「撒いたみたいじゃないの」
充分に離れた区画でようやく息をついたところで、綺咲は声に振り返る。
暮れかけた斜陽の街で、屋上の柵にもたれかかった少女に嫌悪感を滲ませていた。
「……何の用。早谷……早谷兎真」
こちらが警戒心を解かないでいると二つ結びの髪をかき上げた相手は、にしっと特徴的な笑みを浮かべる。
「そんな風にさー、ずーっと張り詰めてると疲れるよん? “ヒメ”」
「あなたと馴れ合うつもりはないわ。それに、私達は対立しているはずでしょう。互いに……転生者だって言うのならば」
「ちっちっちっ、あったまカタいな~、ヒメは。せっかく友達が出来そうだったって言うのに、あんな風に突き放すもんじゃないと思うけれど」
「……見ていたのね。相変わらず、趣味が悪い」
「そりゃー、当然でしょ。転生者同士、牽制し合うってのはそっちが言い始めたんだしさ。あーしのポケモンはご存知の通り、眼がよくってねー」
兎真の肩に留まっているのは赤い果実を模したようなポケモンであった。冗談のように葉っぱ型の目が付いており、その瞳孔が細められる。
「……見透かしたような事を言うのは結構だけれど、あなただって無関係じゃない。どうしたってあの子と……篠崎有栖とは戦わなくっちゃいけない」
「ふぅーん、そうかなぁ? 今ならまだ共闘関係とか結べるんじゃない? あーしは平和的に行きたいなぁ。ねぇ、カジッチュ?」
そうだそうだとでも言うように果実のポケモン――カジッチュが同意の声を発する。
「……あなたみたいな底辺層と喋っていると、反吐が出そうになるわ。そのファッションも、その喋り方も……」
「えー! それは偏見ってもんでしょー?」
「……どうかしら」
兎真のスタイルを改めて綺咲はまじまじと観察する。大昔に流行ったルーズソックスに、ミニスカート。髪色は淡く、反してインナーカラーは派手なビビッドレッド。
制服を着崩しており、首からはハート形のネックレスを提げている。どれをとっても、生まれてからこの方、一流品だけを嗜む事を許可されてきた自分とは違う。
「……まぁ、いっか。ヒメは偏見で人を見る癖があるからな~。じゃあ、あーしからも一つ。――あの子も巻き込んじゃうんだ?」
こちらの返答を分かっていての牽制に過ぎない。そうだと理解していても、激情に駆られたように綺咲はモンスターボールをホルスターから引き抜く。
「……なに。ここで戦おうって言うの? 言っておくけれど、いつでも……」
「やめやめ! そんな血なまぐさいコトはノーサンキューで行こうよ! あーしはヒメを殺す気はないし、新しい転生者の子もそう。まずは様子見かな~。あっ、けれどぉ~……。ヒメが手を出さないのなら、あーしが手を出しちゃうかも?」
袖口から拘束用のボール端末を使い、兎真をここで縫い留めようとするが、それを阻んだのはカジッチュの放つ漆黒の防御皮膜であった。
「……やれるものならやってみなさい」
「あっぶないな~。……ホント、ヒメはジョーダン通じないって言うか。ま、チェシャーの判断を待とうよ。新しい転生者がどういうタイプなのか、気になるじゃん?」
軽く飛び退ってカジッチュの喉を撫でる兎真の立ち振る舞いの余裕さに、綺咲は舌打ちを漏らす。
「……言っておくけれど、私は反対よ。あの子……篠崎さんにはこんな事、出来っこない」
「それもこれも、全ては上の判断じゃん? あーし達はせいぜい、それに従うまでってね。……喋り過ぎちゃったかな? けれど、ヒメはからかい甲斐があるから、おもろいんだよねぇ~」
「私の結論は変わらない。あなたとは一生かかっても協定関係は結べないわね。早谷兎真」
「そう? 残念だにゃー、カジッチュ?」
カジッチュの喉を撫でた兎真に綺咲は鋭い殺気を振り向ける。いやいや、と兎真は取り成していた。
「争う気はない、でしょ? 今はまだ、ね」
やはり見透かしたような物言いには、はらわたが煮えくり返る思いだったが、それでもおくびにも出さずに綺咲は声を発していた。
「転生者なら、覚悟を決めておく事ね。今はまだ何もなくっても……いずれは」
「そうね~。いずれは、ね?」
兎真の姿はそれっきり掻き消える。綺咲は嘆息を漏らしつつも、面倒事が増えたのには違いないと夕陽を視界に隅に捉える。
「新たな転生者が出てきた……。となると、次に待っているのは……」