ALICE   作:オンドゥル大使

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第42話 咲き乱れる『氷華』

 

 途端、差し込まれた声の主に綺咲とマオフェンは同時に視線を振り向ける。校庭をゆっくりと歩んでくるのは赤い異国の服装を着込んだ金髪の少女であった。

 

 露出度は高いが、下品さは感じない。

 

 むしろ高貴な血筋を想起させるような凛とした立ち振る舞いと、共に運ばれてくるのは極寒の大気だ。

 

「結構、厄介な事になっちゃってるみたい。わたしが呼ばれた理由も納得、か。グレイシア、吹雪で火災を止めないと」

 

 一オクターブ高い鳴き声を放ったのは水色の体表を持つ四つ足の小型のポケモンであった。直後にはまるでその体躯からは想像出来ないほどの凍結領域が構築され、火の海に沈みかけていた校舎から熱を奪っていく。

 

 火災はすぐに抑え込まれ、やがて炎は見る影もなく鎮火する。その所作、そしてポケモンの扱いはただの転生者とは一線を画していた。

 

「……あれは、誰……。私の知らない、転生者なんて……!」

 

 グレイシアと呼ばれたポケモンが屋上で対峙する自分達へと視線を振り向ける。その眼差しをそのまま受け取ったように、金髪の少女は特徴的な赤いカチューシャを指先で弾く。

 

「そうだね、グレイシア。とにかく、わたし達の仲間を助けようか」

 

 グレイシアが呼吸に氷結を灯らせ、一秒もしない間に屋上に向けての氷の橋がかけられる。まさか、それほどの使い手だとは思いも寄らず、綺咲もうろたえていた。

 

「……こんな精密な氷の使い手……」

 

「わたしはね。正直なところで言えば、転生者がどうのこうのだとか、こっちの世界がどうだとかは割とどうでもいいの。けれどね……目の前で人が死ぬのだけは、もう見てられない。わたしの世界を取り戻すために――あなた達を倒す」

 

 金髪の少女は綺咲の前に佇み、マオフェンへと敵意の眼差しを向ける。

 

「……何なのよォ……ッ! ただでさえ、上手くいかないって言うのに……! 残酷に殺してあげるわ! ドラメシヤ!」

 

「いけない! ジャラコ!」

 

 衝突を予見して綺咲が前に出ようとしたのを少女は制する。

 

「大丈夫。わたしとグレイシアなら、負けない。それと、あまり前に出ないで。三歩圏内下がっておいて。ジャラコもね」

 

「余裕ぶってェ……ッ!」

 

 ドラメシヤがグレイシアに「まとわりつく」前に少女がした事は少ない。グレイシアを中心軸にして氷の蓮の花が生み出されていく。その凍結領域が拡張し、ドラメシヤがすり抜けようとしたが一刹那の時を刻む前にその肉体は凍て付いている。

 

 比して、ジャラコと共に下がっていた綺咲はギリギリで凍結の園から逃れていた。否、これは違う。

 

 わざと外されたのだ。一ミリ単位での氷結のコントロールと、繊細なエネルギーの発露。まるで相反するような属性を身に宿し、少女はグレイシアと呼ばれたポケモンの全てを物にしていると言っても過言ではない。自らの肉体を動かすのと同等か、それ以上に。

 

「……ドラメシヤ……?」

 

 完全に凍て付いたドラメシヤへと少女は嘆息をつく。

 

「これでも力の差がないなんて言わせないよ」

 

 ドラメシヤが必死にすり抜けようとするが、全てを無為とするかのように地面を伝った凍結の針がドラメシヤの躯体を貫く。

 

「これ、が……まさかあなた……! “死なずして転生者になった”存在……!」

 

「答えは、簡単なほうがいいよね。それに、今回の“ゲーム”とやらはチームプレイなんだって聞いたよ。あなたがやられれば、それはチームにとってどう転がるのか、なんて言わせないでよね」

 

 絶対零度の氷を思わせる少女の双眸にマオフェンは完全に気圧されているようであった。ここでの勝利と敗北に意味はない――その判断を下すのはあまりにも遅かったほどであったが、マオフェンは歯噛みしてドラメシヤをボールに戻す。

 

「……ここまでね。勝負と……左耳の借りは預けたわ……!」

 

 マオフェンが飛び退り、屋上から消えてからようやく綺咲は呼吸出来たほどであった。これまでの転生者とはわけが違う少女の存在とその実力に、暫時見惚れていたのだ。

 

「……あなたは一体……」

 

 問いかけようとして、少女は不意に膝を折る。まさかダメージを負ったのだろうか、と綺咲が驚愕したその時には汗まみれになった顔を扇いでた。

 

「あっつい~……。現世ってこんなに暑いのぉ~……?」

 

 想定外であったのはその声音と言葉で綺咲が絶句していると少女が手を差し出す。

 

「……なに……?」

 

「ハンカチ、ある? 暑くって……どうしようもないから……」

 

 綺咲は言葉を失いながらもハンカチを手渡すと、少女はハンカチで額の汗を拭い、それからハンカチを振って風を起こす。

 

「あっついぃ~……だるいし帰りたいぃ~……」

 

『それは困ります。わたくしにしてみても、貴女の召喚は相当に力を使ったのですからね』

 

 アルセウスフォンを通して現れたチェシャーに少女は不満そうに声を漏らす。

 

「えぇ~……。だってわたし、まだ“死んで”ないはずだよねぇ……?」

 

 アルセウスフォンに呼びかける少女に対し、チェシャーはスカートの端を摘まんで恭しく頭を垂れる。

 

『それでも。貴女の力が必要なのです、――カイ様。ポケットモンスターの世界にようこそ』

 

 仰々しいその言葉にカイと呼ばれた少女はハンカチを額に乗せて唇をすぼませてふぅふぅと息を吐く。

 

「いやだなぁ、この場所……。暑いし……嫌な感じがずぅ~っとするんだもの。死ななくっちゃ来られないんじゃないの?」

 

『それは語弊がございます。ですが、今はその認識で問題はありません。姫宮綺咲様、大変遅れて申し訳ありません。今、必要であると判断して、貴女の下に急行させました。わたくし達のチームの新たな転生者です』

 

 まさか、転生者を直接寄越す事も予想外ならば、その使い手がここまでの実力者であるのも綺咲にしてみれば理解の外であったが、カイは手を差し出す。

 

「あ、あなたが綺咲さん? チェシャーから聞いてるよ。こっちじゃたくさん戦ってきたんだって」

 

 少女の瞳に綺咲は思わず後ずさる。

 

 純粋な、サファイアを想起させる明るい水色の眼差し。まるで――この世の人間ではないような。

 

「……あれ? こっちでもこういう挨拶って有効じゃなかったっけ? 握手、したいな。わたし達、だってチームなんでしょう?」

 

 気圧されていた綺咲は相手が本心から友好の握手を望んでいる事も分からず、気後れ気味にその手を掴む。

 

「よろしくね! わたし、まだこっちの事は分からないけれど……でも、ハッキリしてるのはわたし達はチームだって事だよね!」

 

 カイの笑顔に綺咲は縫い留められたように動けなくなっていた。

 

 レイコンマの世界での凍結領域を実現する転生者の存在は、味方である心強さよりも脅威を感じずにはいられなかったからだ。それはこれまで数多の転生者を葬ってきた第六感めいたものとなって、綺咲の芯を震わせるのであった。

 

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