ALICE   作:オンドゥル大使

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第23話 閉ざされた『世界』

 

 不意打ち気味の声に有栖は振り返る。こちらへと歩み寄って来たのは淡い茶髪に赤いインナーカラーを施した少女であった。二つ結びの髪に、ギャルっぽい見た目をしている。まるで自分の交友の範囲外であった少女の闖入に、有栖は戸惑いを浮かべていた。

 

「……あなたは……?」

 

「あーし、兎真! 早谷兎真っての! ……あっれー? ヒメから聞いてないんだ?」

 

「ヒメ……?」

 

 にしし、と快活に笑いながら兎真と名乗った少女は少しだけ考える仕草を挟んでから、納得したように頷く。

 

「……まぁ、いっかぁ。ねぇ、その子。どうすんの?」

 

「……そうだ! 幸子……!」

 

「あ、りす……」

 

「もう息も絶え絶え。死んじゃうねぇ」

 

 兎真はどこまでも残酷に事実だけを告げる。その論調を信じられず、有栖は幸子の肩を揺さぶって取り乱す。

 

「いやぁ……っ! 嫌だよ、幸子ぉ……っ! あたしを置いていかないで!」

 

「ふっふーん。じゃあさ、助けたげよっか?」

 

 兎真が自分の顔を覗き込んでくる。有栖にしてみればこの状況でかけられる言葉とは思えなかった。

 

「……何を言って……」

 

「助けたげるって。転生者は助け合いでしょ」

 

 分からない。目の前に現れた兎真が味方である保証もない。だが、今はそれに縋るほかない。ともすれば、霧子が所持していたように人間の傷も癒せる薬があるのかもしれない。それさえあれば――幸子は命を落とさずに済むのだ。ここで、こんな絶望的な状況から、助かるのならば。

 

「……お願い……します。お願い……幸子を……幸子を助けて! 元はと言えば、あたしのせいだから……! あたしが、こんな風に……」

 

「おっけー。契約成立ねー」

 

 あくまでも軽く受け流す兎真の飄々とした様子に、本当に助かる術があるのだと有栖は希望を浮かべていた。そうだ、こんな命懸けの戦いなど決して“ゲーム”ではない。これまでのように、ただの遊びの延長線上であるのならば、回復もあるはずだ。

 

「……その、本当に助かる……」

 

「うん、助けたげる。カジッチュ」

 

 兎真の肩口に現れたのは果実を想起させるポケモンであった。真っ赤な身体から緑色の特徴的な眼が飛び出している。

 

 きっと回復用のポケモンなのだろう――そう信じた瞬間、カジッチュが大口を開けて飛び掛かる。

 

「――それ、食べていいよ」

 

 バツン、とカジッチュの躯体が躍り上がり、幸子の上半身を食い千切る。

 

 何が起きたのか、最初は理解出来なかった。きっと、回復用の技を使えるポケモンなのだと思った兎真のポケモンが、幸子の上半身に喰いかかり、そのまま冗談のように頬張っている。

 

 その口からは真っ赤な血が滴って。

 

「……なんで?」

 

 自分でも咄嗟に出た言葉がそれであったのは迂闊だったのだろう。しかしながら兎真は赤子をあやすかのように、そして当たり前のように言ってのける。

 

「だから言ったじゃん。助けたげるって。それはつまり、こういうコトだし。生きていたってしょーがない、この世の生き地獄から、助けたげるってコト」

 

 分からない。分からないのに、カジッチュが幸子の遺骸の尊厳を全て奪うかのようにその牙で喰い尽くす。

 

 死体が消えるのは一分にも満たなかっただろう。

 

 その場に居残ったのは少しの血溜まりと、そしてアルセウスフォンだけ。

 

 けっぷ、と何もかもを消し去ったカジッチュが兎真の肩に登る。

 

「おーっ、おー、美味しかった? いやー、転生者同士! 出会ったのも何かの縁じゃん? ほら、来なよ。そろそろこの“シーズン”も終わるし、得点の清算も始まる――」

 

 セゴールの形成した氷の刃が兎真の頬を掻っ切る。

 

 瞬間的にカジッチュが防御するが、それでも受け切れなかったらしい。有栖にしてみれば、一撃で首を落とすつもりであったのに、少しずれてしまった。

 

「……何のつもり?」

 

「……ゆるせ、ない……。なんで……? なんで……幸子を殺したのぉ……ッ!」

 

 憤怒で目の前が真っ赤になる。臓腑の中から湧き上がってくる怒りで身体が熱い。身を焼き尽くしかねない憎悪を前に、兎真は肩を竦める。

 

「いや、だってさ。もう脱落の転生者の子でしょ? そんなの得点計算の邪魔じゃん。“シーズン”も終わるんだし、もう数刻もない命なんだからさ。楽にさせてあげたっての分かんないのかなぁ?」

 

「わかんない……分かんない、分かんないよォ……ッ! ……だって、これは“ゲーム”じゃ……遊びじゃなかったのォッ!」

 

 自分の喉から発せられたのとはまるで思えない絶叫。それに対し、兎真はその相好を崩す。

 

 思わず、と言ったようにぷっと吹き出し、やがて手を振って大笑いする。

 

「いや、いや、それって! それってさ! 本気で思っていたの? 自分達だけが優位な“ゲーム”だって! 無敵状態で一方的に敵を倒し放題? あっはー! 笑えるってもんじゃないってば!」

 

「……だって……だってェ……ッ!」

 

 白い旋風が逆巻く。自分の怒りを受けてセゴールの凍結能力が暴走し、周囲の草原を凍て付かせていく。

 

 兎真はそれを目の当たりにして、どこか醒めたように告げていた。

 

「……ホント、バカなんじゃない? そんなわけないじゃん。これは現実だよ。鏡面界だから“ゲーム”? ポケモンを扱うから、誰も死なない優しい世界だって? 残念でしたァ! これがマジの話! 今さら無関心、気取れるっての?」

 

「セゴール……!」

 

 セゴールが凍結の牙を軋ませ、その猛獣のさがをそのままに、兎真へと飛び掛かる。牙が兎真の首を刈ろうとして、カジッチュの表皮の外側で牙が滑って攻撃をし損なう。

 

「グラススライダー。何を勘違いしてるのか知らないけれどさァ……アンタ、ちょっとウザいかも? 助けてあげたのに、殺そうとしてくるのもそうだしィ……」

 

 頬に走った小さな傷を兎真はなぞる。浮かんだ血を指先で舐め取り、舌打ちを滲ませて嫌悪の表情を浮かべていた。

 

「……そういう、自分だけはこういう目に遭わないんだって言う、よく分かんない自信? バッカじゃないの。この“ゲーム”に乗った時点で、アンタもあーしも同じ。転生者って言う戦闘単位でしかないんだよ?」

 

「許さない……!」

 

 セゴールが再び飛び掛かるも、その時には濃霧が発生していた。鏡面界と現実世界の境界がぼやけ、霧の中へと兎真は飛び退る。

 

「この“シーズン”の勝ちは譲ったげる。けれど、忘れんな。……アンタみたいに幸せな夢の中に居るみたいなガキ見ると、反吐が出るっての」

 

「逃がすわけが……!」

 

 駆け抜けた有栖とセゴールの景色は直後には学園都市の中央の道路に切り替わっていた。横断歩道の中心で現れた自分とセゴールに、通行人がびくついて足を止める。

 

「何だ、この子……!」

 

「おい、警察! いや、セーフガード!」

 

「……現実世界に……戻った……?」

 

 その時、唐突にアルセウスフォンが鳴る。これまでになかった、ファンファーレじみた音色に思わず手に取って眺める。

 

『おめでとうございます。有栖、貴女はこの“シーズン”の最終参加者に選ばれました。これより、“シーズン”を一度閉ざすために、最終選抜、“カタストロフィ”が行われます。転生者の皆さまは奮ってご参加ください』

 

「……何を……何を言ってるの……チェシャー……」

 

『わたくしどもは皆さまのご健闘を祈っております』

 

 それを境にアルセウスフォンからチェシャーの姿は消え去る。何を押しても、叩いてもチェシャーが現れる気配はない。

 

「どういう……! チェシャー! 答えてよ!」

 

「おい……何だ、あの雲……」

 

 通行人が指差したのは姫宮財閥の本社ビルであった。屹立する二本のタワービルの屋上で赤い磁場が渦巻く。

 

「……なに……あれ……」

 

 

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