「ねぇ。……こういうのやめない? あーし、帰り道なんだけれど」
呼びかければ少しは言葉を聞いてくれるだろうと言う期待があったのは間違いなかったのだが、相手は頭を振る。
「……何を言ってるのか、分かっているの? ――私を殺しておいて、よく吼えられるね。早谷兎真……!」
「それも誤解だにゃー……高峰幸子ちゃん、だっけ?」
こちらの言葉振りに幸子は鼻を鳴らし、モンスターボールをその手に握り締めている。
「その飄々とした仮面、剥ぎ取ってあげるわ。早谷兎真。私を殺した罪を、有栖が許すと思っているの?」
「有栖がどう思うかは有栖の勝手じゃーん。そういうの持ち出すの、ズルいって言うかぁー」
「黙って。あんた、どうせこれまでのそうやって色んな人間を油断させてきたんだろうけれど、私はそうはいかない。殺した相手に、無残に殺される。当たり前の帰結よね」
兎真は幸子の眼差しから逃げない。ここで逃げるような臆病者でもなければ、剥き出しの闘志に対して及び腰になる弱者でもないつもりだ。
「……あーしに対して、さ。罪の意識だとか、そういうのを期待しているんだとすれば、それはお門違いだと思うなー。あーしはこれまで倒してきた転生者に申し訳ないだとか、一回も感じたコトないし」
「それはそうでしょうね。あんたは本当に……外道よ」
吐き捨てるように幸子は告げ、モンスターボールを構える。
「……言っておくと、構えるってコトは殺されたって文句は言えないって意味だけれど、分かってる?」
「殺される? バカを言わないで。今度は私が、あんたを徹底的にぶちのめす。行け――」
繰り出されたのは紫色の筋肉質な痩躯に電撃の鶏冠を持つ人型のポケモンであった。その眼差しに宿した電撃の鋭さ。そして腕を掻き鳴らし、体表でのたうつ電流を爪弾いていく。
「――ストリンダー。私の、ポケモン」
ストリンダーと呼ばれたポケモンは幸子の闘争心を引き写したかのように攻撃態勢を取る。兎真はそれに対し、これまで通りの対応をしていた。
「……あーしのスタンスは変わんないよ。アップリュー、やれるね?」
アップリューが翼を広げて周囲のコンクリートの地面から草木を芽吹かせる。必勝の戦法である「グラスフィールド」の展開にも幸子はうろたえない。
「……草木ならば、私のストリンダーが有利」
ストリンダーが踏み込んでくる。その素早さ、そして的確にアップリューへと攻撃を見舞おうとするのは一進化ポケモンの能力平均値を超えている。
「アップリュー、Gの力」
重力磁場が発生し、ストリンダーと幸子を絡め取る。完全に不意を突いたつもりであったが、ストリンダーは立ち上がっていた。その四肢に漲る筋力を滾らせ、電撃が体表で跳ねる。
「……ストリンダーは、エレズンの時とはまるで違う。肉弾戦も出来る、そういうポケモン。舐めない事ね、早谷兎真。あなたの実力は、もう割れている」
幸子にかかっていた重力をストリンダーは電撃で構築したギターで薙ぎ払い、それを霧散させる。電撃のギターを武器にしてストリンダーが舞い上がる。兎真はアップリューに次の攻撃を命じようとして、その足元から生じた草木を枯らせる布石に勘付いていた。
「……いけない。アップリュー、草結び!」
「遅い! ストリンダー。ギアチェンジ!」
ストリンダーが雷撃のギターを鳴らし、自らの体躯を流れる高圧電流の出力を絞る。直後には、まるで一線を画する加速度でその姿が至近距離に迫っていた。
当然、兎真は後退を選ぶほかないのだが、一歩下がった場所の地面から噴き上がったのは草木を枯らさせる猛毒だ。
アップリューは咄嗟に兎真を庇おうとしてそれを受けるが、草・ドラゴンであるアップリューにとって毒は効果抜群。決して受けに回ってはいけなかった技だ。
「今放ったのは毒々。時間をかければかけるほど、あんたのポケモンは消耗する。それに、私とストリンダーに対してこの距離は迂闊だったわね。接近戦を挑めるようなポケモンには見えない。大方、搦め手がお得意なんでしょう」
「……綾坂美月とか言うお仲間の入れ知恵か。どっちにせよ、あーしにとっては逃げるわけにもいかなくなった」
幸子は手を払い、ストリンダーの握り締める雷撃のギターを大上段に振るい上げさせる。「くさむすび」で転ばそうとしたが、ストリンダーの筋力は強くそれを容易に引き千切る。
「どうとでも言いなさい。今回はチームロワイヤル、勝てばいいのよ。それに、私はあんたの事、どうしたって許せない。……私を殺しただけならまだしも、有栖に近づくなんて……! 卑怯者……!」
「……勘違いをされたら困るなぁ……―。有栖は望んであーし達に協力して――」
「黙れ! そんな世迷言、信じられるわけがないでしょうに! 蹂躙してあげる……! ストリンダー!」
ストリンダーがギターを激しく掻き鳴らす。それは電撃を蓄えた巨大な音波攻撃と化していた。逃げ場を封じるかのように、世界全体が稲光に満たされていく。アップリューはただでさえ毒を受けていると言うのに、高出力の技を受ければ不利に転がるだろう。
「……なりふり構っていられないか。グラススライダーで防御攻撃を――!」
「あまりにも、舐め腐っているようね。ストリンダー、オーバードライブ!」
放たれた雷撃の音響瀑布がアップリューと兎真を襲う。肉体が痺れるだけではない。激しく明滅する光の渦が視界から脳内を搔き乱す。思考回路が痙攣するような感覚を味わいながら兎真はアップリューに命じていた。
「アップリュー! ダブルウイング!」
アップリューが翼を広げ、ストリンダーへと素早い一閃を叩き込む。さらにもう一撃、円弧を描いて背中へと仕掛けようとして、ストリンダーの持つ電撃のギターに縫い留められてしまう。
「分かっていた。私の攻撃を封じようとすれば、自ずと接近戦を挑む事を。音響攻撃も受け続ければあんたとアップリュー共々、三半規管が利かなくなるからね。けれど、それを予期していないと思った?」
電撃を滾らせたギターを盾にしてアップリューの翼の攻撃を弾いたかと思うと、ストリンダーは手刀を形作り、そのまま貫手でアップリューの羽根を射抜いていた。接触箇所から毒が染み込み、アップリューの体力を奪っていく。
「アップリュー! すぐに離脱を……!」
「そんな事をさせると思う? 毒突き状態から地面に叩き落とす!」
鋭い突きの威力をそのままに毒を帯びたストリンダーの一閃がアップリューの翼を根元からもいでいた。
想定外の攻勢に兎真は思わず舌打ちを滲ませる。
「……こんなに……!」
「舐めないで! 死に体の私を一度殺したくらいで……転生者として真正面から戦えばあんたなんて怖くない!」
アップリューへとさらに連撃、電撃のギターを打ち下ろされる。ほぼゼロ距離での「オーバードライブ」が拡散し、アップリューの全身を焼き尽くす。
「アップリュー! 戻れ!」
ボールに戻す事でそれ以上の継続ダメージを封じたつもりであったが猛毒状態であるアップリューはすぐにでも処置しなければ瀕死では済まされない。
「さぁ、どうするの? あんたの手は割れている。カジッチュが三体だっけ? 正直、ストリンダーなら負ける気はしない。頭数だけ揃えたって、私に勝てるわけがない」
ストリンダーと共に幸子は踏み出す。その歩みに恐れはない。むしろ、逆だ。自分を殺してみせた相手を、どうあっても抹殺してみせるという使命感に駆られた踏み込みは、何よりも雄弁である。
「……しょーがないか。カジッチュ」
繰り出したカジッチュが肩口に留まる。
「分かっていないようだけれど、カジッチュ程度の能力でストリンダーの電撃と毒の猛攻を防げるわけがない。早谷兎真、降伏するのならば今のうちよ」
「降伏したら、あーしは殺されないで済むのかにゃー?」
「……バカにして。殺すわ。無残に、その証明さえも奪って。私が奪われたんだもの。全部奪ってやる……!」
「……そうだよねぇ。そうじゃないと。いいや、違うか。――そう来ないと、ね。申し訳ないって気持ちになっちゃう」
幸子がストリンダーに命令を下す前に、兎真は鞄に詰め込んでいた真っ赤な果実を取り出す。
「……何よ、それは……」
「あまーいりんごをお食べ、カジッチュ。倒し切るよ」
カジッチュが果実に齧りついた瞬間、その肉体が照り輝く。光を振り払い、現れたのは鈍足の巨体であった。
亀のように手足が短く、そして甲羅を思わせる部分は焼き目のついたアップルパイを想起させる。頭部は扁平で、カジッチュの構造からは想像出来ないような躯体であった。
「……それは……」
「――進化。タルップル」