ALICE   作:オンドゥル大使

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第68話 破滅の『巫女』

 

 誰しもが動けないでいた。アタッシュケースが少女に変じたのもそうならば、キャロルと名乗った少女の放つ威圧感に中てられていたのかもしれない。黄金の燐光をなびかせてキャロルはツバサを見返す。

 

「キャロル……! ああ、キャロル! あなたがそうなのね……! 転生者の望みを叶える……システムそのもの! だったら、今すぐに私の願いを叶えて! 私の願いは……!」

 

「いけない!」

 

 幸子と綺咲が同時にツバサへと仕掛けようとするが未だに粘り強いオニシズクモに邪魔され、近づく事さえも容易ではない。

 

「……ツバサ姉」

 

 有栖はしかし、その中で唯一の無風地帯であった。全ての諍いから外されたかのように、ツバサへと一歩ずつ歩み寄る。

 

「……ツバサ姉の願いが何であろうとも……あたしは止める。止めなくっちゃ、いけない……! ツバサ姉! ここであたしは……!」

 

「邪魔をしないで!」

 

 オニシズクモが有栖の放った凍結領域を受け止めるが、ジャランゴとストリンダーを相手取るのだけでも精一杯のはずだ。だと言うのに、執念とでも言うのだろうか。ツバサのオニシズクモは全く後ずさる様子もない。それどころか戦闘意識を底上げさせて対峙する。

 

「……あなたのねがいをかなえれば、わたしのねがいもきいてくれる……のよね?」

 

「もちろんよ……。さぁ、願いを聞いて頂戴……! 六年前からずっと……この胸に秘めてきた、願いを……!」

 

 キャロルは赤い瞳に憂いでさえも浮かべながら、ツバサの手を取る。血塗れの手へと彼女がそっと口づけをすると、ツバサの衣装が切り替わっていた。

 

 これまでの野暮ったい服装から一転、キャロルと同じ――白を基調とした特徴的な服飾を纏い、そして全ての傷が癒えている。

 

「けんげんのいじょうまでにかかるじかんはいちじかんていどだけれど、じゅうぶんでしょう?」

 

「ええ、そうね……。これが……文字通り、神の力……!」

 

 昂揚感に支配されたかのようなツバサの言葉に有栖は構築した氷の矢じりを一斉掃射して、それら全てがオニシズクモの展開する水の網にかかって静止するのを目の当たりにしていた。

 

「……止めた……?」

 

「これが神の力を宿すに足る、巫女の衣装――アルセウスコスチューム。私にとっての最も重大な願い……! その真髄に到達するのに、君達は邪魔なのよ。始末なさい、オニシズクモ」

 

 呼ぶだけでオニシズクモはその全てを理解したかのようにまず幸子のストリンダーを強襲し、電撃をかわしながら綺咲のジャランゴの足元へと滑り込むと同時に口吻から「きゅうけつ」する。

 

 それらを一動作で、なおかつこれまでのどの攻撃よりも素早く的確に撃ち込んでいた。有栖は息を呑む。

 

 これまでのツバサの実力以上、そして何よりも神々しい光背を纏わせながらツバサはタクトでも振るうようにして軽やかに告げる。

 

「ジャランゴとストリンダーは動けないようにしておきなさい。正直、うざいし邪魔よ」

 

 オニシズクモの放った雨の領域がストリンダーとジャランゴの肉体へと食い込む。それらは自ずと酸性雨の特性を帯びており、浴びるだけでも有毒だ。

 

「……このままじゃ……」

 

 綺咲が口惜しそうにジャランゴへと命令を彷徨わせている。幸子も同様のようで、ここで打てる手はほとんどない。

 

「……ツバサ姉……。こんなのやめてよ……! 一体何が……どうしたいの! ツバサ姉がこんな事をしたって……何も……!」

 

「何も変わらない? そんな事はないわ。事実、今、まさに全てが変わった。私にも、神の力が備わったのよ。さぁ、爪弾きなさい……! オニシズクモ!」

 

 オニシズクモが姿勢を沈める。一気に距離を詰める気なのは理解出来たが、有栖が反応するよりも先に「はいよるいちげき」が完遂され、その口吻が横合いから照準される。

 

「……え……?」

 

 凍結領域を張るような余裕もなければ、理解するための時間もない。

 

 瞬時に伸長したオニシズクモの口吻が脇腹へと突き刺さり、有栖は突き飛ばされていた。異空間の土台を転がり、その身がふっと重力をなくす。

 

 直後には奈落の底へと落ちていく肉体を感覚していた。

 

 咄嗟に手を伸ばそうとしたところで、ジャランゴで駆け抜けてきた綺咲の姿が視界に大写しになる。

 

「いけない……! アリス……っ!」

 

「きさき……ちゃん……」

 

 手を伸ばすが、二人の指先は触れるかに思われた一瞬の交錯をすり抜けて、やがて永劫の時間を思わせるようなすれ違いのまま滑り落ちる。

 

 異空間の底へと落ちていく中で、有栖は絶望的な間違いを是正する前に全ての現象が消えて行くのを感じていた。

 

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