ALICE   作:オンドゥル大使

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第79話 失われた『楽園』

 

 そもそもが無茶な根性論に等しいのだ――と、そう思えればどれほど楽であっただろうか。装甲服の各所に備え付けられた対空用の推進剤を焚きつつ、兎真は今も高空を目指して突っ切っていく。

 

「おーおー……さすがに速いねぇ」

 

 現状、メガラティオスの速力に追いつく術はない。しかし、兎真にはアップリューが居る。断続的に「Gのちから」を放つ事で、少しは誘導出来ているはずだと信じながら、次なる手を打とうとしていた。

 

「メガラティオスほどの高火力かつ高出力のポケモンを使うって事は、あーし達だけじゃない。完全に合衆国の大統領をぷちっと潰すつもりだよねぇ……。そうなるとまずいのは自明の理だし……。さて、どうしよっか」

 

 メガラティオスが光芒を帯びてアップリューの重力攻撃を弾き返す。「ラスターパージ」の瞬間的火力が襲い掛かり、兎真は放っておいたカミッチュの生み出した植物で攻撃を逸らすが、それでもすぐさま焼け焦げてしまう。

 

「……何でもかんでも出来るオールラウンダーって言うのは……ホントに厄介だねぇ……! 加えて速いし強いって言うんだから、やってらんないよ!」

 

 だが、兎真には確証があった。この個体のメガラティオスが狙っているのはたった一つの技だ。それを完遂するためには、遥か高くへと飛翔する必要がある。そのお膳立てを整えさせないために、アップリューの攻撃で妨害を試みるが、そろそろメガラティオスも応戦に慣れてきたのか、軽く身をひねるだけでこちらの重力攻撃を回避していく。

 

 やがて雲間を抜け、青空の直下に現れたメガラティオスが照準するのは直下のプライベートジェットであった。すると、その頭部を中心にして肉体を押し包んでいくのは薄桃色のサイキックエネルギーである。メガラティオスはそれそのものが質量兵器と同義。速度、加速、そして貫通能力――全てにおいて高レベルであるのは疑いようもない。

 

 切っ先のように頭部に溜め込んだ力場は「しねんのずつき」――通常ならばさほど警戒するわけでもない中堅の技であるが、この時警戒しなければいけなかったのは、超加速力で目標を撃ち抜ける一筋の流星と化すメガラティオスの性能であった。

 

 じり、とメガラティオスがプライベートジェットへとまるで弓の矢じりを向けるかのように照準する。解き放たれてしまえば、メガラティオスを止める術はない。だからこそ、ここで兎真は決断しなければならなかった。

 

「……こんなところで使うつもりはなかったんだけれどなぁ……。行けるよね? カミッチュ」

 

 鋭く鳴いて返答したカミッチュが展開したのは青白いフィールドであった。その領域内に居る味方が瞬時に機動力を増し、メガラティオスの攻撃を回避していく。

 

「これはドラゴンエール……そして。これを撃つと言う事は、カミッチュ。行くよ……!」

 

 暴風に煽られながらメガラティオスがプライベートジェットへと仕掛ける前にカミッチュの形態が光に包まれて変化していた。

 

 頭部が一際伸び、果実の果実の躯体がドロドロに溶けてその真髄を引き出す。首長の竜と化したその姿は、どこか姑息にも映っていたこれまでの進化形態ではない。

 

 正真正銘――戦う事に長けた威容を誇る竜である。

 

「――進化、カミツオロチ。さぁ、止めよっか! カミツオロチ、まずは真正面のメガラティオスからどうこうするよ……!」

 

 カミツオロチが吼え立て、矢継ぎ早に吐き出したのは粘性のある砲弾であった。着弾するなりメガラティオスの翼が爆発で揺らぐ。

 

「水飴ボムを喰らっちゃえば……精密な特攻なんて不可能じゃない?」

 

 だが、こちらの思惑を無視してメガラティオスは依然としてプライベートジェットへと矛先を定める。

 

 恐らくは使い手の思惟が乗っているのか、あるいは作戦遂行までの痛みを鈍らせる措置でも施されているのか。

 

 両方であろうと兎真は結論付け、カミツオロチから振り下ろされる極太の触手である「パワーウィップ」をメガラティオスの肉体へと叩き込んでいた。

 

「これで少しはきついっしょ……」

 

 それでもまだ、メガラティオスの照準はぶれた様子はない。ここまで行くと執念だな、と兎真は新緑の砲弾である「エナジーボール」を乱射する。無論、何回かは着弾するが衰えた様子もないところを見るに、完全に自滅特攻を設定されているのだろう。

 

「これは……何て言うか可哀想だとか、そういうんじゃないけれど……うーん……。じゃあ、まぁ、ちょっと本気出しますか」

 

 カミツオロチが頭を天高く上げ、その口腔部に青白い光を溜め込む。果実の躯体がシャッターのように開き、その内側には無数の口腔部が見え隠れしていた。それらが一斉に顔を出し、全方位を見定める。

 

「カミツオロチの首は、オロチュ、と言う。七匹にも及ぶオロチュは常に最善の情報を手に入れながら、それぞれに頭脳を持ち、そして思考する事で逃れられない最大規模のレーザー放射を可能とする。さぁ、カミツオロチ、見せてみて。――気紛れレーザーを」

 

 七匹のオロチュが果実の肉体を破ってその頭部を蠢かせる。やがて、その小さな眼が空域を認識した途端――四方八方、全方位のレーザー網は放たれていた。

 

 メガラティオスの翼を掻っ切り、その心臓部を射抜き、時には向かい来るメガラティオスの針路を阻んだかと思えば直後には着弾している。

 

 白煙が舞う中で兎真はアップリューに掴まりつつ、この情勢を観察していた。

 

「きまぐれレーザー」で撃ち落とされたメガラティオスも少なくはないが、それでもギリギリの攻勢だ。兎真は通信網へと再三の通告を響かせる。

 

「メガラティオスの完全な無力化は不可能! 繰り返す……! だから、頼むよ……GIGの……!」

 

『――承知している』

 

 弱ったメガラティオスへと幾何学軌道を描きながら装甲服の隊長がGIG隊員を引き連れてすれ違いざまにキャプチャ・スタイラーを振るう。縦に真円が刻まれると同時に、隊員達の心得たような横一直線の真円と、そして斜めに数度。

 

 それでようやくメガラティオスのキャプチャが成功し、光の軌跡に導かれてメガシンカが解かれていた。

 

 その背中に乗ったのはトリアで、彼女はGIG隊員の中でも指折りの身体能力を誇りながらラティオスを直進させる。

 

『このまま……ゴーゴーですよ!』

 

 ラティオスが加速のための青い推進剤を焚き、弱らせたメガラティオスへと交錯したほんの一瞬の隙を突いて「サイコキネシス」の念力を打ち込んで三半規管を狂わせてそれぞれの軌道をぶれさせる。

 

「これで、プライベートジェットには直接攻撃出来ないはず……。にしても、無茶したぁ~……。カミツオロチの切り札をここで切る事になるなんて思わないってのに……」

 

 装甲服の面々がそれぞれプライベートジェットの翼へと降り立つ。

 

『早谷兎真、よくやってくれた。お陰でGIG隊員には死傷者はゼロだ』

 

「褒められるためにやったわけじゃないし。それに、まぁ、褒めてあげるんなら直属の部下を褒めれば?」

 

『隊長ぉ~! ラティオスから降りるのってどうすればいいんですかぁ~!』

 

 トリアの悲鳴が通信網を忙しく駆けていく中で、GIG隊長は嘆息をついてプライベートジェットの中に周波数を振る。

 

『お嬢様、そちらは……』

 

『大統領との渡りはついたわ。このまま……そうね。向かいましょうか。私達の街……学園都市へと』

 

 兎真はプライベートジェットの翼に装甲服の性能で着陸してから、遥か彼方に映る黒い断崖を視野に入れる。

 

 空間のそこいらに時空の裂け目が現れ、曇天に包まれた漆黒の失楽園――それがこの半年間、世界中からの介入を拒んできた厄災の街であり、自分達の“ゲーム”の戦いの舞台であった場所でもあった。

 

 

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