ALICE   作:オンドゥル大使

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第二章 お茶会にようこそ【Mad Tea Party】
第8話 戦いの『激動』


 

 まどろみの中にある街は、遥か遠くの月明かりに照らされて今日も渦巻く悪意の中に堕ちる。

 

 ズゥーン、と重くそして静かな脈動が重なる。赤い光の在り処を探ろうとして、意識の手を何度も伸ばす。しかし、掴み損ねて雲間を抜けたかと思えば、今度は真っ逆さまに視界が落ちていく。

 

 学園都市に着地する前に、キリキリと身をよじってビルの屋上に飛び移ったのは灰色の躯体を持つ獣であった。否、自分はもう知っている。これは「ポケモン」――名前は確か。

 

「――ジャラコ。敵性ポケモンの位置情報を割り出す」

 

 その名を呼ばれたジャラコがビル風にその制服を纏わせる少女と同期して身を躍らせる。少女――綺咲はビルの壁面を蹴り、その袖口から水色の縄を射出して立体的に動き回る。それを追うのは漆黒の波導であった。着弾したビルのガラスが割れ、オフィス街へと間断のない攻撃を見舞う。

 

「悪の波導、か。……ジャラコ、私の想定しておいたルート34を使用。合流地点までの概算は残り120秒以内」

 

 ジャラコが吼え、「あくのはどう」を連射する相手に向けてその身を丸まらせて尻尾に纏った青い力場で殴りつける。

 

 その得意技である「ドラゴンテール」が月夜に映え、襲い来る波導の弾幕を叩き落すが、綺咲は判断を下しかねているようであった。

 

「……ここで攻めてくる勢力に身に覚えはないんだけれど……。けれど、私達を刈ろうとするのなら、容赦はしない。狩られるのはそっちよ」

 

 ビルの屋上から綺咲は駆け抜けて迷いなく落下する。暴風がその痩躯を嬲る中で、綺咲は攻撃の矛先を定めようとしているようであった。

 

 自分を狙うのか、それともジャラコを狙うのかを。

 

 横合いから攻めてきたのはティーカップ型の影であった。綺咲は咄嗟にもう片方の袖口から光を放射する。一瞬の眩惑であったが、相手のポケモンを照らし出した輝きと共に綺咲はほとんど迷いもなくもう片方の袖に仕込んだワイヤーを伝い安全に着地する。

 

「……あれは、確かヤバチャ、だっけ。チェシャー」

 

『はい。図鑑ナンバー854番、ゴーストタイプです』

 

 アルセウスフォンの表層に浮かび上がったチェシャーの返答に、綺咲はふんと吐き捨てるように告げる。

 

「……ゴースト、か。要は隠れながら戦うのがお得意の、臆病者の転生者の手持ちって事でしょう?」

 

「そんな簡単な挑発に乗ると思う?」

 

 ビルの投光器をハッキングし、逆光の中で相手の転生者が露になる。その姿は視認出来ないままだが、そこに居ると言うのならば充分に攻撃対象だ。

 

「ジャラコ!」

 

 ビルの壁を駆け上がっていたジャラコが転生者の背後に立ち現れる。挟み撃ちの姿勢だ、と綺咲は勝利を確信したがジャラコが引き裂いたのは影そのものであった。

 

「……あらあら。まったく……手癖の悪いポケモンと転生者だこと」

 

「……ゴーストタイプで影を作った……? 身代わり、か……!」

 

「せいかぁい。あなたは私に辿り着けるかしらねぇ?」

 

 声が歪んでいく。

 

 切り裂いた影にポケモンを仕込んでいたのか、ジャラコの動きが鈍る。

 

「……ジャラコの動きが……!」

 

「置き土産、はちゃんと置いておくわよぉ……。もちろん、あなただけじゃなくってねぇ」

 

 不意に綺咲の影が伸びる。投光器によって影が無理やり引き延ばされた箇所から襲い掛かってきたティーポット型が跳ね上がる。ジャラコの動きを封じてからの転生者の直接狙い――だが、それを予期してないわけではない。

 

「こっちへ! ジャラコ! 雄叫び!」

 

 ジャラコが肉体を震わせ、その表皮を擦り合わせて高周波の咆哮を生み出す。「おたけび」によって影が掻き消され、襲いかかろうとしていたポケモンの攻撃は中断されていた。

 

「……身代わりを使っての連鎖攻撃を破ったかぁ。けれど、この戦法、何度も見せると思ったぁ? 今度は確実に摘む。ジャラコも私のヤバチャに一瞬でも触れた、それはつまり、呪いの干渉下にあると言う事よねぇ……」

 

 綺咲の手から伸びた水色のワイヤーをジャラコが噛み付き、瞬時に間合いを詰めて影のポケモンを掻き切るが、それでさえも「みがわり」の対象だ。

 

「……どれだけ切り詰めているんだか」

 

「お互い様でしょぉ? 姫宮財閥のご令嬢さぁん。財閥のアイテムを使って効率的に転生者を刈ってきたつもりなんだろうけれど、次からはそうはいかない。このシーズンが終わる前に、決着はつけせてもらうわぁ」

 

 気配が遠ざかっていく。ジャラコと綺咲が周囲を見渡したその時には、既に相手の転生者は離脱した後のようであった。

 

 綺咲はジャラコに歩み寄り、スプレーを吹きかける。ジャラコが頭を振ると、その身に宿した傷のほとんどが癒えたが、それでも後ろ脚に刻まれた漆黒の傷痕だけが治らない。

 

「……呪い、か。厄介な敵となる。ジャラコ、今日はここまでね。……周囲に敵影は?」

 

『今のところ、熱源は確認出来ません。お嬢様、如何になさいますか?』

 

「いい。深追いすれば私では危ない」

 

 耳にはめ込んだインカムからの返答に、綺咲はようやく深呼吸する。振り切れたか、と考えて歩み出したところで、綺咲の影に潜んだ何者かが嗤ったのが、俯瞰する意識の中で読み取れた。

 

 思わず、その異常に呼び止めようと声を発する。

 

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