ALICE   作:オンドゥル大使

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第16話 欲するものと『欺瞞』

 

「むぅ……そういうのって教えてよね……。何だってツバサ姉は身勝手な事をするかなぁ」

 

 翌日のカワセミ書店でむくれてみせる幸子にツバサは手を合わせて平謝りする。

 

「悪かったってば! けれど……チェシャーの言っていた事を考えてみれば、転生者って天性のものがなくってもなれるんじゃないかなって試したわけじゃん」

 

「チェシャーはそれに関しては……」

 

『聞かれませんでしたので』

 

 やはりその一点張りか、と有栖は嘆息をつく。

 

「で、トランプ兵団はどうなったの? 赤沢霧子が怪しかったのはもちろん、私も気づいていたけれど、それにしたって……ねぇ」

 

「トランプ兵団は最初の頃と同じように、濃霧の向こう側に消えていったわ。何なのかな……。転生者の敵ってトランプ兵団だけじゃなく転生者同士も、なんでしょ?」

 

『左様でございます。ですが、当初申し上げていた通り、トランプ兵団を倒し、鏡面界に平和をもたらしてください。それこそがあなた方、転生者の務めなのですから』

 

「それは請け負うけれどさ……。でも、変なの。一方的に来るだけで、勝手に帰って行ったなんて」

 

 有栖にしてみればそれは意想外であった。否、そもそもで言えば勝手に転生者に成ったツバサもそうである。

 

「でも、ポケモンが可愛いってのは本当かも。私もシズクモが可愛いわよ。よぉーし、よし。シズクモの食べ物は……っと」

 

 シズクモがぷくぷくと特徴的な頭部に泡を生じさせてツバサに撫でられようと首を傾がせる。ツバサは奥の居間に常備しているせんべいを取り出していた。

 

「せんべい? ……何だか、ちょっとおばあちゃんみたいじゃん。そんなのあったの?」

 

「まぁ、見てなさいってば」

 

 ツバサの手からせんべいを受け取ったシズクモが自らの泡沫の頭部にそれを押し込む。するとすぐさませんべいはふやけて、やがて柔らかくなったそれを吸い込んでいく。

 

「口が小さいから、こうしてふやけさせないとねー。今度は本でも読みましょうか」

 

 シズクモが同調してツバサの胸元に抱えられる。

 

「……ねぇ、ツバサ姉って意外と母性があったり? こんな風に面倒見がよかった覚えなんてないんだけれど」

 

「あ、あたしだってそうだってば。……でも、ツバサ姉も転生者に成ってくれたのなら、それはとっても心強いかも」

 

 自分一人で戦っているわけではないのだ。それは有栖にとっては代え難い勇気となる。それを考えるだけで、結んだ絆に心が熱くなる。

 

「……そう言えば……綺咲ちゃん、あの時あたしの事、アリス、って……」

 

 何故、あの一瞬だけだったのだろう。

 

 それ以外は冷静さを保っていたのに、何だかあの瞬間だけ綺咲の胸の中が明らかとなったような、そんな気がしたのだ。

 

 だが、そんな事がつまびらかになるのはこの先――きっといい関係を築けるはずなのだと、今は信じるしかない。

 

「……だって、綺咲ちゃんだって転生者なんだもん。あたし達、きっと……」

 

 仲良くなれるはずなのだ、と胸中に結んで微笑み、セビエにチョコチップクッキーを差し出す。

 

 満足げにクッキーを頬張るセビエに、ポケモンとの日々も悪くないのだとそう思えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、有栖。チェシャーに聞きたい事があるの。ちょっといい?」

 

 不意に呼び止めたのは我ながら怪しかっただろうかと思いつつも、有栖はきょとんとしていた。

 

「何? チェシャーに用なの?」

 

「うん、そう……。ちょっとね? 秘密の」

 

 アルセウスフォンを受け取り、浮かび上がったチェシャーへと幸子は呼び掛ける。

 

『如何なさいましたか? 高峰幸子様』

 

「……あのさ。ツバサ姉を転生者にしたんでしょ? ……私も転生者になれるの?」

 

『答えは保留させていただきます。転生者には、そう簡単には――』

 

「じゃあ、言っちゃうよ? チェシャー。あんた、昨日の夜、トランプ兵団を――殺したよね?」

 

 確証めいた言葉にチェシャーの返答が重くなる。

 

『……何の事だか』

 

「私さ。ツバサ姉が出て行ったのを確認してから、昨晩はちょっと出ていたんだ。とは言っても有栖が心配だったんだけれど……チェシャー。ここに、あんたとトランプ兵団のやり取りが入ってる」

 

 翳したスマホ端末に映し出されたのは路地裏に追い込まれていくトランプ兵団の下っ端であった。その再生ボタンを押す。

 

『……待て。待ってくれ……! 我々は転生者相手に……この世界にせっかく来られたんだ! ハートの女王の支配も振り切って……! 分かっているんだろう! 我々にはそうする事でしか、自由なんてない!』

 

『仰られている意味がよく分かりませんね』

 

 チェシャーがトランプ兵団の下っ端に向けて、冷淡に応じる。ちょうど背を向けている形なのでどのような顔をしているのかは分からない。

 

『分かっているはずだ。転生者を生み出すシステム、それにこの世界……。お前は、魂のアーキタイプを牢獄に閉じ込めるのが目的なのだろう? そのために我々トランプ兵団を倒せばいいなどそそのかした!』

 

『どこに間違いが? トランプ兵団が鏡面界において弊害なのは自明の理。転生者の皆様にはストレスなく、貴方達を狩っていただきます。それでこそ、願いの真髄へと至る』

 

「……本音で言っているのか。お前だって……鏡面界……いいや、ヒスイ地方に、あの世界に囚われたまま終わるのは御免のはずなのだろうに!」

 

『わたくしはこの“ゲーム”を円滑に回すまで。そのためには、貴方には帰還していただきます。無論、生きたままではなく』

 

 チェシャーの周りを飛び回るのは毒々しい紫色のポケモンであった。頭頂部には蜂の針を想起させる器官がある。

 

『ああ、嫌だぁ……っ! せっかくここまで来られたんだ! 天国じゃないか! この世界は! だって言うのに、また地獄に……!』

 

『ご安心を。地獄を見る前に、貴方の意識は途切れます』

 

 トランプ兵団は一瞬の隙を見逃さず、ポケモンを繰り出す。

 

『ドオー! メガホーン!』

 

 ドオーと呼ばれたポケモンが鋭い頭突きを繰り出すが、チェシャーは軽い舞踊を踏むようにして避けたかと思うと、自らのポケモンに命ずる。

 

『塵は塵に。ベベノム、ダストシュート』

 

 トランプ兵団の周囲を紫色の障壁が押し包む。それが瞬時に球体を形成し、トランプ兵団の肉体は断末魔を上げる事もなく、手のひらほどのサイズに収縮されていた。

 

 それを手にしたチェシャーが無慈悲に握り潰す。

 

 そこまでを記録した映像に、チェシャーからの弁明があるかに思われていたが、彼女は冷静に応じるのみであった。

 

『……なるほど。わたくしに叛意あり、と。それを転生者の方々にリークされるおつもりですか?』

 

「そんな事はしない。代わりに、取引」

 

『取引、とは』

 

「……私を転生者にして。出来るんでしょう? ツバサ姉が出来たんだもの。不可能なんて言わせないよ」

 

『……わたくしがそれを心の奥底から拒んだら、どうなさいます?』

 

「その時には有栖のアルセウスフォンを壊す」

 

 暫時、沈黙が流れたがやがてチェシャーはその赴く先を理解したのか、嘆息をつく。

 

『……承知しました。アーキタイプを持つ転生者が居なくなるのは損失ですからね。貴女を転生者に選んで差し上げましょう』

 

「……私のポケモンは……?」

 

『高峰幸子様専用のアルセウスフォンを構築いたします。それを握れば、嫌でも分かる事でしょう』

 

 チェシャーが片手を翳すと、幸子のスマホ端末がまばゆく輝き、それは白を基調としたアルセウスフォンに変貌する。

 

「……これで、私も転生者に……」

 

『一つ、聞いてもよろしいですか? 何故、転生者に?』

 

 チェシャーの問いかけに、幸子は一拍置いてから答える。

 

「……私にも……叶えたい願いが、あるから。それじゃあダメ?」

 

『いえ、もっともかと』

 

 だがこの瞬間、自分は有栖を欺いたのだ。

 

 その咎をいずれは受ける事になるのかもしれない、それでも――願いのために一つや二つの罪は背負おう。

 

「あっ、幸子。どうだったの?」

 

 幸子はその問いかけにアルセウスフォンとVの字のピースを返す。有栖は呆気に取られている様子であったが、幸子は努めて明るく返す。

 

「有栖やツバサ姉だけズルいんだもんねー! これで私も転生者!」

 

 笑顔で伝えたつもりだったが、上手く笑えているかどうかは分からない。

 

 生まれて初めて――有栖を騙して、そして計算高く振る舞った、そんな背徳の瞬間であったからだ。

 

 

 

 

第二章 了

 

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