ALICE   作:オンドゥル大使

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第56話 贖いと『臨戦』

 

 焦るわけでもなく、まずは一撃。ジャランゴが放った「スケイルショット」はしかし、空を切る。機動力ではこちらに分があると思っていただけに、綺咲は次手を打つのが早かったが、その前に無数のエネルギーの矢が放射される。

 

「――ドラパルト。ドラゴンアロー」

 

 ドラパルトと呼ばれた扁平な頭部を持つポケモンが矢継ぎ早に青い光の楔を放つ。その攻撃速度、それに命中精度共々これまでのマオフェンの手持ちであるドラメシヤを凌駕している。特筆すべきなのは素早さだ。

 

 瞬時に自分とジャランゴに肉薄したかと思うと、薙ぎ払った一撃はすぐにすり抜けられてしまう。次手を講じさせないためにジャランゴが拳を振り上げる。命中するかに思われた、それは虚しく空を切っただけだった。

 

 綺咲は目の当たりにする。

 

 ドラパルトの姿が瞬時に影に埋没し、直後には地面から無数に発射されたのは「シャドーボール」。ジャランゴは咄嗟の動きが功を奏したが、それでもドラパルトの攻め手は読み切れない。どうすればここで上手く立ち回れる? と逡巡を浮かべたところで不意打ち気味にマオフェンは拍手する。

 

「やるじゃない。もっと早く死ぬと思ったわ。……まぁでも、それでも当然よねぇ? 私の耳の借りはまだ……返してもらったつもりはないものねぇ……!」

 

 憤怒に包まれたマオフェンの言葉に綺咲は聞くのならば今か、と口を開いていた。

 

「……篠崎さんを巻き込んだのは、あなたの一意見? それとも……他の連中が噛んでいるのかしら……?」

 

 その物言いにマオフェンはせせら笑う。

 

「そんなにアリスちゃんが大事? それとも……あの子があなたにとっての特別なのかしら?」

 

「……今のが答えだとすれば、容赦はしない。慈悲もないわ」

 

 ジャランゴが躍り上がり、ドラパルトへと仕掛けるがドラパルトはその攻撃射程をするりと抜け、青い輝きを宿して突進する。

 

「ドラゴンダイブ……! 呵々、じゃあ交渉は決裂かしら? それに、慈悲なんてないのはこっちの台詞よ。あんたの自尊心や紙切れみたいなこれまでの戦歴、全部凌辱し尽くしてやる……!」

 

 ドラパルトから放たれる「ドラゴンアロー」の間断のない射出にジャランゴにはあえて後退を選ばせず、その爪で切り裂いていく。

 

「何を選ぼうとあなたの勝手だけれど……私は負けない。ここで負けていたんじゃ……篠崎さんに申し訳も立たないわ」

 

「それは言い訳だと思っていいのかしらねぇ……ッ! ドラパルト! 逆鱗!」

 

 ドラパルトの肉体の内部骨格が赤く照り輝き、その膂力を最大限まで活かしてジャランゴに肉薄する。ジャランゴが「ドラゴンクロー」で応戦しようとするが、ドラパルトは遥かに素早い。すり抜けるようにして爪を潜り抜けたかと思うと、至近距離での「ドラゴンダイブ」の追撃が待っている。

 

 ジャランゴは一旦、音波攻撃で地面にひび割れを生じさせていた。技自体は「いやなおと」だが熟練の域に達したのならば、足場のバランスを崩して「げきりん」の直撃から身を守る事くらいは出来る。

 

 想定通り、「げきりん」の連撃は全てジャランゴには命中せず、今度はジャランゴの反撃の番だ。

 

「ジャランゴ! こっちも負けないように逆鱗!」

 

 一転攻勢で「げきりん」によって内部骨格を照り輝かせ、ジャランゴは肉薄していたドラパルトへと殴打と爪による掻っ切りで攻め立てるが、ドラパルトは「ドラゴンアロー」で一時的に距離を稼ぎ、その特徴的な幽鬼のような尻尾を漂わせる。

 

「さすがね。姫宮財閥の転生者として、これまでやってきただけはあるわ」

 

「……それはどうも。で、このままだと泥仕合だと思うんだけれど、勝てると思っているのかしら?」

 

「もう布石は打っている……。ドラパルト! ドラゴンアロー、掃射!」

 

 ドラパルトの火薬庫を想起させる扁平な頭部から矢継ぎ早に「ドラゴンアロー」の連撃が走る。それでも綺咲にとっての脅威判定は低い。

 

「ジャランゴ!」

 

 ジャランゴは跳躍して距離を詰めようとして、その時不意に中空で縫い留められていた。

 

 何が起こったのか、暫時理解が遅れた綺咲に対し、マオフェンは言い放つ。

 

「呵々、簡単にかかった」

 

 見れば「ドラゴンアロー」はただ闇雲に射出されたわけではない。それどころかそれぞれの矢じりには薄い皮膜のようなものが付着しており、今の今まで放った「ドラゴンアロー」は全て、ジャランゴの動きを封殺するための手数であった事を思い知る。

 

「……ドラゴンアローを使っての、ジャランゴの動きの制限。それだけじゃなく……やられたわね。私にも有効って事……」

 

「ドラゴンアロー」の蜘蛛の巣のような領域は綺咲の周辺も囲んでいる。これではジャランゴに命令を下す事も、ましてやボールに戻す事も不可能だ。移動さえも儘ならない状態でマオフェンをキッと睨みつけた綺咲に、マオフェンは肩を竦める。

 

「呵々。戦いに、汚いも定石もないでしょう? さぁ、どうする? このまま私に蹂躙されるか、あるいは許しを乞うてアルセウスフォンを差し出すか。痛くないほうにしてあげてもいいわ」

 

「……冗談。前者も後者もお断りよ。それに、一つ勘違いをしているわ。――いつ、私が勝てないなんて言ったかしら?」

 

「……なに? 負け惜しみを……!」

 

「ジャランゴ、ボディパージ」

 

 ジャランゴがその表皮を擦り合わせ、肉体を削ぎ落して絶対の包囲網から抜け出すが、それはまだマオフェンの想定内であろう。

 

「バカにしないで! ドラゴンアローの射程圏内である事に変わらない!」

 

 四方八方、全方位を囲まれた状態での、効果抜群のドラゴン技――それは的確にジャランゴと自分の命を摘むであろうが、綺咲は落ち着き払って次手を講じる。

 

「もっと近づいて。ドラパルトの有効射程まで入る」

 

「愚策ね! ドラパルトは既に! ジャランゴの格闘戦術が叩き込まれる前にあなた達を殺し切れる!」

 

 周囲を展開する「ドラゴンアロー」がジャランゴの心臓と脊髄、そして首筋を狙っている。それは転生者である綺咲も同じで、どの方向からでも心臓を射抜けるであろう角度を保っているのは窺えた。

 

 しかし――だからこそだ。

 

「ジャランゴ、再びボディパージ」

 

 ジャランゴが防御を捨て、その表層の毛髪を削ってドラパルトへと猛進する。その在り方にマオフェンも何か手があるのだと気づいたのか、ここまで優位であった状況から僅かに慎重になる。

 

「……ドラパルト、近づかれる前に焼き尽くしなさい! 流星群!」

 

 ドラパルトが天高く咆哮し、降り注ぐのは瑠璃色の「りゅうせいぐん」――その火力は命中すれば確実にジャランゴを貫くであろう。

 

「ボディパージ」で防御を捨てている状態ならばなおさらだ。素早さに補填している分、ジャランゴは一発でも貰うわけにはいかない。

 

「呵々! 流星群によって諸共、焼き尽くされなさい!」

 

 マオフェンは勝利を確信したのだろう。しかし、それこそが綺咲の狙いであった。

 

「撃ってくるのは分かっていた。高威力の技をね。……だからこそ、ここまで素早さを上げておいた。ジャランゴに二回分のボディパージによる敏捷性の向上。そして……私が選ぶのはドラゴン技じゃ――ない」

 

 指揮棒を振るように軽やかに、その技の名前を綺咲は紡ぎ上げる。

 

「ジャランゴ、インファイト」

 

 果敢に加速し、ジャランゴの躯体がドラパルトへとほとんどゼロ距離状態にまで至る。降り注ぐ死の流星を前に、綺咲は一切目を逸らさなかった。それどころか、しっかりと見据え、そして指差す。

 

「撃ち落としなさい」

 

 ジャランゴが吼え、接近戦の構えを取ったかと思うと「りゅうせいぐん」の高出力エネルギーを前に姿勢を沈める。それを目の当たりにしてマオフェンはせせら笑う。

 

「バカね! インファイトが高威力の格闘技だとしても、流星群をその手数で上回れると思っているのかしら!」

 

「そう、問題は手数の問題。けれど、私とジャランゴは既に、その領域に到達している。インファイトの拳が不足なら、ボディパージで素早さを底上げし、そのラッシュの速度に不安が見られるのなら連続で叩き落せばいいだけの話」

 

 こちらの余裕を前にマオフェンは、まさかと目を戦慄かせる。

 

「……技のコネクション……連携技を最初から想定して……?」

 

「ジャランゴ! インファイトで流星群へと速力を伴わせた打撃を!」

 

 ジャランゴが吼え立て、「りゅうせいぐん」を殴打する。無論、数多の光が降下してくるこの状況では、ジャランゴの技の構えだけでは届かないように思われる。

 

 しかし、それを解消するのが覚えさせておいた「スケイルショット」の連撃だ。

 

 素早さを引き上げ、防御を犠牲にして手数で降りしきる隕石群を叩き落す。その速力、そしてラッシュスピードはジャランゴの持てる最大値にまで引き上げられている。横に薙ぎ払い、打ち据え、そして真正面からの鉄拳で貫く。

 

「スケイルショット」の連射性能と内部骨格を赤く輝かせた「げきりん」の超越攻撃力。そして「インファイト」の近接格闘戦術が矢継ぎ早に放たれ、やがて「りゅうせいぐん」の砲火は収まっていた。

 

「……全部……全部撃ち落としたって言うの……!」

 

「リー・マオフェン。悪い事は言わないわ。ここでリタイアすれば、命までは奪わない。それに……あなたを殺せば、篠崎さんが悲しむだろうし。篠崎さんのお母さんを解放し、お姉さんもチームロワイヤルから抜けさせなさい。そうでなければ、もっと後悔する事になる」

 

 最後通告のつもりだった。「りゅうせいぐん」を真正面から打ち破れば、如何にマオフェンが自信家とは言えこれ以上の抵抗はしないのだろうと。

 

 しかし、その期待は淡く砕かれる。マオフェンは喜悦の笑みを浮かべ、それから言い放つ。

 

「……残念ね、姫宮綺咲。あなたはまだ、何も分かっちゃいないわ。篠崎有栖の事も、私達の切り札に関してもね。……ねぇ、考えた事はない? 本当にこの“ゲーム”に篠崎有栖は最初から“存在していた”のかって」

 

「……戯れ言を」

 

「これが戯れ言じゃないのは、あなたが一番分かっているはずでしょう? 向こう側にアーキタイプを持つあなたならばね。この“ゲーム”は鏡面界を救うための儀式じゃない。むしろ、その方向性は……」

 

「沈黙は金よ、リー・マオフェン。これ以上は……知っていても言わないほうがいい。アルセウスフォンを差し出しなさい。無駄な抵抗をしたところで……」

 

「無駄な抵抗? そう見えるとすれば――姫宮綺咲、あなたはまだまだね」

 

 その言葉の意味を解する前にドラパルトが一直線に進んでくる。最後の抵抗かと構え直そうとした綺咲は、ドラパルトのその肉体がジャランゴの拳を「すり抜けた」のを認識していた。

 

 ここに来ての特性の有効活用――それは即ち、ただ単に一撃を与える事のみに非ず。

 

 ドラパルトの扁平な口腔が開き、綺咲の肩口に噛みつく。当然、ポケモンに噛み千切られれば、人間の肉体なんて塵芥だ。

 

 しかし、綺咲は逃げなかった。

 

 それどころか悲鳴さえも上げない。

 

 ただ真っ直ぐに、マオフェンを見据える。

 

「……一つ、聞かせなさい。あなた達はどこまで……篠崎さんの事を知っているの?」

 

「窮鼠猫を噛む、この状態で答える義理なんてあると思う?」

 

「……そうね。でも……この“ゲーム”が何の意味で繰り返されているのかを知っているのならば、最後くらいは篠崎さんが何者なのか、知っておくのも悪くないんじゃない?」

 

 これは単なる好奇心を刺激出来るかどうかだけの賭け。このままドラパルトに噛み千切れと命じれば、それだけで綺咲は致命傷に相当するダメージだ。

 

 しかし、それは訪れない。

 

 ドラパルトはいつでも片腕を食い千切る事が出来ると言うのに、マオフェンの命令を待っている。

 

「……仮定を、いくつか尋ねてもいいかしら?」

 

 乗った、と綺咲はその問いかけに頷く。

 

「……篠崎……アリスちゃんは、転生者として選ばれた。けれどそれが、イレギュラーであったのはあなただけなのかしら? ともすれば私達全員……いいえ、これまで転生者として戦い抜いてきた数百人規模の転生者にとって特別であった、と」

 

「転生者としての素質があったのならば、そうなのかもね」

 

「……はぐらかさないでよ。あなた、知っているんでしょう? 姫宮綺咲。アリスちゃんの本当の正体を。私達は、それを知るのに、ただ一人の転生者の証言を必要とした。分かるでしょう?」

 

「……赤沢霧子?」

 

「いいえ。あなた達にとても近い位置に居た、最強の転生者。知っているでしょう? “片翼の蝶”」

 

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