ALICE   作:オンドゥル大使

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第32話 対抗者と『記述』

 

 夜も遅くに赤沢霧子の探偵事務所で再度、集合と言われても有栖には全く思い当たる節がなく、そもそもどうして時間を改めなければいけなかったのかがまるで分からない。

 

「来たわね」

 

 待ち構えていた兎真がシガレットチョコを頬張っている。その肩口にはカジッチュが乗っており、幸子を殺したポケモン――と嫌でも思い返す。

 

「行きましょうか。赤沢霧子の準備も整っているでしょうし」

 

 綺咲は時間を確認すると霧子の探偵事務所が入っている雑居ビルの中に押し入る。埃っぽい通路を抜け、執務机の奥で霧子は足を組んで出迎える。

 

「よく来たわねぇ……。怖気づくかと思ったわぁ」

 

「……聞かないといけませんから」

 

「赤沢霧子、あなた、この時間帯を指示したって言う事は、意味はあるんでしょう?」

 

 綺咲は既に理解しているようであったが、有栖にはまるでその意図は分からない。霧子はホワイトボードを取り出し、それから時計の針を見やる。

 

 ちょうど零時を告げたところで、霧子はよし、とこちらに促す。

 

「私の集めてきた情報通りなら……三人とも、アルセウスフォンは持っているわよねぇ?」

 

「……それは……あれ?」

 

 アルセウスフォンを覗き込んだ瞬間、有栖は当惑する。普段ならば通常のスマホの機能くらいは持っているアルセウスフォンの画面が暗く沈んでいるのだ。

 

「これが私の見出した、仮説の一つ。と言うよりも、統計ねぇ。零時からの151分間の間、チェシャーがアルセウスフォンを通して私達に介入する事はない」

 

「疑わしかったけれど……この四人で確かめたのならば、それは立証されたのでしょうね」

 

「綺咲ちゃんは知っていたの?」

 

「……それなりに長いと、違和感を抱く事もある。チェシャーがいつも、どんな時でも私達を見張っているのか、と言う疑念ね。それを解消するのには他の転生者と手を組んで、チェシャーの行動を予測しなければいけなかった。けれど、基本的に転生者は群れない。だからこそ、実現は遠ざかっていた」

 

「それもこれも……私が表向きには探偵業をしているからねぇ……」

 

 思わぬ言葉に有栖は目を瞠る。

 

「探偵業……? 女子高生じゃなく……?」

 

「あらぁ? 意外かしらぁ? ……あなた達と確かに年かさはあまり変わらないけれど、生き方は別種なのよぉ」

 

「赤沢霧子、この一個だけってコトはないでしょ? 151分間の、チェシャーの隙、それだけならさほど意味があるとも思えないし」

 

 兎真の問いかけに霧子はホワイトボードにマーカーで書き付ける。

 

「一つはチェシャーに関知されないこの時間帯。チェシャーがどうなっているのか、だけれど……他の転生者と前に検証してみた結果、この時間を同期に使っているのではと推察されたわぁ」

 

「……同期? 同期ってパソコンとかの?」

 

「それに近しいものだと思われるわぁ……。チェシャー本人が機械かどうかはともかくとして、私達は同じ時間、同じ空間でもチェシャーを共有している。恐らく、それらの情報を統合する時間が、彼女の中で必要なのだと思われる……つまり、どう足掻いたところで、チェシャーは介入出来ない時が存在する。これが一個」

 

 霧子は探偵で手に入れた情報のレポートを片手にそれらの事象を検証しているようであった。一巡目ではまさか霧子が探偵であったなど思いも寄らなかったので、有栖にしてみればこの事態そのものが意外でしかない。

 

「……チェシャーは私達を監視している。アルセウスフォンはポケモンの能力やその強さを引き出せる便利な端末だけれど、同時に“ゲーム”から逸脱していないかどうかを見張るための枷でもある」

 

「そこまでしなくっちゃ、チェシャー側からしてみてもあーし達を信用は出来ないよねぇ。けれど、一個疑問点。チェシャーが見ていない、この時間帯にもし、転生者同士で戦ったらどうなるの?」

 

 霧子はその質問も予期していたようでレポートのページを捲る。

 

「チェシャーの管理外での戦闘、及び脱落はカウントされない。つまり、サポートがないと思われるわぁ……。もし“コール”を選んだとしても、それは概算されないでしょうねぇ……」

 

 その段になって有栖はふと挙手する。発言権が自分に移ったのを確認してから、おずおずと告げていた。

 

「……あっ、その……結局、“コール”とか“レイズ”って何なの……?」

 

「そっからかぁ。……ま、有栖にしてみれば重要なコトかもね。次も“コール”されたんじゃ、時間を無駄に使っちゃうだろうし」

 

 兎真は近場のゲーミングチェアを引き寄せて座り込む。

 

「“コール”も“レイズ”も、基本的には同じ意味よ。このまま“ゲーム”を継続する、という意志と言う意味ではね。ただし、その条件が違う」

 

「……条件って……」

 

「“コール”はこれまでの全ての経験値、進化がリセットされ、破壊された建物や死んだはずの転生者は蘇る。……ただし、記憶は失ってねぇ……。あなた達は、目を覚ましたらすぐにアルセウスフォンがあったのでしょうけれど、なかったら何も疑問に思わずに日々を生きていくほかないわぁ……」

 

「まぁ、要するに。“コール”は継続であるのと同時にリセットでもある。そのままじゃ、“ゲーム”は進展しない。ただし、最高得点者がやり直したいという気持ちが少しでもあれば、こっちになるだろうねぇ」

 

 兎真はゲーミングチェアの上で胡坐を掻き、背もたれを最大に設定してもたれかかって嘆息をつく。

 

「じゃあ……“レイズ”は……」

 

「“レイズ”の場合、進化はリセットされず、経験値はそのまま、“ゲーム”の継続が選択されるわぁ……。ただし、それまでに死んだ人間は蘇らないし、これは試した事はないけれど、破壊したものも修復されないはずよぉ……」

 

 つまりあの瞬間、“レイズ”を選んでいれば自分はとんでもない罪科を背負う事になっていたのか。そのおぞましさ、恐ろしさに身震いした直後、綺咲は冷徹に返す。

 

「いずれにしたって、“コール”を選んだのは正解よ。あのままじゃ、学園都市は破壊され、あなただって無事じゃ済まなかった」

 

 それは慰めてくれているのだろうか。不器用な綺咲の優しさを感じている間にも霧子のレクチャーは進む。

 

「でもぉ……それで“ゲーム”を何度もやり直していると……不意に清算を求められる事がある。それこそが理不尽な“カタストロフィ”の仕組みそのものねぇ。直前まで何が原因なのか、そもそも得点計算方法でさえも明かされないのだから、チェシャーに聞かなければ自分が最高得点の保持者である事は分からないまま、“カタストロフィ”を迎えることになるわぁ……」

 

「あの……ちょっと疑問なんだけれど……どうしてここまで纏まった情報があるの? だって、毎回生き残っているってわけじゃないんだし……」

 

 その疑問点に綺咲と兎真が視線を交わす。何だ、と思った直後には霧子が資料を捲っていた。

 

「その質問が来ると思っていたわぁ……。これはね、私達よりも世代が上の人間が残した……碑文と言われているものがあるのよぉ」

 

「碑文……?」

 

「疑うよりも見たほうが早いわねぇ」

 

 霧子はオフィスに並び立つパソコンの一つを立ち上げ、そのディスプレイに映し出す。それは簡素なホームページであった。赤と黒で彩られた一昔前を想起させるようなデザインに、白文字の本文と上部で浮かび上がるポップアップがある。

 

 そこには“あなたは〇〇人目の転生者”と記されている。

 

「……これは……」

 

「これが転生者とこの“ゲーム”について記述された、最も古い記録とされているわぁ。とは言っても、六年ほど前に作られたBBSなんだけれどねぇ。作成者は不明、ただし、ここに書かれた事がことごとく……今の私達に符合する。恐らくはだけれど、このホームページの管理人は、転生者だった、と思われるわぁ……」

 

「あーし達の情報ソースのほとんどはこの碑文……まぁ、言い回しって奴かもなんだけれど、ここに書かれている小説形式の文章を基にしている。とは言っても、誰が書いたのかどういう目的なのかも分からない。チェシャーに分析を頼んだコトもあるんだけれどねぇ。空振りって奴。どうにも、転生者の情報に抵触する、とかで」

 

「このホームページ自体は六年前を最後に更新が止まっているわぁ。けれど、このホームページ……“片翼の蝶”を私達は参考にして、今日までの転生者の戦いに役立ててきたのよぉ」

 

 覗き込むとびっしりと書かれた情報の中には確かにポケモンについて綴られており、転生者として戦った記録なのだと今の自分達の概念ならば分かる。しかし、そうでなければただのネットの片隅の二次創作小説だ。

 

 恐らくは拾い上げられなければ、転生者と“ゲーム”についての重要情報だとは分からなかっただろう。

 

「私達も“ゲーム”については情報部に託している部分も大きい。それでも、今の情報社会では取りこぼしてしまうものもある。その一つが、この碑文と、 “片翼の蝶” の管理人の捜索ね。この人物を特定出来れば、少しは優位に進められそうなんだけれど……」

 

「六年前ともなると、どこからアクセスしたのかも分からなくなっているのよねぇ……。これに関してはお手上げだけれど、私達はこの情報を有益に活用する事は出来るわぁ」

 

「つまるところ、今まで赤沢霧子の言ってきた情報ってのはこのサイトの二次情報ってわけ」

 

 兎真の結びに霧子は不遜そうに胸元に手をやる。

 

「……一応は、他の情報網と転生者の情報を統合しての結果よ。何もかも私がパクったなんて思われたら、心外だわぁ……」

 

 霧子にしてみれば、自身の探偵としての手腕を疑われるのは不服なのだろう。いずれにせよ、この段階で初めて分かった事が数多い。

 

「……“コール”も“レイズ”も……リスクはあるんですよね……? じゃあ、どうすれば……戦いをここまで長期化させられたんですか?」

 

 どこかで頭打ちが来るとしか思えない仕様に、答えたのは綺咲である。

 

「私と早谷兎真は……協定を結んでいる。“コール”も“レイズ”もさせず、最高得点者を二名擁立する事で、“ゲーム”自体を長引かせて、その結果としてどこかで綻びが出るのを待ち望んでいた」

 

「ま、それもこれも有栖のお陰でご破算になっちゃった部分もあるんだけれどねー」

 

 まさかそんな協定が裏で繋がっているとは想定外であった。それも、最初からこの“ゲーム”に疑いを持っていたのだとすれば、話は変わってくる。

 

「……この“ゲーム”は……どこからどこまで本当で、どこからがウソなんですか……」

 

「ウソなんて一個もないわぁ。ヒスイ地方をトランプ兵団から救うため……大義名分めいているけれど、これも本当ねぇ。そして転生者が選ばれた存在だというのも、恐らくは真実。ただ、開示されていない情報が多過ぎるのよぉ……」

 

「チェシャーは……いいや、チェシャーだけじゃない。上の存在とやらは、あーし達に何かをさせようとしている。それを途中で感じたからこそ、あーしとヒメはその通りにいかないように行動していたってコト」

 

 どこかやけっぱちに映る双眸を兎真は握り締めたアルセウスフォンに注いでいる。

 

「けれど、相手はもう一つ上手だった。……篠崎さん。あなたが“ゲーム”に参加した事、そしてトップランカーに上り詰めた事は恐らく、チェシャーの計画通り。どこまで本当なのかは分からない部分も多いけれど、それは私が姫宮財閥の監査部に探らせているわ」

 

「ヒメはこの学園都市を包括する姫宮財閥のご令嬢様だからねぇ。それを信じて、あーしも頼ってる部分はある。……ま、だからこそ“コール”はキツイんだよねぇ、これまで調べてきた情報がまるっぽ消えちゃうんだからさ」

 

 肩を竦めた兎真に綺咲は諫めるように口を差し挟む。

 

「でも、篠崎さんがこのタイミングで“ゲーム”に参加しなければ、分からなかった事もあるわ。チェシャーの目的もそうなら、何を私達にさせたいのかを……。赤沢霧子の存在もね」

 

 それは綺咲なりの、不器用な慰めであったのかもしれない。責任を感じ過ぎても仕方がないのだという。

 

 だが、有栖は後悔していた。自分が面白半分で首を突っ込まなければ、と。しかし同時に思う。自分がここで参加しなければ、この学園都市で毎夜のように殺し合いが行われ、関知しない場所で人間はポケモンに襲われていたのだろう。

 

 それを止める術があるのならば、自分は手離したくない、と鞄をぎゅっと抱き締める。中で息づくセビエの鼓動もこの時は自分と同じ気持ちなのが窺えた。

 

「……で、まぁ厄介なのは変わっていないのよねぇ。私は前回の“シーズン”で姫宮財閥のご令嬢が怪しいんじゃないかって突き止めたはいいものの、まさか篠崎有栖、あなたに殺されちゃうなんてねぇ……」

 

「有栖は殺しちゃいないでしょ。アルセウスフォンを撃ち抜いただけ、って聞いたよ?」

 

 どこか攻め立てる論調になろうとしていたのを兎真が言葉を挟んで制する。正直に言えば、有栖にとっては重石でもあった。間違いでも人殺しをしたと言うのはこれから先の自分の行動に関わってくる。

 

「……それは早谷兎真の言う通り。この“ゲーム”で恨み言は言わないでおきましょう。お互いに、どんな事情で、どんな風に出会うのかだけは読めないんだから。ともすれば、私だって記憶を失ってあなた達を襲うかもしれないのだからね」

 

 綺咲が率先して警戒を引き受ける。それによってこの議論は打ち切られていた。

 

「……やめやめ。ヒメに後ろから撃たれるのは勘弁かなぁ」

 

「それは同じ意見ねぇ……。私だって次は誰の味方になるのかなんて分からないんだし、言いっこなしでいきましょうか」

 

 霧子はホワイトボードに書き付けた情報を整理する。

 

「つまるところ……あたし達はこの151分以外の自由はないって事、でいいですかね……」

 

「悔しいけれどその通り。それ以外じゃ、チェシャーの観測からは逃れられない。これは自分がどれだけ気を付けていても、他の転生者を介入させられちゃうから。どうしようもないかもねー」

 

「この151分だって、対策を練っていないとも思えない。……私は引き続き、監査部に入電しておくけれど、これはあなた達が気を付けてくれないとどうしようもないわ」

 

「ヒメはお金の力でどうにか出来るからマンパワーが違うねぇ」

 

 茶化しつつも、兎真はこの議論が重くなり過ぎないように心掛けているように映っていた。一体、綺咲と兎真はいつからの仲なのだろうか。

 

 それが何でなのだか、少しだけ胸がチクリとする。

 

 こんな事に嫉妬したってしょうがないのに、自分の知らない綺咲の特別を知っている兎真の在り方が、何故なのだか羨ましい。

 

「じゃあ情報共有はここまでねぇ……。一応、チェシャーに誘われたとしても、私達の顔合わせはその時が初めてだというのを装いましょう」

 

 ホワイトボードをくるりと翻し、霧子は場を纏め上げる。前回の“シーズン”では強敵として屹立した彼女がこのように予め味方であるのが、どこか不思議な心地であった。

 

「ホントに面倒だなぁ。けれどま、これで有栖も分かったでしょ? あーし達の敵は同じ転生者と言うよりも、もっと大きな存在なんだって」

 

 あっけらかんと言ってのける兎真が立ち上がる。綺咲も雅に椅子から腰を上げ、この議題の終わりを告げていた。

 

「今回は可能な限り、私と早谷兎真が立ち回る。同点の最高得点者が居れば、“ゲーム”は状態だけを維持して継続されるわ。それを不自然ではなく、イレギュラーのないように……けれど難しいのは、新しい転生者による介入ね」

 

 綺咲は右手の時計を一瞥する。最新式のガジェットウォッチにはただ時間の計測機能だけではなく、別の機能を有しているようであった。

 

「それはどうしようもないわねぇ。私達は出来る限りで、チェシャーの思う通りに動かさないだけ。転生者が誰かと言うのは開示されない情報なのだから、予め囲うのも難しいでしょうし。それに下手に接触すれば、私達の協定だって割れかねないわぁ……」

 

「それが一番マズいのかもねぇー。チェシャーにしてみれば、あーしとヒメが同点ばかり取っているのに業を煮やした結果が、前回の“シーズン”だった可能性も高いし。それに、分かんないのは結局、チェシャーを動かしている上の存在が全然割れないってコト。誰に聞いても有益な情報がないんだよねぇー」

 

 兎真はアルセウスフォンとは別の端末を弄っている。その様子はただの女子高生そのもので、特別な意味を見出せるのは自分達、転生者だけだ。

 

 

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