ALICE   作:オンドゥル大使

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第50話 一方的な『嫌悪』

 

 異空間に集まったのは4人だけで、最初に不満を漏らしたのは妙子であった。

 

「ねぇ、今回は5対5って聞いていたはずなんだけれど」

 

「それは分かっているさ。なに、すぐに最後の一人は現れる。我々の切り札はね」

 

「……味方も信用出来ないって言うわけ」

 

 妙子が嘆息をつくと、美月は何でもないとでも言うように肩を竦める。

 

「些末事さ。最終的に我々のほうに天秤が傾けばいい。そのためならば手段を選ばないとも」

 

「とは言っても、相手だって未知数なんでしょう? ……信用ならない転生者も居たし」

 

 妙子は早速アルセウスフォンの記録機能を用いて、綺咲と共に行動していた金髪の転生者の少女を空間の中央に投射する。

 

「……この人物に関しての情報は?」

 

『すまないわね。アタシ達、管理者権限では転生者同士の闘争とは言え、情報共有は禁じられている。加えて、この転生者はただの転生者じゃないわ』

 

 浮かび上がったシュレディンガーの声音には忌々しいものが備わっている。まるで想定外とでも言うような論調に幸子は軽く言いやる。

 

「これまでだってその調子は変わらなかったんだから、情報交換は不可能と思いましょう。それよりもだけれど――」

 

「それよりも?」

 

 この話し合いで最も発言権を握っているであろう、椅子に座った少女――リー・マオフェンが包帯の巻かれた痛々しい姿で怨嗟の籠った声を発する。

 

「……マオフェン。落ち着いて……」

 

「これが……! これが落ち着いていられるって言うの……! あいつ……姫宮綺咲! あいつだけは、私の手で……惨たらしく殺してやるわ……! 残酷なまでに!」

 

 マオフェンがダイスを転がす。出目は3と1で揃わなかったせいか、ヒステリックにダイスを踏み潰す。

 

「……確かにリーダー格が傷つけられたのは我々にとっての士気にかかわるね。シュレディンガー、どうにかして先回りは出来ないのかい? このままでは無為に時間を潰して、その結果“カタストロフィ”が訪れかねない」

 

 その危惧はシュレディンガーも持っているのか、思索を巡らせているようであった。

 

『あの忌々しい……チェシャーに先んじられないようにするとすれば……アタシ達にしか出来ない行動を起こすほかない』

 

「我々にしか出来ない事……か」

 

 美月が戸惑っている間にも、妙子は昨夜の情報を投射し続ける。

 

 ヌメイルと数体のヌメラを用いたのに倒せなかった――姫宮財閥のシステムダウンを図ったのに、それ以上の戦力など聞いていない。ともすれば、返り討ちに遭っていても可笑しくはなかったのだ。

 

「……転生者って言うのは、思ったよりも頭が回らないみたいね。私達には……母さんの人質が効いているはず。有栖はそう容易く動けないわ」

 

「……これは意外。血の繋がった唯一の妹を、あなたは信じていないのね」

 

「……これも意見の相違ね。私は“知っているからこそ”、有栖が暴挙に出ない事を理解している」

 

「……それは、私の提唱した例の件を知っても、揺るがないのかしら?」

 

 マオフェンに明かされた事実を妙子は己の中で反芻する。

 

 ――確かに驚嘆に値したが、それはそれで別の話だ。

 

「……勘違いをしないで。私とあの子は……仲がいいわけでもない」

 

 その返答が想定以上であったのか、マオフェンは上機嫌に鼻を鳴らす。

 

「……アリスちゃぁんも可哀想ねぇ……。実の姉にここまで嫌われるなんて」

 

 その言葉尻の一ミリでも同情していないのは分かり切っている。今は、惑わされずに勝ち抜く術を講じる事だ。

 

「……けれど、ストリンダーでも無理だった。これ以上どうするって言うの?」

 

「安心なさい。篠崎妙子、あなたのヌメイルには先がある。それを開放してやれば、少しは見れたものになるわ。それと、美月。あなたもね」

 

「ジュラルドンだけでも充分だと思っていたが……ボクも油断していたらしい」

 

 異空間の翡翠色が揺らめき、まるでオーロラのように数多の色を湛えている。この異空間での時間感覚は現実世界での一分が一時間に相当するが、だからと言って頻繁にここで会うのは推奨されていない。

 

 如何にシュレディンガーの力が働いているとは言え、“ゲーム”の受付嬢は万能ではないのだ。

 

「……分かったわ。ヌメイルの先を信じましょう。けれど、次の戦いはどうするの? あっちだって警戒しているでしょうし」

 

「簡単な話よ。あなたがさっき言ったように、こっちには人質がある。篠崎有栖を焚きつけましょう。そうすれば、自ずとあちらから来るはず」

 

『現状、イニシャライズしてくるポケモンは確認出来ず。つまりは、偶発を装うしかないんだけれど、当てはあるの?』

 

 シュレディンガーの問いかけにマオフェンは包帯の巻かれた耳を押さえながら、その口角を吊り上げる。

 

「どんなに高尚めいた戦いを講じていたって、所詮は人間。所詮は初心者。手を尽くすまでよ。それに篠崎有栖が動けば、姫宮綺咲だって動かないわけにはいかない。芋づる式に私達で包囲する。イレギュラーがあるとすれば、新たな転生者でしょうけれど……これも手は打ってある。氷タイプ使いなら、それなりにね」

 

 マオフェンは口元に喜悦の笑みを貼りつかせている。その邪悪さに妙子は身震いしたのを感じたが、おくびにも出さないでおく。

 

 仲間同士で恐れたところで仕方がないからだ。

 

『オーケー。では解散ね。マオフェンの策を実行するのは一両日中にしましょう。アタシだって、いつ“カタストロフィ”が来るのかは完全に予想の外。アタシとチェシャーはどちらかが優先権限を持つのか分からない。ゆえにこそ、手を打てるのならばそれは早いほうがいいわ』

 

「シュレディンガー。あなたはもう少し……そうね。攪乱が可能ならばお願い出来るかしら。私達の手は割れつつある。イニシャライズポケモンも使って、注意を散漫にさせたい」

 

『任せてちょうだいよ。……それと、一応は報告ね。鏡面界でトランプ兵団の動きが活性化している。考えられるのは、あちら側の次元断層が動いていると言う事。時間をあまり無駄に使うわけにはいかないわ。それに……チェシャーのやり口も気になる。アタシの想定していない転生者を使った、という事は、相応に追い込まれているはずなんだけれど』

 

「頼むわよ。チームロワイヤル、勝って全員で笑顔で終わりましょう」

 

 そうは言いながらもマオフェンは邪悪な喜悦を隠し切れていないようであった。無理もない。綺咲に切り落とされた耳が今でも疼くはずだ。それを押し殺して、というわけでもないのだろうが、今は怒りのほうが痛みを打ち消しているようである。

 

『じゃあ、総員。手筈通りにね』

 

 シュレディンガーがそう結ぶと異空間は解け、それぞれの居場所へと戻っていく。妙子は自宅付近の緑地公園に飛ばされていたが、それは自分だけではなかった。

 

「……あ……有栖のお姉さん……」

 

「……幸子ちゃん、よね?」

 

 この確認の間を挟んだのは理由がある。しかし、未だに信じられないのだ。マオフェンらの言う理屈には筋が通っている。どこにも破綻がない。――いや、破綻がないほうが問題か。

 

「……その……お姉さんは有栖と……戦うんですか」

 

 ベンチに座り込んだ幸子は憔悴しているようで、これまでの有栖との経験も鑑みれば当然の帰結であったが、それでも現実は残酷だ。

 

「……あの子を止めないと、何もかもがご破算のまま。母さんも戻ってこないでしょうし、それは私もそう。もう……逃れられないのよ」

 

 綺咲を強襲した時点で、有栖とこれまでのような関係性ではいられない。そもそも、マオフェンの語った「不都合な真実」と照らし合わせれば、自分はこの手を取るほかない。

 

「……有栖を……殺すんですか」

 

 短い言葉でありながら、幸子にしてみればそれは逃れようのない業そのものであった。当然だろう。親友を殺す――それは何よりも心が軋み、耐えられない。だが、だとして、では彼女は悲劇かと言えばそうでもない。むしろ悲劇を気取っているのは自分の側だろう。

 

「……ええ。殺すわ。私は有栖を……この手で……」

 

「けれど……シュレディンガーとマオフェンが言う事が本当とは……限らないんですよ……?」

 

 騙されているのかもしれないというのは疑念としてある。だからと言って、これまでの過去を清算出来るわけではない。自分が今一度、有栖と向かい合うのには、戦うしかない。

 

 戦って――勝つしかない。

 

 どこまで偏狭に成り下がるつもりなのだ、と我ながら汚れ役が過ぎる。有栖を殺さず、チームロワイヤルにも貢献せず、何ならこの戦いそのものを降りてもいいのに、降りるというのは最も選ばれない選択肢だった。

 

「……幸子ちゃん。私はね、有栖の事が……あの子の事が大嫌い。綺麗な金髪も、整った目鼻立ちも、幼さを残した精神性で生きていていいって言う、甘えた考え方も……! そうよ、だって……“顔も見た事のない”お父さんの子供だって……信じたくない」

 

 恐らく自分の発せられる最大限の侮蔑であったのだろう。幸子もさすがにそこまでは想定していなかったのか、僅かにうろたえて後ずさる。

 

「……マオフェンやシュレディンガーの言っていた事、信じるつもりなんですか」

 

「幸子ちゃん。あなた、思い違いをしているわ。だって、だってね? 私がこんななのに……有栖は綺麗過ぎるもの。疎むなと言うほうが間違いよ」

 

 綺麗なものを綺麗なままで称賛は出来ない。自分は、そんな風に――最も忌み嫌われる場所からでしか、有栖への想いを、告げられないのだから。

 

 

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