ALICE   作:オンドゥル大使

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第21話 贖いの『火種』

 

 松明を手にしたトランプ兵団の集団がこちらへと歩み寄ってくる。その中でも水色の鎖帷子ではなく、新緑の鎧に身を包んだトランプ兵団が鋭い眼光を宿して睨み据える。

 

「……なに? またザコじゃん。それとも、私達相手にリベンジ?」

 

「……兵団長。奴らです。ここいらを荒らしている……」

 

「分かった。お灸を据えなければならなさそうだな。若い転生者よ」

 

 握り締めたのは青と白の色彩を誇るモンスターボールであった。それを弧を描いて投擲したかと思うと飛び出したのは長大な頭部を持つポケモンであった。特徴的なのはウリのような相貌に反しての首長の躯体だ。まるでちぐはぐなポケモンの特徴を一つに凝縮したかのようなその姿かたちはこれまで遭遇してきたポケモンと一線を画している。

 

「――ナッシー。獲りに行くぞ」

 

 兵団長と呼ばれた男が前進する。ナッシーと言う名称らしいポケモンの動きはさほど速くはない。足は短く、素早さに特化しているとは思えない。

 

「舐めてくれちゃって……! デカいだけで何が出来るって言うの! エレズン、溶解液!」

 

 吐き出された毒の効力を持つ「ようかいえき」でナッシーの肉体の一部が枯れる。毒は有効らしい、そのまま幸子は続けざまに命令する。

 

「懐に潜り込んで! あれだけ頭が大きければ、至近距離なら……!」

 

 事実、幸子の判断は正しかったと言えよう。ナッシーの攻撃が届く前の速攻――それだけが今、通用する攻撃であったのだ。否、それ以外の選択肢はなかったと言えよう。

 

「甘いな。ナッシー、ドラゴンハンマー」

 

 その瞬間、ナッシーが頭部を薙ぎ払う。青い色調を帯びた薙ぎ払いがエレズンの躯体を捉え、直後には吹き飛ばしていた。

 

「エレズン? ……まだまだ、やるよ!」

 

 しかし、エレズンは応じない。今しがた吐いた「ようかいえき」を口角の端からだらしなく垂らすばっかりだ。

 

「……エレズン?」

 

 その段になってようやく、幸子は異常に気付き駆けつける。

 

「……エレズン! エレズンってば!」

 

 エレズンは泡を吐いて目も虚ろだ。すぐさま有栖は回復の薬を吹きかける。少しはマシになったが、受けた一撃の部位が赤く腫れている。

 

「……今の、は……?」

 

「ドラゴンハンマー。アローラナッシーの得意技だ。ただ、この程度で一撃で沈むとは。熟練度不足だな、転生者の少女らよ」

 

 兵団長はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。まるで焦る必要など一ミリもないかのように。

 

「……セビエ! 凍える風!」

 

 セビエが背びれに氷結の息吹を灯らせ、「こごえるかぜ」で防衛しようとするがナッシーはその場から動かず、躯体の内側をシャッターのように開き、その内部に込められた無数の種子を晒す。

 

「タネマシンガン」

 

 放たれたのはまさしく重火器の名前が相応しい攻撃であった。「タネマシンガン」の火力にセビエの氷の風圧が掻っ切られ、有栖の周りに着弾する。

 

 このままでは勝てない、と判断したのは自分でも早かったと言えよう。ナッシーから距離を取っても駄目、かと言って過度に近づき過ぎても無策では勝てない。有栖は幸子の手を引こうとして、その姿が不意に傾ぐ。

 

「……幸子……?」

 

 膝を折った幸子の腹部から滴り落ちたのは血痕であった。止め処ないその出血に有栖は目の前が真っ暗になるのを感じる。

 

 ――幸子が撃たれた? こんな状態でどうやって戦える?

 

「……幸子? ねぇ、幸子……!」

 

「あ……私、撃たれて……」

 

 自己認識が遅れたのも無理はない。ポケモンの攻撃を真正面から受け、さらに言えば腹部からの出血は純粋に衝撃であろう。

 

「兵団長、逃げようとしているようですが」

 

「無論、逃がさない。転生者は皆殺しだ。我々、トランプ兵団の秩序を邪魔するのだからな」

 

 ナッシーがその頭部を大きく反らす。

 

 直後には弓なりになってその躯体が跳ね上がっていた。その短い脚から機動性は低いと見ていた有栖であったがまさか飛び跳ねてくるとは思いも寄らない。

 

「セビエ! 避けて……!」

 

「遅いぞ、ドラゴンハンマーからの、タネマシンガン乱射」

 

 青い光を帯びたナッシーの頭部が地面に埋まると同時に、その躯体を振り回して「タネマシンガン」の銃撃網を見舞う。

 

 有栖は肩口の制服が裂け、そこから滴った血を感覚していた。

 

 逃げる逃げないではなく――逃げられない。こんな状態で相手に背中を見せるなどと言う愚策に出られるものか。

 

 何よりも幸子を放って逃げ出していいはずがない。幸子は声もなく横たわり、その場で真っ赤な血を流している。その痛々しさを見ていられず、有栖はセビエに攻撃を命じていた。

 

「セビエ! 凍える風で……!」

 

「どれもこれも、遅い判断だな。転生者はもっと強大だと聞いていたが、なるほど。少し過大評価だったか」

 

 ナッシーはバネのように肉体を跳ねさせてセビエの「こごえるかぜ」を最低限度の面積で受ける。ただ、効いていないはずがない。アルセウスフォンを握り締めると、草・ドラゴンであるはずのナッシーには氷タイプの技は効果抜群、通用しているはずなのに――。

 

「……レベル差があるから、なの? なら、この戦いは……」

 

「勝てない戦いに身を投じ、そして愚かしくも散っていく。転生者とはいつも自らが追い込まれてからそれを理解する。ならば、せめて部下達の痛みを喰らい知れ」

 

 ナッシーが頭部をぐわんぐわんと回転させ、「ドラゴンハンマー」の射程を広げようとする。氷・ドラゴンであるセビエにとってはドラゴンタイプの技は受けるだけでもまずい。飛び退ると、途端に種子の散弾が飛んでくる。セビエは常に円弧を描くように動いているが、地面に着弾した「タネマシンガン」が硝煙を上げている事から鑑みるに、恐らく直撃は避けなければいけない。

 

 ――だが、出来るのか? 幸子を守り、セビエと戦い、これまでのように簡単ではないトランプ兵団を下すなんて事が、自分一人で。

 

 唐突に怖くなる。

 

 これまで万能感に溢れていた自分自身が信じられなくなってしまう。

 

「転生者本人を狙ったほうが早そうだな」

 

 ナッシーが腹腔を開き、一斉掃射の火力が有栖を射抜こうとした、その瞬間であった。

 

 瞼を閉ざす。激痛と死の苦痛を前に、身体に力が入らない――そのはずだった。だが痛みは訪れず、代わりに薄く瞼を上げた有栖の視界に映ったのは、全霊の「こごえるかぜ」を背びれより放出して全ての「タネマシンガン」の威力を減殺したセビエの背中であった。

 

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