ALICE   作:オンドゥル大使

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第51話 対峙する『因縁』

 

 もう一度だけ、赤沢霧子の事務所に訪れたいと言ったのは、ただの我儘だったのかもしれない。それでも、有栖にとっては意義があると、少し強引に押し通していた。

 

 霧子の事務所の前は完全にセーフガードが固めていたが、綺咲の顔パスで三人とも入る事が出来ていた。

 

「……ねぇ、有栖。あーしが言える事なんて大したコトじゃないけれどさ。気に病むものでもないよ?」

 

「いえ、いいんです。元々……あたしが信じられなかったと言うのもありますし。だから、お別れを、と」

 

 携えたのは一凛の赤いカーネーションだ。手向けには派手だが、霧子の容貌を思い返せばよく似合うような気がした。

 

 そのまま手を合わせて静まり返る。

 

 綺咲と兎真は無駄だと思っていそうであったが、これは自分なりのケジメでもある。

 

「……霧子さんは、あたし達にとっていい出会いだったんでしょうか」

 

「そんなの結果論よ。出会いが良縁か悪縁かなんて、全てが決してしまった後でしか分かるはずがないわ。前回の“シーズン”で殺されかけたのも、別に恨むわけでもなければ、特別どうだと言うわけでもない」

 

「……冷たいんだね、綺咲ちゃんは」

 

「違うよ。ヒメは悲観を持ち込みたくないの。有栖がここから先の戦いで……悲観や復讐心だけで戦って欲しくない。そういう願いがあるんだよ。ま、ヒメの口から直接は聞けないんだけれどねー」

 

 どこかで人を食ったような物言いが得意なのは相変わらずの兎真の舌鋒であったが、それでも最初に出会った時よりかは心の距離が縮まったような気がしていた。

 

 これも不思議な変化だ。

 

 幸子を目の前で殺され、そしてこの“ゲーム”に深く噛んでいたと言うのに、恨み言もましてや憎悪も今は感じない。

 

 心は凪いでいる。

 

 今は、ただ霧子の死を悼みたいだけ。

 

「……あたし、知らなかったら色んな人を巻き込んでいたのかもしれません。それこそ、綺咲ちゃんを……一度は傷つけようとした」

 

「それも結果論よ。忘れなさい。私達は転生者。一つ選べば、一つ失う。それが現世の常なのだから」

 

 転生者――選ばれてしまえば、それは喪失への片道切符。それでも、戦い抜きたいと願えるのは、己の中に湧いた信念もあるのだろう。

 

「……ありがとう、綺咲ちゃん。兎真さんも。あたし――」

 

 振り返ったその瞬間、綺咲と兎真との間に薄靄のカーテンが降り立つ。オーロラのように揺らめく世界が流転し、直後には空間が断絶されていた。

 

 有栖はポケモンの能力が使われたのだと察知し、アルセウスフォンを握り締める。

 

「……へぇ。構えだけは様になっているのね」

 

 その声の主に有栖はまずは振り返らずに己の心を研ぎ澄ます。

 

「……そんな風に見えるの?」

 

「ええ、とても。……有栖、考えてみればあんたがいつも邪魔だったわ。今回もそうみたいね」

 

 深呼吸して、ようやく振り返る。

 

 先刻までの事務所前の空間が捩じ切られ、対岸のビルの上で風圧に佇む見知った人影が一つ。

 

「……お姉ちゃん」

 

「まだお姉ちゃん、って呼ぶんだ? ……ここまでなっても、あんたのおめでたい頭には変わりはないみたいね」

 

「……綺咲ちゃんと兎真さんはどこ」

 

「教えると思った? 有栖、あの二人には相応しい相手を充てておいたわ」

 

「それはつまり……あたしにとってのお姉ちゃんが、相応しいって事だよね?」

 

 有栖はモンスターボールを構える。それに応じるように妙子も構えを取っていた。

 

「……あんたのそういうところ、ホントに嫌い。反吐が出そうなほどに」

 

「……あたしはお姉ちゃんと戦いたくない。けれど……こんな形でしか、向かい合えないんだよね」

 

「……よく分かっているじゃないの。そうよ、あんたと私は……戦う事でしか分かり合えない」

 

 互いにモンスターボールを構える。妙子が繰り出したのは巨大な甲殻を持つ薄紫色のポケモンであった。全身から粘液を滴らせ、喉奥より咆哮する。

 

「……チェシャー、あれは」

 

『ヌメルゴン。ただし、あれはヒスイ地方の特別個体。通称、ヒスイヌメルゴンと呼ばれる状態です。鋼・ドラゴン複合の強力なポケモンとなっております』

 

「じゃあ……あたしの手持ちは不利。だけれど、退くわけにはいかない。お姉ちゃんがあたしの前に立つのなら……戦うと言うのなら、あたしは逃げない! 行って!」

 

 ボールが割れ、光を拡散させながら大地に足をつけたのは氷の背びれを誇る四つ足のポケモンであった。その口腔部から冷気が漏れる。

 

「……セビエの進化系、セゴール。一進化ポケモンで私に勝てるなんて思っているの? それに、セゴールのタイプは氷・ドラゴン。いずれにしたところで、あんたのは不利」

 

「そう。けれど、お姉ちゃん。こういう物言いは好きじゃないけれど――舐めないで。あたしだって、転生者なんだから!」

 

 その瞬間、ヌメルゴンの末端神経が凍て付いていく。まさか、それほどの速度で凍結攻撃が放たれるのは想定外であったのか、妙子が目を見開く。

 

「……この操作スピード……。振り払いなさい!」

 

 ヌメルゴンが粘液を放出しながら滑るようにして接近する。その拳に固められたドラゴンタイプのエネルギーを前にしても、有栖は逃げなかった。それどころかセゴールへとさらに前に進むように命じる。

 

「セゴール……前へ……」

 

「ドラゴンクローでその氷を打ち貫く!」

 

「ドラゴンクロー」が今にセゴールを引き裂くかに思われたが、屈折した凍結フィールドの加護を得ていたセゴールはそれを紙一重で回避し、強靭になった脚部でヌメルゴンの腕へと躍り上がる。

 

「……セゴールにこんな速力……!」

 

 凍結を維持したまま、ヌメルゴンの体表から放出される粘液を詰まらせる。皮膚呼吸できなくなったヌメルゴンが一瞬だけ酸素を失い、その視界が暗くなったのを認識してセゴールの牙がその肩口に食い込む。

 

「氷のキバ!」

 

 凍て付いた牙を拡大させ、ヌメルゴンの表皮を噛み締めるが、それを加味していないはずがない。

 

「ヌメルゴン! その皮膚からさらに粘液を放出なさい!」

 

 セゴールの牙がずれ込む。牙は皮膚を噛み千切るよりも先に滑り、致命傷にならない。それどころか下段からのヌメルゴンの拳が開かれ、セゴールへとゼロ距離で開かれる。

 

「ラスター……カノン!」

 

 四方八方に鋼鉄の輝きが放射され、セゴールの顎を砕こうとする。その威力は確実にセゴールの頭部を貫くかに思われたが、直後には霧散していた。

 

「セゴール。瞬間凍結……レベル3」

 

 セゴールの顎に氷柱の如く生じたのは光を内側で乱反射させる氷の結晶体だ。「ラスターカノン」は光を収束、そして発射する鋼タイプの技。それを着弾する前に拡散、反射光を操って無効化する――それは理解が及んでいても困難に映ったはずだ。

 

「……こんなレベルでの氷の精製速度……それに反射を……。有栖、あんた一体……」

 

「あたしには、足りないものがあった。それが何なのかを……教えてくれたのは、カイさんだったの」

 

 

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