降り注ぐのは氷結の棘。
形成するレベルはまだ甘いが、それでもバンギラスの肉体に突き刺さる。着弾を確認するや否や、次手をすぐさま講じる。
「……セゴールの凍結レベルでは、バンギラスのダイマックスエネルギーの核にまでは届かない。それは分かり切っている」
だからこそ、氷技はあくまでも触媒だ。表皮に根を張り、凍て付く旋風がバンギラスを包囲する。
動きを鈍らせてからダイマックス化したセゴールが吼え、「こおりのキバ」で噛み付いていた。バンギラスの堅牢な皮膚を蝕むのには、まだ段階が必要であったが、今の有栖には見えている――その皮膚の内側に渦巻くダイマックスエネルギーの末端を。
「セゴール……その末端神経を、引き剥がす……!」
セゴールと視野が同化し、赤い殺戮衝動のままに有栖は命じていた。
雄叫びを上げたセゴールがバンギラスの皮膚を噛み千切る。血飛沫が舞い上がり、そこから間欠泉のようにダイマックスエネルギーが噴き出していた。それを浴びたセゴールがさらに巨大化し、バンギラスを蹂躙する。
前足でバンギラスの首筋に噛み付き、その膂力に身を任せてビルへと突撃する。大勢の人間の怨嗟の念と死への誘因が重なり合い、有栖の思念は今や無数の邪念と混ざり合っていた。
――今はただ、この理不尽に悪辣なる結末だけを与えられればいい。
そう願い、祈り、邪悪の根が大地に降り注ぐ。天地を逆巻かせる赤銅の燐光を帯びて、セゴールがバンギラスを捕食していた。
バンギラスがダイマックスエネルギーを噴出させる度に、セゴールの巨体が赤黒い雲と一体化して天を衝く威容となる。正反対にバンギラスは弱々しく、小さく成り果てていく。
有栖は暴虐の衝動に身を任せ、バンギラスの傷ついた肉体を踏みしだく。
何度も何度も。この世にその証明でさえも残さぬように。
「……ああ、もう、あたしは……」
血に濡れたセゴールがその顎を開き、天高く咆哮する。白く靄がかかっていく世界の中で、有栖は終わりを予感していた。このまま、自分の制御を超えたセゴールがこの学園都市を飲み込み、何もかもを破壊し尽くすのだと。
しかし、自ずと嫌悪も恐れもない。
それよりも、体内を駆け巡る悦楽と快感に身を震わせ、有栖はセゴールの意識を同一化しようとして、不意にその結合が阻害される。
「ジャランゴ! ……篠崎有栖とセゴールの同調現象を断ち切る……!」
「……あたしの邪魔を……しないで!」
セゴールの――否、自分自身の体表をやかましく駆け回るだけの羽虫に過ぎないジャランゴと綺咲に、有栖は敵意を振り向けていた。
セゴールの体表からダイマックスエネルギーを集約させた凍結現象を放つ。それは血煙にも似ていた。
「ジャランゴ! 真正面から受けたらまずい……! 音波攻撃でセゴールの体内を巡る過剰なダイマックスエネルギーを断つ!」
ジャランゴが吼え立て、表皮を震わせてゼロ距離でセゴールの首筋に音響の連鎖を放っていた。
同調していた地上の有栖も同じように首筋から血を噴き出す。
「……邪魔を……!」
最早、黒く染まった思考回路の中に、浮かんだ一点のシミに過ぎない綺咲とジャランゴへと、有栖は容赦をするつもりはない。
ジャランゴと綺咲はセゴールの体内へと潜り込んでいた。
「これで……決める! ジャランゴ、鉄壁でダイマックスエネルギーを防ぎつつ、ドラゴンクローで引き裂いて!」
セゴールの血脈となったダイマックスエネルギーを「てっぺき」で阻害しつつ、その爪に宿した青の力場で思いっ切り引き裂く。
それによって引き起こされたのは血流の停滞――即ち肉体を巡るダイマックスエネルギーそのものの逆噴射であった。
セゴールが内側から無数の光を拡散させる。
爆発寸前となったセゴールの体表を砕き、丸まったジャランゴが主である綺咲を守るべくその表皮を逆立させていた。
それを有栖が観測した直後には、セゴールの躯体が弾け飛んでいる。
肉体を痺れさせるダイマックスエネルギーの奔流に脳を焼かれ、有栖はその場で膝を追っていた。
戦慄く視界の中で血が滴り、ようやく小さな自己の身体へと回帰する。
「……あた、し……は……」
倒れ伏す前に綺咲とジャランゴが降り立ち、自分の身体を支えていた。
「……篠崎有栖さん。モンスターボールがあるはず。それにセゴールを戻して。そうすれば、この事象は終わるわ」
「……けれ、ど……あたし……」
「今は。今は……罪悪感なんて覚えないで。“カタストロフィ”を終わらせるのにはそれしかない」
断ずる論調に有栖は末端神経がほとんど死んだような感覚の中でセゴールにボールを向ける。赤い粒子となってセゴールは元に戻っていた。
赤黒い雲が千切れてゆき、瓦礫と死体の山となっていた学園都市に雲の切れ間から陽光が差し込んでいく。
有栖はセゴールの入ったモンスターボールを握り締めて、この惨状を眺める。
人が大勢死んだ――否、自分が殺したのもあった。バンギラスを止めようとしただけでは逃れられぬ業である。
「……あたし……あた、し……」
「待って。得点計算がされるわ。……驚いたわね。篠崎さん、あなたが今回の“シーズン”で最も得点を稼いだ転生者よ」
何を言われているのか、まるで分からない。分からないのに、有栖は不意に鳴り響いたアルセウスフォンの発信音を聞いていた。
画面を覗き込んだ瞬間、その中に意識が吸い込まれていく。
直後には崩壊した学園都市の景色は消え、無機質な六角形の浮かんだ場所に呼び出されていた。
周囲には同じようなモニュメントが浮かび上がっており、結晶によって世界が封じ込められている。そして、その中で目の前に佇む人影は――。
「……チェシャー……?」
チェシャーはアルセウスフォン越しではなく、生身の肉体で自分と相対していた。ゴスロリめいた衣装も、その読めない無機質な表情も最初に出会った時のままで、スカートの裾をつまんで厳かに一礼する。
「おめでとうございます、有栖。貴女は見事、この“シーズン”において最高得点の転生者となりました。我々からは、惜しみない賛美を送らせていただきます」
どこまでも無機質な作り物めいた景色の中で、チェシャーが渇いた拍手を自分に送る。
「……どういう、事なの? これは……何?」
「最高得点者にはその権利が与えられます。どうぞ、選んでください。選択肢は三つです」
チェシャーが空間から引き出したのはアタッシュケースで、それを開くと三つのボタンがあった。
「……“コール”……“レイズ”……?」
用意されていたのは赤い“コール”と書かれたボタンと、その横には“レイズ”と書かれた青いボタン。
そして二つの下に緑色のボタンで“このゲームから降りる”と刻まれた六角形のボタンがある。
「どれか一つをお選びください」
「……ねぇ、待って……。待ってよ。どういう意味なの? これは……」
「わたくしどもは助言出来かねます。全ては……最高得点を取った転生者にゆだねられますので」
チェシャーはそれ以上言葉を重ねるつもりもないようであった。恭しく頭を垂れたまま、その時を待ち望んでいる。
有栖は指を伸ばす。
意味は分からない、だが分からないなりに赤いボタンへと導かれていた。
「……あたしは、“コール”を……選ぶ」
「それが貴女のご決断ならば。では」
ボタンが押されると同時に空間が収縮していくのを感じ取っていた。有栖はチェシャーが唐突に遠ざかっていくのを目にする。
「ねぇ……! 待ってよ! 何が起こったの! これは……なに……?」
「有栖。貴女は“コール”を選択されました。それが貴女の、心の奥底からの望みなのでしょう。ならば、わたくし達は叶えるのみです。それが、転生者に身を尽くす、我々のたった一つだけの――」
そこから先は聞き取れない。どうしてなのだか、とても頭が痛い。有栖は消え去っていく全ての事象の果てにある累乗の先に手を伸ばしていた。