ALICE   作:オンドゥル大使

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第67話 願いの『顕現』

 

 その手の中に生まれ出でたのは自分の時と同じアタッシュケースであった。シュレディンガーは恭しくそれを開き、ツバサへと選択を乞う。

 

「……まったく手のかかる……こんな騒がしい中で、決める事になるなんて思わなかったけれど……」

 

「ツバサ姉! こっちを見てよ……!」

 

 有栖が凍結領域を拡大させ、異空間を鳴動させる。しかし、ツバサはそれにさえも頓着していないようであった。

 

「……“カタストロフィ”が迫ってるのに、ガキの面倒なんて見ていられるわけないでしょうに。私が選ぶのは――」

 

「いけません。ベベノム、ダストシュート」

 

 チェシャーの操るベベノムが空気を凝縮させて膝をついてツバサの選択を待つシュレディンガーへと間断のない攻撃を放つ。

 

「……チェシャー……! ツバサ、早く! 早く、選択を! 今なら貴女の権限は生きている……!」

 

「分かってるってば。私は……!」

 

「ツバサ姉! こっちを見て! ツバサ姉の相手は……あたし……っ!」

 

 無数の氷柱を構成し、ツバサとアタッシュケースを引き離そうとする。当然、ツバサはそれを避けるかに思われたが、この時ツバサは全く動かなかった。それどころか、氷柱を受け入れ、全身を引き裂かれる。

 

 痛みと血に奥歯を噛み締め、そしてこちらへと向ける敵意と怨嗟の眼差しそのままに指先を伸ばす。

 

「……シュレディンガー……! 私の選択肢は……もう決まっている……! 六年間、そう……六年間よ……! あの時選ぶはずだった……第四の選択肢を……!」

 

 報酬は全ての事象を巻き戻す“コール”と戦闘継続を望む“レイズ”、そして“このゲームから降りる”のどれかのはずであった。しかし、ツバサの滴る血がアタッシュケースに広がった途端、それらの選択肢が裏返っていた。

 

「……あれは……!」

 

「……なんて事……!」

 

 有栖は思わず息を呑む。綺咲も絶句していた。

 

 三つの選択肢以外の、“ゲーム”の終焉――そこにあったのは“全得点を使用して願いを叶える”であった。

 

「ツバサ! 早く選んで! そうすれば……貴女はようやく……!」

 

「ええ……! ようやく私に……神の座が微笑む……!」

 

 直感であった。しかし、それは何よりも雄弁なものとなって、有栖の全身を伝達する。

 

「ツバサ姉!」

 

 セゴールに構築させた氷の砲弾がツバサの肩口を狙い澄ます。避けて欲しかったが、ツバサは一顧だにしない。氷の砲弾がツバサの肩を貫き、その肉体がよろめく。

 

「ジャランゴ! 翡翠ツバサを止めなさい!」

 

 綺咲の命令権が届き、ジャランゴが阻止すべく疾駆するがそれをオニシズクモが阻む。

 

「オニシズクモ……! 時間を稼いで頂戴……! 吸血!」

 

「ジャランゴ! ドラゴンクロー!」

 

 オニシズクモの躯体が綺咲のジャランゴの「ドラゴンクロー」によって後退するが、今も戦闘領域に降りしきる雨はオニシズクモの戦闘力を底上げする。水タイプであるオニシズクモにとって優位となる戦場で、綺咲はジャランゴを前進させ、その爪を薙ぎ払わせる。

 

 オニシズクモが口吻から水の弾丸を矢継ぎ早に放ち、ジャランゴと綺咲の本懐であるツバサへの到達を遅らせている。

 

 今、この場で最もツバサに近いのは自分だ。

 

 有栖は決心して、その足を進めさせる。

 

 無論、ツバサを殺すなんて事は出来るわけがない。どれだけ憎くとも、姉を殺した仇であろうとも、これまでの偽りの思い出が邪魔をする。

 

 情の尻尾が、非情な判断を下させない。

 

 それを狙っているかのように、ツバサはアタッシュケースの奥で明滅する第四の選択肢に指を伸ばす。

 

「有栖! ……まだやれるね、ストリンダー……! 有栖を支援するよ!」

 

 幸子のストリンダーが電撃のギターを振りかぶってツバサを撃とうとするが、それを白いベベノムが障壁を生み出して近づけさせない。

 

「早く! ツバサ!」

 

「有栖! 早く……! ツバサ姉を……止めて……っ!」

 

 選択の時は迫る。

 

 全てを壊すしかないと言うのか。あるいは、これまでの偽りに糊塗された日々との決別は不可欠だとでも言うのだろうか。ツバサはぜいぜいと息を切らしながら、最後の選択肢を承認しようとする。

 

「ツバサ姉……っ!」

 

 セゴールの瞬間凍結がその足に至り、ツバサの膝までを凍傷に晒す。それだけでも身を貫くほどの激痛のはずだ。だと言うのに、ツバサは必死に手を伸ばす。全身から血を噴き出させ、足を氷に蝕まれてもなお、願いを叶えるために。

 

「……有栖ちゃん。君には分からないんでしょうね……。この“ゲーム”に……どういう意味があるのかを。私みたいな……何でもない人間が、唯一……! そう、唯一の……! 生き残る術である事なんて……!」

 

 アタッシュケースは最早、血濡れだ。ツバサは意識を保つのもやっとなのか、何度もボタンを押し間違えては指先を彷徨わせる。

 

「……何で……何で願いを叶えるためだけに、こんなにつらい戦いを……」

 

「願いを叶えるためだけ? ……まさかそんな認識でやっているなんて……思わなかったわよ。これで……文字通り世界がひっくり返る。私が望む……新世界を……!」

 

 ツバサの指がボタンを押し込む。

 

 有栖は終わったと感じていた。以前までのルールであるのならば、最高得点者が選択した瞬間、願いが実行されるはずであった。

 

 しかし、いつまで経っても“コール”の巻き戻しも、あるいは“レイズ”の兆候も見られない。異変を感じたその時には異空間が音を立てて崩れつつあった。突然の事態に誰もが狼狽する中で、ツバサだけは狂気の高笑いを上げていた。

 

「これで! これでェ……ッ! 私の願いは叶う! そうよねぇ……ッ! シュレディンガー……!」

 

「ええ、そうね。願いを叶えるための存在が顕現するわ」

 

 アタッシュケースが眩く光り輝き、直後には霧散していた。その代わりに浮遊するのは、金色の輝きを纏う小柄な人影である。

 

 長い髪をなびかせ、そして二つ結びの髪留めをしたその存在は神々しく降り立ち、ツバサへと向き直る。

 

「……あたし……?」

 

 どうしてなのか。喉の奥から漏れたその声は、まるで自分自身の鏡像のようにしか映らない、金髪赤目の少女を克明に捉えていた。

 

「……現れたわね。君……いいえ、あなたこそが……この“ゲーム”の運営であり、創造伸。名前を、聞かせてもらっていいかしら……」

 

 血を流し過ぎたのか、立つのもやっとの様子でありながらツバサは問いかける。金色の髪に、背面の後光のような突起が特徴的な白い民族衣装めいたものを纏っている少女は、その赤い瞳には感情など浮かばせていない。ツバサを認め、それから分かり切った事であるかのように短く応じる。

 

「――わたしのなまえは、キャロル」

 

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