ALICE   作:オンドゥル大使

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第34話 想定外の『強襲』

 

 帰宅するなり、一階の電気が点いていたので嫌な予感がして有栖は玄関を開けるのを躊躇う。

 

 しかし、夜半の冷え込みは厳しく、結局はすぐに扉を開けることになってしまった。

 

「……遅かったわね、有栖」

 

 想定通り、妙子が母親と共にリビングで待ち構えている。ひりついたその空気に、有栖は短く返す。

 

「……ただいま」

 

「待ちなさいよ。……こんな時間に外出なんて偉くなったものよね、有栖」

 

「……夜中に出たのは謝る。けれど、お姉ちゃんには関係がないでしょ」

 

「大アリよ! ……有栖、あんた分かってるの? もう一年もすれば、あんたも高校三年生! 受験も控えてるって言うのに、こんな時間まで夜更かしして……! 母さんも言ってやってよ!」

 

「……有栖、どこに行っていたの?」

 

 どこか憔悴し切ったようなのは、恐らくは妙子が要らぬ心配をかけさせたのだろう。不良になるとでも脅したか、あるいは最近の態度が生意気だとでも言ったのか。

 

「……お母さん、客員教授なんだから拘束してあげないでよ。明日も早いんでしょ?」

 

「あんたねぇ……! そうやって、分かった風な事を言って……! あんたには母さんの気持ちが分からないの?」

 

「お姉ちゃんこそ。お母さんの気持ちが分かるんなら、こんなくだらない事で夜遅くまで起こさないで。忙しいんだよ」

 

「有栖……! あんた……!」

 

 思わず、と言った様子であったのだろう。振り下ろされたビンタに有栖は抵抗しなかった。

 

「……気は済んだ?」

 

 自分の返答が思い通りでなかったのだろう。妙子は今一度、手を振るい上げる。それに対し、有栖は無抵抗であった。

 

「……あんたは……! いつからそんな……生意気に……!」

 

「お姉ちゃんが知ったってしょうがないよ。それに……あたしは悪い事をしたつもりなんてない」

 

「有栖……!」

 

「やめて。……妙子も妙子よ。有栖、あなたにはちゃんと考えがあるのよね?」

 

 立ち上がった母親に妙子が手を止める。有栖が深く頷くと、母親は嘆息をつく。

 

「……何でこんな風になっちゃったんだろ。お父さんが居たら違ったのかもしれないんだけれど」

 

「ここに居ない人の事は言わないで!」

 

 妙子の叫びに、有栖はふと、口走る。

 

「……お姉ちゃん、お父さんには似てないもんね」

 

 恐らくは言わないほうがよかったのだろう。自分でもどうしてそんな言葉が出てしまったのかは分からない。ただ、少しの優越感を覚えたのは確かだ。

 

 深い青の瞳に、絹のような金髪。

 

 これを誇った事がないと言えば嘘になる。それに比して、妙子はショートカットの黒髪。凡庸極まりないその姿に嘲笑する気持ちがなかったわけではない。

 

 妙子は一瞬だけ唖然としていたが、それが自身にとって最も許せない言葉であった事を認識して手を振り上げる。

 

「有栖……!」

 

 暴力を振るわれる事自体はどうでもいい、と諦め切っていた有栖は不意に響き渡ったインターフォンの音にびくついていた。

 

 いや、自分だけではない。

 

 母親も妙子も、こんな夜中の闖入者に驚嘆している。

 

「……だれ……? こんな時間に……」

 

「有栖、知り合い?」

 

「……分かんない」

 

 鍵が開いている事に気づいたのか、きぃと扉が開く。

 

 目の覚めるような赤いチャイナ服を着込んだ少女がそこに佇んでいた。にこにことして、首を傾げる。

 

「こちら……篠崎有栖さんのお家で間違いないでしょうか?」

 

 三人とも顔を見合わせる。まったく印象にないその姿と読めない笑みに、声も出せないでいると少女は名乗る。

 

「私です。今日転校してきた、リー・マオフェンです」

 

 そう言えば、綺咲ではない転校生が来ていたのであったか。だがそんな人物がどうして自宅に? その疑念が拭えぬまま、すっと茶封筒が差し出される。

 

「これ、お忘れ物でして」

 

 何か忘れただろうか。有栖は妙子と母親の視線を受けながら、それを受け取る。

 

 だが、何も起こらない。

 

 その姿を目にしてマオフェンは小首を傾げる。

 

「ヘンですねぇ? だってこれ」

 

 あ、と声が出る。

 

 茶封筒に入っていたのは――黒いアルセウスフォンであったからだ。

 

「それ……」

 

「もし……記憶が戻っていないのならここで戻るはずだし。何ともないって事は、篠崎有栖ちゃん? あなたはもう――転生者として記憶を取り戻している」

 

 確証めいた言葉に有栖は思わず、二人へと振り返る。

 

「……転生者……! お母さん、お姉ちゃんも、逃げ――!」

 

「遅い。ドラメシヤ」

 

 モンスターボールが解き放たれ、そこから繰り出されたのは幽鬼を思わせるがま口のポケモンであった。その口腔部が大きく開かれ、灼熱の火球が溜め込まれる。

 

「……セビエ! 防御を……!」

 

「流星群」

 

 直後には放出された熱量が壁を焼き、玄関先を融かしていく。咄嗟に放ったセビエの凍結領域の壁が母親と妙子に命中する前に火球を減殺させたが、それでも被害は甚大だ。

 

「お姉ちゃん! お母さんも、逃げて!」

 

「逃げて? 何を言っている?」

 

 玄関先が噴煙に巻かれ、火災報知機の音叉がやかましく鳴り響く中で、スプリンクラーが発生し、その水をドラメシヤと呼ばれたポケモンが受ける。

 

 しかし、水滴が体表に留まる事はなく、全てすり抜けていく。

 

「なに……これ……」

 

 息を呑んで動けなくなっている妙子へと、有栖は防衛のための壁を構築する。

 

「セビエ! 雪景色! 少しでも……二人を逃がさないと……!」

 

 セビエが「ゆきげしき」の屈折フィールドを生み出すが、マオフェンとドラメシヤはそれを躊躇なく引き裂いていく。

 

「ドラメシヤ。今宵は残酷に――アリスちゃんをいたぶって差し上げましょうか」

 

 

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