「まぁね。よくやったとは思うわよ。君達も」
オニシズクモの猛攻にはさすがに限界に達したのか、綺咲のジャランゴが膝をつき、幸子のストリンダーは損耗し切って既に自力の電力でさえも賄えていない。
それも当然だ。
自分は神の座に至った――改めて浮遊する金色の少女にツバサは振り返る。
「キャロル。あなたの力は最高よ。アルコス……伝え聞いていただけだったこの圧倒のための能力……! まさに、全能ね! 素晴らしいわ……!」
「……ジャランゴ……!」
綺咲のジャランゴが青い爪を振るおうとするが、それをツバサは振り返る事もせずにオニシズクモで弾き落とす。霧散した力場をオニシズクモが回り込んでジャランゴの脇腹を口吻で突き刺す。
「いけない、ジャランゴ……!」
「それで全力? 姫宮財閥の。もっと本気で打ってきなさいよ。君だって歴戦の転生者なんでしょう? 私の記憶には六年前の段階では君は居なかったと思うけれど、打ち合えば分かるわ。何年も……何百回とこの戦いを繰り返しているってことくらいはね。もっと先があるんでしょう? ここで見せないつもり?」
「……あなた相手に、晒すのも惜しいだけよ」
「そっ。なら死になさいよね」
オニシズクモが四脚で綺咲を目指して駆け出す。
「……ストリンダー!」
幸子がストリンダーへと最後の命令を下そうとアルセウスフォンを握り締める。ストリンダーはほとんど出力も乏しくなった稲光のギターを携えてオニシズクモの針路を阻もうとするが、それをオニシズクモは足で蹴り払って霧散させる。
「幸子ちゃん? 分かってるんでしょう? 今の私とオニシズクモはほとんど無敵モード。こんな状態で、足掻くだけなんてカッコ悪いわよ」
「それでも……それでもぉ……っ! ツバサ姉はツバサ姉のはずでしょう! 有栖を……殺すなんて……!」
呟かれたその悔恨も自分にとっては無意味だ。まさかこの段階に至って、幸子は自分が情にほだされるとでも思っているのだろうか。
思わずツバサはカツカツと幸子の目の前まで歩み寄り、その頬を引っ掴む。
「……幸子ちゃん? 分かっていなのは君達のほう。私の本性を知らず、そして何も分からないままにこの“ゲーム”に乗ったのが間違いなのよ。まぁ、弱い転生者なんてちょうどいい点数稼ぎにはなったけれどね。チームロワイヤルじゃなかったら、今すぐに殺して楽にしてあげるんだけれど……可能な限り余計な事をして“ゲーム”の進行を阻害したくないのよ。それはあなたもそうよねぇ? シュレディンガー」
「分かっているじゃない。……それにしても、よくもここまでコケにしてくれたわね。チェシャー」
シュレディンガーがチェシャーを足蹴にしている。既にベベノム同士の戦いの行方は決していた。白いベベノムが紫色のベベノムを制圧している。
「……わたくしは……貴女方を……」
「チェシャーさぁ。“感情”がないフリをして上手く転生者を騙したつもりなんでしょうけれど、本当に“感情”なんて余計なものがないアタシ達受付嬢にしてみれば、あんたの行動はまさしく余計なノイズまみれなのよ。それこそ、“感情”なんてものに振り回された、哀れな存在としてね」
「……貴女には、分からないのでしょうね……。ただ淡々と、“感情”があるように振る舞う、空っぽな貴女には……」
その言葉にシュレディンガーがぴくりと眉を跳ねさせ、チェシャーの頬を張る。
「バカにしないで。アタシ達には必要のないものに揺さぶられた、バカな姉妹の一人。貴女にとってのそれがどれだけ重要であろうとも、受付嬢としては失格よねぇ……! こんな風に自分と契約した転生者を死に追いやっているのだもの!」
シュレディンガーの哄笑が異空間の天井に吸い込まれていく。チェシャーはその身体を脱力させて、されるがままになっている。
「……わたくしは……」
「もう終わりよ、チェシャー。アタシ達を嘲笑っていたんでしょうけれど、終わるのは貴女達のほう……! ツバサ! とっとと殺しちゃって! こいつら……邪魔よ」
「分かってるって。幸子ちゃん? 私は可能なら、殺したくはない……とか、思ってるとでも?」
「……ツバサ姉……」
幸子の瞳に反射するのは口角を吊り上げたツバサ自身の姿であった。その眼が潤むのを、ツバサは悪魔の愉悦に衝き動かされて幸子を突き飛ばす。
「バっカじゃないの! 君達みたいなクソガキ、もう必要なんてない! ああ、本当ならその汚い臓腑を撒き散らして、今すぐに死んで欲しいところなんだけれどねぇ……! 私の目的はあくまでもアルコスの取得と、神の権限の委譲。確か、まだ一時間ほどかかるのよね?」
キャロルはその幼く赤い眼差しに肯定の意図を浮かべる。
「うん。まだじかんはかかるよ」
「そう。……けれど、邪魔ねぇ……! 有栖ちゃんそっくりなんだから。いいえ、それも因果の逆転か。有栖ちゃんが、あなたそっくりなのよね? キャロル」
「……どういう……」
「意味を知る事はないわ。幸子ちゃん、君はだって有栖ちゃんの意識が違和感を察知しないように配置されただけの、ただの駒なんだもの。それは既に理解し切っているでしょう?」
嫌でもその事実が突き付けられているはずだ。当然、戦意を失うものだと思っていただけに、ツバサは直後にストリンダーが雷撃のギターを振るったのを一瞬だけ関知出来なかった。遅れて後ずさり、頬に痛みの熱を感じる。
「……なにを……」
「確かに……。妙子さんと同じように……私も有栖との思い出……一個だって思い出せない……。けれど、けれどねぇ……っ! あの子がどんくさかったり、ちょっとおバカだったりは……よく分かっているつもり……! 私は有栖の親友! たとえそれが役割の一つだったとしても……最後まで悔いたくはないもの……っ!」
涙ながらに訴える幸子に、ツバサは頬に走った一筋の傷をなぞる。その血を舐め取ってから、愚鈍に成り下がった幸子へと失望の声を振る。
「愚かしいわね、幸子ちゃん。もっと賢い子だと思っていたわ。有栖ちゃんのためにただ役割を被っていただけの、可哀想な子だって思いながら殺してあげたのに。もう憐憫の気持ちとかなくなっちゃった。オニシズクモ――殺しなさい」
オニシズクモが駆け抜けてくる。ストリンダーが光り輝くギターを振るってそれを阻止しようとするが、オニシズクモはそれを読み切って背後へと回り込む。
「……速い……っ!」
「オニシズクモ、這いよる一撃で幸子ちゃんの腹腔を――」
「――きたよ」
不意打ち気味のキャロルの声にツバサはオニシズクモへと命じかけた声を止める。何が、と言う主語を欠いたままであったがツバサにはそれが何よりも雄弁に理解出来ていた。
「……この感覚……! アルコスが……怯えている……?」
「……まさか」
輝く一閃が振るわれオニシズクモが飛び退る。その頭部を押し潰しかねない氷の一撃を弾き返した反動で反転するのを、ツバサは目を瞠る。
「……ウソ、でしょう……? 異空間の奈落の底に落ちたのよ……! だって言うのに……! だって、言うのに……!」
「あれ、ありすだよ」
キャロルの言葉に、棄却しかけた意見を仕舞う。まさか、ここまで――。
「……ここまで戻ってくるなんて……本当に君は……何なのよ……篠崎有栖……!」
光背を輝かせ、有栖がその相貌を上げる。紺碧の瞳に、どこまでも神経を逆なでするような決意の灯火を宿して。
「……ツバサ姉。戻って……きたよ」
ツバサは歯噛みする。殺したはずの相手が、何の手負いもなくましてや血の一滴でさえも生じさせずに、舞い戻ってきた。驚嘆すべきであろう、驚愕すべきであろう、そして何よりも――畏怖すべき、であろう。
「……君は本当に……! 私の気持ちを……とことんまで貶めるのよねぇ……ッ!」
オニシズクモが水の矢じりを放出する。それらは命中する前に凍て付き、凝固し、そして砕け散る。
「セゴール……ううん、もう、違う」
光の膜に包まれ、セゴールの肉体が立脚する。それは洗練された氷の巨獣。その身に剣を宿した、戦線の刃。凍て付く息を吐きながら、乱杭歯を噛み締めて全身から凍結領域を押し広げる少女のための一振りの太刀。
「――進化、した……」
「セグレイブ――あたしのための、氷の大剣」