ALICE   作:オンドゥル大使

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第41話 血濡れの『瞬間』

 

『お嬢様。……やはりと言うべきでしょうか。昨日深夜の街頭カメラを精査してみましたが、お探しになった人物の記録は抹消されておりました。いえ、これはむしろ……その時間帯や場所を意図的に隠されているかのような……』

 

 インカムからの調査部の声に学校の屋上で綺咲はやはり、と呟く。

 

「そうでしょうね。それくらいはしてくる相手だもの。私達の力が一切、当てにならないと思っていいでしょう」

 

『あの……過ぎた言葉だと思いますが、我々に共有されている“マニュアル”通りに事が運んでいるんですよね? だとすれば、お嬢様が探していらっしゃる二名に関して、もっと厳戒に追ったほうがよいのでは……』

 

「その網を潜り抜けるのが転生者。……心配しないで。みんなはよくやってくれているわ。私がもたらした“預言”に基づいて動けなんて……どう考えたっておかしいものね」

 

『い、いえ……! 滅相もない! ……お嬢様がこれまで数々の“預言”を残してくださったからこそ、姫宮財閥の栄光は……!』

 

「情報部や監査部、諜報部も動員してちょうだい。今回ばかりは先んじられれば負けるわ」

 

『し、しかしいいのでしょうか……? 代表のご指示を無視して……』

 

「……お父様に関してで言えば心配なんてしないで。あの人はあの人で飛び回っていて忙しいのよ。私がやっている事にいちいち口出ししてくるような人間じゃない」

 

『姫宮財閥はクリーンな事業開発を標榜しております! エネルギーとときめきを全世界に!』

 

 姫宮財閥の社長である父親のホロ映像が浮かび上がった飛行船が学園都市の空を舞う。綺咲は一瞥を振り向けてから、こういった齟齬もあるものだと飲み込んでいた。

 

 学園都市の人々は姫宮財閥の寡占状況に疑問を感じる事はない。彼らにとっては日々の生活がよくなるのならば頓着する必要性もない。無論、全員が全員ではないがそれでもほとんどの不満は封殺されている。

 

『……ですが、代表はお嬢様の事を……誰よりも大切に……』

 

 通話先の情報部の職員は少しばかり肩入れし過ぎだ。諫めようとして屋上に続く扉が開いたのを目の当たりにする。

 

「あっれー? こんなところに居たんだ? ……始業時間までに席につかなくっちゃいけないのが、日本の学校なんじゃないのぉ?」

 

「……リー・マオフェン……」

 

 インカムの通話を切り、綺咲は早速構えようとしてマオフェンに制される。

 

「待って、待ってって。まだあなた達の側の転生者は足りていないでしょう? ここで戦ったって消耗するだけよ?」

 

「……それでも、あなたは篠崎さんのお母さんとお姉さんと襲った。高峰幸子さんも引き入れた。……敵対する理由としてみれば充分なほどでしょう」

 

 こちらの物言いにマオフェンは悩ましいとでも言うように唇を指で押し上げる。

 

「そうかなぁ……? 遅かれ早かれ、だとは思ったんだけれど。まぁ、いいじゃない。私は話し合いをしに来たのよ」

 

「話し合い? チームロワイヤル戦なら、話し合いなんて意味を持たないでしょうに」

 

「そうそうツンケンしない! ……って言っても無駄かぁ。じゃあこっちから話題を持って来させてもらうけれど、姫宮財閥の社長令嬢、姫宮綺咲。あなた……いいえ、あなただけじゃない。姫宮財閥の人間達は“ゲーム”と転生者について、特別な知識があるわね?」

 

「……私が教えたのよ。何の問題もないでしょう。使える駒は十全に使う」

 

「それはご立派。だけれど、疑問点。――何で姫宮財閥は“ポケモン”とそれに伴う莫大な資産を得られたのか、と言うね」

 

 マオフェンの値踏みするような瞳が細められる。綺咲は可能な限り淡白な返事を意識していた。

 

「……たまたま、ではダメかしら」

 

「ダメに決まってるでしょー? それに、姫宮財閥が“ポケモン”という商標を作ったのは随分と前みたいじゃない。もう十二年ほど過去の話かしらね。いずれにせよ、その時からポケモンは鏡面界からイニシャライズされていた。けれど、この学園都市以外ではその現象は見られない。これは……きな臭いわねぇ」

 

 喜悦の笑みを浮かべるマオフェンに情報を与えてやるのも面倒だ。ここで倒してしまったほうがいいだろうとホルスターに指をかける。

 

「……それをあなたが知る必要性はない」

 

「あら? それが今際の言葉? けれど、ざぁんねん。あなた、ちょっと迂闊よね。そんな風に敵意を撒き散らしているから、当然、私みたいなのが攻撃しやすくなる。思わなかった? もっと上手く立ち回れれば、って」

 

 その言葉を聞き終えてから、綺咲はハッとする。

 

 ここまでの会話は囮――本命は別だ、と綺咲はアルセウスフォンを三回タップする。すると回線に出たのは兎真であった。

 

『あっ、ヒメ? どったの?』

 

「……あなたに襲撃者が来る可能性があるわ。警戒を――」

 

『ごっめん! ……もう遭遇しちゃってるわ』

 

 やられたとはこの事で、まだチームロワイヤルが始まっていないのだと高を括っていたのはこちらのほうだ。マオフェンの側はこちらの戦力を真綿で絞めるようにじわじわと嬲ってくる。

 

「……私が今すぐに向かう」

 

「させると思ってるの?」

 

 直後、屋上の鉄柵を伝って肉薄してきた薄靄のようなポケモンのがま口の牙が迫る。綺咲は手首に巻き付けていたワイヤー機能付きのガジェットを用いてその一撃を回避したが、マオフェンはせせら笑う。

 

「呵々。哀れ」

 

 アルセウスフォンを握り締めると敵ポケモンの名前とタイプが脳内に叩き込まれ、綺咲は戦意を滾らせた瞳を向ける。

 

「……ドラメシヤ。ゴースト・ドラゴンとは厄介ね」

 

 しかし、ここで戦ってしまえば要らぬ干渉を生む可能性があったが、それ以上にここで生き永らえなければチームの足を引っ張る。水面に舞い降りるように軽やかに、綺咲は鉄柵の上に着地するなりモンスターボールから繰り出す。

 

「行って、ジャラコ!」

 

 光を振り払い、ジャラコがドラメシヤへと果敢に攻め立てる。その尻尾が青い光を纏ってドラメシヤを襲うが、マオフェンはそのような策など読むまでもないとでも言うように手を払う。

 

「ドラメシヤ、纏わりつきなさい」

 

 完遂されようとした攻撃がすり抜け、ドラメシヤが綺咲のジャラコの常に半歩先へと踏み込む。ジャラコは近接戦闘を得意としているが、僅かにインパクトの瞬間からは逸れるタイミングをドラメシヤは踏み続ける。

 

「……厄介ね。切り裂きなさい!」

 

 ジャラコが青い輝きを爪に宿し、「ドラゴンクロー」の一撃が食い込んだかに思われたが、ドラメシヤの動きを掴み切れていない。芯を抜かれたように一撃が何もかも空を裂き、どこかで確実な手を取り損ねる。

 

「ドラメシヤ! そのまま進撃! 流星群!」

 

 ドラメシヤの口腔部ががぱっと開き、その喉元に充填されていく灼熱の火球に綺咲は唾を飲み下す。

 

「……まさか、ここでそんな高威力の技を……?」

 

「いけない? 私達は勝つためならば手段を選ばない。そのやり方の一つなだけ」

 

「りゅうせいぐん」ほどの高威力の技が放たれてしまえば、学校も生徒達も無事では済まないだろう。マオフェンのやり口に対し、綺咲自身もなりふり構ってはいられないか、と手を払う。

 

 放出されたワイヤーがマオフェンのすぐ傍の鉄柵に絡みつき、綺咲はその距離を一気に詰める。まさか転生者本人が仕掛けてくるのは想定外であったのか、マオフェンは目を見開いていた。

 

「……転生者を狙う……!」

 

「言ったのはそっちからよ。――手段を選ばないって」

 

 光のワイヤーをもう片方の袖口から放ち、マオフェンの足に引っ掛ける。無様に転がった主に、ドラメシヤは攻撃を僅かに躊躇う。

 

「……やりなさい! ドラメシヤ! 姫宮綺咲は……巻き添えを選べるほど強くは……」

 

「ない、って? 甘いんじゃないの。ジャラコ、雄叫び」

 

 ジャラコの放った「おたけび」がドラメシヤの動きを硬直させた、ほんのレイコンマ一秒以内の隙。綺咲はマオフェンに馬乗りになり、その首筋に向けて構築した光のワイヤーを凝結させたクナイを突きつけていた。

 

「……迂闊……! 転生者同士の潰し合いにも躊躇がないの……!」

 

「それを言い出すのは違うでしょう。今すぐにドラメシヤへの攻撃を中断なさい。そうでなければ首を掻っ切るわ」

 

「……それで私が攻撃をやめるとでも……!」

 

「そう。なら――片耳は要らないわね」

 

 耳を掻っ切ると血潮が迸る。悲鳴を上げながらマオフェンはドラメシヤへと叫んでいた。

 

「ドラメシヤァ――ッ! 流星群、広範囲拡散!」

 

 ドラメシヤの照準がジャラコではなく、直上に向けられる。その口腔から放たれた一筋の火球である「りゅうせいぐん」が中天で弾け飛び、拡散した荷電粒子が校舎に降り注ぐ。

 

「……まさか……やめなさい!」

 

 止めるよりも早く、ドラメシヤの放出した巨大な火力が無情にもコンクリートを融かしていく。発生した火災が直後には悲鳴と絶叫のるつぼを広げたのを確信する前にマオフェンに蹴りつけられて綺咲は剥がれる。

 

「……よくも……! よくもォ……ッ!」

 

 左耳を切り落とされながらマオフェンが血濡れの形相で威圧する。ドラメシヤがジャラコを突き飛ばし、その肉体を鉄柵へと追い込む。

 

 ほぼゼロ距離でドラメシヤはジャラコの前足へと噛みついていた。しかもただの噛みつき攻撃ではない。灼熱の高火力を放った直後の「かみつく」はジャラコの堅牢な表皮でさえも侵す。

 

「ジャラコ! 振り払いなさい!」

 

 ジャラコが全身を震わせ、毛羽立った瞬間には「いやなおと」を拡散させてドラメシヤを遠ざけようとするが、ドラメシヤはその音階攻撃を潜り抜けて背後へと回り込む。

 

「……ドラメシヤの特性は“すりぬけ”。攻撃をすり抜けて適切な距離へと潜り込む……! よくも私の耳を……! 姫宮綺咲……ッ! あなただけは、私の手で残酷に殺してあげるわ……!」

 

「仕掛けたのはそちらでしょうに……! 聞いているわね? セーフガードを学校に――」

 

「遅い! 電光石火!」

 

 ドラメシヤが空間を駆け抜け、綺咲へとギザギザの軌道を描いて襲い掛かる。綺咲は一瞬の判断でワイヤーを用いて直撃は免れたが、耳に嵌めていたインカムはドラメシヤの尻尾が絡め取ったかと思うとバラバラに砕け散らせる。

 

「……これでェ……ッ。誰もこの学校からは逃げられないわ……!」

 

 ドラメシヤが哄笑を上げるように痙攣しながら直上に向けて再び「りゅうせいぐん」を放ち、死の火球が屋上に炎のフィールドを作り出す。

 

「……チームロワイヤルなら、まだ始まってすらいないでしょう。ここで戦力を使い潰すつもり?」

 

「始まっていない……? バカを言わないで! ここまでコケにされて、始まっていないの一言で止められるわけないでしょう! ドラメシヤ、この学校を火の海に――!」

 

「――そうはさせない……って言うのが転生者なら言うべきなのかな」

 

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