こちらの殺気に美月は一瞬だけ怯んだようであったがすぐに持ち直す。
「……たわけた事を……! ブリジュラス!」
ブリジュラスがその巨体に秘めた膂力で引き千切る。そう、確かにカミッチュの扱う触手自体の強度はないに等しい。
だが――触れたのならば話は別だ。
「接触が一秒以上なら、もう攻撃は完遂している。カミッチュ、水飴ボム」
カミッチュの触手が触れた箇所が濡れている。それを美月が理解したその時には、滴った水飴が起爆していた。
触手で触れられた事による毒でも呪いでも、ましてや火傷でもない。
触手より生じた粘液がブリジュラスの表層に纏わりつき、触手を引き千切ったと同時にまるで信管を抜いたように爆発したのだ。
無数の爆炎の連鎖を受けるブリジュラスが何度もよろける。前に倒れようとすれば、その直後には頭蓋が爆ぜ、今度は仰向けに倒れようとすれば、逆方向から。
幾度となく爆炎が舞い上がり、ブリジュラスの躯体を揺さぶる。
「……何だ、この技は……」
「アルセウスフォンで確かめりゃいいじゃんね? まぁ、言っとくかぁ……。これは水飴ボム。カミッチュの放ったのはドラゴンテールの触手だったけれど、それに媒介させておいた。希釈した蜜が空気中に触れた瞬間に、それらは一斉に起爆する。今のはブリジュラスの全身に塗り込んでおいたから、そう簡単には消せないよ?」
「……バカにして……! ブリジュラス! これだけ爆発を受けたんだ……その分だけ防御力が底上げされているはず……!」
しかし、美月の目測とは違い、ブリジュラスの防御力が上がった様子はない。それどころか、今も「みずあめボム」の効力に苦しめられている様子であった。
「あー、一個忘れてた。水飴ボムは発生前に相手の表皮や装甲をあめまみれ状態にする。それを乾かさない限り、水飴ボムは何度でも行使可能。……さて、どうする? 一度でも接触すれば、なかなか解けないよ? それにカミッチュの特性もあるしね」
「特性……?」
ブリジュラスは肉体を輝かせて少しでも蒸発を狙っているようであったが、その度にドロドロと粘性のある蜜が身体に染み付いていく。
「カミッチュの特性は甘露な蜜。それを喰らったが最後、回避はほとんど不可能になる。要は一度でもカミッチュの射程圏内、あるいは接触を許せば、逃れる術はない。それから、アップリュー。Gの力」
重力磁場に晒されたブリジュラスは先刻までならば軽く逃れる事が出来ただろうが、カミッチュの甘露な蜜を受けた状態では話は別だ。肉体を縛り付ける重力と共に、体内に入り込む蜜を同時に遮る事はほとんど不可能。
加えて動けないブリジュラスへと兎真は指を鳴らす。
するとそれだけで「みずあめボム」の効力が発揮され、無数の爆破がブリジュラスの装甲を削っていく。何度爆ぜても蜜が肉体を苛む状態のまま、美月は次手を講じようとしているようであったが、兎真にしてみれば既に手詰まりだ。
「みずあめボム」の連鎖攻撃に、特性によって回避を封じられ、そして「Gのちから」で動けなければ無駄に損耗するだけ。
「アルセウスフォンを差し出すんなら、痛みもなく殺してあげるよ。どう? 交渉してみない?」
「交渉……? 交渉って言ったのか……? ……ふざけるな、ふざけるなよ……この売女が! ボクが負けて……貴様のような軽薄な転生者が勝つなんてあり得ない……! 底辺は底辺らしく……地を這いつくばっていろ! ブリジュラス! 破壊光線……!」
ブリジュラスが全身の光学出力を一点に集約させる。恐らくは最大威力での「はかいこうせん」――今の兎真には避ける術があるが、ここで重要なのは美月の戦意を折る事だ。何度も何度も追い縋られては厄介で仕方ない。それならば、圧倒的な勝利でその感情を上書きするほかないだろう。
「……けれど、やっぱ面倒だなぁ……。だけれどま、たまには本気出しますか。アップリューはGの力をそのまま最大出力で。タルップルはリンゴ酸で少しでも攻撃の減殺を狙う。……あとは、カミッチュだけれど……」
「最後まで遂行はさせない! 喰らい知れ! 早谷兎真ァッ!」
ブリジュラスの全身が照り輝き、最大出力の光軸が街並みを掻っ切る。その威力は鉄筋コンクリートを灰燼に帰すほどの熱量であり、草タイプを持つ兎真の手持ちは不利に思われた。
ぜいぜいと美月が息を切らす。やったのだ、勝ったのだと、確信したはずだろう。
――眼前で何でもないように佇む自分の姿を認めるまでは。
「……何故……? 破壊光線を……どうしたって……」
「まず一個。グラスフィールドであーしは有利な戦場を作っていた」
アップリューとタルップル、そしてカミッチュの「グラスフィールド」が芽吹き、ブリジュラスの「はかいこうせん」は完全な形では放出されなかったのだ。
「……だ、だが! だがそれでも……! ブリジュラスにとっては全力だったはず……!」
「二つ目。グラスフィールド時にだけ使える、グラススライダーって技がある。これを三体分使って、破壊光線の照準を逸らした。これはそっちが攻撃してくるまで分からないから、ギリギリの賭けでもあったけれど」
賭けに勝ったのはこちらのほうだ。だが、それらを並び立てても美月は理解出来ないようであった。
「……あ、あり得ない……! だってそんな事をしても、真正面の敵を逃すわけが……」
「あーあ、じゃあネタばらし、かな。カミッチュの技、それによってブリジュラスは攻撃の矛先を自ら変えるほかなかった。触手攻撃をした時に、ブリジュラスの体内に置いておいたものが一個ある」
ポン、と兎真はその手の中に一握りの団子を生み出す。茶褐色の団子から漏れ出ているのは花粉だ。
「……それは……」
「花粉団子。ちょっとだけ特殊な技なんだけれど、花粉ってさ。人間やポケモンにとっては、アレルギーを生み出したり、ちょっとしたアナフィラキシーショックに繋がったりもする。あーしは、花粉団子をブリジュラスの体内に寄生させ、それでブリジュラスの網膜を奪った。花粉って言うのは粘膜に影響するからね。如何にブリジュラスが鋼鉄の肉体であったとしても、粘膜部位の異常までは予期出来ない。ブリジュラスの破壊光線は、最初から逸れていたんだよ」
「そんな……事が……」
「はかいこうせん」を命じた時点で、美月の敗北は決まっていたのだ。それを理解してか、膝を折ってその場に蹲る。
ここに勝敗は決したのだろう。
兎真はゆっくりと歩み寄り、その手にあるアルセウスフォンへと視線を向ける。
「……悪い事だとは思わないし、恨まれても結構だとは思ってる。けれど、一つ聞きたいんだけれど。――何で、有栖を追い込んだの? それだけが解せない。有栖を精神的にあそこまで追撃して、そっちに何の得があったのか分からないんだよね」
その疑念は折れかけていた美月にとっては優位となり得る事柄であったのだろう。口角を吊り上げ、こちらの顔を仰ぎ見る。
「……バカなんだね、あなたも。篠崎有栖はただの転生者じゃない。思い知るがいい。あれこそが、イレギュラー。篠崎妙子と、高峰幸子の証言は一致している。このチームロワイヤルが始まってから、それが破滅の遠因だった」
「答えになっていないと思うけれど? それとも……ここで有用な情報も喋らずに死ぬのがお似合い?」
その言葉に対し、美月はせせら笑う。
「……本当に……何も知らないんだね。だから、まかり間違う。この“ゲーム”の意図も……トランプ兵団は何を考えているのかも」
「言い逃れは、その程度でいいのかな」
美月のアルセウスフォンへと狙いを定める。彼女は既に諦めているようであったが、それでも呪詛を吐く。
「思い知るといい。あなた達は間違えた。選択肢を、一つ一つ……絶対にそれを選んではいけなかった」
「あーしは有栖とヒメの味方。それと敵対するんなら、どれだけ正当な理由があろうとも同じコトだよ」
カミッチュがアルセウスフォンを噛み千切ろうとする。その段になって、兎真は不意に首裏を粟立たせるプレッシャーを感じていた。
咄嗟にアップリューを飛翔させ、今しがたまでの空間から飛び退る。
現れたのは肉腫めいた水泡だ。
数秒前まで頭部があった箇所に溢れ出し、何度も泡立っていく。
「……今のは……」
「惜しいね。もうちょっと話し合いが長引ければ殺せたのに」
直後、ブリジュラスの放った電撃の放射が兎真の視界を眩惑する。
「カミッチュ!」
カミッチュを引き戻したその時には、美月はアルセウスフォンを再び手にしていた。
「どういう事なのか、理解していないようだから言っておく。――切り札はそちらだけの専売特許じゃない」