蒼い磁場が拡散し、ゼロ距離でヌメルゴンの腹腔に向けて「ドラゴンテール」の一撃が突き刺さる。ヌメルゴンの肉体から力が抜け、周囲の異空間を押し包んでいた雪原が消え失せていく。
有栖にしてみてもギリギリの戦いであった。
左頬の一筋の傷を凍らせて麻痺させ、自分自身を奮い立たせた――ここまで積み上げてきた自分の勝利だ。
妙子はその場に膝を折る。
恐らく、妙子も自分と同じくポケモンとの過度の同調現象に近い部分まで来ていたのか、力なく声を漏らす。
「……なんでぇ……。なんであんたは……いっつも、いっつも……」
「……あたしは転生者として……ううん。篠崎有栖として、お姉ちゃんに、負けたくなかった。それだけだよ。だって……だってここであたしが負けちゃえば……綺咲ちゃんや兎真さんや……ここまで踏み越えてきたみんなに……示しがつかないもの」
「そういうところがぁ……! 有栖、あんたはぁ……っ!」
妙子が奥歯を噛み締めて駆け出す。セゴールが止めようとしたが、有栖はそれを抑え込んで馬乗りになった妙子の一撃を受けていた。
何度も何度も、頬をぶたれ肩を引っ掴まれて地面に叩きつけられる。
それでも――この痛みを愛おしいと思いたかった。何よりも、慣れ親しんだ、自分達の間にしか降り立たない痛みだ。
「……お姉ちゃん。終わったんだよ」
「……なんで! なんであんたは……いっつもいっつも……! 私の神経を逆なでして……! それで楽しいの! あんたは……!」
「……あたしがそれで楽しいなんて、思った事ない」
妙子が有栖の髪を引っ掴む。激しい痛みが走り、思わず瞼を閉じていた。
「……この綺麗な髪も……! そのいつまでも綺麗な顔もぉ……っ! あの人の……! あの人から貰ったものなんでしょぉ! ……私やお母さんには……なかったのに……」
妙子の怨嗟に、その憎しみに相応しい言葉が思い浮かばない。ただ、いつものように。家族の食卓に添えられた一息のスパイスとして、言葉を紡ぐ。
「……居ない人の事言わないでよ」
妙子がハッとしてこちらの顔を覗き込む。
有栖は目を逸らさなかった。
思えば――妙子とは全然似ていない。
妙子は母親似の赤髪で、骨格も違う。幼い容貌の自分とは正反対と言ってもいい。すらっとした背丈に、長い手足。
それでも、ここで目を逸らすのだけは――それは自分にとってだけではない、妙子にとっても侮辱となるのだと知っていたからだ。
「……あんたの事、大っ嫌い……」
「……あたしも……お姉ちゃんの事、嫌いだった。死んじゃえばいいのに、って思った事も……一度や二度じゃない」
「……なら、ここで殺しなさいよぉ……っ!」
嗚咽する妙子の背中に手を回し、有栖は何度も何度もその震える身体をさする。
「……殺せるわけないじゃない。だって、お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだもん。あたしがどれだけ嫌っても……どれだけワガママ言っても……言い返してくれるんでしょ? 大人の正論で……」
妙子がむせび泣く。最早、勝負は決した。
憎しみ合うしかなかった、相克するほかなかった存在は、最も愛する事でその執着は終わる。
妙子の手が、その柔らかな体温が左頬の傷をさする。
「……ごめんね……? 痛かったよね……」
降りしきる涙。まるでささめ雪のよう。有栖は頭を振っていた。
「……ううん。あたしこそ、ごめん。お姉ちゃんのつらい事、一個も分かってあげられなかった……」
「……バカね、本当に……。あんたは妹なんだから……そんな事、気にしなくっていいのに……。ワガママ放題のクセに、ヘンなところで、律義なんだから……」
泣き笑いの表情を互いに浮かべて、有栖と妙子は額をつけていた。
ああ、ここに居る。こんなにも傍に居る。なら――疑う必要性なんてない。
「……ごめんね、お姉ちゃん……」
「私こそ、ごめんね、有栖――」
「――そんな結末を、望んでいると思ったの?」