綺咲は同席を求められたからその場に居合わせただけで、そもそも自分と会うなんて聞いていないとでも言うように一瞬だけ視線を向けた後に、まるで無関心の眼差しで急かしていた。
「……状況は」
「芳しくはないわね。今のところ、ノックス兵団長から聞き出せた事はレポートとして提出済みだけれど……」
幸子がこの場を率先するのが有栖にしてみれば少しだけ奇妙だ。半年前まではただの女子高生であったはずの身分なのに、こうしてオペレーター職が天職であったのか、彼女は並み居る諜報部や監査部の情報網を纏め上げ、それから別室に居るコウジへと繋ぐ。
『ノックス兵団長から聞き出せたのは、ハートの女王の正体と、そしてその固有能力、か。想定外だな、まさか全ての生き物の――感情を司る、か。なるほど、まさに“感情(ハート)”の女王……』
結ばれた言葉と持ち出されたデータベースはノックスのもたらした証言と、そしてそれに付随するこれまでの戦局からの分析だ。ハートの女王が真に他者の感情を自由自在に操れるのならば、この半年間のこう着状態にも説明が付いてくる。
「けれど、この結果があっても、私にしてみれば信じられない事実ばっかりで……。隊長ぉ~、ウソ発見器とか、そういう分かりやすいのはないんですか?」
そう口にして憔悴し切った様子で書類を叩いたのはトリアで、彼女は数時間のノックスからの調書をこの時間までに纏め上げる仕事があったはずだが、案外それに関しての文句は出さず、それ以前に自分が責任者となるのが不服のようである。
「……残念ながら、相手が嘘をついていたとしても、わたし達にはそれをある程度信用しての立ち回りしかない。そもそも、鏡面界の人間の証言はこれまで得られなかったんだ。あちら側がどうなっているのかもな」
むぅ、とトリアが分かりやすく頬をむくれさせる。有栖にしてみれば一応は立派な大人の女性であるところのトリアがGIG隊長の前では幼い少女のようになってしまうのは半年経っても慣れない。
「……それに関して、だけれど……。ごめんなさい。わたしはやっぱり、思い出せないかな。何度かは試したんだけれど……」
挙手して申し訳なさそうに発言するのはカイで、そう言えばカイもまた鏡面界側からチェシャーによって召喚された転生者のはず。しかし、その記憶に継続性はなく、この世に呼ばれた以前の記憶には靄がかかっているように当てにならないのだと言う。ただ、ポケモンを操る才覚だけは確かなのは間違いなく、有栖はこの半年間の学園都市の防衛成績では当てにしている。
「……それもこれも、鏡面界がどうなっているのかも分からない。だとして、足踏みしているような時間もない、か。……決めあぐねてきたのは確かだけれど、ノックス兵団長の証言は当てになると思っていいと私は感じます。ここまで仔細に鏡面界側の原則と現象に関して我々に開示すると言う事は、あちら側にも余裕がないと」
幸子がてきぱきと場を取り仕切る。諜報部と監査部の代表者もそれに合わせて頷く。姫宮財閥を支えてきた屋台骨である彼らの意見は合致しているようであった。
『……鏡面界への強襲作戦。作戦指示書には目を通したよ。しかし……高峰幸子君、これは多少……こちら側の損耗もありきの作戦に思えたが』
「作戦立案書は諜報部と監査部にも見てもらいました。私はこれ以上にブラッシュアップする必要性はないと思います。何よりも……姫宮。あんたもこれには対抗意見はない、そうよね?」
強気に振る舞う幸子に綺咲は書類を一読してから、モニターに表示されたコウジへと視線を振っていた。
「……問題ないかと」
『……そうか。GIGにとっては? これに対しての意見があれば聞こう』
GIG隊長は作戦指示書を念入りに読み込んでから、その強面に思案を浮かべる。
「……一つだけ。鏡面界側に我々が奇襲する際、時間のずれが介在する可能性があります。それを可能な限りゼロにするために、この作戦だと高出力エネルギーの塊に身を纏っていなければいけない、とある。ちょうどこちら側にダイマックスポケモンがイニシャライズする時に発生するのと同じような」
「既に実用化には漕ぎ付けています。こちらの資料をどうぞ」
幸子がモニターを操作し、GIGの隊員が纏っている装甲服の図解を呼び出す。背面の肩口にほど近い場所の強化外骨格に新たな機構を施すと記されている。
「エネルギーの問題はダイマックスポケモンが保有する莫大なエネルギー炉とも言える部分を抽出する事で、GIGの隊服に一時的な防護膜を発生させる事が出来ます。名を冠するのならば、ダイマックスリアクターとでも呼ぶべきでしょうね」
「……ダイマックスリアクター……」
「もしかして、それで私達、大きくなっちゃったりはしないよね?」
トリアの疑問に幸子は落ち着き払ってダイマックスリアクターの説明を始める。
「あれはポケモンの生体エネルギーと結びついているからこそ、発生する事象なので人間にそれが適応されるとは思えません。それにダイマックスリアクターを出力している間は、イニシャライズが同時に実行されます。それでほとんどのエネルギーは霧散してしまいますので、万が一にも巨大化すると言う事はないでしょう。リアクターはGIGが鏡面界に降り立つ際に時間のラグをゼロにするために使用され、放出を終えたそれは破棄するしかないでしょうし」
「……そっかぁ……よかったぁ。おっきくなったらどうしようかと……」
トリアは安堵の息をつく。イニシャライズについては未知数の部分も多く、恐らくはダイマックスのエネルギーを全て使い切ったとしても時間差を埋めるだけで精一杯なのだろう。有栖にはこれまで鏡面界より降り注ぐダイマックスポケモンと戦ってきた経験がある。互いに力の打ち消しが生じたとしても、それは不思議ではない。ともすれば、鏡面界で遭遇するかもしれないポケモンはもっと凶暴かもしれないのだ。
「……ダイマックスリアクターが片道の安全を保障する代物なのは理解したが、その障壁があっても、我々の優位には転がらないと、この作戦指示書を読んだ限りでは思う。それに関しての言及として……」
「それに関しては。……言えるわね? キャロル」