ALICE   作:オンドゥル大使

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第35話 動き出す『害意』

 

 三回タップの伝令が来たのはちょうど自宅に戻った時点で、兎真はアルセウスフォン越しの有栖の声を受けながら宵闇の街を駆け抜ける。

 

「有栖? どうしたの……?」

 

『兎真さん……! 転生者の襲撃に遭っています……!』

 

 それは信じ難い事であった。まさか、こうして三人で結託すると決めたその直後に襲ってくるとすれば、相手は既に張っていた可能性が高い。

 

「待って……! 今行くから……! カジッチュ!」

 

 肩に乗ったカジッチュが鋭く鳴いてその草の触手を伸ばし、屋上を突っ切っていく。ビル風を引き受けながら兎真は最短ルートを取ろうとして、不意打ち気味の別の気配に身をかわす。

 

「……この風圧は……!」

 

「ジュラルドン、ラスターカノン」

 

 白銀の光が収束し、直後には今しがたまで居た空間を引き裂く。カジッチュによって別の建築物の屋上に着地しなければ直撃していただろう。

 

 よろめきつつ兎真はその姿を視界内に捉える。

 

「……あんた、誰……!」

 

「これはこれは。申し遅れました。ボクの名前は綾坂美月。あなたと同じ、転生者です」

 

 綾坂美月と名乗った少女は全身これ武器とでも言うような立方体型のポケモンを従えている。銀色の煌めくその躯体からは放熱した煙が棚引いていた。

 

「……厄介だな。こんな時に、横から攻めてくるってコトは理解はしてるんだよね」

 

「ええ。あなたに合流はさせない。篠崎有栖さんは、今宵死ぬ」

 

 やはり、有栖狙いか、と確信すると同時に、何故? と言う思いが掠める。綺咲を狙うのならばまだ分かる。彼女は転生者としてわざと目立っている。だが、転生者としてはまだ目立っていないはずの有栖を狙ってこうして奇襲めいた事を仕掛けてくる理由が分からない。

 

「……分かんないなぁ。あーしを止めたって関係ないかもよ?」

 

「いいえ。あなたは篠崎有栖を助けに行くはず。それに、舐めないでいただきたい。何も、特別なのはあなた方三人だけではないのだから」

 

 三人、と口にされた事で兎真の中でこの結託が露呈しているという線が確定する。

 

「……いいけれど、あーしは弱いから歯ごたえもないし。わざわざこんな時に戦う必要性はないんじゃない?」

 

「なかなかに笑わせてくれる、早谷兎真さん? あなたはこれまで、何度も“ゲーム”においてわざと姫宮綺咲と同点を取り、全てを無効試合にしてきた。そんな事が、何度も作為的に可能だとすれば、実力者である事は疑いようもない」

 

「買い被り過ぎだってば。……退いてくれない?」

 

「退けないな。ボクと戦ってもらうよ。早谷兎真さん」

 

「……じゃあ……しょうがないよね……!」

 

 兎真は肩に留まっていたカジッチュを迫らせる。「とびつく」の直接攻撃の触手が跳ね上がり、美月のポケモンを拘束したが、それはすぐに灼熱の息吹で融かされていた。

 

「なるほど。おどろかす、からのとびつくでの奇襲攻撃。素早くなければ簡単に封殺されてしまう。やはり、あなたは実力者だ。余計にボクと戦ってもらうよ。ここで逃がすわけにはいかなくなった。ジュラルドン、その身を鳴らせ、誇るがいい!」

 

 ジュラルドンと呼ばれた重戦車を思わせるポケモンから絶えず鋭い音叉が鳴り響く。転生者自体をその場に縫い留める音響攻撃に、兎真は咄嗟にイヤホンを嵌めていた。

 

 しかしその時には青い炎に包まれたジュラルドンがその躯体を振るう。

 

「ワイドブレイカー」

 

 触手が断ち切られ、兎真は飛び退る。カジッチュが素早く舌を巻きつけ、逃走ルートを探っていく。この学園都市のほとんどは掌握している、ゆえにどこに逃げればどう有効なのかも。

 

 しかし、跳躍した自分とカジッチュへとジュラルドンが照り輝く。眩いばかりのその光に兎真は咄嗟に横っ飛びをしていた。

 

 大技が来る予感にビル影に身を隠した瞬間、ジュラルドンが前足に白銀の球体を編み上げ、それを放出する。

 

「ジャイロボール」

 

 白銀の色調を引き写した光弾を四方八方にジュラルドンは放つ。ビルを盾にしても避け切れないと判断し、兎真は直後には飛び降りていた。

 

 ビル壁を蹴りつけ、立体的に舞い降りたその時にはビルの壁面を容易く貫く光弾が高速回転して迫る。

 

「……カジッチュ! 不意打ち!」

 

 カジッチュの草の触手が空間を疾走し、美月を拘束しようとしたがそれを読んだようにジュラルドンの周囲で回転する「ジャイロボール」が断ち切る。

 

 痛みでカジッチュが思わずと言った様子で鳴く。それを庇おうとして兎真は別方向から追跡してくる白銀の光弾を身に受けていた。

 

「ジャイロボールはこちらが遅ければ遅いほどに効力の高い技。早谷兎真さん、あなたのその素早さは仇となったね。如何に歴戦の転生者とは言え、ポケモンの攻撃を受けて無事で済むわけがない。これでボクの仕事は終わ――」

 

「そうだねぇ。普通ならヤバかったかも」

 

 その足が止まる。

 

 兎真は吹き飛ばされた衝撃で身を打ち付けていたが、その身体は健在であった。

 

「……バカな。ジャイロボールを真正面から受けたって言うのに」

 

「一つ。あーしはさ。本気でやるのってあんまし好きじゃないって言うか。そもそも手の内を明かすのが嫌なスタンスなわけ。あんたはどう? ここで手打ちにしない?」

 

 カジッチュが光弾をその身に受け、大口を開けて高速回転する攻撃を飲み干す。けぷっ、とげっぷを漏らしたその姿に美月は震撼したようであった。

 

「……ジャイロボールを……呑んだだと……!」

 

「もう一回だけ、言うよ。あーしと戦うのはやめたほうがいい。ここで退かない?」

 

 手を叩き、兎真は今一度、美月へと問いただす。しかし、美月もジュラルドンも闘争心を剥き出しにする。

 

「……バカな事を! ならばなおさらだ! あなたを逃がすわけにはいかなくなった!」

 

 その在り方に兎真は心底理解出来ないとでも言うように頭を振ってから、懐から赤い果実を取り出す。

 

「じゃあ、お互いに。ここで無傷ってわけには、いかないなぁ。カジッチュ、すっぱいリンゴを食べな」

 

 カジッチュが飛びつき、リンゴを頬張った瞬間、その躯体が膨れ上がる。果実であった肉体を広げ、両翼が拡張する。これまで果実サイズに収まっていたカジッチュが吼え立て、その肉体を晒す。

 

 周囲に風圧を押し返して、今ここに新たな姿として顕現する。

 

「……アップリュー。久しぶりだなぁ、進化するの」

 

「進化した……? だから何!」

 

 美月が手を払うと同時にジュラルドンが高速回転する光弾を周囲に展開する。

 

「今度は受け止めさせない! ジャイロボール……点火!」

 

 解き放たれた「ジャイロボール」の包囲射撃。四方八方から襲い掛かる光弾に、兎真はアルセウスフォンを握り締めて短く告げる。

 

「あんまし時間、かけてらんないんだ。アップリュー、Gの力」

 

 途端、ジュラルドンの肉体がこの場に縫い留められる。

 

 それだけではない、今に兎真に迫るかに思われていた光弾は全て叩き落されていた。転生者である美月もその場に膝を折る。

 

「……これ、は……」

 

「アップリューは重力を操る。だから、言ったよね? ――あーしとは戦わないほうがいいって」

 

 コンクリート製のはずの道路に亀裂が入る。そこから芽吹いたのは草木であった。見る見る間に兎真と美月の間には大樹が構築されていく。めきめきと巻き起こる生命の誕生現象に、美月が目を見開く。

 

「……こんな高速での……技なんて……」

 

「慣れてないからさぁ。……加減は難しいんだ」

 

「加減だと……! バカにするな! ジュラルドン!」

 

 ジュラルドンの肉体が光を帯び、全方位に向けてその反射装甲を発揮する。

 

「ラスターカノン!」

 

 攻撃対象を絞らない閃光の光条が木々を焼き払っていく。鋭く刃のように収斂し、直後には大樹を断ち割っていた。

 

 燃え盛る大樹に、兎真は自ずと口角が緩むのを感覚する。

 

「……やるじゃん」

 

「舐めるなよ……早谷兎真……! ボクとジュラルドンを止められるなんて……!」

 

「あーあ。せっかくの王子様ルックが台無し。もっと冷静に戦いなよ。そんな簡単にキレたんじゃ、底が知れるってもんだよ?」

 

 美月はヒステリックに前髪をかき上げ、歪んだその相貌に怒りを滾らせてジュラルドンに命じる。

 

「ジュラルドン……破壊光線……!」

 

 ジュラルドンの躯体に迸っていた光が一点に集約され、その中心軸から止め処ない光芒が瞬く。

 

「……おっかないなぁ、もう。破壊光線なんて街のど真ん中で撃つもんじゃないよ?」

 

「黙れ……! ボクの誇りに、貴様は唾を吐いた! 分からせてやる! 早谷兎真ァ……!」

 

「……だからさ。キレるのは、底が浅いって言うもんなんだってば。やれるね? アップリュー」

 

「照準……発射!」

 

 塵芥を巻き上げ、ジュラルドンの肉体負荷を無視した威力の技が放たれる。「はかいこうせん」の光軸は確かに、通常ならば回避一択であろう。それ以外の戦法など、ほとんど存在しない。

 

「……でもなぁ。あーし、有栖の期待に応えないとだし」

 

 目の前まで迫ったその破壊の一撃に対し、兎真のした行動は少ない。

 

 肩に留まったアップリューへと、静かに命じる。

 

「……うん、この軌道なら。逸らそっか」

 

「不可能だ! 破壊光線の一撃を受け止めるなど……!」

 

「受けるなんて言ってないよ。逸らすの。アップリュー、グラススライダー」

 

 アップリューがその翼を畳み、眼前の灼熱の光条に相対する。その防御陣形は「はかいこうせん」ほどの光の瀑布であろうとも、展開した「グラスフィールド」が有効ならば確実に先手を取れる技だ。

 

 反射された破壊の光軸がビルに突き刺さる。

 

 まさか、と美月は絶句しているようであった。

 

 兎真とアップリューには傷一つない、その現状を信じられないかのように。

 

「……ウソだろう……? 破壊光線なんだぞ……。それを、正面から……」

 

「信じらんないなら、この勝負はここまで。はい、終わり終わり!」

 

 パンパンと手を叩き、兎真はこの勝負の終わりを宣言する。それを信じられないのか、美月が踏み込んでくる。

 

「……ふざけるなよ……! まだ……ジュラルドンは負けてなんて……!」

 

「いや、もう踏み込んでいるよ。そこ。草結び」

 

 ジュラルドンと美月の足を取ったのは地面から伸びた草による拘束であった。無様に転がった美月へと兎真は歩み寄る。

 

「……ここであーしが撃てば勝ちだけれど、どうする?」

 

「……こ、こんな事がァ……っ! ボクとジュラルドンが手も足も出ないなんて……!」

 

「諦めは、潔いほうがいいよ。今のあーしの最重要は有栖の求めに応じるコト。あんたを殺すコトじゃない。それに、聞きたいのは山ほどあるし。ここで殺しちゃうのはもったいないって言うか、うん。そうだねぇ。ちょっと惜しいか」

 

 コンクリートを割って無数の草木が芽吹き、美月とジュラルドンを縛り上げていく。

 

「それで朝まで反省してなよ。あーしはこれでも忙しいんだから」

 

「ま、待てェ……っ! 決着をつけろォ……っ!」

 

「いきり立つもんでもないってば。あんたが転生者なのは確定だけれど、あまり殺し過ぎて……頑張るとヒメに怒られちゃう。あーしらはちゃんと計算して戦ってんの。イレギュラーは有栖だけで充分だって」

 

 アップリューの伸ばした草木の道筋を辿り、兎真は駆け抜ける。学園都市の闇の中を突っ切るかのように。

 

「……頼むから無事で居てね……有栖……っ!」

 

 

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