「始まったわね」
学校の屋上でインカムへと綺咲は声を吹き込む。
『すみませんでした、お嬢様。……まさか捕まえておいたダイマックスポケモンが今回の“カタストロフィ”の材料だとは……』
「いい。あなた達は研究をしていただけだもの。……何人死んだの?」
『……数十名の研究者がダイマックスエネルギーに巻き込まれて時空の裂け目に。ほとんどが死傷していますが、名簿を計上したほうがよろしいでしょうか?』
「……いい。それも、分かり切っていた事だもの」
『そう……でしたね。お嬢様はかねてより、この時が訪れる事をずっと進言なさっていましたから』
「ヒーメ。どう? 今回の“カタストロフィ”、この間のサナギラスがキーだったんだねぇ」
何でもないように屋上の柵にもたれかかっている兎真に綺咲は呆れ返る。
「……あなた、篠崎有栖に接触したのね」
「あれ? バレちった? ……うーん、ヒメを出し抜くコトは今回も出来なかったかぁ」
「……篠崎有栖は知っているの?」
「いんやー。あの様子じゃ、どうせあーしの言葉になんか耳を貸さないでしょ。鏡面界からのエネルギーパスが注がれ、この世界と鏡面界の両方を滅ぼす“カタストロフィ”が訪れる……なぁーんて言ったって信じるわけないもんねぇ?」
まるでその交渉は決裂したとでも言うように兎真はおどけてみせる。その有り様に綺咲は小さくこぼす。
「……今回も、結局は私が勝つ事になるのね」
「それはどーかなぁ? あの子、結構得点稼いでいたし。今回は鏡面界に無策で飛び込まなかったヒメの慎重さが敗因かも?」
「……チェシャー」
『お呼びでございますか、姫宮綺咲様』
アルセウスフォンの上に浮かび上がったチェシャーへと綺咲は冷たく断ずる。
「篠崎有栖にこの“ゲーム”の趨勢は教えていないのね」
『聞かれませんでしたので。それに、個々人の持つポイントは転生者の個人データに相当いたします。この時期まで開票しないのが、この“ゲーム”の――』
「唯一無二のルール……というわけ」
「あれ? ヒメ、なんか怒ってる?」
兎真の問いかけに綺咲は応じない。
「……ダイマックスポケモンを止めるわ。このままじゃ、二次被害が出る」
「それ、意味あるの? ……まぁ、ご勝手に? あーしは今からじゃ得点稼げそうにもないし、静観させてもらうよー。これでも忙しいからねぇ」
「……行きなさい、ジャランゴ」
呼びながらボールを投擲し、屋上の直下へと振り落とす。ジャランゴが空中で繰り出されると共に綺咲の身体を抱え、校庭を駆け抜けていく。
間に合う保証はない――それでも、向かう足を止められない。
「……あなたは、また……まかり間違うのね。アリス……」
ダイマックスエネルギーがビルの屋上で流転し、赤い燐光を帯びたサナギラスがその表皮を割って進化する。
巨大怪獣の見た目を誇る凶悪なポケモン――現れたのは。
「……バンギラス。最悪ね。最強格に近いポケモンよ」
それだけではない。ダイマックスエネルギーを吸収し、その体躯を数十倍に膨れ上がらせたバンギラスがビルを薙ぎ倒していく。
まるで悪い夢のような光景に市民が戸惑い、悲鳴が迸る。
「……キョダイマックスポケモン……。なるほど、“カタストロフィ”にしては最適な結末と言うわけ」
チェシャーは応じない。
もう、始まってしまったのだ。ならば、終わりが訪れるまで現れる事もない。
「……ジャランゴ……お願い、可能な限り……速く……」