスになる!」
「……詭弁だ。散れ、“知識”のアーキタイプよ。ネクロズマ!」
黒い影そのもののようにハートの女王の背後で鎮まっていたネクロズマが動き出す。兎真はホルスターからモンスターボールを引き抜き、そして声にする。
「行け! アップリュー! タルップル! カミツオロチ! ……みんな、行くよ……。最後の戦いだ!」
「戦い? 戦いなどならぬわ! ここから先にあるのは――ただのつまらぬ塵芥! 終わらせよ、ネクロズマ!」
「どうかな……? あーしさ、これでも“知識”の神様だから分かるんだよね。今のネクロズマはかなり弱っている。いや、全力を出し尽くした、と言うべきかな? そんななりで、あーしに勝てると思ってるの?」
「……抜かせ。やはり……“知識”とやらは無駄なものじゃな。ただただ“知って”おるだけの愚かしさ。この結末と相成るのも、うぬの中では想定内なのであろう?」
その問いかけに、兎真は足元に転がっている石を見つけ出す。煤に塗れ、黒い雨と泥に汚れた地面に不意に浮かんだ、結晶。
どのような力があったとしても、あるいはどのような絶望があったとしても決して穢れぬ純然たる輝きが、ここに存在していたのだ。その証左に、兎真は思わず笑みを浮かべる。
「……バカだなぁ、ノックス兵団長。ちゃんと、その輝きは残ってる。最期まで不器用だったけれど、それでも立ち向かう気概は、嫌いじゃなかったよ」
「砕け散れ! フォトンゲイザー!」
ネクロズマの体内に居残った光を充填させ、兎真へとその光の結晶体が放射される。兎真は咄嗟にアップリューに掴まって飛翔し、タルップルに命じる。
「タルップル! リンゴ酸!」
「そのような攻撃が効くものか!」
タルップルの自慢の蜜による攻撃でも、ネクロズマの堅牢な装甲は砕けない。それどころか、より強靭に黒く沈んでいく。
「……カミツオロチ! 気紛れレーザー!」
「それも効かぬ!」
カミツオロチの放った光芒は接触した瞬間に溶けるようにしてネクロズマの体内に吸い込まれる。まるで闇そのものが固形化したようなネクロズマのその本性と、そして特徴に兎真はある可能性に思い至っていた。
「……そうか。ネクロズマは無尽蔵に、光……即ち全ての物質の赴くところ、熱量を奪い取る、ってワケか。ポケモンの攻撃は少なからず熱エネルギーを帯びる。攻撃すれば攻撃するほど、ネクロズマの体内に熱量は溜まっていく……」
「ほう? さすがに賢しいな。“知識”を名乗るだけはある。じゃが、分かるのが遅かったようじゃな。ネクロズマは今のたった二発の攻撃だけでも、自前のエネルギー炉に火を灯す事が出来た! 感謝するぞ、“知識”よ! うぬの意味などない、ただの足掻きにさえも満たない攻撃が、ネクロズマを再び稼働させる……!」
その言葉通り、ネクロズマの結晶体の集合の相貌に光が宿っていく。タルップルとカミツオロチの攻撃だけでも、ネクロズマを再稼働させるのには充分なエネルギーであったのだろう。
否、そうではない。
この世にあまねく全ての熱量、全ての光変換可能なエネルギーが、ネクロズマの誇る最大規模の攻撃を可能とする餌なのだ。
ならば、太陽を壊し、この世界を終わらせない限りネクロズマに勝利する方法はない。
通常ならば、ここで絶望したであろう。ここで膝を折っていたであろう。しかし、兎真の中には勝利の確信が浮かんでいた。
「……うぬは、何故――笑っている?」
「ああ、そっかぁ。笑っちゃってた? ……うん、だってさ。希望が見出された瞬間ってのは、いつだって嬉しいものなんだよ」
「嬉しい? 嬉しいと言ったのか、うぬは! 見よ! 妾に不敬にも向かってきた者達の骸を! 全員死んだのだぞ? 妾に遠く及ばずに!」
兎真はしかし、諦めない。アップリューに掴まったまま、戦域に転がっているアルコスを纏って死したはずの転生者達を見下ろす。
「……いつまで寝てるのさ、みんな」
「全員死んだのだ! 何故、理解出来ぬ! 動いているように見えるとすれば、それは風に巻かれただけの事象! そして、塵も残らぬほどに焼き尽くしてやった! どのような奇跡が起ころうとも、復活などあり得ぬ!」
「あっれー? それってヘンじゃん? だって自分で言ったんでしょ? 一度目の奇跡なら、とうの昔に起こってる。なら、二回目を起こすのは、別に難しくないよね? みんな!」
「愚かな! チェシャーも殺しておいた! 受付嬢も居らぬ! バステトも消えた! これで何が起こせる! それに、何度も言わせるな! 奇跡は起こらぬから、奇跡なのだ!」
ハートの女王の哄笑に兎真はアップリューに掴まりながらネクロズマの放つ「フォトンゲイザー」の光条を回避する。
「……かもね。けれどさ、それだって矛盾じゃん? 一個目の偶然は、ヒメとアーキタイプアリスが十二年前に出会ったコト。二個目は転生者とイニシャライズ、それに『ポケモン』の存在かな。んで三つ目は……ヒメが願ったコトで有栖が生まれた。ほら、もう三つも叶ってるんだからさ。四つも五つも、減るもんじゃないよねぇ?」
「不敬な! うぬなど所詮、神の名折れ! “知識”など持つがゆえに、世界の外れで飛び回るのが似合いの、ただの俗物よ!」
ネクロズマが全身から放射熱線を拡散させる。一発でも貰えばお終いだと、兎真は半分砕けたアルセウスフォンを握り締めて念じる。
タルップルが吼え、「リンゴさん」の硫酸の津波が黒々と焼失した大地をさらっていくがそれらは玉座にかかる前に熱量だけで霧散させられる。
「……でも、かかった!」
「かかった? 酸を蒸発させての粘膜への影響の事か? ……そのようなつまらぬ策、通じると思ったか!」
ハートの女王が杖を突き出し、ネクロズマの「フォトンゲイザー」の矛先をタルップルに向ける。それを阻んだのはカミツオロチであり、果実の躯体から無数の頭部を引き出させ、「きまぐれレーザー」の一斉掃射がネクロズマに命中するが、それらは全て光エネルギーとして変換される。
「それも、つまらぬ……な!」
薙ぎ払われた「フォトンゲイザー」の一射がカミツオロチとタルップルを一瞬で戦闘不能にする。兎真は二体をボールに戻し、アップリューに加速を掛けさせていた。
「……なら……! 全力でぶつかるまで!」
「何度言わせれば分かる。いや、それも妙な話か。うぬは“知識”なのだからな。全て分かっておって、全て理解の上で、全て承知したまま、こうして妾に敵わぬ事など言わずとも。それでも向かって来るのか? 何故?」
「何故って……そんなん決まってるし! ――“トモダチ”のために、全身全霊を尽くすのが、今どきJKでしょ!」
アップリューが追い風を翼に受け、兎真は直上からの一閃をハートの女王とネクロズマに与えようとして、その瞬間にアップリューの纏っていた風が一蹴されたのを思い知る。
「……トモダチ、だと? そんな、本当にそのような馬鹿馬鹿しいものだけで妾に立ち向かっていると言うのか?」
アップリューの右翼が閃光の一射で完全に射抜かれてしまっている。揚力を失ったアップリューと兎真はそのまま地面を無様に転がっていた。泥と水溜まりで全身が黒く汚れてしまう。それだけではなく、打ちどころが悪かったのか、全身に鈍痛が走る。
「……痛ったたた……。マジに急転直下で仕掛けるなんて無茶しちゃったなぁ……」
すっ転んだ自分へと、ネクロズマが攻撃を絞ろうとする。
「……愚かな。“知識”の、それも特上のものを与えられておきながら、不正確なものに依存する……。やはりニンゲンとは、どこまでも醜悪! どこまでも無知蒙昧よ!」
「あっ、そこ!」
兎真がすかさず指摘する。ハートの女王は苛立ちに眉を跳ねさせる。
「……何だ?」
「今、“知識”の神様であるあーしに、無知って言ったね? それって何て言うんだっけ? 釈迦に説法って言うの? あ、こっちには釈迦も仏も居ないっけか」
「……どこまでも。妾の神経を、逆なでする! ネクロズマ、フォトンゲイザーで骨も残さずに消し去れ!」
ネクロズマが光球を編み上げる。兎真はしかし、うろたえるわけでもなければ、困窮したわけでもない。それどころか、逆だ。
口元に余裕の笑みを刻み、それから言い放つ。
「……まったく。いつまで眠りこけているのさ! ヒメ!」