ALICE   作:オンドゥル大使

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第22話 真なる『衝動』

 

「……セビエ……全部止めてくれたの……?」

 

 弱々しくセビエが鳴いてよろめく。その矮躯を慌てて抱えると、下腹部や額、それに胸元に痛々しい弾痕より血が滲む。

 

 その血痕をなぞった有栖は、セビエの忠誠心とも違う、別種の感情に戦慄いていた。

 

 セビエはこれまで自分が、好き勝手に振る舞っていてもこうして庇ってくれたのだろうか。それとも、ここまでの関係性があったから、こうして助けてくれたのだろうか。何もかも分からない、分からないのに状況ばかりが急く。

 

「セビエ……」

 

 セビエは有栖の手を振り払う。まさかまだ立てるとは思っておらず、兵団長がほうと感嘆の声を上げる。

 

「まだ立つか。ならば完膚なきまでに叩き潰してくれよう。ナッシー、ドラゴンハンマーで押し潰せ」

 

 ナッシーが鳴いて身体を大きく反らす。

 

 恐らく、これを受け切れなければセビエは敗北し、自分も死んでしまうだろう。それでも、何を信じればいいのか。それとも、何も信じなくっていいのか。

 

 ナッシーの青い光を帯びたヘッドバットが迫る。

 

 時間は遅くなり、次第に心臓の脈動でさえも一秒ごとを刻むように長引く。全てが終わる瞬間と言うのはあまりにも呆気ない。

 

 ――いや、違う? 呆気なく終わって、それでいいのか? 呆気なく、転生者としての戦いが終わって、それが篠崎有栖の人生なのか?

 

「……違う。違うはず……! あたしはぁ……っ! 転生者なら……特別な人生を、生きていたい……っ! だから――応えて!」

 

 握り締めたアルセウスフォンにセビエの血がこべりつく。それが地面に滴った瞬間、全てが弾けていた。

 

 光が拡散し、セビエの躯体が一回り大きくなっていく。めきめきと骨格が切り替わっていき、背中に備えた背びれは山脈の険しさを纏わせる。

 

 元々丈夫であった顎はさらに強靭となり、攻撃的な眼光を備えたそのポケモンはナッシーの「ドラゴンハンマー」を凍結した腕で受け止めていた。

 

「……何だと!」

 

「……セビエ……? なの……?」

 

 茫然とした有栖へとアルセウスフォンから戦い方がそのまま脳髄へと叩き込まれる。僅かに後ずさったが、有栖は片目を押さえてその衝撃を受け止める。

 

「……うん、分かった。――こおりビレポケモン、セゴール。あたしの……進化」

 

 セゴールが雄々しく吼え立てる。これまでのように矮躯ではない、筋力を感じさせる四つ足で一気にナッシーへと肉薄する。

 

「一進化程度で何を!」

 

 ナッシーがぶんぶんと頭部を振って振りほどこうとするがセゴールの大顎がその首筋に噛み付く。

 

「氷の牙!」

 

 氷結属性を帯びた牙が深く肉体へと食い込み、ナッシーが何度も振り切ろうとするが一度捉えた相手を離すはずがない。それどころかセゴールは後ろ足で屹立し、ナッシーを咥えたまま思いっ切り吹き飛ばす。

 

「へ、兵団長!」

 

 トランプ兵団の下っ端の声が響く中で兵団長は焦るな! と叫ぶ。

 

「この転生者もどうせ、ハイになっているだけだ。……こちらが勝たせてもらう!」

 

 ナッシーの表情がとろんとし、何が来るかと身構えていた有栖はセゴールの肉体を襲う超自然的な衝撃波を関知していた。

 

「……触れていないのに攻撃を……?」

 

「舐めないでもらいたいものだな。エスパー技の一つ、サイコショック。これで! 近づかずして戦いは終わりだ!」

 

「サイコショック」の連撃はこれまで戦い抜いてきたセゴールがすぐに対応するのにはあまりにもイレギュラーであった。氷の表皮が削られ、背びれから棚引く凍結の靄が歪んでいく。

 

 ここで負けていいのか? ここで退いていいのか? ここで――幸子も救えず、己も生きて帰れず、これまでの戦いをなかった事にするなんて――。

 

「……あたしには、できない……!」

 

「ならやってみせろ! サイコショック!」

 

 ナッシーの攻撃の連鎖にセゴールが膝をつこうとしたその時、不意打ち気味に躍り上がった影を視認する。それはトランプ兵団の下っ端達は気づきようもなかっただろう。兵団長はもっとだ。

 

「……エレ、ズン……。いける、よね……?」

 

 幸子が息も絶え絶えにエレズンに命じる。まさかほぼ背後から奇襲が来るとは思っていなかったのか、エレズンの放った「ようかいえき」がナッシーに直撃する。毒タイプを浴びたナッシーの躯体が傾いだ瞬間、有栖は命じる。

 

「セゴール! ……エレズンを離脱させてから、一気にナッシーの射程に潜り込んで!」

 

 セゴールが力強く吼え、四つ足で一気に駆け抜ける。これまでのように跳躍しながらの軽い技の応酬ではなく、重い一撃を与えるためにセゴールが姿勢を沈めていた。

 

「ナッシー! 応戦だ!」

 

 ナッシーの毒を浴びた頭部を振るい、青い光を帯びた攻撃が迫るも、有栖は冷静であった。これまでならば負けていたのかもしれない。だが、この姿ならば違う、違ってくるはずだ。

 

「氷の牙で迎撃してみせる!」

 

「愚かな! 如何にナッシーが毒状態とは言え、進化したばかりのポケモンの攻撃に怯むはずがない!」

 

 そう、その通りであろう。

 

 ナッシーが目測通りに攻撃するのであれば――の話だ。

 

 不意にナッシーの足元が崩れ落ちる。滴った「ようかいえき」の残滓がナッシーの足元の地面でさえも融かし、その踏ん張りが唐突に霧散する。

 

 両足でしっかりと大地を踏み締めていれば最大出力の「ドラゴンハンマー」ならばセゴールも危なかったであろう。それを変えてみせたのは幸子のエレズンの放った技であった。

 

「……姿勢制御が……!」

 

 ナッシーはテクニカルな技構成とその読めない動きからの奇襲戦法を得意としているのはここまでの戦闘で分かっている。ならば、異常な状態に陥れば、付け入る隙はあるはずだ。

 

 セゴールが口中に凍結を溜め、極大化した「こおりのキバ」でナッシーの腹部に噛み付く。無数の種子爆弾を溜め込んできたその場所まで牙が至り、直後、ナッシーの躯体は激しく揺さぶられていた。

 

「……誘爆も狙える……!」

 

「バカな……! ここまでだと言うのか、転生者は……!」

 

「セゴール! そのまま振り回して!」

 

 セゴールが鳴いて応じ、ナッシーの巨体をぶんぶんと噛み付いたまま振り回す。ナッシーは腹部の誘爆とぐるんぐるんと回る視界の中で攻撃の矛先を定められない。

 

「ナッシー! 一度でも地面に付け! 大地に穴を開ければ、勝機は……!」

 

 ナッシーが兵団長の声を受けて首をぶんと振り回す。しかし、それこそが有栖の狙いであった。首を振った際に生じる遠心力、ナッシー自身が生み出したその力こそが最後のピースとなる。

 

「今……! セゴール! ナッシーを振り解いて!」

 

「なに……ッ!」

 

 驚嘆したのは兵団長のほうだ。このまま地面に打ち据えてナッシーを倒すのだと思い込んでいたのだろう。有栖はアルセウスフォンを握り締め、もたらされるセゴールの能力をフル稼働させる。

 

「……セゴールは、特別に素早いわけでも、まして防御力が高いわけでもない。けれど、氷・ドラゴンと言う能力値で言えば、ナッシーに比肩し得るはず。だから、一度手離した。確実に命中させるために……」

 

 セゴールの背びれが蒼く明滅する。まずは冷却風による牽制だ。凍結の風圧にナッシーは中空では防御姿勢を取るしかない。せいぜい、丸まって制動をかける程度だろう。

 

 だが、相手が丸まったのならば、セゴールが駆け出す好機となる。

 

「自身の背びれから凍て付く旋風を放出しながら、加速……!」

 

 セゴールは姿勢を沈め、体内から湧き出す氷結の息吹をそのまま、自身の疾走の推進力に変えていた。

 

「……着地前に追いつくつもりか……! させはしない!」

 

 ナッシーが種子弾丸を込めた胴体を開く。すかさず放たれた一斉掃射の激しさに、セゴールは己を構成する氷の鎧を砕きながら爆走していた。

 

 ――届くチャンスがあるのならば、恐らくは一回切り。ならば、ギリギリまで引き付け狙いを逸らす。

 

 セゴールの片目に「タネマシンガン」の弾丸が入り、直後に起爆する。

 

「セゴール!」

 

 有栖の心配の声にセゴールは左目から硝煙を棚引かせながら、力強く吼えていた。

 

 今はただセゴールを信じればいい、その一心で痛々しいダメージを物ともせずに着地前のナッシーへと向かう。

 

「……着地タイミングをずらすつもりなのだろうが……慢心したな! ナッシー、神通力!」

 

 不意にセゴールの眼前に薄桃色の超能力の力場が発生し、その頭蓋を揺さぶる。それは想定外であったのか、セゴールの足が止まる。

 

「神通力はエスパー技! ここに至るまで隠していたのは、もう一つあるのだからな……! ドラゴンハンマーで着地と同時に、喰らわせてやれ……タネマシンガンの収束銃撃を!」

 

 ナッシーがその頭部で地面を穿つ。完全に動きを止める前に、ナッシーは頭部を振るった反動を利用して爆雷を投擲していた。

 

 それこそが恐らく兵団長の切り札――「タネマシンガン」の収束発射――命中すれば今のセゴールには避ける術はない。兵団長は勝利を確信したはずだ。

 

 ――それら全てが、有栖の想定通りであったなど、思いもせずに。

 

「そのレベルの技が来るのは分かっていた……。だからこそ、ナッシーの着地タイミングをずらさせ、あえてその場所に誘導したの。……今の場所を、ナッシーは想定外であったはず」

 

「何だと? バカを言え! このような事を想定して戦えるような人間がどこに……!」

 

 その途中で、兵団長は感付いたのかまさか、と戦慄く。

 

 ナッシーの着地した場所はちょうどエレズンとセゴールによって挟まれており、二体の中間地点に位置している。

 

「……狙ってこんな事を……? バカな、不可能のはずだ……。どれほどに洗練していても、このような……」

 

「エレズン! 溶解液!」

 

 有栖の声にエレズンも応じて「ようかいえき」を吐き出す。背後からのエレズンの攻撃に対し、ナッシーはほぼ無力だ。その総力をセゴールに注ぎ込んでいる。

 

「……だが、セゴールは落ちた!」

 

「タネマシンガン」の種子が迫る。今に命中するかと思われた刹那、景色が切り替わっていた。「こごえるかぜ」による牽制ではない、これは別種の世界へとフィールドが切り替わっている証であった。

 

「……これは……」

 

「――この技の名前は雪景色。凍える風はさっきの時点で使っていない。進化した時に、もう忘れさせた。この豪雪の中なら、セゴールはタネマシンガンの一撃に耐えられる。そして……ナッシーは溶解液を避けられない」

 

 一転して白の景色に染まった空間でナッシーの躯体が毒を浴びる。同時に種子の爆弾をセゴールも受け止める。氷の表皮が剥がれたが、致命傷ではない。

 

「……おのれ……おのれ、転生者!」

 

 ナッシーの肉体がしおれ、枯れ果てていく。毒を浴びたのと氷の技を受け続けた事が祟り、ナッシーは戦闘不能になっていた。

 

 兵団長は奥歯を噛み締め、ボールへと戻す。

 

「……兵団長。そろそろ朝が来ます。そうなれば厄介です」

 

「……そうだな。転生者、ここは負けを認めよう。だが、忘れるな。貴様らは我々から何もかもを奪う簒奪者だ。当然、奪われる覚悟が合っての事だと言う事を」

 

 トランプ兵団は鳥ポケモンを繰り出し、宵闇へと飛翔していく。そんな中で有栖は勝てた感慨よりも、すぐに幸子のほうへと向き直る。

 

「……幸子っ!」

 

「な……に? おおげさ……だなぁ……」

 

「軽口を叩いている場合じゃないってば……! 血がこんなに出て……死んじゃうよ!」

 

 肩を揺さぶるも幸子の意識はほとんどないようで、どこか上の空に呟く。

 

「……ああ、そっか……つめたくなるんだ、こんなに……」

 

「幸子ぉっ! ……お願いだから、目を覚ましてぇ……っ」

 

 懇願も虚しく空回りするばかり。幸子の出血を止めるのには、少しでも医療の知識が必要であったが、自分はただの女子高生だ。腹腔を射抜いた弾丸を取り出す術など知るはずがない。

 

「……誰か……誰か幸子を……。あたしじゃ……何も……」

 

 何も出来ないまま、親友をここで失うと言うのか。そんなの看過出来ないのに、非力なまま終わるのだろうか。

 

 セゴールが不安げに唸る。ポケモンの力があっても転生者の資格があっても、友達の命一つを救えないのなら――。

 

「――あーれ? 思ったよかヤバい感じ?」

 

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