ALICE   作:オンドゥル大使

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第9話 嘘と『安寧』

 

「ダメ……ッ!」

 

 現実の喉を震わせた制止の声と視界の中で震える指先に、有栖は枕元でジリリと激しく鳴り響く目覚まし時計の音響を聞いていた。

 

「……また、夢ぇ~……?」

 

「有栖! 早く起きないと幸子ちゃんが来てくれるんだから!」

 

「はぁーい……。何だったんだろう、あたし……」

 

 階下へと声を返し、有栖は寝癖だらけのぼさぼさの金髪を掻く。後ずさろうとして、その指先がカツンと触れたのは二色構造の球体――モンスターボールであった。

 

「……あ、夢……じゃないんだ。あたしは、昨日から、転生者に――」

 

『おはようございます、有栖』

 

 不意に声が部屋の中で響き渡って、有栖は思わず悲鳴を上げてしまう。

 

「なに? どうしたの!」

 

「う、んーん! 何でもない……」

 

 慌てて母親に返答し、有栖は勉強机の上に置かれたアルセウスフォンから浮かび上がったチェシャーの姿を目の当たりにしていた。

 

『どうかさないましたか? 朝なので、挨拶をしておこうと思いまして』

 

「……も、もうっ……。びっくりしちゃったじゃないの」

 

『転生者に挨拶するのは当然の事です。それに、有栖は昨晩、起きられるか分からないから声をかけてくれと仰ったじゃないですか』

 

「あ……そんな事も言ったっけ……。と、とにかく! 勝手に喋らないでよ……」

 

 結局、自分のせいなので糾弾する対象も見つけられずにいると部屋の扉を乱暴にノックされる。

 

「有栖、うるさいわよ。……今日は休みなんだから静かにしてよねー」

 

 有栖はベッドの上でひっくり返るかと思うほどであった。妙子の機嫌の悪そうな声に、思わず言い返す。

 

「お姉ちゃん……! いきなりノックしないで!」

 

「何よ……ノックしないと怒るくせに」

 

「あ、朝なんだから……自分で起きるよ……!」

 

「そんな事言って、あんた年がら年中そんな調子じゃないの。私はもうちょっと寝る……」

 

 欠伸をかみ殺した様子の扉越しの妙子の声に、ようやく警戒を解いて有栖はアルセウスフォンに浮かぶチェシャーへと注意する。

 

「いい? ヘンな声出したらダメだからね? あっ、セビエももうちょっとだけ我慢して?」

 

『承知いたしました』

 

 チェシャーの姿が掻き消え、モンスターボールの中を透かすとまだ眠りこけっているセビエが映る。昨日の疲れがまだ取れていないのだろう。一応、鞄の中にアルセウスフォンとモンスターボールを入れ、寝間着のままで一階へと降りる。

 

「あれ? 何で鞄なんて持ってるのよ。まだパジャマじゃないの」

 

「ちょ、ちょっと……返し忘れたマンガがあって……。忘れないようにって」

 

「呆れた。あんた、もうすぐ三年生なんだから、勉強に集中しなさいよ。幸子ちゃんだってちゃんと勉強してるんでしょ?」

 

「……幸子の事は、違うじゃない」

 

 むくれて言い返すと、母親はみるみる不機嫌になっていくのでそれを潜り抜けるようにして有栖は脱衣所に向かう。歯磨きと洗顔を済ませ、軽いナチュラルメイクを施してからようやく制服に袖を通す段になって、冷静さを取り戻していた。

 

「……何だかなぁ。昨日の今日じゃ、現実感もないよ……」

 

 ぴょこんとトレードマークの白いリボンを跳ねさせる。鞄を抱いたまま、食卓につくとちょうど妙子も起きてきたのか、欠伸をしながらこちらを睨む。

 

「……あんたがバタバタうるさいせいで、眼が冴えちゃった。母さん、私のも追加でー」

 

「えーっ! もう有栖と私の分だけ作っちゃたわよ。あんたはパンで我慢なさい」

 

「……分かった。パンでいいから。それとコーヒーね。……で、何で当の有栖はそんな後生大事そうに鞄を抱えてんのよ」

 

「お、お姉ちゃんには関係ないし……」

 

「生意気ねぇ。あんたみたいにいい加減だと大学にも行けないんだからねー。いくら学園都市だからって、進学が保証されているわけでもないし」

 

「……お姉ちゃんみたいないい加減な人に言われたくない」

 

 それを聞き留めてポカっと頭を殴りつけられる。

 

「お黙りなさい。母さんだって客員教授やってるんだから、もっと有栖に言ってやってよ。大学は遊びの場じゃないんだって」

 

「はいはい、あんた達が朝からうるさくやっていると嫌でも職場が大変だって理解させられるわよ。これ、有栖の分ね。ミルク入り」

 

「……ありがと」

 

 ミルク入りのコーヒーを受け取ると、妙子は正反対にブラックのコーヒーを啜る。

 

「……あんた、お子ちゃまねぇ。いつまでそんなのを続ける気なの?」

 

「……知んない。お姉ちゃんとは話したくないもん」

 

「あっそ。ホント、あんたってば子供っぽい……」

 

 母親がテレビを点けると、ビル街の事件が報道されていた。

 

「あら、新都心のほうでまた事件? 最近多いわねぇ」

 

「母さんも私も新都心側の通学路だし、これでちょっとでも路面電車が遅れたら厄介ねぇ」

 

 有栖の眼にはガス爆発として報道されたその事件の現場に見覚えがあった。それは夢の中で綺咲が戦っていた場所ではないのか――しかし、夢と言うのは薄い靄のようで掴もうとしては霧散していく。

 

「……何だかウソみたい……」

 

「ま、有栖みたいなお子ちゃまには嘘のように映るでしょうけれどねー。っと、ヒットチャートの第一位変わってる? ちょっとー母さん、歌番組に変えていい?」

 

「あんた、今日はお休みでしょ。母さんは毎日ニュースを仕入れないと職場の会話にも困っちゃうの」

 

 事件の概要を耳に入れつつ、有栖がしゃくと食パンに齧りつく。すると鞄の中から大仰な腹の虫が鳴いていた。

 

「……ん? 今の……」

 

「わ、わぁ……すごいお腹空いちゃって……! あたし、もう出るね! ご馳走様っ!」

 

「あっ、ちょっと……。お腹空いてるのなら、何か持っていくー?」

 

「ううん、要らないっ!」

 

 二階の自室へと飛び込むなり、モンスターボール内を翳す。セビエが起きたのか、きゅぅと弱々しく鳴く。

 

「……チェシャー。チェシャーってば」

 

 アルセウスフォンに呼びかけるもチェシャーからの返事はない。

 

『勝手に喋るなと言う事でしたので』

 

「……さっきの事、怒ってるの? もう喋っていいよ……」

 

『では。何のご用命でしょうか?』

 

「セビエは何を食べさせたらいいの? 昨日はチョコチップクッキーだったけれど……」

 

『基本的にセビエは雑食のはずです。氷雪地帯に生息しているため、牙は強靭ですので歯ごたえのある食べ物を好むでしょう。ちょうど昨日のクッキーのような』

 

「……うーん。チョコがダメな生き物は結構居るし……セビエは平気?」

 

 モンスターボール越しにセビエが鳴き声を上げるので、有栖は取り落とそうになったのを慌ててキャッチする。

 

「……あ、危なかったぁ……」

 

 この調子では部屋の中で朝食を取らせるのは難しそうだと、モンスターボールとアルセウスフォンを鞄に詰め込み、有栖は抜き足差し足で階下へと降りる。

 

『新都心で発生した多発するガス爆発事故の原因は究明中であり、姫宮財閥では調査を率先して行うとの事です』

 

 ニュースキャスターの後ろの映像に白髪混じりの壮年の男性が一瞬だけ映り込む。厳めしいその面持ちと、ピシッとしたスーツ姿に有栖は呆気に取られていた。

 

「……今の……もしかして綺咲ちゃんのお父さん……?」

 

「うん? 有栖、何やってるのよ。あんた、それ……」

 

「わ、わぁーっ! 行って来まぁーすっ!」

 

 追及が来る前に有栖は大慌てで玄関を潜っていく。こんな朝が続くと気が休まる余裕もないと思いながら坂を駆け抜けたところで、幸子が手を振る。

 

「よっ、おはよ、有栖。……どうだった?」

 

「ど、どうもこうも……。あたし、このままじゃ日常が崩壊しちゃう……」

 

「もうとっくに崩壊だと思うけれどねー。セビエは?」

 

 セビエがモンスターボールから鳴き声を上げる。有栖は鞄をぎゅっと抱き締めて、はぁと嘆息をつく。

 

「……色々と大変。この状態で学校には行けないから、一旦ツバサ姉のところ寄っていい?」

 

「いいけれど……あんた、酷い顔よ? 眠れなかったの?」

 

「……寝たとは思うんだけれどなぁ」

 

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