ALICE   作:オンドゥル大使

89 / 91
第89話 想定外の『条件』

 

「ノックス兵団長、展開しているのは全員転生者ですね」

 

 部下の声にノックスはふむ、と一考の余地を差し挟む。

 

「ともすれば、交渉が可能か、とは思っていたが……なるほど。ザコばかりか」

 

「言わせておけばよォ……ッ! バステトから聞いてるぜ! トランプ兵団を殺せば、ポイントを能率的に稼げるってなァ!」

 

 ビブラーバが四方八方で羽音を散らす。

 

「……なるほど。わたし達を、では殺せば、それで稼いだ得点で生き永らえて、では満足か」

 

「満足か? だとォ……? そんなもん問い返すまでもねェ! 逝っちまえ!」

 

 まるで猛獣。それも野生の世界を知らないくせに、下手に格上に噛みつく事ばかりに長けている、愚鈍なる獣であろう。

 

「……一つ、言っておく。わたしは転生者相手に加減はしない。行け、ナッシー」

 

 ボールから飛び出したアローラナッシーがその首をぶんぶんと振って風圧を巻き起こすも、ビブラーバ使いの転生者はせせら笑う。

 

「バカやりやがって! もうビブラーバの砂嵐の領域内にある!」

 

 ビブラーバがその躯体を震わせて構築したのは「すなあらし」の戦闘領域であった。地面タイプを持つビブラーバにとって優位な状況なのは確かだろうが、ノックスは落ち着き払って応じる。

 

「自信があるのならばとっとと来るがいい。それとも、口だけか?」

 

「……舐めやがって! ビブラーバ、広域展開! 砂嵐を巻き上げながらの上空より偏差攻撃の破壊光線!」

 

 ビブラーバの数は全部で五体。それらがぐるぐると回転しながら直上を取り、削岩機を思わせるように螺旋を描いて急転直下しながらその口腔部に「はかいこうせん」の光芒を溜め込む。

 

 通常ならば全方位から撃滅の光線が瞬間的に放たれればうろたえもしよう。だが、ノックスはあくまでも冷静に、ビブラーバの偏差攻撃の中に生じた僅かなラグを見出す。

 

「……そこだ。右斜め四十五度の二体目のビブラーバへと、念力」

 

「念力だと? そんな低級エスパー技で、破壊力抜群の技を止められるかよ!」

 

「……どうかな。ナッシー、念力で標的のビブラーバの真正面の空間を歪ませる」

 

 ナッシーがそれほどの精密なエスパー技の操作を可能にしているのはこれまでの戦歴、そして何よりも、使い手である自分を信じているから。「ねんりき」の衝撃波は弱々しい、それは相手の転生者の認識で間違いないが、違ったのは言うなれば“質“の部分であろう。

 

 ビブラーバの剥き出しの眼球へと「ねんりき」が届き、その瞼を開かせて眼球内の水晶体にまで介在する。途端、二体目のビブラーバが偏差攻撃のずれを乱れさせてすぐさま「はかいこうせん」を照射する。

 

 当然、一発目の「はかいこうせん」を撃つはずのビブラーバと絡まり合い、その攻撃はお互いの強力な破壊の光条が相殺される事で無効化されていた。

 

「これで残り三体、だが……これで充分だな。ナッシー、念力で軽く揉んでやれ」

 

 ナッシーの「ねんりき」によって残り三体のビブラーバの翅の付け根を狙い、通常よりもその動きを活性化させる事で「すああらし」の微細なコントロールが次々と掻き消えていく。

 

 自分とナッシーを包み込むはずだった「すなあらし」の牢獄は、逆に敵のビブラーバに跳ね返りその動きを画一化させていく。その事実に転生者はまだ気づいていないらしい。攻撃の際の恍惚に身をゆだねようとしているのを、爪弾くようにしてノックスは全てを解けさせていた。

 

 最初の標的のビブラーバの放つ過剰な「すなあらし」が次に待ち構えているはずの個体の動きを阻害し、順序を乱されたかと思えば直後にはめいめいがタイミングを崩した「はかいこうせん」を照射する。

 

 それらは全て――全方位から放たれた、と言うのにはあまりにもお粗末。

 

 ノックスの頭上を行き過ぎた三本の破壊の光条は、完遂される事なく大地を穿つのみ。

 

「……避けた……?」

 

「避けた、だと? ……あまり落胆させるなよ。転生者とはここまで堕ちたものであったか」

 

 ナッシーが首をぐんぐんと回し、ビブラーバへと青い力場を誇る一撃を薙ぎ払う。

 

「ドラゴンハンマー」

 

 振るわれた最大の膂力の発露に、ビブラーバは大地へと叩き落される。さしずめ羽虫の如く、その存在証明は一撃で決していた。転生者は目の前の状況が信じられないのか、絶句して眼を見開く。

 

「……一撃……?」

 

「問わなければ一撃かどうかさえも分からないのか?」

 

 復活して来る前に「ねんりき」で周辺に舞った砂埃を固め、ビブラーバの節足を押し潰す。ここまで「すなあらし」を念入りに展開してきた事が仇となるとは思わなかったのだろう。転生者は必死に声を発する。

 

「おい! おい……! 何で動かないんだ! 何だってんだ、お前……!」

 

「失礼。名乗りが遅れたな。我が名はトランプ兵団の兵団長、ノックス。……貴様ら転生者の、敵だ」

 

 言い放つなりビブラーバを完全に地面へと埋没させる。地面に打っておいた「タネマシンガン」から新緑が芽吹き、ビブラーバの動きを完全に封殺していた。戦慄く転生者を前に、ノックスはここまでの平静さを保ちながら、ナッシーと共に踏み込む。

 

「ま、待て……! 待てって! ……こ、降参だ……」

 

「降参? 何を言っている?」

 

 転生者のすぐ傍の地面をナッシーの頭部が思いっ切り撃ち抜く。地面が抉れ、舗装された道路が人一人分は陥没する。喰らっていれば一撃で絶命していたのは疑いようがないくらいは分かるのだろう。転生者は戸惑いながら、何度も懇願する。

 

「お願いだ……! だってこれは……“ゲーム”なんだろ? だって言うのなら……」

 

「だからと言って、貴様らはわたし達を殺す事に躊躇いはなかっただろうに。教えてやろう。殺しに来た相手に対し、同じように命のやり取りで応じるのが最大限の礼儀。戦士としての礼節だ。だが、貴様はそれを欠いたな? 戦士の素質がないのならば、ただただ無為に死に行け」

 

 ナッシーが大きく首をしならせ、その圧倒的な反発力で転生者を叩き潰そうとする。実際、それは完遂されるはずだったのだろう。今に押し潰されかけていた転生者を、氷結の辻風が守護しなければ。

 

「グレイシア! アリスさん、合わせていくよ!」

 

「はいっ! セグレイブ!」

 

 相乗する声を伴わせ、凍結の息吹が吹き込んでくる。

 

「瞬間凍結!」

 

 瞬時に凍て付いた大気を前にノックスはナッシーへと後退を選ばせる。

 

「いかんな、近すぎている。ナッシー、反発力で反対側に跳ぶ!」

 

 ナッシーが転生者を押し潰す勢いを反射させ、構築された凍結の力場から外れる。転生者を中心軸にして無数の氷結の華が拡散していた。

 

 ――受けていれば確実に落とされていたな。

 

 その感慨を胸に、ノックスは着地を果たしたナッシーへとさらなる命令権を行使する。

 

「念力で転生者を潰せ」

 

「させない! セグレイブ、雪景色!」

 

 乱反射する霧が発生し、「ねんりき」の念動力を歪ませる。転生者を狙ったはずであった「ねんりき」は霧散し、直後には「ゆきげしき」の屈折フィールドを利用して吹き込んできたグレイシアの攻撃が大写しになる。

 

「グレイシア!」

 

「特性か……!」

 

 周囲が雪原の時にグレイシアそのものがまるで陽炎のように像を歪ませたのをノックスはヒスイ地方出身者特有の視界の取り方で咄嗟に理解し、ナッシーへと命じる。

 

「ドラゴンハンマーで遮れ!」

 

 自身と飛び込んできたグレイシアの冷気を纏った鎧で受けながら、ナッシーへと先手を打たせようとする。

 

 アローラナッシーはその首の扱いにかけてはほとんど手足と同様かそれ以上に長けている。ナッシーがグレイシアの躯体を押し潰したが、それも氷結の幻影だ。

 

 次の瞬間には掻き消えた雪の塊に、ノックスはハンドサインでナッシーへと次手を撃たせる。

 

 それを認識したナッシーが「ドラゴンハンマー」を薙ぎ払うと、先ほどまで何の影もなかった空間に立ち現れたグレイシアへと一撃が食い込む。

 

「グレイシア! ……まさか完全に不意を突いた一撃を封じるなんて……!」

 

「その戦い方……そして、ポケモンへの戦闘の練度。貴様、転生者でありながら、ヒスイの出だな?」

 

「……だから何……!」

 

 こちらを真正面から睨み上げる水晶の瞳を持つ少女と、そしてもう一人。

 

「……久しいな。転生者。以前のセゴールから進化したか」

 

「カイさん! 雪景色の屈折フィールド内はそろそろ……!」

 

「うん、分かってる! ……ちゃんと転生者は保護しておいた!」

 

 野良の転生者は既にグレイシアの使い手に保護されており、下手に動き出さないように後ろ手に氷の手錠をかけられている。

 

「……無様だな、転生者。いや、これはむしろ賞賛すべきか。今に殺すつもりであったのに、よく助けたものだ。金髪の転生者……ではややこしいか。名を名乗れ。我が名は兵団長、ノックス。トランプ兵団の兵団長である」

 

「……あたしは、有栖。篠崎有栖」

 

「……アリスだと?」

 

 思わず問い返してしまったが、ノックスはうろたえを直後には消し去ってもう一人へと顎をしゃくる。

 

「……わたしは、カイ。確かにヒスイ地方の出身だけれど……あなたみたいな乱暴な人は、知らない……!」

 

「よく吼える。まぁ、いい。転生者、篠崎……。それにカイ、か。よかろう、刻んでおいてやる。それで、何故ここまで来た? 見殺しにすればよかっただろうに」

 

「簡単な事……あたし達は、この街での横暴は許さない……!」

 

「この街での、か。笑わせる文言だ。もうこの場所に街なんてあるのか?」

 

 ノックスの嘲りに有栖とカイは二人とも思わず後ずさりながら天を仰ぐ。最早、ここに境界は存在せず。そして、鏡面界と現世は溶け合い、混じり合う。

 

「……それでも。あたしはこの街で育った! だから、誰も死なせない……!」

 

「……そうか。それは随分と不幸だな。この街にどれだけの転生者が居ると思っている? そいつらの食い扶持を稼ぐ必要があるのか? そんな連中の生き死にをわざわざ確保してやるとは、高尚に成り下がったものだ」

 

 有栖が食って掛かろうとしたのを、カイが手で制する。

 

「……待って。わたし達は、ここで殺し合いなんて望んじゃいない。そうだよね、アリスさん」

 

「……そう、あたし達は話し合いに来た」

 

「話し合い? これは……悪い冗談と思うべきなのか? わたしはかつて貴様の友を痛めつけただろう? いや、あのまま死んだか?」

 

 自分にしては分かりやすい挑発であったが、有栖は乗ってくる事はない。まるで、それは乗り越えた痛みだとでも言うように。

 

「……確かに、あなたは幸子を殺そうとした。でも……でもそんなの、言っている場合でもない。あたしの恨みつらみだけで、どうにかなる領域を超えている。一つだけ。どうして、わざわざここに降りてきたの。転生者はあなた達を狙っている、分かっているんでしょう?」

 

 どうやら有栖は闇雲に出てきたわけではない、と言うのは、「ゆきげしき」の屈折の靄が掻き消えてから明らかとなっていた。

 

「へ、兵団長……!」

 

「うろたえるな。……あの二本の塔の兵士だな?」

 

 周囲を取り囲むのは高速回転する武具を備えた装甲服の兵士達だ。片手に収まる程度のサイズでしかない、コマの形状を取った武装だがその大きさに騙されてはいけない。幾度となく、この街だけではなく世界でそれを操る者達を観測してきた。

 

「……隊長。こいつらに私達の武装、バレてません?」

 

「なればこそ、だ。ノックスと言ったか。トランプ兵団の、それなりの役職なのだと察する」

 

 厳めしい面持ちの偉丈夫は少しばかり話が出来そうである。そう感じて、ノックスは有栖達から視線を外して隊長と呼ばれた男と向かい合う。

 

「……武器を互いに下ろそう。交渉をしに来た」

 

「交渉? 貴様らは転生者を殺そうとしたが?」

 

「何を言う。殺しに来たのはそっちだろうに」

 

 舌鋒を譲らずにいると、周囲を取り囲む兵士達の緊張の密度が濃くなっていく。今に一触即発の空気であったが、やがて隊長が武装を仕舞う。

 

「……間違いではない、な。GIG各員へと通達。キャプチャ・スタイラーを下ろせ」

 

「隊長ぉ~。それって屈するって事じゃ……」

 

「間違えるな、と言うのはお互い様だと言う事だ。ノックスなる者、生半可な覚悟ではここに立っていない。違うか?」

 

「……よく回る舌だ、と平時ならば挑発もするのだがな。事ここに至っては、我々のほうが下の立場だ。お願いを、しに来た」

 

「お願い……? トランプ兵団が交渉事なんて……!」

 

 有栖の刺すような敵意の眼差しには振り向かず、ノックスはあくまでもこの場を取り仕切る隊長へと返答する。

 

「どう出る? わたし達には害意はない。今は、だが」

 

 それは状況さえ違えば異なってくると言う意味であったが、隊長はそれを承服したようであった。

 

 キャプチャ・スタイラーを収納し、武装を解く。

 

「これが、意思表示になるのではないか?」

 

「た、隊長……!」

 

 両手を上げて降伏の意を示した隊長に、ノックスはようやくここに来て第一段階だと頷く。

 

「……分かった。その敬意に感謝する。戻れ、ナッシー」

 

 モンスターボールにナッシーを戻し、ノックスは交渉のテーブルにようやくついた事を認識する。

 

「……隊長さん! 本当に……攻撃をしないんですか……!」

 

「篠崎有栖、君はこの相手に対して、平静を装い通せないと見える。だからこそ、わたしがここで平定しよう。ノックス兵団長、我々GIGは貴君らの話を聞くスタンスを取る」

 

 それが正しいのだろう。

 

 有栖でもカイでも、この判断は下せなかったに違いない。

 

「……すまないな。わたし達も何もこれまでの罪を看過して欲しいとまでは言わない。ただ……話し合う、チャンスをくれ」

 

 話し合うチャンス。そう、これはただの契機なのだ。きっかけ作りのためだけに危険を押して降りてきたのかと言われれば、今の自分はそうなのだと頷くほかない。

 

「……そ、その……! いいんですか……? 相手はバステトの言う、得点稼ぎの対象なんじゃ……」

 

 有栖とカイの後方でロトムを抱えていた少女の声に、ノックスは一度だけ振り向いたが有栖が前に出て庇う。

 

「……好きにはさせない……!」

 

「いい眼になったな。翻弄されていた少女のそれではなくなった。……もっとも、無理からぬ事か。地上では半年も経っているらしいのだから」

 

「その物言い。仮説としてあった、鏡面界と現実世界は時間の進み方が違う、という憶測の肯定になるのか……いや、今は多くは問うまい。貴君らはそれなりの覚悟で降り立った、そう認識させてもらう」

 

「……どうとでも取れ。我々、トランプ兵団は貴様らと一時的に、停戦協定を結びたい。そのための話し合いの場を設けて欲しい」

 

「断ると言えば?」

 

「……わたしの命でもって、遂行させてもらう」

 

 全霊を尽くしてでも、会談の場を設ける事が第一条件だ。その眼差しが伝わったのか、隊長はふぅむと呻る。

 

「……なるほど。伊達や水協ではないな。GIG特殊部隊の二人は席を外してくれ。我々が彼らの身柄を引き受けよう」

 

「……けれど、隊長さん! 彼らを信用は……」

 

「無論。トランプ兵団は……ひいてはハートの女王は我々の現世にとっての敵。油断はせぬとも」

 

「それに関しての事だ。ハートの女王が宣戦布告、ヒスイ地方を独立国家にする、と宣言したはずだな?」

 

「……何か相違が?」

 

「大きくは異ならないが、わたしが率いる兵士達は、少なくとも違う。兵団長ノックス、その名において、改めて宣言させてもらおう。――わたしはハートの女王を、殺すための手段を貴様らと結ぶために、こうして降りてきたのだと」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。