ALICE   作:オンドゥル大使

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第92話 幽世の『終点』

 

『それで、学園都市にはちゃんと入れたんだ? ちょっと意外だったかな』

 

「何を言ってるんだよ。レベッカと合流する手はずだっただろう?」

 

 こばとはあてがわれた小部屋で端末に声を吹き込む。返って来るのはむぅーと言う困惑の言葉であった。

 

『正直ね? 学園都市での待ち合わせは難しいかなって思っていたの。だって、私も大して強い転生者じゃないし』

 

「それはぼくもそうだよ。それに、街並みは転生者だらけ。そんじゃそこいらに血に飢えた転生者が闊歩してる。……真面目な話、夜は出歩けないよ」

 

 こばとは窓辺に歩み寄り、今もそこいらで湧き上がる鮮烈なる炎の赤を視界に入れる。今宵もまた、転生者同士の血で血を洗う殺し合いが繰り広げられているのだろう。

 

『転生者は思ったよりも脅威?』

 

「そりゃあ、かなりと言うか……。目と目が合ったらポケモン勝負どころか命の奪い合い。……生きた心地はしなかったな」

 

 転生者の人格にも影響があるのだろうが、少なくとも姫宮財閥の転生者以外は真っ当ではない。殺し殺されが当たり前の日常で生きている者達はどこまで行っても獣のそれだ。

 

《pipipi……ロト。着信があったロト》

 

『頑張ってね、こばと。私が出来る事は少なさそうだけれど、予定が合えば、また』

 

「うん、またね」

 

 通話を切ってからキャッチが入った連絡先を見やる。

 

「……早谷兎真……さん?」

 

 それは少しだけ想定外で、まだ兎真とは会って一日も経っていない。それもこんな深夜帯に呼ばれるとは思っておらず、コール音にこばとは応対していた。

 

『おっすー、こばとちゃんだっけ? 今、いいかな?』

 

「あ、はい……。ぼくみたいなのでいいなら……」

 

『謙遜するもんじゃないよん♪ って言うかまぁ……ちょっと意見を聞きたくってさ。お昼に連絡先を交換しておいてよかったよかった!』

 

 何故なのだろう。レベッカにはどこまでも気安く答えられるのに、兎真のフレンドリーさは少しだけ苦手な部類だ。きっと生来の根暗根性から来るものなのだろう。実際、こばとの眼から見た兎真は見るからに明るい人種でともすればこれまでの人生では交差しなかったタイプかもしれない。

 

「……あの、ぼくはその……何か御用で……」

 

『そうそう警戒しないでってば! ……あーしもさ。ちょっとばかし人と話したい時もあるの。でも、有栖やヒメには話せない。こういう時、普段なら持て余すんだけれど、今はこばとちゃんが居るじゃん? 新参者の転生者としての意見をちょーっち聞きたいなぁーって』

 

「……その、今どこです? ぼく、行けるんならそっちまで……」

 

『あー、そう? じゃあツインタワービルの十階の給湯室で待ち合わせしよっか。色々と積もる話もあるかもだし』

 

 こばとが居るのはそれよりも十階ほどの上層区域であり、今も燻る火の粉を抱えた街並みを一望出来る。それに、電波の入りがいいのもお気に入りであった。目を凝らせば、少しだけ庭園めいた花や植物が植えられており、よく手入れされているのか瑞々しい色調を湛えている。

 

「……分かりました。今降りますので」

 

『頼むねー』

 

 アルセウスフォンの通話を切ってから、ドローンに入ったロトムが尋ねてくる。

 

《こばとにしては珍しいロトね。ああいうのは苦手なんだと思っていたロト》

 

「……ぼくだって、何でもかんでも苦手だからと言って遠ざけている場合じゃないのは分かってるってば。それに、有栖さんや姫宮綺咲さんとかだけじゃ、分からない事もあるだろうし」

 

《ロト……それは転生者としての覚悟を知りたいとかそういう事ロト?》

 

「……どうなんだろ。ぼくは……戦わないで済むのならそうしたいところだし……」

 

 どうにも答えを出し渋ったまま籠型のエレベーターの扉が開き、予めマーキングされた給湯室へとひょっこりと顔を出す。

 

「おっ、ごめんね? 珍妙なところに招き入れちゃって」

 

「いえ……。ここ、何だか姫宮財閥らしくないって言うか……」

 

 一般オフィスとさほど変わらない、華美な装飾もなければ潤沢な機材があるわけでもない。ぶぅーんと低い駆動音を響かせる自販機が並びながら、その奥にはワンルームキッチンに近い造りが備えられている。

 

「あーしがさ。ヒメの会社のギラギラした設計は落ち着かないからって、ヒメパッパに無理言って造ってもらったの。……家には帰れなくなっちゃったからねぇ」

 

 そうだ、兎真はこの街に根城を張っていた転生者。ならば必然、ここまで堕ちてしまった学園都市には一家言くらいはありそうである。

 

「……家を失った人達は、多いんですよね?」

 

「だろうねぇ。ま、それもこれも鏡面界みたいなのが空を覆って、月も星も見えなくなった曇り空が広がっていれば、いやでも滅入っちゃうって奴でさ。……何か飲む?」

 

 兎真は自動販売機にアルセウスフォンを翳し、話の接ぎ穂のように問われたのでこばとはあわあわとうろたえる。

 

「い、いえ……っ! ごちそうされるなんて……!」

 

「ごちそうなんて大げさなもんじゃないってば。こばとちゃんはその辺、リアクションデカくって面白いなぁ。缶コーヒーは? 大丈夫?」

 

「あ、……はい。じゃあそれで」

 

「ほい。疲れた頭には微糖がぴったりだよん」

 

 缶を投げられたのでこばとは何とかキャッチする。元々、運動神経はいいわけではない。

 

「……けれどさ。どう思ってる? こばとちゃんの眼には……この学園都市の惨状は」

 

 兎真はブラックの缶コーヒーのプルタブを開けながら、自動販売機に背中を預ける。こばとは少しだけ戸惑いながらも、爪先でプルタブに視線を落とす。

 

「……正直、びっくりだとか、そういうレベルじゃなくって……ここまでなんて、思いも寄らなかったって言うか……」

 

「それもそっかぁ。……半年でこの街は世界の中心地になっちゃったからねぇ。そんなつもりなんてなかったのに、あーしはGIGの隊員として、連日連日極秘ミッション。それはヒメもそう。有栖もかな。もうちょっとだけ……フツーの女子高生やりたかったところなんだけれど、そうはいかないみたい。あーしらはさ。転生者になった時点で、もう後戻りなんて出来ないんだって、そう思い切るしかないワケ。どんだけ悲劇のヒロインを気取ったって、時計の針だけは戻らない。それは有栖もヒメも分かってると思う」

 

 こばとは甘ったるいコーヒーを口中で味わいつつ、果たして自分には彼女らの痛みの一端も理解出来るのだろうかと自問する。同じ転生者とはいえ、後から条件も異なる状態ではスタート地点がまるで違う。当然、その視座も。こばとは昼の綺咲の姿を思い描く。

 

 まるで冷徹、まるで別種。

 

 麗しき鬼と形容するべきか、あるいは凛とした淑女とでも。

 

 いずれにせよ、この世の別の摂理で生きているとしか思えない、自分と年かさの変わらない少女のそれとは思えない、まばゆいばかりの緋色の瞳。そこに宿っていたのは、この半年間だけの苦しみではないような気がする。

 

 世界の敵、ハートの女王と同じ姿であるだけで他者からの無遠慮な瞳に晒され、そして恨みも怨嗟も、世界中の憎しみを全て一身に背負う細い双肩。自分がその立場であったのならば、きっと絶望して自殺を選んでいても可笑しくはない。何よりも、世界中の人々から弾劾の声を浴びせられると思うだけでぞっとする。死ねばいいのだと、この世に居てはいなかっただの、生まれては――ならなかった、だの。

 

 安易な罵詈雑言だけで、綺咲の人生は装飾されないような気がしていた。自分自身、綺咲の正体に関しては半信半疑であったがこの一両日で起こった事だけで確証するのには充分だ。綺咲は兎真と共に、世界を股にかけて戦っている。全ては、己と全く同じ姿をしている存在を抹消するためだけに。

 

「……怖いな」

 

 不意に出てしまった本音に兎真は自動販売機に寄り掛かりながら、まぁねぇと応じる。

 

「だよね。うん、確かに……ヒメの立場はあーしだってすっごく怖い。みんなに死を望まれて……その上ヒトの悪意を煮詰めたみたいな世界にされちゃったんなら、容易に絶望するとは思う。……けれどさ、あーしはこれでもヒメとは長いワケ。だから……かな。ヒメはそう簡単には折れない。もっとも、ここで折れちゃうようなタイプなら、元々転生者なんてやってないだろうしねー。それはヒメだけじゃなく、有栖もそう」

 

「……有栖さんも、ですか。ぼくは、有栖さんに助けてもらわなければ、今頃……」

 

 考えるだけでも恐ろしい。一秒の判断ミスで、今の自分など居ないのかもしれないのだ。それに、学園都市を闊歩する転生者に狩られていても不思議ではない。あるいはもっと悪い結末も。

 

「まぁまぁ、悪いコトは考えないに限るってば! ……で、本題。こばとちゃんはさ、有栖達と一緒に戦ってくれる?」

 

 不意打ち気味な問いかけにこばとはコーヒーを喉に詰まらせてしまう。何度も咳き込んでしまう中で兎真が背中をさする。

 

「あらら。大丈夫?」

 

「だ、大丈夫……。けれど、何で……? だって、ぼくに実戦経験なんて、ほとんど……」

 

「いやね? そろそろ……この半年間のこう着状態も終わりが近いと思うんだよね。ヒメパッパが合衆国大統領と締結させた何らかの条約も気にかかるし。それに、ハートの女王の支配から逃れてわざわざこっちに降りてきたトランプ兵団のノックスとか言うのも気になる。ともすれば……この一週間以内に、全部がひっくり返っちゃうんじゃないかって」

 

「全部……ですか」

 

「そっ。だからさ、こばとちゃんは不幸にもそんな瀬戸際にわざわざ学園都市に踏み入っちゃった被害者だけれど、被害者なりに出来るコトはあるっしょ? ただ終わりの時を待つか、それとも自分の意思で、戦いを選ぶか。……ロトムは戦闘用じゃないだろうけれど、それでもさ。サッチーみたいにオペレーターって言うのも選択肢だし、どうかな? あーしらと一緒に戦ってみない?」

 

 思いも寄らぬとはこの事で、差し出された兎真の手にこばとは息を呑む。兎真がここで自分をからかう理由もない。これは心底、どこかで未来を予見しての行動なのだろう。だが、その手を取るのも怖い。なにせ、自分はただただ状況に流されるがままに転生者となり、そしてこの世界を――。

 

「……少し、時間を貰っても……」

 

「うん、もちろん……って、普段なら言うんだけれど、どうかなぁー。あーしらの世界の寿命はあと四日なんだってさ」

 

 一転して不貞腐れたように頬杖を突く兎真の言葉にこばとはそっと言い添える。

 

「……トランプ兵団の……敵の言葉を信じるんですか」

 

「敵って……。ま、それもこれもわだかまりって奴だよ。あっちが公平な会談を設けたいって言うんなら、あーしらが口を差し挟むのも違うだろうしねぇ。ただ……言われていたコトをただ遂行するのが転生者だとも思ってないワケ」

 

「……世界の余命がたったの四日でも……ぼくは、何かをしたいとは思わない。これってヘンなんでしょうか……?」

 

「いんや、ヘンでも何でもないよん。ただ……あーしは色々と知り過ぎちゃったからねぇ。ここいらで無頼漢決め込めるほど、冷徹に成り下がったワケでもないんだわ。たったの四日間の平穏を噛み締めながら……ハートの女王を倒すために、戦う。それってさ、案外、これまでやってきたコトの延長って言うかさ。ヒメも有栖も……真っ当に喋らなくなって半年。結構つらいもんだよ? 何て言うか、もどかしい距離を思い知らされているみたいで」

 

 大きく伸びをした兎真にこばとは返答する言葉もない。何よりも、自分が何かを言ったところで、好転する情勢ではなくなった。トランプ兵団のノックスは四日間の後に、ハートの女王に楯突くのだとこちらに決定したのだ。それはここまで防戦一方であった兎真達、GIGや姫宮財閥にとっては千載一遇のチャンスだろう。

 

「……ぼくに出来る事は……あるんですかね」

 

「さぁね。だからそれこそ、その人次第って奴。サッチーは前を行かず、あえてのオペレーター職だし、有栖とカイはこの街の防衛。ヒメとあーしは、対外的な戦いに駆り出されてきた。……それももうすぐ終わるってのも……やだな。何だかさ、お祭りの終盤みたいで」

 

「……戦い抜いてきたんですよね。これまで、数多の転生者と……」

 

「まぁねー。しんどかったコトもあれば、どうしようもないコトもたくさんあったよん。人一人が死んだところで、何事も好転しないってのもよく分かったつもりだし」

 

 こばとはこれまでやり取りをしてきたネット上の転生者グループの中には姫宮綺咲暗殺作戦を企てた一派も居た事を思い返す。実際に綺咲を殺そうとしてきた転生者も居たはずなのだ。それを兎真は敵として処理し、今日まで綺咲を生かしてきた。

 

「……どうしてなんです。それは……だって姫宮綺咲さんにとっても、辛い道を強いるようなもので……」

 

「どーしてだろうねぇ。でも多分、あーし自身が、生きていたほうが何とかなるって、そういう楽観主義みたいなのに巻かれているからかもね。生きていればどうにかなるはず。どんだけ間違ったとしても、どんだけ世界がどうしようもなく壊れたとしても、かな。ヒメにとってはしんどいだけの半年間だったのかもしれないけれど、あーしはヒメと一緒に居られたのを誇りに思う……って、ダメだこりゃ。ナーバスになってるなぁ……」

 

 頬を両手で包んで、鼻先を指でいじくる兎真にこばとは言葉少なに眺めるばかり。何故、そこまで思い切れるのか、綺咲を見捨ててしまえばもっと早く決着がついたのではないのかと。転生者同士の馴れ合いには意味なんてない。それはアルセウスフォンを手に入れた時から、こばとにだって分かっている。それなのに、有栖も兎真も、綺咲のために心を砕いているのだ。

 

 その距離感がどうしたって理解出来ない。

 

 世界の敵なのだと判定されてしまった一人の少女を、必死に救い出そうとする在り方に、憧れよりも怖さを感じてしまう。きっと自分のように、『ポケモン』のプレイヤーであった状態から転生者としてこの世に生み出された存在も数多いはず。

 

 運命を狂わせたバステトを恨んだ人間もいるのかもしれない。しかし、こばとは恨み切れなかったのだ。

 

「……ロトムは、ぼくの作った集積回路に根を張って人格を持った、この世で唯一無二のポケモンなんです。だから、ぼくはこの子と離れたくない。たとえこの理が間違いで……悪い夢の延長なのだとしても……救われた人間だって居るんですから」

 

《ロト……? こばとは口が悪いロトねぇ》

 

「……うるっさい。お前なんか……お前なんか……」

 

「ポケモンと共棲する、か。いいと思うよん。その在り方はね。大事にしたほうがいい。けれど、そのために世界を犠牲に出来る? たった一つの願いのために、この世界に息づく、全てを裏切るコトが出来る?」

 

「……それは……」

 

 口ごもってしまう。転生者は誰しも願いを叶えるために存在する価値がある。そう、バステトは言っていた。その証であるアルセウスフォンを、ぎゅっと握り締める。万能の叡智を一瞬にして、どのような愚民にさえも与えるほどの権能を持つ端末。これがあれば、それまでの世界の間違いばかりの歴史を終わらせる事だって出来る。そう願えば、二千年にも及ぶ西暦を、ほんの一瞬で終わらせる事だって不可能じゃない。

 

「……ごめん。ちょっとイジワルなコトを聞いちゃったかもね。フツーはそうかぁ。願いを叶える権利があって、それを遂行する義務があるのなら、そりゃー諦め切れないよねぇ。自分以外の願いを全部踏み締めてでも、前に行くって。それはあーしも高尚なコトを言える立場でもないわ。けれど、間違わないでね。その願いだけで……何年も呪われるコトもないワケじゃないってさ」

 

 兎真は空き缶を捨てて給湯室から出ようとする。その背中に、こばとはまだ半分以上が残ったままの缶コーヒーを握って呼び止める。

 

「けれど……! けれどぼくは……! 転生者として居られる事……何も悪くないと思うんです! だって……だってロトムは……友達なんて居なかったぼくにとって……ようやく出来た、本物の……!」

 

 言葉を絞り出し切れなかったのは弱さか。あるいはポケモンに依存する己自身の醜悪さを直視したからか。いずれにせよ、兎真や綺咲のように全てを割り切る事なんて出来やしない。自分は、ポケモン達がこうして世界をぐちゃぐちゃにしている今のほうが――だって好きなのだから。確かに、狂っているのかもしれない。終わっている世界かもしれない。一つまかり間違えれば、全てが幕を閉じるなんて公平ではないのだと。だが、こばとのように力のない人間にとっては、この半年間は祝福であったのだ。

 

『ポケモン』が現実世界に出て来てくれている。転生者として世界を変える権利をこの手に出来る。それはただただ世界と時間を無為に潰してきた自分にとっての転換期だったのだ。世界を直視出来ない人間は数多い。理を理として飲み込めない人間も、星の数ほど居るに違いない。

 

 そんなろくでもない人間達に、転生者のシステムはまさに画期的であった。

 

 ポケモンで勝てれば、世界を覆す事が出来る。非情だが、それでも間違いを間違いとして認められず、その上で生きていくしかない、特別ではない人間への救済措置なのだ。

 

 その救済措置を、兎真達は消そうとしている。

 

 確かにハートの女王や鏡面界とのこう着状態はカオスをもたらした。だが、それ以上に救いがあったはずなのだ。

 

 こばとは震えを宿して声一つ上げられないでいると、兎真は振り向いて言いやる。

 

「そうだねー。けれど、みんながみんな、世界を変える権利を持つってのは……いいコトと悪いコト、半分ずつだよ。それってさ、誰の手にもフィフティフィフティの状態って意味じゃん。確かに、元の世界だってロクなもんじゃなかった。強い国弱い国、苦しい人、しんどい人、たくさん居た。そう考えれば、転生者になってしまえれば、一発逆転かもね。けれど、それは誰かにとっての不都合が、誰かにとっての希望でもあったんだ。……あれ? 言ってて気づいたけれど、さして変わんないかぁ……。まぁ、でもね。あーしは手の届く範囲の人が不幸にならなくっちゃダメな世界を、どうにかして変えたい。有栖もヒメも、地獄見たような顔してるんだもん。半年も……それって放っておけないでしょ。だってもう友達じゃん」

 

「……友達……」

 

 呆けたように口にすると、兎真はぴょこんと跳ねて悪戯っぽく笑い唇の前で指を立てる。

 

「これ、とっておきのヒミツだから。……だって恥ずかしいじゃん。面と向かって、君は友達だから助ける、なんてさ。ま、有栖もヒメも……あーしのこんなぶきっちょな体裁なんてどうだっていいのかもしれないけれど」

 

 こばとの眼には兎真はどこまでも自由奔放に映っていたが、それは違うのかもしれない。彼女もまたしがらみの只中に居る。その果てにあるのが、鏡面界との戦争であるのならばその選択肢でさえもこばとには選ばない勇気もあるのではないかと思えてくる。

 

「……ぼく達は転生者なんですよ? ……選ばない権利だってあるはずでしょう?」

 

「……うん、まぁねぇ。こばとちゃんの言う通り、何もかも捨てて選ばないコトを選ぶ、ってのは……ないワケじゃない。けれど、それってさ……何て言うか、当事者に成り切れない感じがして……うん、ブルっちゃうな。それだと。もしもの時に、間違えたくないから。それにね? あーしはヒメの隣で、最後の最後に言ってやるんだ。“この道を選んでよかった”、って。あっ、これもナイショだよ? だって……うひぃー! 考えるだけで恥ずかしー!」

 

 茶化したように後頭部を掻いて微笑む兎真にこばとは毒気を抜かれた気分であった。

 

 この少女は、ただただ友達のためだけに世界を敵に回しても、その選択肢が間違いだらけでもいいと言っているのか。そこまで思い切れるものなのか。

 

 口に出そうとして、あ、と気づく。

 

 同じなのだ。

 

 レベッカやロトムのためだけに生きていたいと願う自分と。何一つ変わりはしない。違うとすれば、結局のところスケールの問題。世界を敵に回すか、この壊れた世界に順応するかどうか。

 

 誰かと敵対するくらいなら、狂った世界に何も言わず、口を噤んだままでいい――そんな後ろ向きなばかりの決意なのだと思い知れば、こばとは兎真の掲げる立派な選択肢に、反論出来なかった。

 

 ポケモンが居てくれるのだからいいのではないか。少数でも誰かと馴れ合えれば、それでいいのではないか。そんな自分の偏狭さが目の当たりになってしまって、こばとは恥じ入るように面を伏せていた。

 

「……でも、何が悪いのか、だとか……何が間違いなのかなんて……誰にも」

 

「うん、そうだね。誰にも決めらんない。だからこそ、なのかも。後悔しない選択肢だけは、常に選ぼうってね。あーしなりの……そうだなぁ。覚悟って言うカッコいい言い回しでもないけれど、生き様って奴なのかもね。あーし、結局のところ誰かに聞いて欲しかったのかも。当事者じゃない誰かに……自分が選んできたのは間違いじゃないぞ、って。……いやぁ、バカだよねぇ。それくらい自分でメンテしろっての、GIGの隊長に怒られちゃうなぁ。こばとちゃん!」

 

 不意に呼びかけてきた兎真に、こばとは顔を上げる。最早、自分達は同じ世界に生きながらにして、全く違う生き方を選んでいるのだと分かり切っているのに、兎真は快活に笑ってぴょこんと敬礼する。

 

「あんがとね! ……何だかスッキリした!」

 

「……あ……いえ……」

 

 ふんふんと鼻歌交じりに立ち去っていく兎真に比して、自分は何だ。狭い世界で満足して、誰かのための自己犠牲も出来ないまま、権利だけを保持し続ける。堪えかねて、こばとは自動販売機を殴りつけていた。じんと鈍い痛みが拳に伝わってくる。

 

《ロト……。こばとは納得してないロト……》

 

「……うん、そうなんだ。けれど、けれどさ……。何でぼくは……この期に及んでもまだ……転生者ならもっとマシな事が出来るはずなんだって思うんだろう。別にいいじゃないかって……言い返せたらどれだけ楽なんだろうね、ロトム。レベッカとロトムが居れば……この世界なんて……」

 

 もうとっくの昔に終わっているじゃないか、とは言い出し切れないままであった。

 

 

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