「分断されちゃったかぁ……」
そうぼやいた兎真に対し、応じたのは美月であった。
「そのようだね。さぁ、さすがにリベンジマッチと行こうか!」
高らかに宣言する美月へと兎真は醒めた目線を送る。
「……何回やっても同じ結果だと思うけれど? そっちのポケモンじゃ、あーしは倒せない」
しかし、こちらの言葉に美月はうろたえたわけでもない。それどころか自信をみなぎらせて言い放つ。
「見せてご覧、その力、その真の実力を! 行け――!」
ボールが投擲され、飛び出してきたのはジュラルドンではない。さらに装甲を強化された、鉄塊としか言いようのないポケモンであった。
青いラインが走り、その鋭角的なシルエットはこれまでにもあった攻撃性能に輪をかけて、獣の本能にも似た象徴と化す。
「――ブリジュラス。複合金属を得て進化した、ジュラルドンの究極系」
「……驚いた。あれでまだ進化するんだ?」
正直な感想を述べると美月は鼻を鳴らす。
「舐めないほうがいい。ブリジュラスの攻撃性能とその鉄壁の防御力は、ジュラルドンを遥かに凌駕する。思い知らせる! ブリジュラス!」
鋼鉄の片腕を地面につけ、美月の声に応じてブリジュラスが高圧電流を迸らせていた。その出力、そして収束性能はこれまでにない勢いである。
「……ヤッバ。アップリュー!」
アップリューを繰り出し、宙に逃れようとする兎真へとブリジュラスの放った広域の電撃が襲い掛かっていた。
「エレクトロ――ビィーム!」
放たれた高電力の「エレクトロビーム」の出力はアップリューが咄嗟にその翼を畳んで防御しようとするも、堅牢なはずの守りを射抜く。
「アップリュー? こんの、じゃあタルップルで!」
地面に落下する途上でタルップルを繰り出し、その有り余る脂肪により墜落死は免れたが追撃の攻撃が来るのは予見出来ていた。
「ジャイロボールで追撃!」
高速回転する鉄球が矢継ぎ早に襲い掛かり、兎真はアップリューの巻き起こす突風とタルップルの脂肪による防御性能で逃れようとしたが、それを予期していたかのようにすかさず照準が定められ、「エレクトロビーム」が掃射される。
思わず舌打ちが漏れる。
すぐ傍の地面を掻っ切った高出力の電撃の光条は噴煙を巻き起こし、そのせいで美月とブリジュラスの姿が視認出来なくなっていた。
「アップリュー! 風を引き起こして、視界を……!」
「遅い……!」
ブリジュラスが真っ逆さまに垂直落下してくる。狙ったのはタルップルのほうであった。ブリジュラスが電撃を両腕に番え、さらにシンプルなその体躯の重量を武器に変えてタルップルの甲殻へと突撃する。
「ハードプレス……!」
ブリジュラスの荷重攻撃によってタルップルの全身から蜜が噴き出す。
「タルップル!」
「さらにゼロ距離で……! メテオビーム!」
ブリジュラスが落下に用いたエネルギーをそのまま転化し、高出力の磁場を生じさせて無数の流星を撃ち込む。
タルップルがどれほどに堅牢であろうとも関係がない。
この距離ならば外れる事はなく、またタルップルの持ち味である高い体力や特性の「あついしぼう」を射抜く威力であろう。タルップルが苦悶の声を上げ、肉体から蜜がこぼれ出る。
「タルップル! ……アップリュー! 相手の動きを阻害する! Gの力!」
重力磁場がブリジュラスを包囲するが、それを物ともせずに鋼鉄のポケモンは歩み進む。
「ブリジュラスはその重装甲が武器そのもの。重さには慣れているんだよ」
前回のようにはいかないか、と兎真は即座に戦法を切り替えていた。
「だったら! タルップル! リンゴ酸でその自慢の装甲を融かす!」
タルップルが身を震わせると肉体から溢れる蜜が酸性を帯びる。蒸発するかに思われていたが、ブリジュラスは酸で躯体を融かされながら、その装甲板をより強固に練り直していく。さながら生き物のように装甲が裏返ったかと思うと、今度は波風を想起させる柔軟さで再装備される。
「舐めているのはそっちのようだね。ブリジュラスの特性は持久力。技ダメージはブリジュラスにとって天敵となり得ない! それどころか、より強固に! その装甲は輝きを増していく!」
その言葉通り、ブリジュラスの合金の肉体が照り輝く。いけない、これは射程内だと兎真は飛び退っていた。
「ラスターカノン!」
四方八方に放たれた超合金の輝きの放射熱がビルを焼き、隠れる場所を減らしていく。兎真は咄嗟にアップリューの鉤爪を握って離脱しようとしていたが、それを許す美月ではない。
「逃がすものか! リフレクター!」
途端、ブリジュラスの肉体から立ち上った光を反射する壁が構築され、炎に巻かれた戦場を包囲する。
アップリューの飛行高度を完全に理解した「リフレクター」の壁に阻まれ、兎真は戦法の練り直しすら許されずに今一度地面へと降下するほかない。
「……逃げは許さないってわけか」
「その通り。そう何度も、ボクから逃げられるなんて思わない事だね。それに……何度も何度も……搦め手が通用するとは思わない事だ。最早、その手は割れている! 早谷兎真! キミの負けだ! ブリジュラスを融かすほどの酸性は用いられず、加えて! ブリジュラスを攻撃すればするほどに! その硬度は上がっていく!」
「アップリュー、Gの力」
ほとんどノータイムで放った重力磁場で縛り付けようとするが、美月を守るようにブリジュラスは前に出て攻撃を受ける。荷重で大地がくぼんだが、それでもブリジュラスに通用した様子はない。
それどころか果敢に踏み込んでくるのは、主の言葉を冒涜されているのだと理解しているのか。
「……何度言わせる気だい? もう勝てないんだよ! キミの手は、全て見尽くした! さぁ、これでどうする! アルセウスフォンを差し出すのなら、人間の尊厳くらいは残してから、殺してあげよう!」
昂揚した美月の声に、兎真は思索を巡らせる。ここで軍門に降るのはもっとも恥ずべき行為なのは分かっているが、それでも他のメンバーと通信しようとして、アルセウスフォンの通話機能を封じられている事に気づく。
「……一個、質問。何でこんな風にまどろこっしい真似を? あーし達を殺せる自信があるんなら、もっと早くやれたよね?」
美月が眉をピクリと跳ねさせる。これが何かしらの正鵠を射ているのだとすれば、時間稼ぎ以上の意味があるはずだ。
「……ボクらが優れていないとでも?」
「いんや。優れちゃいるとは思うよ? 実際、あーしらを分断して一人ずつ? それとも数人かは分からないけれど、それでやってみせるんだから、相当に下準備はしたんだろうし。けれどさ、ちょっと甘く見積もってない? 有栖はそっちにやられるほど弱くないし、それはヒメもカイもそう。一対一なら勝てると踏んだ時点で、ここには慢心が見えるね」
こちらの目測に誤りがなければ、美月はどうしたところでこの意見に反論したいはず。予想通り、美月は肩を揺らして嘲笑する。
「バカを言いたまえ! 篠崎有栖は姉を前に身動き一つ出来ずに殺される! 他の者も同様だ! 果たして、キミらに出来るのか? 最も愛する者達を踏み締めてまで、前に進む事なんて! 出来るはずがない!」
美月の考えは手に取るように分かる。それぞれのポケモンが割れているのならば、それに相応した相手を用意すればいい。連携を断ち、そしてゆっくりと時間をかけて殺せるのならば、それは正しい選択だ。
――ただし、全ては自分より相手のほうが弱かったら、の前提条件ではあるが。
「……ちょっと侮り過ぎじゃない? ヒメとカイは思ったよりもドライだし、有栖だってそう。あの子は強いよ。あーしが保証する」
「保証? そんなの、意味なんてないのに! ブリジュラス、終わらせてあげようか! ――破壊光線!」
収束されていく「はかいこうせん」の高出力のエネルギーを前にして兎真はいやに醒め切った胸中で回顧する。
実際に戦ってみて、綺咲もカイも、負けるとは思っていない。有栖もそうだ。
彼女は強い。だからこそ――こんな卑劣な真似に出る相手が許せない。
「……結局、怖いだけじゃん。真正面から向かって来る気概もなしに、あーし達にタメ口利けるなんて、思わないでよね。行こっか、カジッチュ」
最後の一匹であるカジッチュを肩に留め、兎真は懐から蜜入りリンゴを取り出して放り投げる。カジッチュがその牙で頬張った瞬間、肉体が弾け飛んでいた。溶解したリンゴを思わせる肉体に、カジッチュの状態よりも少しだけ成熟した鮮烈な赤を基調とし、最も特徴的なのは頭頂部に伸びた一本の鶏冠めいた部位である。
「……何を……した?」
「何も。今までだって見てきたじゃん? カジッチュを進化させた。……とは言っても、これは奥の手。よくやったと思うよ、正直さ。あーし、これは隠し玉だったわけだし。――カミッチュ」
鋭く鳴いてカミッチュから伸ばされた触手には青い輝きが宿っている。咄嗟に受けるのはまずいと判断したのか、ブリジュラスへと美月は命じる。
「ラスターカノンで焼き払え!」
鋼鉄の輝きが収斂し、「ラスターカノン」が放射されるが、その放射熱を掻い潜り、あるいは這い進み、ブリジュラスの全身を縛り付けた触手に美月が息を呑む。
「……これだけの高精度の触腕の操作……!」
「カミッチュはさ。アップリューとも、タルップルとも扱い方が違うんだよね。それは少しだけ特殊性があるんだけれど……まーいっか。だってさ、あんた――死ぬんだし」