ALICE   作:オンドゥル大使

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第33話 飲み込めない『感傷』

 

「……今日はこれで解散しましょぉ……。言っておくけれど、チェシャーを欺くためなら、私はあなた達の敵に回る事もあるわぁ。全部が露呈してしまうよりかはいいでしょぉ……?」

 

「それくらいは飲むか。ヒメもそれでいいよね?」

 

「……闇討ちされなければ、それで構わないわ」

 

 どこか素っ気なく、綺咲は告げる。その答えに満足したように霧子は奥の執務机へと取って返していた。

 

「じゃあ決まりねぇ。……まぁ、私が転生者としてもう一度選ばれるかどうかは賭けでしかないんだけれど、あなた達も気を付けなさいよねぇ……。記憶を保持して次の“ゲーム”を迎えるかどうかは分からないんだから」

 

「その警句、そのまんま返すけれどねー。じゃ。世話になった」

 

 兎真はさっぱりとした様子で手を振って出て行く。その後ろに続く綺咲に戸惑いながら、有栖は足を止めていた。

 

「あの……霧子さん……」

 

「なぁに? 言っておくけれど、さっきの話題を蒸し返さないでよねぇ。恨みっこなしって結論は出たでしょぉ?」

 

「それはそうなんですけれど……その、ありがとうございました……! あたし、こうして事態を飲み込めなかったらきっと、前にも後ろにもどっちにも進めないまま……きっとどうしようもなかったんだと思うんです」

 

 その返答が意外であったのか、霧子は目を見開いて、へぇ、と口角を吊り上げる。

 

「……まだ分かんない事もあるものねぇ。自分を殺した相手に礼を言われるなんて。けれど、お気を付けなさぁい。チェシャーだけじゃない、転生者はどんな事をしても勝利するために行動する。あなた……まだまだ青いわぁ。このままじゃ、いざという時に……大事な決断が出来ないかもねぇ……」

 

「それでも……です。ありがとうございました……っ!」

 

 ここでのケジメの意味もあったのかもしれない。有栖は一礼してから、事務所の扉を閉ざす。既に階下で待ち構えている兎真がふぅんと訳知り顔になっていた。

 

「……有栖、なかなか言うじゃん。確かに赤沢霧子にとっても、有栖にとっても不幸な事故みたいなもんだよ。けれど、それを事故で終わらせないのは……あーしは立派だと思うな」

 

「……そんな! 何も分からずにやっただけなんですし……」

 

「いや、それが立派じゃん? 分からなかった、前後不覚だった、それで終わらせるコトの数多いったら。それなのに、有栖は仁義みたいなのを通した。それってさ、偉いよ」

 

 一方的に褒められるのは慣れていなくって有栖は挙動不審になってしまう。

 

「あ、あのその……兎真さんも偉い……ですよ。だって、あたし、ビンタしちゃったし……」

 

「なはは。ビンタくらい何てコトないっってば。それよかさ! せっかくの深夜帯なんだし、カラオケでも行かね? 朝までオールコースだし!」

 

 声を跳ねさせて上機嫌な兎真へと冷水を浴びせるように綺咲は落ち着き払う。

 

「そんな事をしている場合じゃないでしょう。それに、私達の協定がバレれば、チェシャーに手を打たれるわ。篠崎さん、あなたは出来るだけ真っ直ぐに家に帰りなさい。それで少しは撒けるはずよ」

 

「あ、ありがとう……綺咲ちゃん……。その、綺咲ちゃんにもあたし……迷惑かけてるよね……?」

 

「……別にいいわ。その程度……転生者の戦いならば予想の範疇よ」

 

 綺咲はどこまでもクールに応じながら兎真へと視線を振る。

 

「けれどまぁ、全員もしものコトがあっちゃいけないよね。どうせだし、符丁でも作ろうか」

 

「符丁……ですか」

 

「そっ。アルセウスフォンを三回タップ。そうすれば、あーしとヒメに繋がるし、声を出せない時や緊急時にはそれで呼び出そうじゃん? 幸いにして、カスタム出来るのが強みではあるんだし。チェシャーに勘付かれる可能性はあるけれど、こっから先、孤独になったら負けるよ」

 

 その言葉が身に染み入る。これまでのような戦い方では、“ゲーム”を生き抜く事も、ましてや勝って望みを叶える事も出来ないだろう。そのために自分は綺咲や兎真、それに霧子と組んだのだ。

 

 前回のように犠牲を出すのではなく、自らの意思で進むために。

 

「……はい。けれど、綺咲ちゃんはこれまでみたいに転生者に狙われやすいんじゃ……? だってあたし達の結託って、表では……」

 

「表ではこれまで通りに過ごしましょう。下手に馴れ合うと、その分だけ弱点が増えるようなものだしね」

 

 その言葉を潮にして綺咲は身を翻す。その背中も様になっていて、有栖は感嘆の息をつく。

 

「……ヒメも素直じゃないなぁ。有栖と一緒に戦えて嬉しいんだよ、あれでもね」

 

「……兎真さんは、分かるんですか?」

 

「まぁねぇー。これでもヒメとは長いし、その分ね。入れ込んじゃうところもある。けれど、あーしは最終的な勝利者はヒメでいいと思ってる」

 

「それは……でも叶えたい願いがあるんじゃないんですか?」

 

 その問いかけに兎真はまぁねぇ、と呻る。

 

「ないと言えばウソになるし、あーし達は心の奥底で何かを欲しているから、転生者なんだろうけれど、今のところはそれを差っ引いてもいいかな。ヒメの求めているものを知っちゃうとね。自分の欲望なんて空っぽなんだって思わされちゃうし」

 

「……綺咲ちゃんの、求めているもの……」

 

「ま! それがあったって、有栖は自分のコトを考えなよねー。まずは生き残るコト! そっから考えても遅くはないだろうし。今回に関してで言えば、赤沢霧子を味方に引き入れられたのは大きい。転生者同士の情報共有はチェシャーが禁じているから、隙を見出せただけでもね」

 

 一巡目では霧子があのように思慮深いとは思わなかった。それこそ、ただの敵として対立したのだ。それは今になってしまえば勿体ない。出会い方一つで、誰しもが敵にも味方にもなる。

 

「……あたし、誤解していたのかもしれません。兎真さんも、霧子さんも……ちゃんと話し合えば、いい人なんだって……」

 

「それはウソ。いい人は友達を殺したりはしないよ」

 

 思わず息を呑む。兎真はあくまでも、そのスタンスを崩すつもりはないのだろう。一度でも過ちを犯せば、その咎からは逃れる事は出来ないのだと。

 

 しかし、そうであったとしても有栖は分かり合いたいと願っていた。これはいけない事なのだろうか。

 

「……兎真さんの事……あたし、それでも許したいと……思ってるんです。最初は、絶対に許せなかった。けれど、ちゃんと……ちゃんと向き合えれば……!」

 

「はいはい。有栖はホントにいい子ちゃんだねぇ。けれどま、それで救える人も居る、か。覚えておくといいよ。人間、皮一枚を剥がしたら、誰でも信用出来るようでそうでもない。あーしだって、赤沢霧子だってそう。それはヒメもかもね。それぞれの願いを否定出来ないのと同じように、それぞれの欲望だって、どうしたって争うコトでしか、分かり合えないのもあるんだよねー」

 

 まるで賢者のように、兎真は語ってから路面電車へと向かう。夜中は学園都市では鈍行だけが動いている。そのぼんやりとした灯りを目の当たりにして、有栖は思う。

 

 誰もが一面ではない――だとすれば、この戦いに、正義など一つもないのではないのか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きぃ、と扉が開く気配がして霧子は資料を掻き集めながら声をかける。

 

「どうしたのぉ……? 忘れ物ぉ? いいけれど、邪魔はしないでよねぇ。こっちも忙し――」

 

 顔を上げた瞬間、霧子は息を呑む。その相手がつい先刻までの三人ではなかったからだ。

 

「……何で……」

 

 問い返す前に奔ったのは爪の一撃だ。

 

 霧子の執務机の上のパソコンを引き裂き、その身体も容易く吹き飛ばす。霧子は身体をしこたま打ち据え、ガラス窓に血塗れの手をつく。

 

「……問答もなしに、殺そうとするのねぇ……。あなた、もしかして転生者として、覚醒して……」

 

 少しでも言葉を放って引き延ばそうとしたが、それが無為だとでも言うように肉体が宙に浮かび上がる。

 

 霧子は首元を押さえ込んでいた。

 

 空気を求めて喘ぎ、手を伸ばす。

 

「あ……あなたは……まさか、あなたが“片翼の蝶”……!」

 

 バツン、と全てが途絶える。

 

 テナント募集の窓に臓腑が撒き散らされ、明滅するばかりのパソコンの画面に霧子の血潮が飛び散っていた。

 

 

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