ALICE   作:オンドゥル大使

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第70話 封じられた『原型』

 

「来たようじゃのぅ」

 

 灰色のベールの向こうで玉座から立ち上がった姿に、トランプ兵団の一般兵達は平伏するしかない。しかし、その中でもノックスは別であった。

 

「……本当に、こんな時が訪れるなんて……。盟主、ハートの女王……あれが……」

 

「その通り。あれが――現世、とでも呼ぶべきか」

 

 テンガン山の山頂が赤銅色にぼやけ、時空の裂け目へとその山脈がずぶりと沈んでいる。空に映し出されたのは、ノックス達もよく知る転生者の居る世界だ。摩天楼のビル街と、一際高い二つの塔がそびえ、まるで相反する世界の境界が溶け合っているかのようであった。天空を曇天が覆い、赤い粒子が降り注ぐ。

 

「……終わりの時……。我々にとっても、転生者にとっても……」

 

「よもや、と言ったところじゃのぅ。妾にとってはこれも一つの通過点でしかないが……なるほど。転生者の中でも我々の真意を理解した上で、願いを叶えた者が居たと言う事か」

 

 ハートの女王が灰色のオーロラの向こう側からカツンとガラスの靴で踏み出す。その姿を初めて目の当たりにした一般兵も居たのであろう。兵団内でも感嘆の息が漏れていた。

 

「なんと……麗しい……」

 

 そのような言葉が漏れるのも致し方ない事――しかし、ノックスは平伏したままその姿を直視する事はない。

 

 まばゆいばかりの緋色の瞳と目線を交わせば、視界が焼かれかねない事を理解しているからだ。

 

 跪いたまま、ノックスは兵団長として問い返す。

 

「如何になさいますか。ハートの女王」

 

「如何に、と問うか。最早、論ずるまでもなかろうに。これより、ヒスイ地方は現世へと攻め込む。既に無数のダイマックスポケモンとオヤブンポケモンを含むものがあの赤銅の燐光に誘われるようにして天に吸い込まれておるからのぅ。天地、逆巻く終焉の時、か」

 

 トランプ兵団の駐屯地にて、ハートの女王は遥か高空を仰ぎ見る。ポケモン達が天上世界へと吸い込まれていく光景は、まさにこの世の終わりを想起させた。

 

 それだけではない。

 

 これまで散発的に観測されてきたダイマックスエネルギーの暴走。赤銅の輝きがヒスイ地方の山稜と大地から天高く昇っていく。それはまるで、生命の息吹そのものを転化しているかのようであった。同時に、この地に生まれ、この地によって育まれてきたノックスにしてみれば最早、この恵みの大地には命は生まれ出でないのだと言う確証がある。

 

「……ヒスイ地方はもう終わりですか」

 

「なに、悲観する事はない。我らの次なる漂着地点は見えておる。この赤い輝きの先にな。トランプ兵団、総員に告ぐ。――向かおうぞ。新天地へ」

 

 ハートの女王が杖を振り翳すと、トランプ兵団の一般兵から波のような歓声が沸く。それはまさに、新たなる創生の時を思わせる宣言であったのだろう。トランプ兵団の兵力のほとんどはヒスイ地方出身者ではない。だから、彼らには分からないのだ。

 

 それは同時に、この豊穣の大地を捨て去ると言う意味なのだと。これまで生きてきた、生かされてきた恵みの土地を捨て、これから先に自分達が実行するのは間違えようもない――侵略戦争なのだと言う事を。

 

「……恐れながら。転生者によって、ヒスイの大地と現世が繋がれた……と言う事は、彼奴等は手に入れたのでしょうか。恐るべき……神の座に等しい力そのものを……」

 

 直接表現を避けた物言いになってしまったノックスにハートの女王が視線を振り向けて、フッと笑みを浮かべたのが顔を上げずとも伝わる。それほどまでのプレッシャーに、今に首裏が裂けてしまいそうであった。

 

「……シンオウ様、か。確か、うぬらヒスイの民は信奉しておったな。妾にとっては……それも外なる神の一つではあったが。まぁ、そうであろうな。外なる神の力を得、転生者は本当の意味に気づきつつある。何故、このヒスイの地が選ばれたのか。そして、何故、ポケモンを操る術に長けているのかを」

 

 ハートの女王が身を翻す。

 

 灰色のベールに包まれた玉座の奥、ハートの女王でしか関知出来ない場所にて今も軟禁されている対象へと憐憫も含んだかのような言葉を投げる。

 

 この時、ノックスは思わずその先を視線で追っていた。

 

 これまでハートの女王が隠してきた存在。その姿を一瞬であろうとも瞳に映した瞬間、息を詰まらせる。

 

 何故ならば、その姿は――。

 

「うぬも還るべき場所を、感じておるのじゃろう?」

 

 赤い鎖で両腕を縛られ、瞑目しているのは金髪の少女であった。さめざめと頬を涙で濡らし、水色のドレスを身に纏っている。

 

 一見しただけならばどこかの国の王族の血筋を想起させるが、ノックスはその少女を「知っていた」。否、「戦った事がある」。

 

「のぅ。――アーキタイプアリス。妾の愛しくも憎らしい、三つに分かたれた半身の一部よ」

 

 

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