ALICE   作:オンドゥル大使

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第44話 戦場の『呵責』

 

 タルップルと呼ばれたポケモンが野太い声で吼える。それを目の当たりにして一瞬だけ幸子は気圧されたようであったが、すぐさま威勢を取り戻す。

 

「バカね……! そんな鈍足そうなポケモン……さっきのアップリューのほうが随分とマシ! 蹴散らしなさい! ストリンダー!」

 

 ストリンダーが電撃のギターを大上段に振るい上げ、そのまま一閃を見舞う。肉体に潜り込んだ部分を基点とし、すぐさま攻撃を放っていた。

 

「オーバードライブ! これで終わり!」

 

 しかし、タルップルの表皮は一瞬だけ赤らんだだけで、何とストリンダーのギターを有り余る肉で包み込んでいく。

 

 それには幸子も仰天したようで絶句していた。

 

「……それ、は……」

 

「アップリューは素早さ、それは間違いない。けれどタルップルは堅牢な防御力、それに熱系統の技に対しての耐性がある。その分厚い脂肪は属性攻撃ならばほとんどを減殺する。タルップル、攻撃……」

 

「バカにして! まだ毒突きが残ってる!」

 

 手刀をタルップルの肉体へと差し込もうとして、その時タルップルの身体から溢れ出したのは黄金の蜜だ。まさか、攻撃が甘ったるい蜜だとは想定していなかったのか、ストリンダーの「どくづき」の腕に絡みつき、毒を霧散させていく。それだけではない。

 

 表皮から染み込んだ蜜がストリンダーの毒を超え、腕を融かし始めているのだ。

 

「……こんな事……」

 

「タルップル、この技はリンゴ酸。リンゴの蜜に思えるその攻撃は、強力な装甲を誇るポケモンの表皮に染み込み、内側から壊死させる。毒ではなく、強力な酸による浸食は、毒消しでは消せない」

 

 ストリンダーは完全に片腕を潰された形だ。それでも電撃のギターを薙ぎ払い、タルップルから距離を取ろうとする。

 

「鈍足のポケモンが何! 要は近づかずして勝てればいいんでしょう! 今見た限り、タルップルの攻撃の要はその甲羅のような部位! そこを避ければ、タルップルの攻撃を受ける事はない!」

 

 ストリンダーが電撃のギターを振り回して自身に電流を蓄えさせる。恐らくは「オーバードライブ」を遠距離から放つつもりなのだろう。それに対して兎真がした事は少ない。

 

「撃ってくるのならば撃ってくればいいし。結果は分かり切っている」

 

「……その余裕、突き崩してあげる! ストリンダー!」

 

 放出されたのは全力の「オーバードライブ」であったが、兎真は動かない。それどころか、タルップルに回避をさせも命じない。

 

「勝負を捨てたか! 早谷兎真!」

 

「……うっさいなぁ。こっちも考えないと。タルップルになるのは久しぶりだからさ。戦い方を思い出していた途中なんだから。タルップルは、ダメージの一点が露呈しているせいで、弱点を突かれれば一撃も考慮に上がるんだけれど、けれどタルップルに成っているのなら、竜の攻撃を有効に扱える。タルップル、自身を中心にして竜の波導」

 

 タルップルの肉体から青い炎を想起させる波導が燃え上がり、その肉体を焼くかに思われたが、タルップルは全く気圧された様子はない。それどころか、自らの熟成した甲殻に染み込ませ、「りゅうのはどう」と「りんごさん」を同時に放出する。活性化された「りんごさん」が波導攻撃によって広範囲に広がり、ストリンダーの回避は間に合わない。

 

「避けなさい、ストリンダー!」

 

「それは無理筋でしょ。タルップルの特性は厚い脂肪。その肉体に炎熱系の技と氷系統の技が撃ち込まれれば、それを半減して再生産エネルギーに変換出来る。自ら竜の波導で体内を熱し、リンゴ酸を熟成させて粘性を上げた」

 

 粘っこくストリンダーの肉体に飛び散った「りんごさん」は簡単には振り払えない。それどころかもがけばもがくほどに、体内に染み込んで蝕んでいく。

 

「こんな事が……! ストリンダー! 電熱で体内の毒素を解毒させる!」

 

 ストリンダーが電撃のギターを掻き鳴らし、体表を流れる電流を一方向に凝縮させる。大出力の雷撃を直上に向けて放つと、酸性の粘液を気化させる事に成功したようだが、自らの身を焼く諸刃の剣だ。

 

 当然、体力はレッドゾーンに入っている。

 

「……諦めな。あーしの目的は君を殺す事じゃないし、それに退いてくれれば世は事もなし、って感じだからさ」

 

「……ふざ、け……! ふざけないで! 私はね……殺されたって分かった時から、復讐してやるんだって誓ったんだから……! それに、あんたは有栖を悲しませた!」

 

 吐き捨てた幸子に兎真は後頭部を掻いて首を傾げる。

 

「……そりゃー、殺されるのは嫌だろうけれどさ。よくよく考えてみ? 今、有栖を悲しませているのはどっちよ?」

 

 幸子は奥歯を噛み締めて苦難に耐えているようであった。その事に思い至らないはずがないのだ。それなのに、復讐心だけで自分に立ち向かってくる、それ自体はいい。転生者同士はいずれ戦う運命なのだから。

 

 しかし、そこに不純物が混じれば一転して自らの首を絞める結果となる。幸子は決して愚かではない。ならば、マオフェンらと組む事自体が愚策であるのは理解していてもいいはずだ。

 

「……もう一回、言うよ。あーしを殺したって有栖は喜ばないし、有栖と仲直りしたかったら、単純な話。あのマオフェンだっけ? 連中を裏切ればいいんじゃないの?」

 

「そんな事……! ……簡単に出来ると思ってるの。私のエレズンを強化してくれたのはマオフェン達なのよ? 何か少しでも反抗する兆しがあれば、きっと手を打っている。それこそ、有栖にとって……最悪な結果になる」

 

 幸子なりに考えは巡らせているようであった。だが、それも堂々巡りだ。畢竟、有栖の傍に居たければマオフェンらと協定するのは間違いとなる。それを彼女自身、何一つ理解していないわけではないのに、全ては“ゲーム”の仕組みと、そして復讐心がそうさせている。

 

「……あのさ。バカバカしい提案かもだけれど、もし心変わりしたんならさ。あーしらと一緒に戦わない? そっちのほうがきっと随分といいよ」

 

「……それこそ、バカみたいじゃないの。私は有栖の目の前でこっちに付くって言ったのに……」

 

「まぁまぁ。生きてりゃどうにでもなるってば。……けれど、ちょっとまずそうかな。タルップル!」

 

 兎真はタルップルの「りゅうのはどう」を拡散させる。それはこちらを狙っていた鋼の色相を誇る白銀の光芒を霧散させるためであった。

 

「避けたか。さすがは歴戦の転生者」

 

「……綾坂……美月……?」

 

 いつから見られていたのか、と言うのが最も幸子の危惧したところであろうが、美月の注目はこちらに向いている。

 

「へぇ。早速リベンジ?」

 

「ああ。前回はしてやられたけれど、ボクが負けるはずがないからね。冷静沈着に、それでいて的確に討たせてもらうよ」

 

 美月に付き従っているジュラルドンが口腔部を開く。高火力の攻撃が来る、と身構えた兎真はその矛先が幸子をも巻き込む事をすぐさま察知し、その手を引き寄せる。

 

「このままじゃ……まずい!」

 

「ジュラルドン、流星群」

 

 ジュラルドンが天地を揺るがす赤い色調の光球を放ち、それを嚆矢として莫大なエネルギーを加算させて散弾にも近い攻撃網が迫る。

 

「タルップル! エナジーボールで迎撃!」

 

 タルップルが吼え立てて「エナジーボール」の光球を乱射する。それでもせいぜい三割を減殺させるのが精一杯だ。兎真はタルップルをボールに戻し、アップリューを繰り出して宙を舞う。

 

 学園都市の中層部を目指して一気に上昇し、小脇に抱えた幸子の重さを感じながらもビルの屋上に飛び移る。

 

「カジッチュ! 次の逃げ場所を――!」

 

「逃がすと思っているのかい? ジュラルドン、ラスターカノン、掃射」

 

 全方位に向けられた「ラスターカノン」の銀色の光芒が兎真に次の判断を迷わせる。このまま逃げれば学園都市に被害を及ぼすだけではない。転生者である事が露呈すれば動きにくくなるのは明白だ。

 

 ――どうする? と思索を巡らせるも時間は刻一刻と迫っていく。このままでは消耗戦を続けるだけ。ならば、と兎真が最終手段に手を出そうとして、幸子が先んじて気づく。

 

「……あれ、有栖……?」

 

 直下にて美月のジュラルドンに向けて有栖が歩み出す。まさか有栖が戦線に加わるのは意想外であったので兎真は思わず声を上げていた。

 

「有栖! そいつは……!」

 

「兎真さん。分かってます。この人は……敵のチームの人なんだって事。けれど、敵と味方とか……そういうのって」

 

「なに? 戦いたくないのにボクに立ち向かって来るのかい? なら、早速脱落と行こうか!」

 

 ジュラルドンが白銀の光芒を放つ。

 

 兎真が制止するよりも先に放出された攻撃に対し、有栖は言葉少なに繰り出す。

 

「行こう、セビエ」

 

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