「チェシャー、うちに来たんだ」
「ええ。しかし、その名前では目立つ、との事でして」
チェシャーがこちらへと目配せしてくる。コウジはその眼差しに首肯してから、綺咲へと説明する。
「今日から……チェシャーにはうちのお手伝いさんになってもらう事になった。“姫宮コハク”として……綺咲のお姉さん代わりだ」
「おねえさん? チェシャーがおねえさんになってくれるの?」
「ええ、わたくしにそれが必要であるのならばそう振る舞いましょう。姫宮綺咲様……いいえ、綺咲お嬢様」
チェシャー――コハクは手慣れた様子で恭しく頭を垂れる。それを綺咲はこの一か月ほどで初めて喜んでいた。
「おとうさん! コハクといっしょにいていいの?」
「ああ、もちろんだとも。……ただ、ちょっとコハクには色々と話してもらわないといけない事があってね」
「いろいろ?」
小首を傾げた綺咲に、あくまでもコウジは優しく諭す。
「……綺咲の覚えている事を、コハクと一緒に教えて欲しいんだ。“ポケモン”の事、そしてあちら側の世界について」
これまで懐疑的であった父親が急に理解者になったと思ったのだろう。綺咲は目を爛々と輝かせて、それから画用紙を手にしていた。
「あのね、あのね! ポケモンって言うのは、こういうので……!」
綺咲の子供部屋は壁も天井も、床もほとんど“ポケモン”の絵で埋め尽くされている。ある意味では病的にも映るその様相であったが、コウジは責め立てない事に決めていた。
なにせ――それらは実在するのだ。
そして、遠からずこの現世に渡ってくる事もアルセウスフォンからもたらされた情報によって知っていた。
「……コハク。綺咲と情報のすり合わせを行って欲しい。それと、“ポケモン”に関して。我々の世界の人間は知らなければいけないのだろう。ちょうど大きな仕事が我が社に舞い込んできたところだ。新作ゲームの開発とそれに伴っての知的財産の獲得。わたしは、綺咲の“預言”を信じ、次の新作のテレビゲームのタイトルを決めた」
「それは、一体どのような?」
一拍置いてから、コウジはアルセウスフォンの与えた叡智の塊と、そして今も脳裏に焼き付いて離れない異形の怪物達の住まう世界の事を考えながら、静かに告げる。
「それは『ポケットモンスター』――通称、『ポケモン』の息づく、我々の世界とは理の異なる……世界の物語を……」
紡がなければならない。これは責任でもある。
綺咲はこの先、立派に育つのだろうか。異世界に心残りを置いてきてしまったのだ。もう旅立つ前のようには戻れないのかもしれない。
だが、せめて自分の見守れる範囲では、綺咲を一端の一人娘として育てよう。そして、こちら側の世界に浸蝕してくる“ポケモン”の脅威から、身を守れるように。
綺咲は――自分の愛おしい一人娘はもう、一度死んだようなものなのだ。
異世界に堕ち、転生してこの世に再度舞い戻ったのならば、その呼称は自ずと決まっている。
「……綺咲のように……あちら側の理と符合する人間達の事を、わたしはこう呼ぼう。――転生者、と」