ALICE   作:オンドゥル大使

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第40話 勝利者の『責務』

 

 道すがらで喋った事柄はさして大した話題でもない。ここ数日の流行り廃りであったり、学校は楽しいのかであったりとまるで本物の友達のように当たり障りのない会話であった。

 

 しかし、路面電車で端末を覗き込んで髪型のセットをする兎真の横顔を見て、少しだけ考えてしまう。

 

 このような出会い方でなければ一生出会わなかったであろう人種だったのかもしれない、とも。

 

 まつ毛のマスカラはきっちりぱっちりと。ギャルっぽいメイクも完璧に仕上げている。それなのに、兎真は明らかに自分よりも頭がいいのだ。何だかこの世の不条理のようでさえも感じるのは自分の心が狭いからだろうか。

 

「じゃあねー。また、ウチで」

 

 路面電車の途中で乗り換え、有栖は裏路地に近い場所にあった店先へと訪れる。

 

「……居るよね……?」

 

 カランと重たい扉を押すとカウンターで本を読んでいる人影と出くわす。

 

「いらっしゃーい……って、有栖ちゃん? どうしたの?」

 

 眼鏡のブリッジを上げてこちらを見返したツバサの相貌に、思わず有栖は感極まって抱き着いてしまう。

 

「ツバサ姉……! あたし……あたし……っ!」

 

「っと、ちょっとタンマ……! えっ、どったの? 私は……一応、同性からの告白は、まぁ一応は受けるけれど……」

 

「ツバサ姉……っ! 転生者だとかポケモンだとか……覚えてる……?」

 

 こちらの疑問にツバサは眉間に皺を寄せる。

 

「転生……ポケモン? ……有栖ちゃん、そういう小説かアニメにでもハマってる? 確かにここ数年はラノベブームでもあったけれど……」

 

 説明するよりかは理解してもらったほうが早い、と有栖は鞄から取り出したアルセウスフォンへとツバサの手を引き寄せる。

 

 すると、ツバサはくらりとよろめき、眩暈を覚えたかのように額を押さえる。

 

「……何で忘れてたの……? これ……!」

 

「思い出した……?」

 

「……ウソでしょう? けれど……いえ、これは……チェシャー!」

 

『ご用命でしょうか』

 

 ツバサの呼びかけにアルセウスフォンに浮かび上がったチェシャーへとツバサは突っかかる。

 

「これってどういう事なのよ! ……有栖ちゃんのことも幸子ちゃんの事も……転生者の話も……。何で私は、全部忘れて……?」

 

「ツバサ姉。信じられないかもしれないけれど……」

 

 有栖は転生者に関しての事、そして知り得た“ゲーム”に関しての事を説明する。無論、チェシャーの眼があるのでここでは151分の事は話さない。

 

「……そんな事が……。ああ、いや信じられないとかじゃなくってさ。それが可能だって言うのなら、私達……何回も繰り返している可能性はないの?」

 

「……確かに綺咲ちゃんも兎真さんも一年間で何度もこういう事があったみたいな……」

 

「その度にリセットかぁ……参ったなぁ」

 

 ツバサは浮かび上がったチェシャーへと一瞥をやる。チェシャーは淡白な論調で応じるばかりであった。

 

『転生者同士の情報交換は基本的に禁じられていますので』

 

「だとしても、これほど重要な事を隠していたんじゃ、君も相当よ。だけれど、待ってね……。そうだとして、早谷兎真……さんだっけ? やっぱりヘンじゃない? だって幸子ちゃんを……その、殺したって……」

 

「それは間違いないんだけれど……あたしにもまだ答えは出ていなくって……」

 

「そんな相手と今度はチームメイト? それってさ……私なりの常識で言わせてもらうと、ヘンだよ」

 

 ツバサは年長者として心配してくれているのは分かる。それでも、今は兎真に頼るしかない。

 

「……けれど、“ゲーム”のルールが変わった以上、そう動くしかないよ。……あ、そう言えばチェシャー。新しい転生者の補充は……」

 

『申し訳ありません、有栖。今のところ、候補者は居らず……』

 

 チェシャーにも簡単に解決出来ない事があるのか、と思っていると不意打ち気味にツバサが提言する。

 

「……ねぇ、それってさ、私じゃ駄目なの?」

 

 有栖は目を見開く。想定外の反応にどうしても戸惑いが勝ってしまう。

 

「それは……だって、ツバサ姉は転生者じゃなかったんだから……」

 

「もう関係ありだし、それに君らだけの諍いを見てはいられないよ。……私だって出来るんだってところ、見せたいじゃない」

 

『可能ですが、そうなると翡翠ツバサ様はチームロワイヤルの参加者として、シュレディンガーの擁する転生者と戦う必要がありますが、それでよろしいでしょか?』

 

「……チェシャー。私は何も戦う事だけが戦略だとは思ってないの」

 

「それってどういう……」

 

「有栖ちゃん。アルセウスフォンを握ったら記憶が戻ったわよね? なら、アルセウスフォンが多分、転生者としての本体なんだと思う。なら、それを有栖ちゃんが持ってくれていれば、最悪私が死んでも引き継げるし、何なら一人分のブランクとして使用可能かもしれない」

 

 ツバサの言っている意味が分からず有栖はチェシャーに視線を送ると、彼女はなるほどと結ぶ。

 

『つまり、転生者として戦うのではなく、数合わせとしての参加ですか。シュレディンガーの転生者を騙すためにはそれも有効です。翡翠ツバサ様の参加表明が明らかにならなければ、相手も奇襲もしづらいでしょう』

 

「つまるところ、敵を騙すのにはまずは味方からって言う事。姫宮さんと早谷さんも誤認すれば、情報網で優位に立っているのは私と有栖ちゃんだけ。これってアドバンテージにならない?」

 

「……でも、綺咲ちゃんも兎真さんも納得するのかなぁ……」

 

「そこんところはチェシャーに言えばいいじゃん。教えられない転生者が居るって。聞いた限りじゃ情報が筒抜けっぽいからさ。私みたいな弱小転生者でも、まぁ役に立てるんならさ!」

 

 努めて明るくツバサは語るが、実際には幸子が殺された一件の事も、この“ゲーム”の残虐性も説明したのだ。その上で味方になってくれるのならば、これ以上心強い事もない。

 

「じゃあ、その……お願い出来るかな? チェシャー。ツバサ姉にアルセウスフォンを」

 

『かしこまりました』

 

 チェシャーがツバサへとアルセウスフォンを構築していく。それを掴んでツバサは、よしと意気込む。

 

「これで……もう一回有栖ちゃんと一緒に戦えるわけか。……あれ? そう言えば前回の時に倒した転生者はどうしたの? 確か赤沢……」

 

 霧子の事は完全に失念していた。ともすればこちらのもう一人の戦力は霧子の可能性もある。有栖はアルセウスフォンの表面をタップして呼び出しするがいくらコール音があっても出る事はない。

 

「うーん、出ないみたい」

 

「じゃあ、行っちゃおっか。ちょうど九時過ぎだし、さすがに起きてるでしょ」

 

 霧子は探偵業を営んでいるので少しばかり起床が遅いかもしれないが、それでも昨日の作戦を確認したいのもある。

 

 路面電車を乗り継ぎ、ようやく霧子の待つであろうテナントビルに近寄った際、無数の警察車両とセーフガードが周囲を固めていた。

 

「……何だろ。何かあったのかな?」

 

「聞いてみよっか。すいませーん! ここで何かあったんですか?」

 

「……ちょっとね。殺人事件が昨日の夜にあったみたいなんだ。ここのテナントビルは探偵事務所を若い子がやっていたみたいだけれど、危ないなぁ……」

 

 殺人事件と言う物騒な言葉に思わず有栖はツバサと顔を見合わせる。

 

「……まさか、もう転生者の手が……?」

 

「けれど、霧子さんには昨日会ったばっかりだし……あの! その被害者って赤沢霧子って……」

 

「あれ、何で君は知ってるの? ……はい、こちらセーフガード……お嬢様……!」

 

 インカムに声を吹き込んだセーフガードの驚愕の面持ちに有栖は確信する。

 

「……綺咲ちゃんも、この事を知っているって……」

 

「君、お嬢様と知り合いなのか? あ、いえ……疑ったわけでは……。はい、分かりました。……二人を通すように、とお嬢様からのお達しだ。ただし、事件現場は酷いものだから……覚悟はしておいてね」

 

 恐らく綺咲なりの便宜を図ったのだろう。有栖は通されたオフィスのそこいらかしこに飛び散っている血潮に目を背けたくなってくる。

 

「……これが……」

 

 ツバサも息を呑んでいるらしい。オフィスに一度訪れたとは言え、ツバサは霧子の職業である探偵業に関してはほとんど知らなかったはずだ。

 

「書類はほとんどが血で濡れて使い物にならない。加えて……被害者の死に様も悲惨でね。深い切り傷に、それに……死因が分からないように肉体をバラバラにされていた。こんな風な残忍な犯人なんて……我々セーフガードでもなかなか遭遇しないよ」

 

 執務机にあったパソコンは斜に切り裂かれている。バックアップは当てになりそうにない。

 

 しかし、と有栖は周囲を見渡す。

 

 霧子は自分の身に何かあった時の事くらいは考えていたはずだ。そうでなければ転生者の事件に首を突っ込むはずがない。

 

 どこかに手掛かりはないか、と執務机の下を覗き込むと貼り付けられている物体を発見する。

 

「これ……何だろ……」

 

「ちょっと待って。まずはセーフガードが検分させてもらうよ。……見た限り、記憶媒体のようであるけれど……ちょっと古いな。あえてアナログなものを選んでいたと言う事だろうか……」

 

「中身が分かります?」

 

「一応は、ね」

 

 セーフガードが再生したのは霧子の映ったビデオメッセージであった。彼女は執務机に腰掛け、カメラに向けて妖艶な笑みを浮かべる。

 

『これを見ているという事は、私は死んじゃったのねぇ……。まぁ、それも可能性としてはよくあるものだろうけれど。誰がこれを発見したかは不明だろうけれど、転生者の中でもまだマシな感性を持っている人間である事を期待するわ』

 

「……霧子さん……。こんなの残していたんだ……」

 

『さて、早速本題なんだけれど、私は探偵業で得た情報として、転生者はこの街に最大で13人、ワンゲームにつき存在している事を見つけ出している。つまり、13人以上の転生者は一度の“ゲーム”では遭遇しえない。けれど、それにも例外はある。過去に転生者であった人間は、何かきっかけがあって記憶を取り戻し、その活動を再開するであろうと言う……。私がその中でも最も警戒すべきなのは、片翼の蝶、ねぇ……』

 

 片翼の蝶に関しては霧子に聞かされた範囲では凄腕の転生者であった事以外は確定的な情報は少ない。しかし、画面の中の霧子は頬杖をついてその先の情報を口にしていた。

 

『人は、いいえ、この“ゲーム”における転生者はあらゆる楔から解き放たれていると思っていい。たとえ過去の記憶が一切なくとも、何らかの符丁で蘇る事もあるでしょぉ……。その時、私達のような転生者に成り立ての人間が出来る事なんて塵芥のようなものよ』

 

 霧子もやり手の転生者であったはずだ。それなのに、反撃も何も出来ずに殺されてしまったのは、その相手があまりにも強大であったからだろう。転生者を的確に、それでいてその証明を奪うほどの残虐性の持ち主。

 

 有栖は拳をぎゅっと握り締める。

 

 そのような存在は決して許しておけない。転生者とは言え、人間であるのには違いない。だと言うのに、人殺しに何の頓着も迷いもないなんて。

 

「……霧子さんは、最後の最後、その相手を見た。その人物こそが……」

 

『これが誰に見られるかは分からないけれど、私は信じているわぁ……。私達の目を盗んでどれだけの悪行に手を染めている転生者が居ようとも、戦ってくれるってね。姫宮財閥のご令嬢さぁん然り、この間転生者に成ったって言う、篠崎有栖もねぇ』

 

「……あたし?」

 

 自分の名前が呼ばれるとは想定外で聞き返すと、画面の中に残った霧子は微笑む。

 

『転生者同士の戦いは苛烈だけれど……まぁ、頑張りなさいな。私はこれでもあなたみたいなのの味方をしてみたいと、思ってはいるのだからねぇ……。イレギュラーの塊のようなあなたは、どういう帰結を辿るのかしらねぇ……』

 

 霧子に期待されていたとは想定外であり、有栖は思わず画面に返答する。

 

「……あたしも。あたしも一時とは言え、霧子さんと一緒に戦えてよかったです。突き進むのが暗がりでも、それでも……」

 

 裏切りはあった。それでも一度でも手を組んだのならば、恨みも憎しみも置いておくべきだろう。

 

 その段になって有栖は、あ、と気づく。

 

 兎真が綺咲を恨みもしなければ憎しみもしないのは、こういう理由なのではないのだろうか。お互いに願いのために殺し合う中で、それぞれの美点を見出し、妥協点を見つける事で己の弱さと向かい合う。

 

 霧子はきっと、もっと長くこの戦いを見据えても良かったはずなのだ。それを終わらせて、憎しみも怒りも消してまで自分達に協力しようとしてくれた。

 

 それはきっと、彼女なりの善性であったのだろう。

 

 戦いの果てに待つ望みの成就よりも、己しか持たない優位性を崩してでも、霧子は自分を許してくれた。

 

 ――もう、許しの結果の上に成り立っているんだ。

 

『……まぁ、私が何の抵抗も出来ずにやられるなんて相当でしょうけれどぉ、それでもこれだけは置いておくわぁ。篠崎有栖、それともこれを発見しているのはご令嬢さぁんかしらぁ? いずれにせよ、今回の“ゲーム”も勝ち抜けなかった弱者の抗弁よぉ。どう取ってもらっても結構だけれど、一つだけ。……あなたは勝ったのよ。それだけは誇りなさい。いいえ、逆ね。それを誇らないなんて……死んでも腹の虫がおさまらないわ。私に勝ってみせたんだもの。その勝利に、一ミリの後悔も挟むんじゃないわよぉ……』

 

 唯一の怒りがあるとすれば、悔恨があるとすればそれだけだとでも言うように霧子は執務机の上で不遜そうに鼻を鳴らす。

 

「……分かりました。霧子さん、あなたにあたしは……勝った。だから、それを誇ります。絶対に……それだけは、なくさないように……したい……!」

 

『……メッセージは以上よ。あなた達がどういう帰結を辿ったとしても、あるいは何を選んだとしても、私には関知せぬところ。どう足掻いたとて、負けた人間に言える事なんて一個もないのでしょう。歴史は勝利者が紡ぐもの。私は……このメッセージを見られた時点で、敗北者ねぇ……。いい? 負けは認めます。あなたはあなたのための道を進みなさい。これを見ているのならば、ねぇ……』

 

 ぷつん、とビデオメッセージは途切れる。

 

 有栖は自ずと頬を伝う熱い熱を止められなかった。掌に滴り落ちる、懺悔の念も、そして勝利してしまった事への後悔も、ここで置いて行け。勝利者ならば、全てを飲み込んで進んでいく権利と義務がある。

 

「……忘れません。赤沢霧子と言う名の……転生者の生き様を」

 

 セーフガードもツバサも余計な言葉をかけなかったのが今はありがたい。ここで振り返るべきなのは、昨日の自分ではない。

 

 前に進めと、霧子は言った。

 

 ならば、自分は勝利者の責務を全うする、ただそれだけなのだ。

 

 

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