一発の閃光弾が弾け飛び、家屋の屋根を吹き飛ばす。それが「りゅうせいぐん」と呼ばれる高威力のドラゴン技である事を有栖は感じ取る前にセビエへと迎撃を命じる。
「ドラゴンクロー!」
セビエの爪が蒼い輝きを帯びてドラメシヤへと突き刺さらんとするが、ドラメシヤはその攻撃を軽くかわしてから、その背後に回り込む。
「……まだ……! 何で振り解けないの……!」
「ドラメシヤは纏わりつく事で鬱陶しく立ち回れる。それにしても……呵々。これが前回“シーズン”の最高得点保持者? まるで――弱い」
ドラメシヤへとセビエは凍結の牙で噛み付こうとするが、至近距離まで近づいたかと思うと直後に突き放される。
「……距離が……分からない……!」
「思ったよりもちくちくと、こうなってしまえば泥仕合。けれど、そろそろ飽きてきたし、焦れてきた。……終わりにしましょうか、篠崎有栖ちゃぁん……!」
ドラメシヤが射程をすり抜けて二階へと避難していた母親と妙子の下へと急行する。
「……いけない! セビエ! 追って!」
セビエが「ゆきげしき」の屈折フィールドで少しでも遅れさせようとするが、それを無効化するかのように跳び上がったドラメシヤの姿に母親と妙子が恐れで動けないようであった。
「……セビエ! 氷のキバ!」
「遅い……!」
セビエの攻撃を掻い潜り、ドラメシヤは再び背後に立つ。
「……こいつ……!」
「金縛り」
途端、セビエの動きが制限される。それだけではない、逃げようとしていた妙子が倒れ伏し、その場で痙攣する。
「……お姉ちゃん……!」
「ドラメシヤ、その女には利用価値がある。母親のほうは……殺しちゃおうか」
ドラメシヤがその口腔部に灼熱の光弾を溜め込む。有栖は意識が加速するのを感じていた。
このまま破壊させるわけには――全てを奪わせるわけにはいかない。
「……ダメ……っ!」
セビエが「ドラゴンテール」で地面を跳ねて舞い上がり、ドラメシヤの懐へと潜り込む。蒼い爪が振るわれてドラメシヤの腹腔を裂いたかに思われたが、その一撃は空振りとなる。
「……ここまでね。呵々、楽しかったよ、篠崎有栖ちゃぁん……」
マオフェンの下に戻ったドラメシヤを止める術はない。燃え盛る家屋の中で有栖は意識が遠のいていくのを感じて膝を折る。
「待って……。待ってよ……お姉ちゃん……」
全てが終わりを告げていくのを感覚して、有栖は涙に濡れた視野から意識を手離していた。
『ヒメ、聞いてる?』
綺咲はビル風に巻かれながら、通信用の別端末よりもたらされる兎真の言葉を聞き留めていた。アルセウスフォンはチェシャーによる盗聴の恐れがある、そのためにわざわざこうして姫宮財閥特製の秘匿通信を使っていたのだが、結果は無残なものとなった。
「……聞いているわよ。篠崎さんは……」
『有栖はあーしのほうで保護しておいた。救急車とセーフガードも呼んでおいたから、これ以上の被害は出ないとは思う』
宵闇に溶けていくサイレンの音叉を背景に、今も急行する赤く明滅する光を綺咲は視界に入れる。
「……まさか、家族を襲って来るなんてね。これ、どう思う?」
『どうって……。あーし達が結託したのを見計らったみたいに、二人同時に仕掛けられた、これはどう考えたって……』
「チェシャーによる攻撃」
断言の論調で言い放つと、兎真は少しだけ戸惑ったようであった。
『……ヒメにしては早急って言うか、まだ断言は早い気がする。有栖が狙われたのは、理由は分かんないけれどあーしにも攻撃してきたところを見るに……あーしとヒメの同点優勝が気に食わない勢力が居るのかもしれない』
「だとして、私とあなたならばまだ分かるわ。何故、篠崎さんとあなたなのかしら」
綺咲は屋上の鉄柵に持たれかかり、飛翔したヘリコプターの風圧を受ける。姫宮財閥の諜報部門が動き出している。このような事態を想定していなかったわけではない。だが、それにしては早過ぎる。まるで何かを焦っているかのように。
『……敵さんにしてみれば、あーしとヒメよりも有栖のほうが目立って見えたか……。一応は前“シーズン”の最高得点者だし。……おっ、目ぇ覚めた?』
『……ここって……』
通話越しに有栖の戸惑った声が耳朶を打つ。
『安心してって。ここなら火事にも巻き込まれないし』
『火事……そうだ! お母さんは……お姉ちゃんは……!』
暫時の沈黙。恐らくは兎真にも説明の時間が必要なのだろう。
『……そんな……』
『そんな調子で、あーしは一応、有栖を保護しておくから、あとの始末はよろしく。姫宮財閥のお力で最低限度に留めてね』
「簡単に言う……。けれど、分からないわね。あなた、襲われたって言っていたけれど、その相手。確かに転生者だったのよね?」
『……それは間違いない。多分、ヒメが当たっても無事じゃ済まなかった。あーしでよかったくらいだよ。敵はこの学園都市内で破壊光線を撃とうとしてきた。フツーじゃないってば』
兎真の言葉の裏付けを行う前に、アルセウスフォンが甲高く鳴り響く。
想定外の呼び出し音にアルセウスフォンを覗き込んだ瞬間、意識が渦巻いて画面の中に吸い込まれていく。
直後には綺咲は六角形の足場が浮かぶ異空間に着地していた。
自分だけではなく、煤けた制服姿の有栖と兎真も同じ空間で戸惑いの眼差しを交わす。
「……私だけではなさそうね」
「……みたい。こんなに事が動くなんてね……」
「皆様、ご都合を無視して呼び出してすいません」
その声の主に三人とも振り返る。淡々と、それでいて明瞭な靴音を響かせてチェシャーが目の前でスカートを摘まんで一礼する。
「……こんな深夜帯にあんたが動くってコトは相当だって思っていい? チェシャー」
兎真が切り込むとチェシャーは何の感慨も表情には浮かべずに首肯する。
「次の“ゲーム”の趣向が決まりましたのでお伝えしなければならないと思い……このような時間になって申し訳なく思っております」
「チェシャー! ……お姉ちゃんが……! お母さんも……!」
「はい、存じております。有栖。両名ともこちらで保護しておりますので」
どこまでも淡白なチェシャーの返事に有栖は絶句したようであった。
「なにを……何を言っているの……!」
「言葉の通りです。有栖のお姉様は、あちらに。お母様は、別の異空間ですが」
綺咲が端末へと声を吹き込む。
「……篠崎有栖の母親は……? 消えた? そんな報告が許されると思っているの……」
どうやらブラフではないらしい。自分の眼差しを確かめた兎真は有栖の肩に手を置いてチェシャーに噛み付く。
「……チェシャー。こういうのはルールの範疇の外なんじゃないの? 勝手な事をして、あーし達を雁字搦めにするなんて……!」
「不可抗力です。わたくしはこのような強硬策に出るつもりはありませんでしたが」
「……待って。早谷兎真。篠崎さんも……あれは……何?」
異空間に浮遊するのは自分達の足場だけではない。別の島のような足場が同じ高度を維持し、そこに佇むのは四名の少女らであった。
否、真実の意味ではそうではない。
チェシャーの服飾の色調を正反対にしたような女性が、その後ろで佇んでいる。
顔も姿も同じなのに、服装と瞳の色だけをネガにしたような、妙な存在感を放って。
「お初にお目にかかります……なんて、わざわざ格式ばって声にするまでもないわね、チェシャーと契約した転生者の皆さま。アタシの名前はシュレディンガー。チェシャーとは……そうね。同業他社、とでも言うべきかしら」
スカートを摘まんで雅に一礼したシュレディンガーと名乗った女性は、それそのものが皮肉とでも言うように唇をゆがめる。
「……どういう……」
「この“シーズン”ではこれまでの得点計算式は無意味と化し、皆様にはチームとしてシュレディンガーの擁立する転生者と戦っていただきます」
「その通り」
パチン、とシュレディンガーが指を鳴らすと陰になっていた少女らが露になる。眼が覚めるような赤いチャイナ服を纏った小柄な少女と、それと相反するように背の高い王子様を想起させるようなボーイッシュな佇まいの少女。
そして――有栖の姉であるはずの妙子と、その隣に居るのは間違えようもなく。
「……ウソ、でしょう……。高峰幸子……」
綺咲は思わず息を呑む。
いや、本当ならば声を出したかったのは有栖のほうだったのだろう。
有栖はこの状況に翻弄されるばかりで、一言も発せられないようであった。
「チームロワイヤル、って言えば分かるかしら。今回の得点計算はとてもシンプル。このアタシ、シュレディンガーと契約した転生者と、チェシャー、貴女と契約した転生者同士で殺し合ってもらうわ。最終的に、残った数が多いほうの勝利。分かりやすくっていいでしょう?」
シュレディンガーが微笑みを湛えながら説明するのを、有栖は目を戦慄かせて呼吸さえも忘れているようであった。
「……何で……? 何で、お姉ちゃんと幸子が……」
「理由なんて必要? アタシ達は勝利するために、篠崎妙子と高峰幸子の二人に契約させてもらったわ」
どこまでも冷徹な現実に有栖は逃げ場所を求めてチェシャーに視線を移すが、彼女はこれこそが現実だとでも言うように頭を振る。
「……残念ながら、これが次の“ゲーム”のルールとなります。有栖、それに早谷兎真様、姫宮綺咲様。現時点ではありますが、次の“ゲーム”は5対5の削り合い。“カタストロフィ”が訪れる前に、相手の陣営をより減らした側の勝利となります」
まさか、そのようなルール変更がまかり通るのか、と綺咲は問い返そうとしてそれは無為であるのがチェシャーの無表情と相対しても明らかとなる。
チェシャーでさえも覆せない、大枠の何かがこの残酷な戦いを強いているのだと。
「……申し訳ありません。わたくしの落ち度です」
ここに来てチェシャーに謝られた程度で看過出来る状況ではない。間違いなく有栖にとっては最悪の戦いとなるのであろう。
「……ねぇ、チェシャー……。あたしが……あたしが勝っていれば、お姉ちゃんはあっち側に居なかったの? お母さんは……囚われずに済んでいるの?」
チェシャーは答えない。そう簡単な戦局ではないのは綺咲の眼にも明らかであった。
「篠崎有栖ちゃぁーん。私達を殺せば、全て済む話でしょぉ? “ゲーム”の運営を恨むのはお門違いってものでしょぉ?」
チャイナ服の少女が率先して挑発する。有栖の頬を涙が伝い、肩を震わせていた。
「……だって……だってそんなの……。そんなのぉ……っ」
「そっちの。あーしとヒメを挑発するのは慣れたコトだし、いいんだけれどさ。……有栖に害を及ぼさないで。今そんなのされるとさ……何倍にも増して返してやりたくなっちゃう」
兎真が殺気を飛ばすと、チャイナ服の少女は肩を竦めて扇子で口元を隠す。
それでも喜悦の笑みを隠し切れていない。
「……まぁ、明日からが本番だしねぇ。私達はこのチームでやらせてもらう。けれど、チェシャー。そっちは三人って言うのは、ハンデと思っていいのぉ?」
「無論、5対5のルールは覆りません。こちらで二名の転生者を選ばせていただきます」
「ちょっと! チェシャー、そんなの勝手に……!」
「今は。今は多少お待ちください。……それがわたくしに出来る、精一杯の……」
チェシャーがここまで感情を押し殺しているのを見るのは初めてであった。今までの戦いではあくまでも運営側として、転生者側に寄り添った采配をする事は一度もなかったのである。
それがここに来て均衡が崩れた――まさか、自分達が結託すると決めたその夜であるのは、皮肉めいているが。
「いいわね。チェシャー、今度こそ。貴女の全部を奪ってやる! アタシ達が勝利するのよ! では、ごきげんよう。貴女達転生者の行方に、幸あれと願って」
シュレディンガーが雅に一礼すると同時に浮遊していた足場ごと彼女らは消え去る。綺咲はこの事態を重く見ていた。
「……チェシャー。説明くらいはしてもらえるんでしょうね?」
「申し訳ありませんが、5対5のチームロワイヤルは、既に決定事項です。わたくしが出来るのは、せめて五名揃うまでの時間稼ぎだけ。残り二名はこちらで選出しますので、皆様の気苦労は――」
「そういう事を言ってるんじゃないの!」
まさか自分が声を荒らげるとは思っていなかったのだろう。ここで目を見開いたのは兎真のほうであった。
「……ヒメ……」
「チェシャー……“ゲーム”がどれほど残酷でも残忍でも私達は飲み込んできたわ。けれど、これはその領分を超えているでしょう……! 無関係の人間を巻き込むなんて、あなたの矜持はどうしたの……!」
「姫宮綺咲様。わたくしから申し上げる事は、如何に重ねても意味を持たないでしょう。いずれにせよ、“ゲーム”における勝利こそが転生者の命運。一つ言える事は、わたくしは貴女方の敵ではありません。ですが、彼女は違う。シュレディンガーは……わたくしには読めません」
「顔がそっくりそのまま一緒なのに?」
兎真の問いかけにチェシャーは首を横に振る。
「如何に精巧に似せたとしても、それは同一存在とは限らない。お三方とも、このような時間に招集してすいません。これに関しては埋め合わせを考えております」
「……ねぇ、チェシャー。……戦わないって言う、選択肢はないのかな。それこそ……別の可能性みたいなのって……」
縋りつくかのような有栖の言葉にチェシャーはきっぱりと言ってのける。
「有栖、もう“ゲーム”は始まりかけているのです。簡単に時は戻せません。よって、わたくしが進言するとすれば、前に進み続けるほかないでしょう」
「前にって……! 前にって何……っ! 前に進めば……じゃあ何もかも戻って来るって言うの……!」
堰を切ったような有栖の感情の発露にチェシャーは淡々と応じる。
「転がり出した石は止まりません。戦いが次のステージに移行しただけ。許してもらおうとも、信じてもらおうとも思っておりません。これが転生者の進む“ゲーム”の道筋なのですから」
「チェシャー。その辺りにして貰える? ……あーしも疲れちゃった。事を進ませるのは残り二人の転生者を見出してからでしょ」
兎真がここで取り成さなければ物事は平行線のままであったのだろう。チェシャーは話の打ち切りどころを見つけたのか、一歩後ずさってから雅に一礼する。
「……では、これにて。5対5の形式が整い次第、アルセウスフォンに伝令致します。それまでお待ちください」
異空間が歪み、綺咲は有栖と兎真を視野に入れていた。
元の現実世界に戻っても有栖にとっては辛い事柄が続くだけだ。泣きじゃくる有栖の背中をさすり兎真は声を投げる。
「……ヒメ。あーしのところで有栖は保護するから。……ヒメはこの事態の究明を急いで。姫宮財閥の力なら、このイレギュラーを少しでもマシに出来るはず」
「……言われなくてもそのつもりよ。監査部と情報部、それに諜報部も動員するわ。それにしても……これまでこんな戦いは一度だってなかった。チームロワイヤルなんて……」
やはり結託したのがチェシャーにとって不都合に映ったのだろうか。151分の隙を突いての作戦は、運営側の神経を逆なでしたのかもしれない。
しかし、どこかで優位を保たなければいずれは遣い潰されるだけであっただろう。この状況を招いたのは自分達の落ち度である以上に、警戒しなければ勝利は掴めない。
「……早谷兎真。篠崎さんを頼むわ。……今は心に傷を……」
「分かってるよ。あーしはこれでも慰めるのは得意なんだから」
本当なのか嘘なのか分からない言葉に綺咲は手首から伸びるワイヤーで跳躍する。背徳の学園都市の灯りが一望出来る中空で、綺咲は奥歯を軋らせていた。
「……こんな風に……なるはずがなかったのにね。アリス……」