ALICE   作:オンドゥル大使

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第三章 終焉の栞【Heaven for Everyone】
第17話 巡り来る『悪運』


 

 伝え合うのはお互いの鼓動。そして、脈動と駆け抜ける速度。

 

「有栖! そっちに行った!」

 

 幸子の声を受け、有栖は駆け抜ける。澄み渡った空気と、そして遠くに聳え立つ荒々しい山脈。自然界の威容に身が竦みそうになりながらも、有栖はセビエを繰り出して追跡する。

 

 自分達の倒すべき相手――トランプ兵団の下っ端を。

 

 鎖帷子を纏っているせいか、動きは鈍いがそれでも所持するポケモンは相反して陽光を緑色の翼で照り受ける巨大なポケモンであった。

 

「トロピウス! リーフストーム!」

 

 緑地面積を巻き上げ、自らを中心軸として放たれたのは鋭敏な性能を誇る葉っぱの乱射であった。「リーフストーム」は威力の高い技であるのはアルセウスフォンを握っていれば理解出来る。その対策も、自ずと口から出ていた。

 

「セビエ! 凍える風で応戦!」

 

 セビエの放つ冷気が緑色の旋風を凍て付かせていくが、それだけでは手数に乏しい。それをカバーするのが幸子のポケモンであった。

 

「今なら……! エレズン! 溶解液!」

 

 跳び上がったのは紫色の体表を持つポケモンであった。少しだけ垂れ目で、なおかつ全体像としては小柄である。

 

 エレズンはその口に溜めた「ようかいえき」を放ち、トロピウスの草の両翼を溶かしていく。トロピウスの機動力が削がれた瞬間、有栖は勝負を決めにかかっていた。

 

「セビエ! ドラゴンテール!」

 

 セビエが身を丸まらせて宙を舞い、蒼い力場を迸らせて「ドラゴンテール」を命中させる。トロピウスは抵抗の証として周囲を飛び回る葉っぱに虹色の色相を持たせて疾走させる。

 

「マジカルリーフ!」

 

 トランプ兵団の命令で幾何学の軌道を描いて「マジカルリーフ」が突き抜ける。アルセウスフォンから伝令される情報で、確定での命中を約束する技なのだと判断した有栖は新たに覚えさせた技を披露していた。

 

「セビエ! ドラゴンクロー!」

 

 セビエが両腕の肘に有する器官を振るって「マジカルリーフ」の葉っぱを叩き落していく。蒼い色調の爪は葉っぱの疾走速度よりも素早く叩き落し、さらに次なる攻撃への布石とする。

 

「地面に攻撃して躍り上がって!」

 

 地面へと「ドラゴンクロー」を撃ち込む事でセビエの身体が宙を舞い、そのままの勢いを殺さずに「ドラゴンテール」がトロピウスの肉体に突き刺さる。トロピウスが苦悶の声を上げた事で有効打な攻撃であるのが浮き彫りになる。それを感覚する前に幸子は叫んでいた。

 

「まだまだぁ! エレズン、もういっちょ溶解液!」

 

 毒の属性を持つ「ようかいえき」が浴びせられ、トロピウスの新緑の翼が枯れ果てていく。エレズンはその矮躯を活かしてトロピウスの懐へと潜り込んで頬ずりする。

 

 その頬袋には高圧電流が走っており、トロピウスを弱らせた途端、有栖は攻撃を命じていた。

 

「セビエ! もう一度ドラゴンテール!」

 

 セビエが鋭く鳴き、トロピウスへと一撃を叩き込んで無力化する。その時には既にトランプ兵団の下っ端は逃げ出していた。

 

「待て! 追うよ、有栖!」

 

「ま、待ってぇ……。幸子は元気だなぁ……」

 

 有栖はセビエを過剰に操った事で疲弊していたが、元の体力が違うせいか幸子はエレズンを率いてトランプ兵団の下っ端を追撃する。

 

 川面を超え、草原を踏み締めエレズンと共に幸子はトランプ兵団の下っ端を追い詰めていた。

 

「エレズン、攻撃を……!」

 

「ま、待ってくれ! 転生者と争う気はない……!」

 

「ウソばっかり! 私らの世界にイニシャライズされて好き勝手されて堪るもんですか! エレズン!」

 

 エレズンが「ようかいえき」を吐き出す前に有栖は思わず追い縋って声を投げていた。

 

「だ、ダメだよ……っ。幸子、人殺しは……」

 

「何言ってんの? こいつは人なんかじゃないよ。“ゲーム”の駒。敵キャラなんだから。その証拠に、ほら」

 

 エレズンの放った「ようかいえき」の毒素を受けてトランプ兵団は悲鳴を上げながら景色へと溶けるようにして消滅していく。その有り様はまるでゲーム内で敵キャラが消える際の呆気なさによく似ている。

 

「ね? こんなの罪悪感なんて抱く必要性はないんだってば。チェシャーもそう説明していたじゃんね?」

 

『左様でございます。有栖、トランプ兵団を倒していただく事が転生者の方々の急務。罪悪感も、ましてや他の感情も抱く必要はございません』

 

「……とは言っても、人の形をしているものを……」

 

 そう容易く割り切れないのが自分の悪い癖で幸子は心底呆れ返ったようであった。

 

「有栖っ! 私らは転生者なんだからさ! 多少、この鏡面界で自由に振る舞ったっていいはずじゃん。それこそ、普段のストレス解消にもってこいかも!」

 

 幸子に肩を組まれ、有栖は戸惑いを浮かべる。

 

 その脳裏に浮かんでいたのはアルセウスフォンを砕かれて消滅した霧子の姿であった。霧子は確かに、自分達を陥れようとしていた。綺咲の機転や、ツバサの参戦がなければ負けていたかもしれない。だが、どうしても心がささくれ立つ。

 

 あの瞬間、間違いなく現実世界に居たはずの「赤沢霧子」は消え去ったのだ。跡形もなく、そして呆気なく。

 

「……ねぇ。霧子さんの事、覚えている……よね?」

 

「あいつ、裏切り者だったじゃん! 覚えておく必要もないってば。大体、転生者同士で戦うって言うのに、いきなり六体も持ってるのもズルだったし!」

 

 幸子はどうやら霧子に対して悪感情を抱いたままらしい。その感覚を否定は出来ないが、それでも人一人が消失したのだ。何かしら現実世界に影響があってもいいものだが、有栖は霧子が通っていた学校も、ましてやその普段の振る舞いも何一つ知らない。

 

「……そう言えば、オカルトマニアって言ってたっけ……? そういうお仕事やっていたのかな?」

 

「ねぇ、もうあの裏切り者の事を気にかけるのはやめたら? それよりも、ほら! 今ので経験値が入ったみたいじゃん!」

 

 お互いにアルセウスフォンに表示された経験値を見せつけ合う。セビエも順調にレベルアップしており、幸子の持つエレズンも同じであった。

 

「あっ、本当だ……。今のトロピウスが強かったのかな?」

 

「そうだとしても! 私達なら無敵じゃん?」

 

 幸子が手を掲げたので有栖もハイタッチする。こうして鏡面界に入って戦うようになってそろそろ三日目。学校をさぼるのは心苦しいが、有栖自身も少し楽しみにしている部分もあった。普段の生活ではまるで得られない快感、感情の発露、そして戦いの中の昂揚感。

 

 そう――昂揚感だ。

 

 有栖は最初の戦闘から、ずっとそれを引きずっていた。

 

 どうして、綺咲との共闘の瞬間、あそこまで胸が高鳴ったのか。どうして、戦いにおいて及び腰になる事がないのか。それもこれも、転生者の適性だと言われてしまえばそこまでだが、個人的には気にかかる。

 

「……あたし、こっちのほうが向いてるのかも……」

 

「そりゃー現実世界で燻ってるよりかはいいでしょ。私もこっちが本当の世界ならなぁ。帰ったら勉強に、それに待ち構えている将来の不安! やってらんないってば……」

 

 自分も幸子も、もう少しの時間しか高校生の身分を甘受出来ない。いずれは進路を決め、そしてともすれば別れる事もあるだろう。たとえ遠く離れても幸子とは親友のつもりだったが、その不安は刻一刻と強くなっていく。それに反比例するように、こうして鏡面界で自由に振る舞うのがよりどころになっていた。

 

 エレズンを抱きかかえた幸子が靴を脱ぎ、川のせせらぎに任せてぱしゃぱしゃとはしゃぐ。

 

「冷たくって気持ちいいー! 何でこんないい場所がトランプ兵団のものなんだろうね?」

 

 有栖もセビエを抱えて同じように水面に足をつける。想像していたよりもずっと冷たいが、外でこうして自由に振る舞う爽快感のほうが勝っていた。

 

「……うん。すごい自然豊かな場所なのに……チェシャー。トランプ兵団の目的って何なの?」

 

『このヒスイ地方の支配と秩序の破壊。それがトランプ兵団の目的です。元々、この地方には多くの人間がポケモンと共に生活してきたのですが、その集落のほとんどはトランプ兵団に奪われ、住処を失った人々はこの地を追われようとしています。平穏を崩す、まるで外来種のような存在なのです』

 

「ヒスイ地方……かぁ。この場所がとても綺麗なのは分かるよ? 山もすっごく高いし、そこいらを見ると……遺跡みたいなのも見つかるしねー」

 

 草原のそこいらかしこには人の生活圏であったのが伝わる遺物が残っていたが、これまで人っ子一人発見出来た事はない。そもそも、このヒスイ地方にもう人間は住んでいないのではないかとさえ思える。

 

「……トランプ兵団は、それだけ酷い事をしてきたの?」

 

『トランプ兵団は破壊と殺戮、略奪を繰り返してきました。ヒスイ地方は元来、ヒトとポケモンが調和する自然豊かな場所だったのですが、住める場所は限られています。それもこれも、トランプ兵団を率いる存在が強大がゆえに』

 

「その大ボスを倒せばいいって話だ。なーんだか、RPGの魔王みたいなのが居るんだねぇ」

 

 幸子が水に足を浸したまま、そのまま草原に寝っ転がる。

 

「もう。幸子、ちょっとはしたないよ?」

 

「そーんな事言っちゃってぇー! 有栖も食らえっ!」

 

「わわ……っ! ちょっとくすぐったいってばぁ!」

 

 幸子にくすぐられて有栖も笑いながら草原に寝そべる。空は高く、曇天に覆われており、雲の切れ間から僅かな太陽光が差し、ほんのりと関節を温めていく。

 

「……不思議。私、こういう世界をずっと待っていたような気がする……」

 

「幸子もそう? あたしも、変なんだ。ポケモンで戦うなんて、絶対にこれまでなかったのに……何だかセビエと戦っていると安心するって言うか……。ドキドキするの」

 

 これまで安穏と生きていた日々になかった刺激に酔っているのか。あるいは、セビエの必死な在り方が胸を打つのか。いずれにせよ、現世で生きているよりかはずっと、煩わしさや鬱陶しい未来を忘れられる。

 

「……案外、こっちが合ってるのかもね、私ら。じゃあ、戦闘民族?」

 

「……まさか。本当は戦わないほうがいいに決まっているじゃない」

 

「でも、有栖は違うんでしょ?」

 

 幸子が自分の顔を覗き込む。有栖は空を眺めて、それから自身へと問いかける。本当に、このまま転生者として戦う事が正しいのだろうか。これも一種の逃避には違いない。茫漠とした未来から、確定しかけている困難な道から逃げている。

 

 でも、逃げてもいいではないか。

 

 少しくらい逃げたって、誰が文句を言うと言うのだろう。そのついでに世界を救える――これほどいいものなどない。

 

 そう、これは自分の人生に舞い込んできた、幸運な出来事に違いない。

 

「……あたしね。鏡面界で戦うの、すごくドキドキして楽しい。ヘンじゃない……かな?」

 

「有栖はいっつもヘンじゃん」

 

「もう……真剣に悩んでるのにぃ」

 

 有栖は幸子の額へと指を押し当てると彼女は笑って草原を転がる。服も泥だらけだが、こうも自由だ。平時ならば土が跳ねて、泥にまみれるだけで嫌気が差すのに、こんな瞬間は代え難い。

 

 その時、エレズンの腹の虫がきゅぅと鳴る。

 

「……あらら。エレズン、お腹空いたかぁ」

 

 幸子はポシェットに入れておいた犬用のドッグフードを粉砕したものをエレズンに差し出す。エレズンはどこかアンニュイな表情のまま、それをかぷかぷと飲み込んでいく。

 

「……エレズンって歯がないの?」

 

「うん、ないって言うよりかは、毒の攻撃を使うからふにゃふにゃしているみたい。蛇とかだと牙から毒を注ぎ込むけれど、エレズンの場合は胃液みたいなものだから溶けちゃうのもあるのかな?」

 

 有栖もセビエへとチョコチップクッキーを差し出す。慣れたもので、クッキーをぼりぼりと頬張るセビエを有栖は愛おし気に眺めていた。

 

「……トランプ兵団をちゃんと倒さないとねー。だって私達しか出来ないわけじゃん?」

 

 幸子の物言いにはどこか使命感のようなものさえも感じさせる。確かに転生者しか出来ないのだとチェシャーは言っているが、それもどこまで信じればいいのだろうか。霧子の事も、ダイマックスポケモンの事も「聞かれなかったから」の一点張りだったのだから、少しだけ先行きは不安だ。

 

『その通り。転生者の皆様には、ぜひともトランプ兵団の一日も早い駆逐を。そうすればヒスイ地方は救われます。鏡面界から現実世界に染み出してくるポケモンも居なくなるでしょう』

 

 確かに前回のサナギラスのように強大なダイマックスポケモンが現実に出現してしまえば大きな被害をもたらす。それを抑え込めるのは基本的には転生者だけ。

 

 否、もう一つだけ居たか。

 

「……綺咲ちゃんの、姫宮財閥……。何で、協力は出来ないんだろう?」

 

「あんたもバカねぇ。そりゃー、姫宮財閥が転校生を囲っているからでしょう? ……思えば、“ポケモン”と言うゲームを出しているのも謎よね。元々、こっちの世界の事を知っていたとしか思えないけれど……」

 

 チェシャーへと幸子は視線を流すが、彼女は頭を振る。

 

『転生者同士の情報の譲渡はわたくしには許されておりません』

 

「……だったっけ。じゃあ、一個だけ。転校生がウチらの学校に来たのも偶然?」

 

『それもお答え出来かねますが、許可されている権限の範囲だけならば。姫宮綺咲様は、この“ゲーム”を優位に進める術を有栖や幸子様よりも知っておられます』

 

「……ちぇー。結局、先に始めたほうが有利なのはどこも変わんないって事かぁ。でも、さ! 私達はこうしてトランプ兵団を倒せて経験値も稼げているわけじゃない? いずれは追いつくかも!」

 

『楽観視は危険ですが、その可能性もゼロではありませんね』

 

 チェシャーの返答はどことなく淡白だ。その可能性なんてあり得ない、とは言い切らないのも、幸子の意見を制するわけでもない。

 

 心底、中立地帯を気取っているかのようであった。

 

 

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